第30話 流れ星(願い事三回言うのって不可能だよね?)
銭湯に入ったあと、僕とレズビアはその裏手に並んで座って、星を眺めた。
流れ星がきらりと光った。
「元に戻れますように、元にも……あ、行っちゃった」
「リリス、何だそれは?」
「流れ星が落ちるまでの間に、三回願い事を言うと、叶うって迷信があるんだ」
「迷信なら、言っても無意味だろう。それに、三回も言うなんて不可能だ」
「たしかにそうだけど。ねえ、リリアってどんな子だったの?」
「とてもすばらしい子だった。気立てもよくて、優しくて、美しくて、頭もよく回った。リリスとは大違いだな」
「うっせーな」
僕は口をとがらせる。
「どうやって知り合ったの?」
「リリアが夜中にこのへんに迷い込んでいるところを私が見つけたのだ」
「警備は?」
レズビアは僕の後方にある壁を指し、
「そこの壁の一箇所が外れるようになっている。これはひとに言うな」
「うん」
「やっぱりリリアとまた会いたいよね? だから僕をこの姿にしたんだよね?」
「そうかもしれない。でも、私は本物のリリアに会うのが怖いというのも少しある」
「どうして?」
「昔とは何もかも変わっているかもしれない」
僕は国語の教科書に載っていた魯迅の小説を思い出した。
もしかしたら、瀬崎くんも変わってしまっているのかもしれない。
今頃何やってるのかな。公務員になったのかな?
彼のスペックなら、超エリートになってるかもしれない。だとしたら、僕みたいな底辺のコンビニバイトとは大違いだ。
どこでどうボタンを掛け違えてしまったんだろうな。やっぱり三流私文に入ったところからかな。
「リリアのこと、もう捜さないの?」
「情報を集めようとしたが、さっぱりだ。彼女は孤児で、親族もわからなかった。だからもう諦めた」
レズビアはぎゅっと目をつむる。
「もしかしたら……」
僕は淫魔族の女の子が、人間たちによって「牧場」に連れていかれるっていう話を思い出した。
「リリアのことは思い出としてしまっておくことにする」
「でも、未練たらたらじゃん。僕をこの姿にしたんだから」
「たしかにそうかもしれないな」
「でも、この身体、おっぱい大きすぎないかな?」
「正直に言うと、それについては、調整をミスった」
「えー」
おっぱい調整とかそんなのあるの?
「しかし、メリットもあるはずだ。リリスは今日の授業中、乳を枕代わりにして寝ていただろう?」
「うっ……見てたんだ」
「てか、みんな見てたぞ。特にアルビンなんかものすごく見てたぞ」
「えー。マジキモい」
「あいつは普段澄ましているが、相当なスケベ野郎だ。前にアルビンの部屋でエロ本を見つけたことがある」
「いや、男だったら、ほとんどそうだけど」
「そうなのか?」
「そうだよ。知らなかったの?」
「リリスもか?」
「それ聞く?」
「どういう性癖なんだ?」
「ちょっと言いたくない」
「そういえば、昨日『おっぱい大きいとか自分が見るぶんにはいいけど』とか言っていたな。巨乳好きなのか?」
「うっ……」
僕はレズビアから顔そむける。
「図星なんだな。むしろ調整をミスったのが、かえってよかったのかもしれないな」
と、レズビアがにっこり笑って言う。
「よくねーよ」
僕はまた口をとがらせる。
ふと、レズビアの角の根元がきらりと光った。
今朝一緒に買ってつけた、リボンのついたヘアピンだ。
「それ、つけてたんだ」
僕はお風呂に入る前までつけていたけれど、お風呂から上がったあとにまたつける、なんてことはしなかった。
「今日一日つけていると約束したからな」
「やっぱりそういうとこ律儀なんだ」
「まあな」
と、言って、レズビアははにかんだ。
藍色の夜空を見上げると、僕らを見守るように、ふたつの金色の月がぽっかりと掛かっていた。
※ ※ ※
………
……
…
僕がコンビニの品出しをしているとき、
「先輩って、童貞なんですか?」
と、黒沢さんが聞いてきた。
黒沢さんっていうのは、最近入ってきたかわいい女子高生だ。
「な、何をいきなり言ってくるんだよ。ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ」
「そんな嘘つかなくていいんですよ」
「嘘じゃないし」
「先輩、じゃあ……」
黒沢さんがそう言いかけたとき、レジのほうで大学生のバイトの鈴木が揉めていた。
「俺が出したのは一万円だろ。何でレジに千円って打ってんだよ。ちょろまかそうとしたってそうはいかねーぞ」
「ただ打ち間違えただけですよ。そんな言うことないじゃないですか」
「え? 何だその態度は? ごるぁ!」
ちょっとまずいかもしれない。
「えっと、黒沢さん、僕は鈴木くんを助けにいくよ」
「先輩って優しいんですね」
「別にそうでもないよ」
………
……
…
「山田、あの正社員に昇格させるって話は、延期になった」
と、事務所で店長が言った。
「どういうことですか。来月から正社員にしてくれるって言ってたじゃないですか」
「いやさ、オーナーが資産運用でけっこうな損を出したらしくて……」
オーナーというのは、このコンビニのフランチャイズのオーナーのことだ。
「そんなの関係ないじゃないですか」
「そう言われてもね。俺だって、オーナーの意向を伝えてるだけだからな」
「そんな。でも……」
「まあ、わかってくれ」
店長は僕の肩をぽんと叩いた。
その日の夜、僕はバーでいつも以上のウイスキーを飲んだんだった。
………
……
…
目が覚めた。
レズビアはまだ寝ていた。
お、今日はレズビアより先に起きたぞ。
よっしゃ! 今日は乳揉まれたり、角削られたり、尻尾引っ張られたりしない。
僕はレズビアの寝顔を見る。
けっこうかわいいじゃん。
僕はそっとレズビアの髪を撫でる。
すると――
レズビアの目がばっと開かれた。
「わわわっ」
「リリス、お前、私に何かしようとしたのか?」
「そ、そんなことございません、レズビア様」
「ふーん」
レズビアは半身を起こして、僕のことをジト目で見る。
「まあ、いいか。今日はリリスについていくとしよう」
「どうして!?」
「散歩がてらそれもいいかと思ったからだ」
「じゃあ、洗濯物干すのとか手伝ってくれる?」
「調子に乗るな。この駄メイド」
※ ※ ※
洗濯物を干し終わって、部屋に戻ろうとしたとき、「立入禁止」の廊下の近くで、またベリトさんと出会った。
「ベリトさん、おはようございます」
「おはよう、リリスちゃん、今日はレズビアと一緒なんだね」
「まあ、はい」
「兄さん、リリスといったいどういう関係なんだ? まさか……」
「レズビア、違うからね」
「毎朝ここで会ってるんだよ」
と、ベリトさんが言う。
毎朝っていっても、まだ三日目だし。誤解を与えるような発言はよしてほしい。
「たまたまここで会うだから」
と、僕は弁明する。
「リリスにちょっかいを出さないでもらいたい」
「ちょっかいなんて出してないさ。僕の散歩コースとリリスちゃんの通り道がかぶっているだけさ」
と、ベリトさんは言う。そして、続けて、
「そうそう、レズビアは、今年は舞踏会に出るのか? もう何年も出てないみたいだけど」
「兄さん、私はそういうのは似合わない」
「舞踏会って?」
「魔王の親族が一同に会して開く催しさ。三日後にあるんだ。リリスちゃんはどう?」
「いえ、僕はただのメイドですし」
「レズビアが推薦すれば、リリスちゃんも舞踏会に出られるけど。王族は三体まで魔族を招待できるんだ」
「そうなんですか」
と、僕はベリトさんに言う。そして、レズビアに向かって、
「じゃあ、僕とカーミラとスウィングで出られるね」
「何だ? お前、舞踏会に出たいのか?」
「別に僕はどっちでもいいけど」
と、言ったけれど、せっかくの機会だからどんなもんか見てみたい気がする。
「かわいいドレスとか着たいんだな?」
「僕は別に」
「着たいんだな?」
「き、着たいです……」
と、僕は言う。
どうやらレズビアは舞踏会に行きたいようだ。
「リリスがそこまで言うのならしかたがない」
「レズビア、何か変わったねえ」
と、ベリトさんが言う。
「ちょっと気が変わっただけだ」
「いや、このことだけじゃなくて、何だか性格がってこと」
「私はいつもどおりだ。変わったのは、兄さんのほうではないか」
レズビアはベリトさんが頭に巻いている包帯を見た。
「そうかなあ。僕も舞踏会を楽しみにしているよ。じゃあ、また」
そう言うと、ベリトさんは去っていった。
でも、何着させられるんだろ。
エッチいのじゃければいいな……。




