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武装女子高生、八津沙希

「おおあわわわわ!」


 都内進学校の制服に迷彩模様の野戦服を羽織った沙希は、激しく揺れる車内で必死にしがみついていた。

 ジープは道路を外れ、クリーム色の岩と低木でできた山道をひた走る。


「ひゃひゃひゃ! あんたすごいね、バイト入り前から強運だ! ふつうテロリストは襲ってこないもんだけどね!」


 ヘルメットから癖の強い赤毛をはみ出したサングラスの女性が、運転席でハンドル片手にタバコをかむ。

 豪快さとは裏腹に、だちゅん、がきゅん、とジープの装甲板が甲高く叫んでいた。

 沙希は顔を凍らせてサイドミラーを見る。急峻な傾斜の上から、東欧系の男性がアサルトライフルを構えている。銃声と擦過音。

 銃撃を受けていた。


「ぜんっぜん嬉しくないんですけど! ねぇライザさん、これ大丈夫なの!?」

「はは、面白いこと聞くねジャパニーズ(japanese)キディ(kiddy)! 大丈夫かって?」


 ライザは豪快に笑い、ハンドルを切る。車が揺れ、流れ弾を食らった石が跳ねていった。


「めっちゃやばい!」


 沙希は馬鹿に突き抜けた青空に叫ぶ。


「もぉおおやだぁああああっ!」


 バルカン半島の空はおおらかに悲鳴を受け止めて、無慈悲に跳ね返した。


 ほんの少し前までは、普通の日本の高校生だった八津沙希。

 彼女はドイツを経由してバルカン半島に入り、アドリア海沿いの美しい紛争国スフェールに足を踏み入れて。

 出迎えてくれた会社の人たちと一緒にテロリストの襲撃を受けていた。


 フロントガラスに丸いヒビ。

 凍りつく沙希をよそに、ライザは素早く座席からずり落ちた。


「正面! 挟まれてるね!」

「ま、前! 前見えてるんですか!?」

「見えるわけないだろ! 勘だよ! あんたも伏せな、弾が貫通してきたら死ぬよ!」

「くそったれ!」


 沙希もシートから腰を滑らせて体を曲げる。

 ただでさえ高い車高で見えづらい地面が完全に見えなくなった。だが四方が車両の装甲で守られる。

 実際、後部座席に座る戦闘服姿の男性二人は、とうに突撃銃を抱きしめて丸まっていた。今の今まで背を伸ばしていた女性陣が異常なのだ。

 苦し気な姿勢で運転しながらライザが笑う。


「かっかっか!『ブラックホーク・ダウン』みたいだね! あれじゃ銃弾に車の装甲をスパスパ抜かれたって話だから、ウチはいい車を使ってるよ!」

「あんたヤクでもキメてんですか!? ハイに振り切れてますよ!」

「オイオイ失礼すぎるぞニッポニーズ! こちとら品行方正な軍人あがりのPMSCスタッフだぞ! あとで謝れ!」

「生きてたらね!」

「絶対に生きて帰してやる!」


 ライザは笑みを強く刻んで体を起こす。

 直後、二人の小汚い男が身を隠す大きな岩をすり抜けた。正面からの銃撃がやみ、いずれも後方からになる。

 ライザが覗き込もうとしたサイドミラーが破裂して吹っ飛んだ。口をすぼめて首を引く。


「おぅ……ま、これで待ち伏せは抜けたかな」

「いや、後ろ、来てます!」


 無事なサイドミラーから後ろを見て、沙希は叫ぶ。


「スズキの軽が背中に銃つけて走ってきてます! スズキが!」

改造戦闘車両(テクニカル)か!」


 ライザがにわかに真剣な面持ちでハンドルを握る。緊張を横目に見て取って、沙希は窓に手をかざした。


「私は日本人だぁ! やめろスズキ、同胞を裏切るのかぁー!?」


 ぶっ。ライザが吹き出す。


「はっは! JK!! お前こそヤクやってんじゃないんかよ!」

「あとで謝れっ!」

「生きてたらな!」


 軽口なのか怒号なのか、銃撃と悪路の轟音のなか叫び交わす二人を、男性兵士たちは不気味そうに見ている。

 状況は悪い。先ほどまでよりも低い銃声がどろどろと轟く。

 装甲はその効果を存分に発揮しているが、衝撃のたびにタイヤが少しずつ横滑りする。

 沙希は揺れに耐えかねてドア横のグリップにつかまった。


「どうして直接襲ってくるんですかね!?」

「そろそろビデオレターでも送りたいんだろ! この間、米軍がアジトをひとつ潰したからな!」

「バッドタイミング!」


 ここでいうビデオレターとは、米軍兵士を拷問にかけるグロ指定ムービーのことだ。たまらず沙希は吐き捨てた。


「ようつーばーはクソ! はっきりわかんだねッ!」


 この場の誰も米軍兵士ではないが、相手にとっても世論にとっても、PMSCとの違いはわからない。たとえ誤解が解けたとしても「ごめん、じゃあ通っていいよ」と言ってくれることはない。


 つまり、どう転んでも捕まれば死ぬ。


 ずる、とジープが浮かんだ。

 ライザがハンドルを投げ出した。


「ダメだクソッ、つかまれ!」

「おおおあぁあぁあああああ――――!?」


 岩に乗り上げたジープはぐらりと回り、世界が傾ぎ、落ちた。天地がひっくり返った衝撃で沙希はシートに突き飛ばされた。


 どうなっちゃうの~~~~!? じゃねぇよ。


 本作は「さよなら栄光の讃歌」(著:金椎響 様)と同じ世界を舞台にしたシェアードワールド作品となっております。

 が、読まなくても楽しめるよう、かつ小難しいことなく好き勝手に楽しみましょうという合意があるために好き放題に展開しております。


 がっつりシリアスに戦争犯罪を追う迷えるPMCオペレータを描く「栄光の讃歌」に、こんなクソふざけた女子高生は出てきません。スリリングかつスペクタクルな、アメコミ映画みたいなホンワカ軍事でエンタメ重視に回していく所存でございます。スピンオフですね。

 ぜひ、原作ともどもお楽しみくださいませ。

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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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