第8話 堕落街(堕落と墜落って似てるよね)
「きゃああ!」
ばさばさばさばさばさばさばさばさばさ……。
僕は翼を思いっきりはばたかせ、地面すれすれを舐めるように平行移動しながら、なんとか身体を浮上させる。
土煙が周囲を舞って、視界が悪くなる。
どうにか激突することは回避できたみたいだ。
しかし、勢いあまって、前方に積み上げられた藁の中に突っ込んだ。
ばふううううううううううううううううううう。
「痛っ……」
ちょっと痛いけれど、藁がクッションになってくれたおかげで、どうにか無事なようだ。
僕は藁をかきわけ、外に出る。
口の中に入った藁をぷっと吐き出し、スカートについた埃をぱんぱんと払う。
「レズビア、大丈夫……?」
僕は藁の中に埋まっているレズビアの手を取り、中から出してやる。
「いったいお前は何をやっているんだ! 私を道連れに死のうとしたのか!?」
「いや、ちょっと考え事をして、ぼーっとしちゃって……」
「どうせエロい妄想でもしてたんだろう?」
「ち、違うって」
気づくと、僕らの周りには、魔族たちが集まりはじめていた。
身体が赤だったり、青だったり、緑だったり、ピンクだったり、
また、髪の毛が赤だったり、青だったり、緑だったり、ピンクだったり、なかったり。
トゲがついているやつや、尻尾が生えているやつや、触手が生えているやつや、目玉が何個もついているやつや、いぼいぼがいっぱいついているやつや……とにかく、化け物ばかりだ。
まあ、僕のその化け物のうちのひとりなんですけどね……。
その化け物たちは、ひそひそと話をしている。
「悪魔族の女の子と淫魔族の女の子が、空から落ちてきたんだって」
「え? 何で何で?」
「なんか悪魔族の子が、淫魔族の子の背中に乗ってたんだって」
「それマジ?」
「うんうん、大マジ」
「それがあの子たち?」
「そうそう」
「淫魔族の子、すごいおっぱいしてる」
「いくら淫魔族っていってもでかすぎだねえ」
「おい、あの淫魔族の女、すげえおっぱいしてんな」
「ああ、でも俺はあんまりでかすぎて好きじゃねーな。隣の悪魔族の女のほうが好みだな」
「女はやっぱり巨乳だろ。それに童顔だしロリ巨乳みたいじゃね?」
「いや、でかすぎるくらいなら貧乳のほうがいいだろ」
「ロリ巨乳は大正義だろ」
「お前はわかってねーな」
「なにぃ!?」
僕らはすっかり野次馬たちに囲まれてしまった。
なんかみんな僕のおっぱいの話してない?
胸をガン見されてるし。
ううっ、あんまり見ないで。
レズビアも恥ずかしそうに、
「り、リリス、行くぞ」
と、言って僕の手を取り、野次馬たちをかき分ける。
そして、どうにか路地の中に入る。
「リリスのおかげで散々な目にあったな」
「ひとの背中に乗るからだよ。あ、そういえば、さっきレズビア、『きゃあ!』って叫んでなかった?」
「わ、私が、そ、そんな悲鳴あげるわけがない」
「レズビアもそういう女の子っぽいところがあるんだなって」
「うるさいぞ、おっぱい」
「何だよ、みんなしておっぱいおっぱいって」
「ふん、何度でも言ってやろう。おっぱい! 爆乳! 奇乳! ホルスタイン!」
さすがに奇乳はひどいでしょ……。
てか、奇乳ってどういうものか知ってんの……?
※ ※ ※
僕とレズビアは路地から大通りに出た。
大勢の色んな魔族が歩いている。
僕がそれを言うと、レズビアは、
「そうだな。ざっと300種くらいの魔族がいるな。細かく分けるとその数倍になるが。できれば全部覚えておいたほうがいいな」
「そんなに覚えきれるかな」
と、僕はつぶやいたけれど、ポケモンのほうが多いし、たぶん慣れれば覚えるんだろう。
全部覚えるまでに元の世界に帰りたいけれど。
堕落街の通りには、いろんな小型の店舗が立ち並んでいた。
飲食店はもちろん、本屋、雑貨屋、美容院、不動産屋、ネットカフェ……それにどうやら風俗っぽいものもあるみたいだ。
ただ、道にはゴミが散乱していて、ちょっと饐えた臭いもする。
「なんかカオスって感じだ」
「それが魔界の魅力でもある」
レズビアが得意げに言う。
「そうだ、そこの串焼きを食べよう。あそこのはかなりうまい」
レズビアは焼き鳥のようなものを焼いている屋台を指差した。
そして、僕とレズビアはその串焼きを一本ずつ注文した。
僕は串にかぶりつく。
うまい、異様にうまい。
「これ、何の肉?」
「これか? まあ、胴の長い豚だ」
「ふーん。豚か」
僕のいた世界の豚よりもずっとうまいな。
※ ※ ※
串焼きを二人で食べていると、ひとりの魔族の少女が前方に現れた。
「あ、レズちゃんだ」
赤い髪をツインテールに結った少女がこっちに駆けてくる。
ツインテールが左右に元気よく跳ねている。
そのツインテールの結び目の根元のところから、小さなコウモリの翼のようなものが生えていた。
彼女の背は小さく、ゴシックロリータ風のドレスをまとっていた。
「カーミラ、レズちゃんはやめろ」
レズビアがむっとした表情で言う。
「ごめんごめん、友達といたんだけど、はぐれちゃって。ねえねえ、隣の子は? 初めましてだよね? あたし、カーミラっていうんだ」
カーミラと名乗った少女が人懐っこそうな声で言う。
レズビアは、僕に自己紹介しろというように、背中を突っついてくる。
それはいいんだけど、背中がはだけているところを突っついてくるのはやめてほしい。
「やま……じゃなくて、リリスです」
「ヤマジャナクテ・リリスちゃん……変わった名前だね。よろしくね」
「『やまじゃなくて』のところはいらないよ」
「そうなの?」
「うん、リリスっていうのが名前。『やまじゃなくて』のところは忘れて」
「わかったよ。いちにのさん、ぽかん! カーミラは『やまじゃなくて』のところを忘れました」
カーミラがおどけた調子で言う。
「ねえ、リリスちゃんって、すっごくかわいいね」
「どうも」
かわいいって言われるのは何だか複雑な気分だ。
照れるというかなんというか。まあ、ブサイクとか言われたら怒るけど。
「リリスは私が新しく雇ったメイドだ」
と、レズビアが言う。
「そうなんだ。リリスちゃんのメイド服すっごく似合っててかわいいねっ!」
「そ、そうかな」
「うんうん、超かわいいよっ! あと、尻尾の先も、ハートマークみたいになってかわいい! あ、もしかしてリリスちゃんって、淫魔族? 淫魔族って、かわいくてセクシーな子が多いんだってね。あたしみたいなちんちくりんとは違うなーって。うらやましい」
カーミラがきらきらした目で僕を見つめてくる。
彼女も、いや彼女のほうがかわいい、と僕は思う。
大きくて、純粋そうな目がとても素敵だ。
「リリスも割りとちんちくりんだ。胸がでかいだけだな」
誰がこんな姿にしたっていうんだよ。
ふと、カーミラがぐっと僕に近づいてくる。
彼女の頭の翼が、ぴょこぴょこと動いている。
「リリスちゃん」
「な、何?」
女とまったく縁のなかった僕が、こうして今日二回も女の子と接近している。
こんなわけのわからない世界に連れてこられ、わけのわからない姿にされ、わけのわからない状況に置かれているけれど、ようやく僕にも春が来たってこと? あ、でも、レズビアのあれはノーカンだな。乳つねられたし。
カーミラは僕の身体に触れ、
「ねえねえ、そのおっぱいちょっと触ってみてもいい?」
「きゃっ、もう触ってるし」
カーミラがいきなり指で胸をつっついてきたから、思わず女の子っぽい声が出てしまった。
「すっごく柔らかい! ねえ、ちょっとだけ噛んでいい?」
「か、噛む??? だ、ダメに決まってるでしょ」
「ちょっとだけ。ほんとに先っぽだけだから」
「先っぽ? 何の先っぽ???」
カーミラは口を開き、そこから覗く、鋭利な刃物のような自分の牙を指差した。
ひっ、ひえぇ……。