第5話 黒い翼で(飛んでみたら気持ちいい)
こうして僕はメイド服を着せられ、レズビアと一緒に魔王のところに行くことになった。
この魔王の城は、レズビアの実験室と同じように、どこもかしこも石造りで、鉄格子の嵌められた窓からは相変わらず気持ち悪い色の空が覗いている。
レズビアは、でっかいフォークみたいなやつを杖代わりにして、かつんかつんという音を立てながら、僕の前を歩く。
彼女の斜め後ろを歩く僕は、うつむいておっぱいを見つめながら、とぼとぼと歩く。
えっと、身体を動かすたびにおっぱいが動くんですけど、これどうしたらいいんですかね。
ちゃんとブラジャーもつけてるのに……。
「どうした? ホームシックか?」
「これ、ホームシックっていうのかな? ここに強制的に連れてこられてまだ2時間も経ってないし」
――ああ、お父さん、お母さん、正月も帰らなかったし、最近まったく会ってないけど、お元気ですか?
僕はなぜか魔界に召喚され、しかも淫魔族の女の子の姿にされ、その上、魔王の娘のメイドにされてしまいました。
もう会えないかもしれません。ダメな息子で本当にごめんなさい。
「住めば都という言葉もある」
「それ、ここのことをディスってる言葉だからね?」
「まあ、慣れれば問題ない」
「慣れたくなんてないし。慣れちゃったら、元の世界に帰ったときに大変だからね」
「ペロンチョ界に帰ることはないから、安心しろ」
「やっぱりどうしても元に戻してくれないの?」
「どうしてもだ」
「はぁ……」
もしかしたら、この魔界にも僕のことを理解してくれて、元の世界、元の姿に戻してくれる魔族がいるかもしれない。その魔族を探さないと。
このまま諦めたら、この先ずっとレズビアの半奴隷的なメイドさんのままだ。
「そういえば、レズビアって、ペロンチョ界のことに詳しそうだけど」
と、僕はレズビアに話しかける。
「異世界から色々なものを召喚して情報を収集しているのだ。生物以外の召喚はそんなに難しいものではないからな。ペロンチョ界にある日本の写真週刊誌とかはなかなか面白いな」
と、レズビアは言うと、急に嬉しそうな表情で、
「そうだ、リリスがペロンチョ界の娯楽が欲しいのなら、出来る限り手に入れてやろう」
「そんなの気休めにしかなんないよ」
と、僕はぶっきら棒に言う。
レズビアは、むっとした表情をして、ぷいっとそっぽを向いた。
怒らせちゃったかな。
でも、僕はそれ以上にずーっと怒ってるんだよ?
「あとさ、言葉ってどうして通じるの? 魔界の公用語って日本語なの?」
「そんなわけないだろう。魔術でリリスの言語中枢、つまり脳をちょっと……」
「脳を? ねえ、脳いじったの? それやべーやつじゃん!」
魔術のくせに生々しすぎるでしょ。
「大丈夫だ。人格には影響を与えない」
「そういってもさ」
「なら、魔術を解除するぞ」
と、レズビアは言うと、続けて呪文のような言葉を発し始めた。
すると――
「沙穂;fgハノイB;あしぇごrなz歩;いぁっほあうぃgrhんぽ;位㎏は;」
「え? 何言ってるかまったくわかんないんだけど」
「S尚;g日は之;日宇2亜w;うhヴィ日L;巻の言う亜hgjkくぃ淤tq4うぃy」
レズビアはべらべらと意味不明な言葉で言うと、少し恥ずかしそうな顔をする。
いったい何を言ってるんだろう。
「やっぱり元に戻して」
「愛宇lj具愛F宇lkgd19位ygぉうp『』―p@朝」
と、レズビアは言って、肩をすくめる。
「ねえ、レズビア」
言葉がわからないのは不安すぎる。
「これで私の魔術の素晴らしさがわかっただろう」
「あ、元に戻った」
ふぅ。僕は安堵する。
「私がさっき何を言ったかわかるか?」
「わかるわけないし。どうせろくなことしか言ってないんでしょ」
僕がそう言うと、なぜかレズビアは不機嫌そうな表情をした。
※ ※ ※
僕とレズビアは階段室にたどり着いた。
吹き抜けの空間に、ジグザグになった階段が、上へ上へと続いている。
どうやら塔になっているらしい。
これマジで上るの?
はぁ……。
僕はレズビアの斜め後ろにつきながら、階段を上りはじめた。
おっぱいのせいで足元が見えにくいから、一歩一歩慎重にステップを踏む。
「なんだか老人みたいな動きだな」
レズビアが僕を振り返って言う。
「しょうがないじゃないか。どうせ女の子の姿にするんでも、もっとおっぱいちっちゃくしてくれたらよかったのに」
「大は小を兼ねるというな」
「僕にとっては何のメリットもないんだけど。はぁ……」
僕はまたため息をつく。そのとき、背中の翼がふと目に入った。
「もしかして、この翼で空とか飛べるの?」
背中に神経を集中させる。おお、ちょっと翼がばさっと動いた。
「それはもちろんだ」
「じゃあ、飛んで移動してみてもいい?」
こんな姿にされたのは不幸なことだけれど、自分の翼で空を飛ぶのって人類の夢じゃないですか。
だから、飛んでみたいなって。
「どこの世界に主人を置いて、先に飛んでいこうとするメイドがいる」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
「まあ、それならよかろう。その身体にも慣れてもらわないといけないからな」
僕は翼に力を込めて、羽ばたかせる。
ばさりばさりと風が起こり、身体がふっと軽くなる。
おお、宙に浮いた。
すごい、マジで飛んでる。
くるりと旋回なんかもしてみる。
吹き抜けの空間を縦横無尽に飛び回る。
すっと心地よい風が髪の毛をなぜる。
ああ、すごく気持ちいい。
あ、レズビアには羽ついてないみたいだし、このまま逃げちゃおうかな。
それで逃げ出してどうにか元に戻る方法を探る、と。
僕は旋回の練習をしていると見せかけ、逃げる機会をうかがう。
よし、今だ!
僕はスピードをあげて、レズビアから離れようとする。
が――
痛っ!
お尻のあたりに強烈な痛みを感じた。
振り向くと、重りのついたロープが僕の尻尾に巻きついている。
ロープは尻尾の先端の、ハートマーク状になっている突起にしっかりと絡まって離れない。
当然のことながら、ロープを握っているのはレズビアだ。
そんなもんまで用意してるの? 準備良すぎ!
「ちょっと待って。引っ張らないで。痛い、痛いから! 尻尾ちぎれちゃう!」
「私から逃げようとするからだ」
「に、逃げようとしたんじゃなくて、す、スピードを上げる練習をしようと思っただけです。そっち飛んでいくから、引っ張らないで。お願い。だから痛いって」
僕はレズビアのところまで飛んでいって、近くに降り立った。
尻尾の付け根をさする。
ううっ、まだちょっと痛い。
そういえば、胸だけじゃなくて、お尻も大きくなってるね……。
安産型? 子供を産むなんて絶対したくないよね。
「もし私から逃げようとしたら、エロ同人みたいな拷問にかけてやるからな」
レズビアがにやつきながら言う。
「ひっ、ひえっ! に、逃げないから」
くそっ、この悪魔め……お約束として、僧侶的なやつに聖なる光的なやつを浴びせられて、消滅させられてしまえ。
※ ※ ※
階段を上っていると、レズビアが急に立ち止まった。
僕はレズビアの背中におっぱいをぶつけて、ぼよんと弾かれる。
「何? 急に立ち止まって」
「たしかに階段をこのまま上るのはだるいな」
レズビアは上へ長く続いている階段を見上げる。
「レズビアは普段この階段を上ってるんじゃないの?」
「いや、普段はほとんど父に会わない」
「そうなの?」
まあ、子供何十人もいるって言ってたし。
「まあな。で、私に考えがある」
「何?」
「リリスの背中に乗れるかもしれない」
「それマジで言ってんの?」
「魔王は普段はここを、竜の背中に乗って上り下りしている」
「僕、竜じゃないんですけど。てか、その竜を呼んできてよ」
「竜は希少種で、プライドが高い生き物だ。自分が認めた者しか背中に乗せない」
「僕もプライドが高い生き物なんで、背中に乗せるのはちょっと……」
と、僕は言ったけれど、
レズビアは無理やり背中にまたがってきて、僕の両角を手でつかんだ。
「ちょ、重っ。無理無理無理だって!」
僕は階段の手すりに手をかけて、なんとか耐える。
「重いとは失礼な」
「ほんとに重いんだって」
「飛べば軽くなるかもしれない」
「くそぅ……」
僕は翼をはばたかせ、宙に浮いた。
たしかにさっきよりもレズビアの身体を軽く感じた。
ただ、けっこう翼のはばたきの回数を上げないといけない。
翼の付け根がすごく疲れるんだけど。
「意外といけるな。よし、頑張れ」
背中に乗ってるだけのやつは気楽でいいよね。
くっ……。
もうこうなったらやるしかない。
僕はレズビアを背中に乗せながら、ばさばさとせわしなく翼を動かし続け、塔の上にある魔王の居場所へと向かう。
お父さん! お父さん! 魔王のところに行くことになっちゃったよ!
――はぁ……父さん元気かな。