表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/41

第6話 魔王(って、とげとげ好きだよね)

 魔王の居室の前にたどり着いたころには、もうすっかり疲れ果てていた。

 僕は自分の翼を優しくさすってやる。

 ううっ、頑張ったね、僕の翼。


「済まなかったな」

 と、レズビアは言うけれど、あんまり済まなそうな顔をしてない。


 目の前には、城門のような巨大な扉がある。

 はえぇ……でっかい……。

 開けるの大変そう。

 

 扉の脇には、トカゲ人間の魔族が二体立っていた。

 うわぁ。リザードマンってやつ?

 マジで鱗とかついてて、気持ち悪い。

 食われたりしないかな?

 僕はレズビアのちょっと後ろのあたりに隠れるようにする。


 トカゲ人間のうちの一体が、

「レズビア様、お久しぶりです」

 と、挨拶する。


「そうだな。ここに来たのは何年ぶりだろうか」


「約70年ぶりですね」


「もうそんなになるのか」


「え? 70年……? レズビアって相当なババ……」


 痛っ!

 レズビアは僕の足を踏んづけてきた。

 クソッ、この暴力ババアめ……。


「魔族の70年は、人間の7年だ」

 と、レズビアは僕に耳打ちする。


 でも、70年は70年じゃん。

 戦後すぐの話じゃん。生れは明治時代?


「レズビア様、後ろの女の子は?」

 トカゲたちは、僕の胸を凝視しながら、にやついている。先の割れた舌をぴろぴろ~って出してる。

 ううっ、そんなに見るなよ。やめてよ。

 ……でも、僕もこんな爆乳の女の子が歩いてたら、ガン見しちゃうけどね。


「私の新しいメイドだ。リリスという」


「今日はその報告に?」


「まあ、色々あってな」


 そんなやりとりのあと、二体のリザードマンは魔王の部屋の扉を開けてくれた。

 扉が開け放たれた瞬間、風がわっとこちらに吹いてきた。



  ※   ※   ※


 

 まず、魔王はでかかった。

 3メートルくらいはあるんじゃないかって感じ。

 それで彼もやはり青い肌をしていて、身体に角とかトゲとかいろいろついてる。

 あと、世紀末みたいなトゲのついた肩パッドをつけてる。トゲ好きすぎでしょ。


 ぶっちゃけ気味悪いけど、まあ、魔王だし。何されるかわかんないし。


 その隣には、竜がいた。金色の身体に巨大な翼を持っている。

 竜は僕のことを、敵意のこもったような目で、ぎろりと睨んだ。


 ひえぇ……。


 僕はまたレズビアの後ろにさっと隠れた。


「ワイちゃん、そんな脅かすのは、かわいそうじゃん?」

 と、魔王が竜のほうを向いて言った。

 

 めっちゃ軽い口調だった。

 それにあの竜、ワイちゃんっていうの?


「この神聖な場に、淫魔族のようなクソビッチを連れてくるなど……」


 ひっ! 僕はクソビッチなんかじゃありませんって!

 てか、隣のオットセイのほうがよっぽど問題じゃない?


「まあまあ、ワイちゃん、そんな差別しなさんなって。で、レズビアン」


「お父様、私の名前は、レズビアンではありません。レ・ズ・ビ・アです」


「ごめんごめん。で、レズビア、今日は新しいメイドを雇ったって報告? わざわざ報告してこなくても、適当にやってていいのに」


「たしかに彼女はリリスという淫魔族の少女で、私が雇ったメイドですが、お父様に報告に上がったのには、事情があるのです」


「事情?」


「はい。人界の人間どもが『伝説の勇者』を召喚しようとしているという、あの件です」


「ふむ。で、それとどういう関係?」


「人間どもは、ペロンチョ界から山田たかしという人間を、『伝説の勇者』として召喚しようとしていました。それで私が山田たかしをこの魔界に先に召喚し、淫魔族の少女に変身させました」


「え? マジ? そんなことできるの?」

 魔王が目を点にする。


「はい。私の召喚術の研究の成果です。これで魔界は救われます。私はすばらしい仕事をしたでしょう、お父様」


「たしかにこんなにうまく召喚・変身を成功させるなんてさすが私の娘だけどねえ。それはそれですばらしいんだけどさ、でもさ、レズビア、あれって『週刊魔界』とかの週刊誌とか、タブロイド紙のネタでしょ? レズビア、それ本気にしちゃったの?」

 魔王はちょっと呆れたような声で言う。


「お、お父様、火のないところになんとかといいますし、こうしておけば安全です」


「でも、本当かどうかわかんないのに、種族も性別も変えちゃうとか、かわいそうじゃない? しかも、淫魔族とか」


「かわいそうとかそういったことは言ってられません」


 なんか僕が「伝説の勇者」っていうのもガセネタみたいなこと言ってるし、これって、もしかして元の世界に帰れるかもしれないって状況? もしかしてワンチャンある?


 ここは僕も勇気を振り絞って、アッピールしなければ。


 僕は前に踊り出る。

 ワイちゃんがぎろりと睨む。

 怖いけど、ここは負けてられない。


「魔王様、そうです、僕はかわいそうです。いきなり女の子の、しかも淫魔族の姿にされて困ってるんです。元の世界に、元の姿に戻してください」

 と、主張する。


「うーん。そうだねえ」

 魔王は腕を組んで考え込む仕草をする。


「お父様、例の話が真実であれば、この事態は万々歳ですし、もしガセネタで間違っていたとしても、特に不都合になることはありません。それに、私は彼――今は彼女ですけど――を元に戻す方法を知りません」


「「え?」」


 僕と魔王が同時に声を上げる。


「召喚術を適当な感じにいじっていたら、偶然できたのです。だから、ちょっと元に戻す方法とかはわかんないですね」


「そ、そんなぁ」

 僕はがっくりとひざをつきそうになる。 


「レズビア、それってちょっとひどくね?」


「でも、お父様。これは魔族のためです」


「しかしまあ、たしかに得をすることはあっても、損をすることはないかあ」


「僕は損です。理不尽です。僕だけめっちゃ割りを食ってるじゃないですか!」


「でもまあ、こうなった以上、君はもう淫魔族の女の子として魔界で生きてもらうことにするしかないねえ」

 魔王が僕のことをぎろりと見る。


「ちょっと待ってください」

 僕は懇願する。


「いや、待たない。これは決定事項だ。君はもうただの魔族の少女、私に口答えする権限はないよ」


「そんな!」


「とりあえず、この件は我々だけの秘密だ。それでだ、君はとりあえずレズビアと同じように『魔界学園』に通ってもらうことにしよう」


「魔界学園?」


「魔界の少年少女たちを教育する機関だ」


「そういうのがあるんですか」


「もちろんだ。魔界のことをバカにしてるの?」


「そんな滅相もございません。で、ですが、えっと、それで、その学園に通うとして、僕はこれからどうなるんですか」


「どうもならないさ。さっきも言ったように、君は淫魔族の少女として、魔界学園の生徒としてこの魔界で生活する。あとはたしか、レズビアのメイドだったな。その仕事もやる。以上。はい、これでおしまい」


「ま、魔王様、ぼ、僕は……」


「レズビア、このボインちゃんをさっさと連れて行きなさい。じゃないとさ、かわいいから俺が食べちゃうよ」


 ひっ、ひええぇ……。


 食べるって、捕食するって意味じゃなくて、アレだよね? 

 まあ、どっちにしろやべー意味だけど……。

 

 でもさ、さっきまでかわいそうとか言ってたのに。どうして。態度急変しすぎでしょ。気さくなひとかなって思ったけど、やっぱり畜生だ。勇者にでも駆逐されてしまえ。


「戻るぞ、リリス。あんまりお父様を怒らせないほうがいい。なにせこの魔界で最強なのだからな」

 

 僕はレズビアに手を取られ、部屋を出て行く。

 あ、そうだ。女の子と手をつないだのって、実はこれが初めてだ。

 でも、そんな感慨にふけっているような状況じゃない。



   ※   ※   ※



 降りるときは、けっこう楽だった。

 レズビアを背中に乗せて、急降下しながら、要所で翼を使えばよかったからだ。


 階段室の下部に到着すると、


「これって、全部なにもかもレズビアのせいってことじゃないか」

 と、僕は口を尖らせて文句を言う。


「まあ、そうだがな」

 レズビアは開き直った様子で言う。しかし、そのあとでちょっとしょんぼりした感じで、

「ただ、もっとお父様は喜んでくれると思ったんだけど」

 と、付け加えた。


「もしかして、お父さんに認めてもらいたかったの?」


「そ、そんなことはない」


「兄弟が多くて、しかもその真ん中くらいで、名前もちゃんと覚えてもらってなかったからそれで……」


「うるさい。やめろ! ぶち殺すぞ」

 レズビアはまたでっかいフォークみたいなやつで、僕を突こうとする。


「だから凶器向けるのやめてって」


 レズビアはでっかいフォークみたいなやつを下げると、ふっと優しげな笑みを浮かべ、

「帰るぞ、リリス」

 と、言った。


 彼女も人の子なんだ。

 いや、人じゃなくて、魔族だけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ