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第38話 踊りとその終わり(僕は魔界に来てよかったと思う)

 思わず踊りだしてしまいそうな、軽快なジャズの音楽が聞こえてくる。楽しげなホーンセクション、弾むようなピアノ、小気味よいドラムスの音。何もかもがきらきらしていて、楽しげだった。


 僕は会場内を見渡した。

 魔王が美しい大人の女性と軽やかに踊っている。

 スウィングはいかにもお金持ちそうな男と踊っていて、カーミラは十歳くらいの少年と踊っていた。


 レズビアのほうを見ると、壁の花になっていた。アルビンと踊ったあとに一緒に踊ろうかな。女どうし? でも、そういうのもあってもいいんじゃないかな。


 僕は緊張しながら、アルビンと向かい合う。手汗がすごいので、ドレスでごしごしと拭く。

 彼もどうやら緊張していて、恥ずかしいようだった。


「こういうのは初めてか?」


「うん、二日前に練習しただけ。うまく踊れないし、やっぱり僕と踊るのはもうよしたほうがいいんじゃない?」


「踊りなんて何でもいいんだ」


「じゃあ、オタ芸とか打つ?」


「何だよ、オタ芸って」


「知りたい?」


「どうせ卑猥な意味なんだろ」


「そんなんじゃないし。アルビンこそいっつもエロ妄想してんでしょ」


「ばっか。そんなんしてねーし。ほら、やんぞ」

 アルビンは僕に向かってゆっくりと両手を伸ばす。僕はその手を取る。


「ゆっくりと、俺に合わせて動きゃいい」


 そして、ふたりで手を合わせながら、右に左にとステップを踏む。アルビンがときおり僕の右手を上に上げたり、たまにターンしたりする。その間、乳が当たらないように慎重しないといけなかった。


「お前を元に戻すって話だが、何とかなりそうだ」

 と、アルビンが声をひそめて言う。


「ほんとに?」


「ばか、声がでけーよ」


「ごめん」


「あともうすぐで術が完成する。月の満ち欠けの影響なんかもあるから、三日後の夜がチャンスだ。そこを逃すと、もう無理かもしんねえ。俺はもう二度と術は組まねーからな」


「ありがとう。でも、三日後か……」


「何だ? やっぱ寂しいのか?」


「うん……」


「ずっとここに残りゃいいじゃねーか」


「そういうわけにはいかないよ。親にもしばらくあってないし。それに、魔界でこの姿でずっとやっていくのは不安なんだ。魔族って何百年も寿命があるわけだし、年取ったらおばちゃんになって、おっぱいもへちまみたいにびろーんってなっちゃいそうだし」


「俺だって、将来は不安だ」


「アルビンは僕にずっとここに残ってほしい?」


「そんなん思っちゃいねーよ」


「最後に一回だけ僕と寝てみる?」


「お前、完全にもう淫魔じゃねーか」


「いや、一回くらいは試して、どんなもんかなーって体験するのもいいかなーって」


「別の男とやれ。お前みたいなキモいのなんて、さっさと帰っちまえ」


「ひどいな~」


 僕は考える。あと三日か。その間に、この魔界での生活を楽しんで、悔いが残らないようにしないと……。

 でも、本当にそれでいいの?ってもうひとりの自分が頭の中から問いかけてくる。



   ※   ※   ※



 アルビンと踊り終わったあと、隅っこで手持ちぶさたになっているレズビアのところに行った。


「レズビア」


「何だ、リリス。飯ならもう腹がいっぱいだ」


「僕と一緒に踊ろう?」


「お、女どうしなんて、変じゃないか」


「別に変じゃないと思うよ。それに僕、男だし」


「こんな男がいるわけないだろ、バカ」


「とにかく、一緒に踊ろう」

 僕はレズビアの手を引いて、会場の真ん中のほうに行く。


「本当に一緒に踊るのか? 周りから見られている気がするが」


「気にしない、気にしない」

 僕はレズビアの両手をつかんだ。


 レズビアは恥ずかしそうに、

「まあ、わかった。少しだけだぞ」


「うん、僕も踊りとかよくわかんないから、ゆっくりいこう」


 僕とレズビアは、それっぽく身体を動かす。右に、左にとただふたりで移動するだけだ。全然かたちになんてなってないだろうけど、それでもかまわない。


「最初はすんごく嫌だったよ。この姿も、レズビアのメイドになるのも」

 と、僕は踊りながら言う。


「何でいきなりそんなことを言ってくるんだ」

 レズビアは口をとがらせて言う。


「この姿にしたのが、レズビアの超個人的な理由だっていうのも、知ったときはちょっとイラっとしたけどさ。でも、今はここに来てよかったって、レズビアのメイドでよかったって思ってる。この姿にも慣れてきたし」


「全部私の勝手だ。無理にそう思う必要なんてない」


「無理になんて思ってないよ。これは本当に僕の素直な気持ち」


「そんなこと言っても、甘やかしたりしないからな」


「大丈夫。これからちゃんと朝起きるから」

 と、僕は言ったけれど、「これから」というのはあと数日だけのことだ。


 もちろん僕はレズビアに帰るよ、なんて言わない。黙って元の世界に帰るわけだ。それがすごく心苦しい。胸がきゅーっと痛くなる。


 ふと、魔界でのこの五日間くらいの記憶がよみがえってきた。

 レズビアと銭湯に入ったこと、彼女とスウィングとカーミラとでデパートに行ったこと、みんなでピクニックに行ったこと……まあ、触手モンスターの件は忘れよう。そして、昨日寮の部屋でみんなで遊んだこと。

 痛いこと、苦しいこと、恥ずかしいこと、情けないこと、そういったこともいっぱいあったけど、嬉しくて、楽しかったことのほうが多かったかな。


「レズビアと会えて、よかったよ」

 と、僕は言った。


 すると、レズビアは狼狽した様子で、

「な、な、何を……」


「本当に」


「わ、私も……」

 と、レズビアは面映そうに言った。



   ※   ※   ※



 その後、僕はベリトさんに誘われて踊った。


「リリスちゃん、すごく美しいね。メイドにしておくのなんてもったいない」


「いえ、僕はメイドですから」


「リリスちゃんは、魔界のこと好き?」


「もちろんです」

 僕は笑顔で言った。


「そうか……」

 ベリトさんはつぶやいた。

「ちょっと速くするよ」


「でも、僕はうまく踊れないですし……」


「僕に身体を預けて、同じ方向に動いてくれるだけでいい」

 ベリトさんは僕の背中に手を回す。


 ひゃっ! そこはだけてるところなんですけど。


 ベリトさんは動きを速くする。

 僕はあたふたしながら、なんとかついていく。


「回るよ。ちょっと身体を後ろに倒して」


「え? 回るって……」


 ベリトさんは僕の腰のあたりに右手を伸ばし、そして片手だけで少し上に持ち上げた。


「う、うおっ!?」


 そして、くるりと一回転。


「わわわわわっ!?」


 さらにもう一回転。そのまたさらにもう一回転。


 目が回る目が回る目が回る。


 回転が終わって地面に着くと、若干ふらっとした。


「大丈夫? ちょっと調子に乗りすぎちゃったかな」


「いえ、面白かったです。公園の遊具みたいで」


「よかった。でも、変なたとえだね」

 と、ベリトさんは笑って言う。が、すぐに悲しげな顔をして、

「これで、もう終わりだ」


「え? ああ、ありがとうございました」


「踊りだけじゃなくて、何もかもだよ」


「何ですか? まだ終わる予定の時間じゃないですけど」


「いや、もう終わりだ」


「帰るんですか?」


「俺には帰る場所なんてないさ」


「は、はぁ……」

 なんだろう。哲学的な話かな。

 僕も文学部だったから、カントの『純粋理性批判』とか読んだことあるよ。最初の一ページだけね。


「リリスちゃんみたいな純粋な子を犠牲にするのは、多少は心が痛むけれど」


「犠牲? 何の話ですか……?」

 僕は少しずつベリトさんから少しずつ後ずさる。


「魔族に生まれてきたことを恨むんだね」

 ベリトさんは会場の出入り口の扉を見つめた。


 その数秒後、扉が開かれた。


 そこに立っていたのは、十数人の武装した集団。


 ――人間だった。

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