第2話 伝説の勇者(になれたらよかったんだけどね)
僕はすっかり膨らんでしまった自分の大きな胸を見つめ、
「な、な、なん、なん、なん……」
と、意味不明な言葉を口から発す。
その声もまたかわいい。
でも、それが自分の口から発せられてるわけで、恥ずかしいやら、わけわかんないやら。
「ふふん。今のお前のすばらしい肉体、しかと見せてやろうではないか」
と、悪魔少女が言うと、でっかいフォークみたいなやつの石突を、床にかつんと打ちつけた。
すると突然、横から何かがばばっとすばやくスライドしてきて、僕の真正面で止まった。
それは鏡だった。全身を映し出すことができる大きな姿見だ。
そこに映っているのは――
やっぱり女の子だった。
ただ、明らかに普通の女の子じゃない。
髪の毛は、鮮やかなピンク色をしたロングヘア。
頭には渦を巻いている角があって、背中にはコウモリみたいな翼が生えている。
そして、お尻には先端がハートマークのかたちをしている黒い尻尾。
ちなみに、黒の下着の上下を身につけている。
それでおっぱいはめちゃくちゃでかい。ABCDEFGHIJK……L……M……?
おっぱい鑑定士じゃないからよくわかんないけど、それくらい? 相当な爆乳だ。
これも悪魔かな? うん、悪魔だよね。肌は青くないし、角の形状も違うけど、悪魔少女のお仲間的なやつだよね?
で、この身体だけど、胸の重さをずっしりと感じる。
それに、背もちっちゃくなってるみたいだ。
身体の感覚が、何もかもおかしい感じがする。
全身がぷにっぷにで、ふわっふわって感じ。
柔らかなカーブを描いた頬っぺたを、ちょっと指で突っついてみる。
ぷにっ。
ほ、頬っぺたもやわらかい。
僕の骨張った頬とは大違いだ。
悪魔少女が姿見の後ろからにょきっと顔を出し、
「どうだ?」
「ど、どうって、な、何これ……?」
「今日からお前は淫魔族の女だ」
「え? 淫魔? って、サキュバスってやつ?」
「そうだ。いわゆるサキュバスというやつだ。スクブスとも言うな」
「何で? サキュバスなんで? わけわかんない。元に戻して」
「事情は今からゆっくりと説明してやろう。そういえば自己紹介がまだだったな。私の名前は、レズビア・スウィンバーン」
「レズビアン?」
「レズビアンではない。『ン』はつけるな。レズビアだ。レ・ズ・ビ・ア。わかったか?」
「わかった、レズビア。で、君、悪魔なんでしょ?」
「当たり前だ。これで天使とか言ったら、宇宙の法則が乱れる。しかも、私は魔王の娘だ」
「魔王の娘? それでこんな悪ふざけするの? 戻して」
「これは悪ふざけではない。いたって真面目なことだ。しかしお前もかわいい女の子になれたんだから、万々歳だろう」
「突然すぎるし、意味不明すぎるしで、全然喜べないよ。てか、それに普通の女の子じゃなくて、サキュバスなんでしょ」
「そうだ。とてもエロいだろう。特にその大きな乳房」
「やめてよ。エロい女の子とか、自分が見るぶんにはいいけど、自分がなっちゃうなんて、わけわかんないし」
僕はレズビアに詰め寄ろうとする。
「まあまあ、落ち着け」
「こんな状況で落ち着くなんてできないから。早く元に戻して」
「うるさいな。わらびもちみたいに、その乳にこれをぶすりとやるぞ」
レズビアは、でっかいフォークみたいなやつの切っ先を、僕の胸に向ける。
「ひ、ひえぇ。こ、この悪魔め!」
「ふん、だからそうだと言っているだろう? 正確に言うのならば、私は悪魔族だ」
「あ、悪魔……族?」
「魔族の種族のうちのひとつで、最も強い種族だ」
と、レズビアはドヤ顔で言う。
でっかいフォークみたいなやつの切っ先がきらりと光る。
「わ、わかったから、その危ないの向けないで」
「まあ、よかろう」
レズビアは、でっかいフォークみたいなやつを僕に向けるのをやめた。
「さて、さっそく説明してやろう。まず、魔族が住むこの魔界と、人間どもが住む人界は、長い間戦争を続けている」
「その人界っていうのは、僕のいた世界のこと?」
僕の住んでる世界が、魔界と戦争しているなんて、ついぞ聞いたこともない。
実は政府が隠してるとか? まさか。
「いや、同じ人間が住んでいるとはいっても、人界とペロンチョ界とは違う世界だ。ちなみに、人界の人間どもは魔法なんかも使ったりする」
「ペロンチョ界?」
「知らないのか? お前たちが住む世界のことだ」
「いやいや、そんな名前じゃないし」
「そんな名前だ。では、ほかに何というのだ?」
「え? それは……」
たしかに自分の住んでいる世界の名前とか考えたこともなかった。でもその名前ふざけすぎでしょ。
「それでだ、人界の人間どもは小賢しいことに、戦争で優位に立とうと『伝説の勇者』を異世界から召喚しようとしたのだ」
「『伝説の勇者』……なんかちゃちい名前」
「話の腰を折るな」
「ご、ごめんなさい」
「人間どもはどうやら『伝説の勇者』に適合する人物がペロンチョ界にいることを探り当てたようで、彼を召喚するための準備を進めていたらしい」
「それと僕がどういう関係があるんだよ」
レズビアは僕の目を見つめ、僕のことをびしっと指差した。
「そのペロンチョ界に住む『伝説の勇者』に適合する人物、それがお前というわけだ」
ええっ? まさか、僕が「伝説の勇者」?
いやいや、僕はただのしがないフリーターですよ……。