第4話 メイド服(おいしくなぁれ、萌え萌えキュン)
「ちょっと待って。えっと、ここって……」
僕はあらためて周囲を見渡してみる。
天井も床も壁もすべて石造りだった。
部屋の中には、本がうずたかく積まれていて、壁際の机の上には、カラフルな液体が入った試験管や三角フラスコ、それにサイフォンのようなものが置かれていた。
鉄格子が嵌められた窓からは、おどろおどろしい赤い空と黄色っぽい雲が見える。
そして、床には複雑な図形が描かれている。これが召喚のための紋章ってやつなんだろうか。
「魔王の城の中にある、私の実験室だ」
「実験室?」
「ああ、ここで魔術の研究や実験を行っているのだ。私は魔術の天才なのだ。だから、こうして召喚も、変身もうまく成功させた」
レズビアは得意げに言って、胸を張る。
「さいですか」
「何だ、その興味なさそうな態度は?」
「だって、魔術の天才とか言われても、よくわかんないし」
「下手なやつがやって召喚に失敗していれば、亜空間に飛ばされて永遠にそこをさまようようになっていたかもしれないし、召喚が成功したとしても、変身に失敗してゴキブリの姿とかになっていたかもしれないな」
「ひえっ!」
「それに比べたら、淫魔族の美少女のほうがずっといいだろう?」
「そうかもしれないけど……」
僕は頭の角を触りながら言う。
なんかざらざらしてる。
「さて、さっきも言ったように、メイド服を着せてやるからついてこい」
レズビアは僕の尻尾をつかんだ。
これってまるでひもにつながれた犬みたいじゃないか。
「でも、ひとついいかな……」
「何だ?」
「下着姿で移動するの……?」
僕は黒の上下の下着をつけたままだ。
こんなブラジャーとパンツをつけてるって状況で、もうすでに相当恥ずかしいのに、この姿のまま部屋の外に出るとかもうヤバい。
「隣が私の部屋だから大丈夫だ。メイド服もそこにある」
「そうなの?」
「しかし、淫魔族の女なのだから、下着姿を見られるくらいどうってことないだろう。むしろ積極的に男に見せるまである」
「嫌だから! そんな変態じゃないから!」
と、言って、僕は自分の胸の谷間を見つめる。
「あ、ええと、淫魔ってことは、もしかして、あの……」
僕は言いよどむ。その答えを聞いたらショックで立ち直れなそう。
「そうだな。もちろん、男を誘惑して、男の『精』を吸い取ったりすることができる」
「や、やっぱり。そんなことしたくない」
「嫌ならしなくてもいいが……。ただ魔力を補充できないから、魔術のたぐいは使えないが」
「そんなことするくらいなら、魔術とか使えなくていいよ」
「たしかにメイドが魔術を使う必要もないか」
「じゃあ、その男と云々はしなくてもいいってわけ?」
「そうだな」
「よかった……」
まあ、この状況自体が全然よくないんだけどね。
※ ※ ※
たしかにレズビアの部屋は実験室とドア続きになっていた。
彼女の部屋は、石造りのため、寒々とした印象も与えているけれど、意外とファンシーだった。天蓋つきのベッドがあり、ファブリックは薄いピンクで統一されている。
「なんかお姫様みたいだ」
「いちおう私も姫ということになるが……」
「あ、そうだったね」
「た、ただ私の趣味ではない。これは姉のものの流用だ」
「へえ、お姉さんがいるんだ」
「まあ、20人くらいいるな」
「は? 20人?」
「ちなみに兄も弟も妹も20人くらいいる」
「君のお父さんヤバくない? オットセイ将軍みたいじゃん」
「オットセイ将軍とは何かよくわからないが、まあ魔王だからな」
「それでメイド服だが」
レズビアはクローゼットを開いて、ひとそろいのメイド服を取り出す。
そのメイド服は、クラシックなタイプというより、ミニスカートで胸元が大きく開いている、なんというかそういうお店の衣装のようなものだった。
てか、何でレズビアの部屋に置いてあるの……。
まさか、これを着てメイドさんごっこでもやってるんじゃ……?
レズビアがメイド服を着て「お帰りなさいませ。ご主人様」とか「おいしくなぁれ。萌え萌えキュン」とかやってるところを想像する。
いや、それはいいとして、
「これ、本当に僕が着るわけ?」
大学の学祭で着ぐるみ着せられたことがあるけど、それ以上に恥ずかしい。
「嫌なら全裸にエプロンとかでもいいが」
「着ます! 着させていただきます!」
はぁ……やれやれだ。
やれやれだと思っても、僕はもう射精できない。
僕は仕方なく、そのメイド服を着る。
おっぱいのあたりとかすごくぴちぴちで強調されている。
いわゆる「乳袋」ってやつができてる。
ミニスカートはパンツが見えそうで、すごく心もとない。
ちなみに、背中は翼がうまく出るようにぱっくりと開いている。
最後にレズビアが僕の頭にメイドカチューシャを載せた。
これでピンク髪巨乳の淫魔族のメイドさんの完成だ!
やったね!
いや、まったくよくねーよ……。
「は、恥ずかしい……」
もうやだ。早く元に戻る方法を見つけ出さなければ。
「ちょっと練習してみるといい。『お帰りなさいませ、ご主人様』。はい、リピートアフタミー」
「お、おか……ってそんなこと言えないって」
「そうだな。『お帰りなさいませ、お嬢様』のほうがいいか」
「そういう問題じゃなくてですね」
「それならば、『おいしくなぁれ。萌え萌えキュン』でもいいぞ」
「僕、そういうメイドさんじゃないでしょ」
「とにかく何でもいいからやれ」
レズビアがでっかいフォークっぽいやつを一瞥する。
「わかりましたよ。『お、お、お帰りなさいませ、お嬢様』」
僕は恥ずかしさを我慢して、なんとか言ってのけた。
「さ、リリス、行くぞ」
「ちょっと待って。反応なし!?」
せっかくやったのにぃ!
「てか、行くってどこに?」
「そりゃ、淫魔族の女が『イク』といったら、あれだろう」
「ひえっ、まさか」
「魔王のところだ」
「何だ、魔王のところか……」
って、え? 魔王のところ?