ミーティング・アフター(1)
基礎体力訓練を終えた沙希たちは、バンに乗せられてキャンプ・ポロロッカ南部の市街地に運ばれた。
空軍施設や倉庫など基地色の強かった北部と違い、チェーン店や娯楽施設、軽飲食店などを備える南側はごく普通の街のようだ。
ただし、行き交う誰も彼もがガッチリ鍛えた肩幅を持っているので、ただの街でないことは嫌でもわかる。
ゆるゆると流れていく車窓の景色を見てきょろきょろする沙希に、アメリアは首を傾げた。
「なにか気になるの?」
「あ、うん。思ったより女性多いんだなーって」
言っている間にも車窓を女性軍人が通り過ぎていく。
「確かに男職場なんだけど、女性ってもっと希少かと思ってた」
「そうね。近年この業界も女性の進出に力を入れているから」
アメリアは笑う。
「もしかしたら、私たちの雇用もその一環かも」
「あはは。だとしたら上層部の脳ミソはお花畑でできてるね!」
「し、辛辣ね……」
アメリアの強張った笑みを乗せてバンは走っていく。
曲がり角を折れたところで、景色が変わった。
「わっ! なにこれスゴい」
住宅街――それも、リゾート地のような白壁の木造家屋が庭を伴って整然と広がっている。
バンが通りすぎる車窓にもわかる、母屋を囲むように複数設置されたベランダはどれも広い。白い飾り柱と柵は、観葉植物の緑に映えて牧歌的な雰囲気を強調する。
「なにここ、バリ島?」
窓ガラスに貼りつく沙希を、前の席にいたジゼルが身を乗り出して振り返った。
「あたしたち、ここに住むんだよ」
「じでま!? まじで!? このバイトにしてよかったー!!」
あっさり簡単に快哉を叫ぶ沙希に、アメリアとジゼルは顔を見合わせて笑い合う。ひとり頬杖をついて景色をにらむロザリーはため息をついていた。
やがて止まったバンから降りて、居並ぶ一軒家のひとつに入る。
「うっわ豪華」
沙希は天を仰いだ。天井も高かった。
すっきりした間取りに木の味を活かした家具が美しく、リビングにはガラステーブルや壁掛け薄型テレビなどモダンデザインも取り入れられる。
そんな間取りが二階建てでたっぷり六部屋。
大きな浴槽つきのバスルームがあり風呂トイレ別、そればかりか各部屋に簡易なシャワールームも据えつけらえる贅沢さだ。
「えぇ……意味わかんない……」
感動を超えて動揺する沙希に、案内するアメリアが失笑する。
「戦争の基地っていうと、棺桶って言われるような悪い環境を想像しがちよね。今でも陸軍なんかだと、寝返りもできないような仮設テントの雑魚寝で夜を明かさなきゃいけなかったりするみたいだし……。建設を受託したPMSCはいい仕事をしたわ」
「ふんだくって好き勝手した、の間違いじゃねぇの?」
リビングから声が放られた。
ソファにどっかりと埋まるロザリーは頭の後ろに手を組んで気に食わなそうだ。
「明らかに過剰だろ、この設備」
「難しいところよね。ストレスコントロールの一環で、オフが快適であるほど仕事の集中力は上がるって説もあるのよ。実際、基地を一歩出たら別世界だもの……嫌でもピリッとしそう」
窓の外、空気に霞む山の輪郭を眺めてアメリアは肩をすくめた。
ここはリゾート地などではない。一枚皮をめくってみれば、戦争の現実はいつでも広がっている。
「ま、暗い話は置いとこうよ!」
沙希は空き部屋に自身の荷物を投げ込んで、ベッドにどーん! と座り込んだ。ボヨンボヨン跳ねる。
「どうせ明日からまたシビアな話になりそうだし! ……あっ?」
急に自分の手足を見下ろして、沙希は困惑した声を漏らした。ジゼルが首を傾げて静かになった沙希を見る。
「どうしたの?」
「全身くたびれてもう動けない」
これ筋肉やべーやつ……といっそ凪いだ反応を見せる沙希に笑ってジゼルは隣に腰掛ける。
「定期的に続けてたら筋肉なんてすぐつくよ」
「そうだろうか……」
対して沙希は珍しく深刻顔だ。
「みんな体をしっかり作ってあるじゃん? FHのシミュレータ乗せてもらったけど、体力ないと機動戦になったときにマトモに動けない。FH動かせる気がしなくなってきたよ」
「大丈夫だよ沙希。みんな同じ」
ジゼルは変わらない口調で言って、すらりと腕を伸ばす。
鍛えられて節の出た小さな手を見つめて首を傾げた。
「あたしは突撃銃の扱いとか練習してるし、アメリアも体を鍛えてる。ロザリーもボクシングやってたんだよね?」
「路上でな」
投げやりな返事。
ジゼルはうなずいて沙希を見上げる。
「誰もFHに適した体ができてるわけじゃない。FHの操縦で必要なのは、振り回されても体勢を保ち、的確に操縦するためのインナーマッスル。運動をするための筋肉じゃない。だから、みんな同じスタートラインだよ」
うっ、と沙希は顔を上げた。温かい言葉が胸にしみたかのように目を伏せる。
「ありがとうジゼル」
ジゼルは「気にしないで」と頭を左右に振った。その奥ゆかしさに改めて沙希は目頭を押さえる。
「よし!!」
沙希は突然立ち上がり、ぎゅっと拳を握った。
「乗り物ある? セグウェイとか自転車とか」
「電動自転車があるわ、玄関出たところに立てかけてある」
「ありがとアメリア! 借りるね!」
疲れた身体に鞭打つように雄叫びを上げ、沙希は駆け出して行ってしまった。
玄関まで追いかけたアメリアは、ガッシャガッシャと夕焼けに走っていく沙希の背中を見送った。心配そうに眉尻をさげる。
「どうしたのかしら」
「知らね」
ロザリーは興味なさげに伸びをした。