第32話 触手(ここ、薄い本の世界じゃないよね?)
後ろを振り向くと――
触手モンスターがいた。
五メートルくらいの巨大なナマコみたいな青い体に、無数の触手が生えている。体の真ん中には星型に並んだ五つの目がある。
な、なんすかこれ……。
びゅっと触手が僕のおなかに巻きついてきた。
べとべとしてて、ねちょねちょしてる。
うぐっ、さっき食べた触手を吐き出しそう。
ん? 触手?
そうだ。僕はさっきまで触手のサンドウィッチをもぐもぐ食べていた。
まさか、復讐に……!?
ご、ごめんなさい。許して!
触手モンスターは僕の身体を椅子から引っぺがし、ずずずっと引きずると、自らの体のほうに寄せた。
触手の先端から垂れている謎の白い液体が僕の身体にどぼどぼとかかる。
うへぇ、生臭いし、べとべとしてる……。
僕の身体がぐっと上のほうに持ち上げられた。それとともに、モンスターは、僕のおなかに巻きつけている触手をさらに締めつけてくる。
ううう……く、苦しい。
出ちゃう……出ちゃうよ、内臓出ちゃう!
さらに触手は僕のおっぱいにも巻きついてくる。おっぱいが変形してひょうたんみたいなかたちになる。
痛い痛い痛い……ううっ……痛いよ……。
抵抗しようとしても、両手両脚にも触手が巻きついてくる。
どうしてこんな状況になってるの? わけがわからない。ここってエロ同人の世界じゃないよね……!?
ううう……気持ち悪い、痛い、苦しい……助けて……。
レズビア……。
「何でこんなところに触手モンスターが!?」
オキュラが驚いたように言う。
「オキュラ……助けて……」
「私の能力は知的生物にしか通じないわ……リリスさん、力になれなくて申し訳ないわ。だから、私は神に祈るわ」
そう言うと、オキュラはひざまずいて、祈りを捧げはじめる。
「おお、天にまします神よ、この淫魔の子をお助けください」
祈んなくていいから助けて。
「ああ、リリスさん、私のような人の形を模しただけのただのシリコーンこそ犠牲になるべきなのに。私が身代わりになります!」
テレーズがそう言って、触手モンスターに近づく。
が、ぱーんと触手に身体を弾かれて、地面に転がった。
「テレーズ!」
「ああ、私はどこまでいっても役立たず……」
触手は、僕の口の中に這い入りこもうとしてくる。
僕は口をぎゅっと閉じて耐えるけれども、触手は上下左右に小刻みに動きつづけ、どうにか僕の口の中に入ってこようとする。べとべとした液体が顔中に塗りたくられる。
さらに、その間に触手は僕のお股を狙って、太ももを這いあがってくる。
ひっ、ぴちょっとした触手が肌に当たって気持ち悪い……。
ううう……だめぇ……。
「ああ、早くしないとリリスさんが苗床にされてしまうわ」
と、オキュラが言う。
な、苗床……!?
もしかして、触手モンスターの子供を産まないといけないとか、そういうの?
そ、そんなものにされてたまるか。
「今私が助けてあげるわ。こんな雑魚、私にかかれば一瞬で灰燼と化すわ」
と、スウィングがドヤ顔で言う。
そして、彼女は口を大きく開く。
とぅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる……。
謎の効果音とともに、彼女の口の周りに、淡い黄色の光が集まってくる。そして、それは渦をなし、その渦の回転数が徐々に上がっていく。
な、何が始まるんです?
「おい、バカ、何やってんだ!」
レズビアがスウィングの胸をばんっと両手で突いた。
スウィングは地面に仰向けに倒れる。
その瞬間――
ぴいぃぃぃぃぃぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
ものすごくぶっとい光線が、猛烈な勢いで空に向かって発射された。雲を割り、遥か上空へと突き抜けていく。
ひっ、ひえぇ……。
あんなもん食らったらお陀仏でしょ。
「おい、リリスごと殺す気か!」
レズビアが怒鳴る。
「加減したじゃないの」
「どこがだ!」
その間に、おじゃましまーすって感じで、触手がスカートをぺろりとめくりあげる。
ひいぃぃ! 早く、早く助けて!
「リリスちゃん、待っててね。今助けるから」
カーミラがその辺に落ちてた木の棒を拾う。
「お前の体液なんて、まずいだろうけど全部吸ってやる! とりゃあ!」
「カーミラ、よせ。お前には無理だ」
レズビアがカーミラを制止する。
「リリス、もう少しだけこらえてくれ」
レズビアはポケットからでっかいフォークみたいなやつを取り出し、巨大化させた。
そして、切っ先を地面に向けると、精神を統一するかのように目をつむった。
数秒後、彼女は大きく跳躍した。
おお、すごいジャンプ力。
レズビアは上から降下してくる。どうやら触手モンスターの脳天にでっかいフォークみたいなやつを突き刺そうとしているみたいだ。
少しでもずれたら僕が串刺しにされるよね……!?
「リリス、頭を下げろ!」
ひいぃぃぃ! 僕は彼女の言うとおり、頭を下げ、目をぎゅっとつむる。
ぐしゃあああああああああああああああああああ。
僕のすぐ背後で、不快な音がした。
すると、僕を締めつけていたいましめがするりと解かれた。
僕の身体はそのまま地面にぼとりと落とされ、仰向けに倒れる。
やつの体液がシャワーのように僕に降りそそぐ。
うへぇ。全身ぐちょぐちょのべたべただ。
ただ、どうにか助かったみたいだ。
「はぁ……はぁ……」
僕は大きく息をする。
みんなが僕のところに集まってくる。
「リリスちゃん!」
「だ、大丈夫かしら」
「リリスさん!」
「ああ、リリスさん!」
レズビアが僕の身体を抱き起こし、
「大丈夫か?」
「まあ、何とか……でも……」
「でも?」
「おしっこ漏らしちゃった……」
「気にするな。いくらでも漏らせ」
レズビアは僕の頭を撫でる。
「いや、それおかしいでしょ」
魔界ってこんな危険なところだったの? もう早く帰りたい。でも、レズビアは約束どおり僕のことをちゃんと助けてくれた。
「レズビア、ありがとう」
「私はリリスを守ると言ったろう?」
「うん」
「泣くな。おと……大人だろう?」
「うん」
僕は強い男だ。こんなんじゃ泣かないからね。
「シャワー室で、この不愉快な体液を洗い流そう」
と、レズビアが言った。
「カーミラ、教室に行って、リリスと私の体操着を取ってきてくれ」
「あいあいさ」
カーミラが走って、その場を去る。
「触手モンスターの生息域はずっと南のはず。どうしてこんなところにいるのかしら」
と、オキュラが言う。
「まさか、僕に食われた仲間の復讐のために来たとか……?」
「ありえないな」
と、レズビアが言う。
「リリスだけが襲われたのは、おそらくリリスがいちばん苗床に適していたからだろう」
もうやだ、この身体。
「ええと、テレーズは大丈夫?」
と、僕は聞く。彼女も触手モンスターに吹っ飛ばされたはずだ。
「はい。私は何ともありません。私はただの物質。ああ、こんな身体、いっそのこと粉々にくだけてしまったらよかったのに。リリスさん、こんなどうでもいい存在の私を気遣ってくれてありがとうございます。私なんかには……」
「ま、まあ、無事ならよかったよ」
相変わらず面倒だな。
「ところで、あのトカゲは何やってんだ」
レズビアはスウィングのほうを見る。
いつの間にかスウィングは触手モンスターの死骸に近づいていた。
彼女は触手モンスターの死骸から、触手を引きちぎって、袋に詰めている。
「この食材を売れば、ちょっとした稼ぎになるわ」
「お前、本当に堕ちるとこまで堕ちたな……」
レズビアが呆れたように言った。




