第29話 引っ越し作業(翼があるといいように使われるね)
「私たちはこれからアルビンと大事な話がある」
と、レズビアが、カーミラとスウィングに言った。
「やっぱり痴話げんかなのね? そうなのね? ね? ね?」
スウィングが興味津々といった様子で言う。
「おい、スベスベマンジュウガニ、まったく違うからな」
「誰がスベスベマンジュウガニよ! カニとかもはや脊椎動物ですらないじゃない!」
「端的に言うと、このゲスの極みウサギが、リリスを茂みに連れ込み、胸を無理やり触ったのだ」
「だからちげーーーーーって!」
「うわっ、アルビン、そんなやつだったの……?」
スウィングが軽蔑の視線をアルビンに送る。
「アルビンくん……」
カーミラが悲しげな表情をする。
「この落とし前をつけなければならないからな」
「そだね」
「俺は無実だ! おい、信じてくれ!!!」
僕とレズビアはアルビンのことを抱えて、連行した。
※ ※ ※
「さて、ここなら誰もいないだろう」
僕らは学園内にある森の中にきた。マラソンのときに走ったところだ。
アルビンは、ウサギの耳をぴんと立て、
「ああ、周りには誰もいねぇ」
「まず、このことは他言無用だ。リリスが『伝説の勇者』だと知れれば、リリスのことを殺しにかかる魔族もいるかもしれない」
「もちろん誰にも言わねーよ。でも、本当に『伝説の勇者』なのか? それにしてはへっぽこすぎねーか?」
「へっぽこなんかじゃないし」
「たしかに『伝説の勇者』であるという確証はないが、まったくのデタラメだという証拠もない」
「そうかもしれねーがな。お前も大変だな。女の姿にされてよ。俺なら情けなくて自殺してる」
「やっぱり僕って変なのかな」
ちょっとこの姿になじんじゃってきてるし。
「アルビンはたしか寮に住んでいるのだったな」
と、レズビアが言う。
「まあ、そうだが」
「今から魔王城に来い」
「な、何でだよ」
「寮の連中に、ふとしたはずみで言うかもしれない。魔王城に越してくれば、そのリスクも減る」
「来いって、引っ越してこいってことかよ」
「そうだ。今から準備をしに行け」
「だから誰にも言わねーって」
「ちょうど私の隣の部屋が空いている。とにかく来い。昔みたいに下僕にしてやる」
「誰がお前の下僕になんかなるか。そもそも昔だって下僕になんかなってねーからな。それに、今から準備するって、無理に決まってんだろ」
「えっと、アルビンが隣に部屋に……」
ちょっと大丈夫かな。貞操の危機を感じるんだけど。
「リリス、大丈夫だ。もう指一本触れさせやしない」
「そいつ元々は男なんだろ。俺はそんな趣味ねーから。気持ちわりーだろ」
「どうだかな。この童顔と怯えたような表情、それにこの乳揺れを見て何も思わない男がいるとは思えないがな」
レズビアは僕の下乳を持ち上げて、ゆっさゆっさと揺する。
おい、やめろ。
アルビンは顔を赤くして、僕から目をそらす。
「とにかく、今から荷物をまとめて魔王城に来い。それとだ、リリスにちゃんと謝れ」
「何でだよ」
「お前はリリスのことを茂みに連れ込み、口を押さえて、胸をまさぐった」
「まさぐっちゃいねーよ」
「リリスがどれだけ、恐怖を味わったと思う?」
「……たしかに悪かったけどさ」
「言い訳はいらない」
「わかったよ。悪かった。すまない」
アルビンは頭を下げる。
「どうだ、リリス?」
「うん、もういいよ。僕もちょっと大げさだった」
「リリスの優しさに感謝するんだな」
「わかったよ。魔王城に行きゃーいんだろ」
僕はふと考え付いたことを言う。
「アルビン、子供の頃、レズビアのあとをつけたのって、もしかして、リリアのことが気になってたから?」
「べ、別にそんなんじゃねーよ」
アルビンは顔をうつむかせて言った。
「図星だな」
「うん、図星だね」
「キモいストーカーだ」
「うん、キモいストーカーだね」
「ちっ……」
アルビンは否定せず、悔しげな表情をする。
「レズビア、リリアの消息ってわからないの?」
と、僕は聞く。
「ああ」
レズビアは悲しそうな表情で首を横に振る。
「いろいろ探し回ったのだがな」
「やっぱり僕をこの姿にしたのって、リリアの面影を求めてたからなんだよね」
「私も済まないと思ってる。でも、どうせ変身させるのなら、私がいちばん好きだった、もう会えない、リリアを……」
レズビアが涙を流す。
僕はレズビアを抱きとめる。
「ごめん、僕はリリアとは全然違うから、彼女の代わりになんてなれない」
「その必要はない。リリスはリリスだ。リリアはリリスのようなドジではない」
「僕もドジではないのですが」
「あの……俺、引っ越しの準備するから、行ってもいいか?」
と、アルビンが言う。
「とっとと立ち去れ」
「ちっ、わかったよ」
アルビンは僕らに背を向けて、歩きはじめる。が、少ししたところで僕らを振り返り、
「お前ら、キモい関係だな」
「やっぱりお前をぶち殺す」
「おお、こええ」
アルビンはさっと逃げ出した。
僕とレズビアはそのまま森の中で抱き合う。
「ねえ、レズビア、もう僕の乳つねったり、尻尾引っ張ってきたり、角削ってきたりしない?」
「それは無理だな」
「えー」
感動シーンっぽかったのに、一気にさめた。
※ ※ ※
レズビアと堕落街に行き、夕食をとった。
それから魔王城の門のところに着くと、城の入り口のところに二頭立ての馬車が止まっているのが見えた。
ただ、引いているのは普通の馬じゃなかった。首が三つある馬だった。つまり、首が合計六つだ。なんだか邪魔そう。ていうか、気持ち悪い。
馬車の周りには、メイドさんたちがいた。その中にメルビーさんもいる。
僕とレズビアが近くによると、馬車の中からアルビンが出てきた。
どうやら馬車には引っ越しの荷物が積まれているらしい。
「さっそく準備してきたのか、殊勝な心がけだな」
「お前がさっさと来いって言ったんだろ」
「メルビーさん、こんばんは」
と、僕は挨拶する。
「あら、リリスさん、こんばんは」
「ええと、銭湯の仕事はいいんですか?」
「ええ。この時間はまだあまり入る方もいませんし、いったん銭湯を閉めて、アルビン様の引っ越しのお手伝いをするように命じられたんです」
と、メルビーさんが言う。そして、僕に小声で、
「リリスさんはアルビン様がどうして魔王城に戻ってこられたのか、何か事情なんか知っていますか?」
メルビーさんの質問が聞こえたのか、レズビアが、
「こいつは学園の寮で不埒を働いて追い出されたのだ」
「何勝手なこと言ってんだ」
アルビンがレズビアに詰め寄る。
「あ、もしかして」
メルビーさんが手を叩く。
「アルビン様とレズビア様は……」
「おい、違うぞ、メルビー」
「幼馴染ですから、そういう……」
「おい、やめろ、メルビー。頭の蛇を全部ぶっこ抜くぞ」
「私も引っ越しのお手伝いをしないといけないですから」
メルビーさんはそう言って、ほかのメイドさんたちと一緒に荷物を運びはじめた。
「リリスも手伝え」
「え? 何で?」
「アルビンもハダカデバネズミとはいえ、いちおう貴族だ」
「何だよ、ハダカデバネズミって。裸でも出歯でもネズミでもねーよ」
「リリスが突っ立って見ているのは、少し体面が悪い」
「うん、まあ、わかったよ」
と、言って、僕はメルビーさんのところに行って、手伝うことにした。
※ ※ ※
「この子、羽ついてるわよ」
メイドのうちのひとりが言った。
「じゃあ、空飛んで上まで荷物運んでもらえばいいわね」
「え、あの……僕……」
結局、手伝うというより、僕ががっつり荷物を運ぶことになってしまった。
便利な能力を持っているひとって、どこの世界でもこき使われちゃうよね。はぁ……。
僕は空を飛んで、木箱に入った荷物を、地上から上の階にあるアルビンの部屋のベランダに運び込む。
ほかのメイドたちは、その荷物を開封し、中のものを部屋の中のしかるべきところに置いてゆく。
僕は最後の荷物をアルビンの部屋に運び入れた。
メルビーさんがその箱を開けようとすると、アルビンが、
「いや、それは開けなくていい。これで仕事は終わりだ」
僕以外のメイドは、メルビーさんも含めてみんな帰っていった。
僕は部屋の中で、ぐでーんと大の字になった。
「おい、何ひとの部屋で寝てるんだ」
「だって疲れたし。お礼くらい言ってもいいんじゃないかな?」
「お前はメイドだろ」
「僕はレズビアのメイドであって、アルビンのメイドじゃないし」
「ちっ、わかったよ。ありがとよ。これで満足か?」
「うん、満足した」
「てか、マジで起きろよ」
アルビンは僕の手を取って、無理やり立ち上がらせる。
僕はひとつだけ残った箱を見つめる。
「そういえばさ、あれって何が入ってんの?」
「何でもねーよ。さっさと出てけよ」
僕はささっとすばやく移動して、その木箱のところに行く。
「何が入っているのかな~。ははーん、さてはアレだな」
「おい、やめろ、開けるな」
「いいじゃん、男どうしなんだし」
「よくねーよ!!!」
アルビンは僕の尻尾をつかんで、部屋のドアのほうへ引きずっていく。
「痛っ、痛いって」
アルビンは僕を部屋の外に放り出す。
「わわわっ」
僕はずでんとしりもちをつく。
「じゃあな」
アルビンはドアをばたんと閉め、鍵を掛けた。
ちょうどレズビアが僕のところに来て、
「アルビンの部屋で何やってたんだ? 性行為か?」
「冗談でもそんなこと言うなよ!」
「リリス、疲れただろう? 風呂に行くぞ」
「うん」
アルビンに僕のことを元に戻してくれるように言うのは、どうしようか。タイミングを見計らないといけない。
今日の今日っていうのは、さすがにいきなりすぎるし、明日の深夜にでも、レズビアの部屋を抜け出して、アルビンの部屋に行こうかな。
ただ、何の見返りもなしってわけには、いかないよね……。




