第9話 女三人寄れば姦しい(僕はその中には含まれないはず)
「カーミラは吸血魔族だ」
と、レズビアが言う。
「吸血鬼ってこと?」
「まあ、そういうのもだな。鬼ではないがな」
「うんうん、そうだよ。血ぃ吸うたろか!」
カーミラががぶりとやってこようとする。
「ひっ、ちょっと待って。それ痛いよね? めっちゃ痛いよね?」
「大丈夫だよ。痛いのは最初だけだから」
「そんなことないでしょ。割りとずっと痛いでしょ。てか、最初痛いのも嫌だからね」
「別に良いだろう。減るもんじゃあるまいし」
レズビアは呑気なことを言う。
「明らかに血減るよね?」
「ちょっとだけ。先っぽだけ。先っぽぷすってやるだけだから」
「無理無理。絶対無理」
いくら美少女の頼みでもダメなものはダメだ。
「リリスちゃん、ごめんごめん。怖がらないで。リリスちゃんの血、おいしそうだったから、ワンチャンあるかなーって言ってみただけだよ」
「じゃあ、もう血を吸おうとかしない?」
「うんうん、寝込み襲ったりとかしないから大丈夫」
ちょっと不安だけど、まあ、いいか……。
「ちなみに、カーミラと私は同じクラスだ」
と、レズビアが言う。
「同じクラスって、魔界学園の?」
「うんうん、私とレズちゃんは、同じ『いちご組』なんだよ」
「いちご組ってクラスの名前? ファンシーすぎるでしょ。幼稚園か!」
「だからカーミラ、レズちゃんはやめろ。眼球えぐりとるからな」
脅し文句怖すぎでしょ。さすが悪魔。
「ひえぇ……。ごめんね、レズビィちゃん」
「そこまで言うなら『ア』までちゃんと発音してほしいが……」
「ねえねえ、レズビィちゃん、あれスーちゃんじゃない?」
ふと、カーミラが知り合いを見つけたらしく、レズビアの脇腹を突っつく。
「きゃっ! やめろ。脇腹は弱いのだ」
レズビアもたまにかわいい反応みせるな。
「スーちゃあああああん!」
カーミラが、前方にいる少女に大きく手を振る。
呼ばれた少女は、恥ずかしそうに頬をかくと、不承不承といった様子でこちらに来た。
彼女は、美しい金髪のロングヘアをしていて、白い肌と青い瞳を持っていた。
背が高く、すらりとしていて、北欧の美人のようだった。
白のフリルがついた水色のドレスを着ていて、清楚な印象を与えているけれど、よく見るとつぎはぎだらけで、スカートの裾のフリルもとれかかっている。
やっぱり彼女も魔族であるらしく、背中にはがっしりとした緑色の翼が生えていて、頭には銀色に輝く鋭い角があった。
そして、スカートの間から、緑色の太い尻尾が覗いている。
「あら? レズビアと愉快な仲間たちじゃない?」
「スウィング、何か用か?」
レズビアがジト目で言う。
「用もなにも、そっちが呼んだんでしょ!」
スウィングと呼ばれた少女は、ぷりぷりと怒りながら、足で地面を踏み鳴らす。
おおっ!?
ずどんと地面が揺れる。さすが魔族。
「スーちゃん!」
カーミラが金髪の美少女にばっと抱きつく。
「会いたかったよぅ」
「毎日一緒にいるでしょうに……」
金髪の少女は呆れ顔で言う。
「リリスちゃん、うちのクラスのスーちゃんだよ」
スーちゃんと呼ばれた少女は、スカートの裾をなおし、
「あたしは、スウィング・アルムクウィスト。竜魔族よ」
ふーん。竜か。
ちょっとかっこいいな。
口から火とか吐くのかな?
どうせなら僕もあんな感じの魔族にしてくれたらよかったんだけど。
「私の新しいメイドのリリスだ」
レズビアが僕のことを紹介する。
スウィングは僕の身体を下から舐めるように見ていく。
そんなにじろじろみないでほしいんだけど。
スウィングは、僕の角の先っぽまで見ると、それからまた視線を落として胸のところで止まった。
そして、僕の胸を凝視してくる。
「な、何……?」
「もしかして、淫魔族かしら? そんなビッチをメイドにするなんて、魔王の娘も地に落ちたわね」
スウィングはさっと髪をかきあげる。
び、ビッチって。
そういえば、魔王の隣の竜もそんなこと言ってたな……。
「ひとのメイドを馬鹿にするな。それに、落ちぶれているのはお前のほうだ」
と、レズビアはスウィングを指差す。
そして、僕に向かって、
「あいつの家は最近までかなりの栄華を誇っていたのだが、今ではすっかり没落してしまったというわけだ。盛者必衰というやつだ」
「何よ。絶対またやり返してみせるわ」
と、腕を組んで言う。
そのとき、突然、
ぐううううううううううううううううううう。
と、彼女のお腹が鳴りはじめた。
スウィングは顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。
「満足に食事にもありつけないなんて、相変わらず相当だな。リリスに謝ったら、恵んでやらないこともない」
僕とレズビアとカーミラの三人(いや、三体か?)がスウィングを見つめる。
「謝りゃいいんでしょ、謝りゃ。ごめんなさいねー」
スウィングはいかにもおざなりな謝罪をする。
でも、謝るってことは、飯にはありつきたいんだろうな……。
「どうだ、リリス? このトカゲ女、ふざけた態度とっているが」
「誰がトカゲよ!」
「まあ、別にいいよ。なんかめんどくさくなってきた。レズビア、おごってあげれば」
スウィングの発言はもちろん気に入らないけれど、僕は弱い魔族みたいだし、面倒事はごめんだ。
「リリスがそういうのなら、別にいいが」
「じゃあ、みんなでご飯食べに行こう!」
と、カーミラがうきうきした様子で言った。
※ ※ ※
堕落街の西の隅にある食堂が、レズビアのお薦めということだったので、僕らはそこに向かうことにした。
「魔王の娘として、寛大な心で全員の食事代をおごってやろう。感謝するがいい」
と、レズビアが得意げに言う。
「特に、そこの爬虫類」
「だから爬虫類でもトカゲでもないわよ」
「ねえ、レズビィちゃん、私の分もいいの?」
「ああ、もちろんだ」
「ありがとう!」
カーミラはレズビアに抱きついた。
「おい、や、やめろ。くっつくな」
レズビアはじたばたしながら、ようやくのことでカーミラを引き離す。
「ねえ、カーミラのその頭の羽って、空飛べるの?」
と、僕はずっと疑問に思っていたことを言う。
カーミラはぽかんとしたあと、
「リリスちゃん、何言ってるの? これは飾りみたいなものだよ」
彼女は頭の羽をぴくぴくと動かす。
「けっこうかわいいでしょ? たまにデコったりするんだ」
「たしかにかわいい」
でも、デコんの? 頭の翼を?
「ありがとう! リリスちゃんも超かわいいよっ!」
カーミラは今度は僕にぎゅっと抱きついてくる。
こんなふうにかわいい女の子に抱きつかれるなんて、魔界も捨てたもんじゃないかなーって。
「そんなことも知らないなんて、巨乳はバカだっていうけど、本当なのね」
スウィングがさっと金髪をかきあげる。
「なんだよ、その偏見」
やっぱ絶対に許さない。
こいつも人間に退治されてしまえ。
勇者さん、お願いします。
「でも、リリスちゃんの天然なところも、すっごくかわいいよ」
「僕はバカでも天然でもないからね」
僕はこれでも大学出てるんですよ。三流の私文だけど。
「あ、そうだ。みんなで一緒に手をつなごう?」
と、カーミラが言う。
「私はつながないからな」
と、レズビア。
「あたしもそんなの恥ずかしいわ」
と、スウィング。
カーミラは僕のことをきらきらした目で見てくる。
そんな目で見られたら仕方ないなぁ。
僕はカーミラの小さな手をそっと取った。
彼女の手はとても柔らかかった。
僕はどぎまぎする。
魔界に連れてこられて嫌な思いばっかしてるけど、こんなかわいい子と手をつないで歩くなんて、まるで夢のようじゃないか。
「私のときとずいぶん反応が違うな」
「もしかして、嫉妬してるの?」
「誰がだ!」
レズビアは僕の尻尾をぎゅっと握ってくる。
「痛っ、痛いって」
「私はリリスの尻尾をつかむとしよう」
「マジこれメイドというより奴隷じゃん……」
レズビアさえいなければ、もっとマシなのに。
「な、なんかあんたも大変ね……」
まさかのスウィングが同情してくれた。