第18話 通学路(え? また例のアレ食うの?)
そういうわけで、どうにかこうにか中庭へとたどり着いた。
四方は壁で囲われていて、頭上には赤い空と黄色い雲が広がっている。
芝はきれいな緑――ではなく、どす黒い色をしていた。
相も変わらず気が滅入りそうだな。
レズビアの言うとおり、中庭にはいくつもの物干し竿が並べられていた。
そして、そこには洗濯物が干されていて、風になびいていた。
何人かのメイドさんが、洗濯物を干している。
そのなかに、メルビーさんを見つけた。
ハミングを歌いながら、バスタオルをぱんぱんと叩いてしわを伸ばしている。
僕は彼女の近くに行って、挨拶する。
「おはようございます、メルビーさん」
「あら、リリスさん、おはようございます。さっそくお仕事ですか?」
「はい」
「手伝いましょうか?」
「いいえ、少しだけなんで大丈夫です。これ、干す場所とかは決まってるんですか」
「どこでも大丈夫ですよ。私の隣のこことか空いてますよ」
メルビーさんはその場所を指差した。
僕は彼女と並んで洗濯物を干し始めようとする。
が――
「あの、リリスさん、ここに下着を干すのは……」
メルビーさんが困惑気味に言う。
「え?」
さっき、どこでもいいって。
「誰かに盗まれるかもしれませんよ」
「そうなんですか?」
「ええ、まあ」
魔界にも下着泥棒っているのか……。
くわばらくわばら。
「……リリスさんって淫魔族なのに、けっこう『うぶ』なんですか?」
「え? ええと、そうかもしれません」
「初々しくてかわいらしいですね」
「いえ、そんな、僕なんか」
本当の僕は欲と煩悩にまみれまくってますよ。
一日で五回もオナニーしたこともあるし。
そういえば、この身体でオナニーは……いやいや、それを考えるのはやめよう。
※ ※ ※
僕は服やらを干した後、レズビアの部屋に戻る。
「遅かったな。いったいどこで油を売ってたんだ?」
「ちゃんと仕事してたからね」
「まあ、初めてだから、勝手もわからないだろうし、しかたないか」
「ええと、パンツとかはどこに干せばいいかな?」
と、僕はレズビアのくまさんパンツを持って、ぷらぷらさせながら言う。
「おい、やめろ変態。リリスの部屋の棚の中に、洗濯紐が入っているはずだ」
洗濯紐……そういえば存在は知っているけど、使ったことはないな。
僕は自分の部屋に入って、その洗濯紐を取る。
よく見ると、僕の部屋の壁に、紐をひっかけるためのフックがあった。
僕はそこに紐をかけると、ブラジャーとパンツを干した。
こう部屋の中にブラジャーとパンツが干されてるって、なんか変態チックだな。
レズビアの部屋に戻ると、彼女は僕に通学鞄とずた袋を手渡してきた。
「ここに学校に必要なものが入っている」
レズビアは僕が持っている通学鞄を指した。
「こっちは?」
僕はずた袋のほうを示す。
「体操着とジャージだ」
中をのぞくと、たしかに体操着とジャージが入っていた。
それはいいんだけどさ――
「これ、ブルマじゃん!」
僕はえんじ色のそのちっちゃい布を袋から取り出す。
「まあ、そうだが」
「これ着て体育すんの?」
現代の日本の学校教育では絶滅し、もう今ではちょっと人には言えないようなお店でしか手に入らないものが、魔界の学校で残っていたとは!
「今の時期とかはそうだな。リリス、恥ずかしいのか?」
「そりゃそうでしょ。レズビアは恥ずかしくないの?」
「みんなそれを穿いているからな。それに男子と女子は体育は別だからな」
「うーん、でもさ」
「ぐずぐずしていると、朝食の時間がなくなる。さっさと行くぞ」
「もしかして、また僕の背中に乗って、飛んでいくんじゃ」
「あれはもうこりごりだ。今度は墜落死するかもしれない」
「ふぅ、よかった」
こっちこそ背中にまたがられるのはもうこりごりだ。
※ ※ ※
徒歩で魔王城を出て、堕落街の入り口に着く。
大きな門があって、たしかにそこには「多楽街」と記された看板が掲げられていた。ただその看板はすっかり錆びてしまっている。
門をくぐると、堕落街はまだ朝だというのに、活気付いていた。
屋台では、いろいろな食べ物が売られている。ペロンチョ界と同じようなものも、昨日僕が食わされたようなゲテモノもある。
じゅうじゅうと何かを焼く音や、ぐつぐつと何かを煮込む音が聞こえてくる。蒸し器からはわっと水蒸気が立ち上っていて、その周囲を淡い色に染めている。
この赤い空がなければ、あと、食材が普通のものだったら、すごくいい光景だなって思うのになんかもったいない。
「あそこの豆粥を食べよう」
と、レズビアは店頭でお粥を売っている店を指差した。
魔界にもお粥ってあるんだ。
触手とかスライムじゃなくてよかった。
まあ、やつら、味はいいんだけれどね……。
「触手の粥と鳥肉の粥ひとつずつを、持ち帰りで」
と、レズビアが店員さんに言う。
「ちょま! その触手のって僕のだよね? 何勝手に注文してんの!? 僕も鳥肉のやつがいいんだけど!!!」
何の鳥かはわかんないけど、少なくとも触手よりはマシでしょ。
「昨日あんなにうまそうに食っていただろう」
「そ、それはですね……」
くっ、否定はできない。否定はできないけれどさ。
「ほら、食え」
レズビアは僕に、使い捨て容器に入った触手のお粥と、使い捨てのスプーンを渡してきた。
ううっ、青くていぼいぼがついているものが浮いている。
やっぱりちょっと生臭いし。
僕は諦めてそれを口に含む。
うん、うまい。うまいんだけれどもさ……。
僕は半分くらいそれを食べた後、
「ねえ、レズビア、僕のとちょっと交換しない?」
「……しかたないな」
僕とレズビアはお互いのお粥を交換して食べる。
鳥肉のお粥もおいしかった。
でも、想定内のおいしさというか、何かがちょっともの足りなかった。
……この味覚のまま元の世界に帰っちゃったらやばくね?
食べ終えた容器を道端のゴミ箱に捨てる。
ちょうどそのとき、
「あ、リリスちゃんとレズビィちゃん! おはよおおおおおおおお!」
遠くからカーミラが駆けてきた。
「カーミラ、おはよ……」
ぐはっ!
カーミラが僕のおなかに突撃してきた。
あ、当たりつえぇ……。
危うくさっき食ったお粥をリバースするところだった。
これもう抱擁というよりタックルじゃん。
――ん? この光景どっかで……。
「会いたかったよ!」
カーミラは僕の背中に手を回し、顔をおっぱいにすりすり擦りつけてくる。
「カーミラ、大げさだな」
と、レズビアが呆れたような顔で言う。
「だって、リリスちゃんがどっか行っちゃう夢見ちゃったから、ほんとにどっか行っちゃうんじゃないかって」
「え?」
そうだ、僕も昨晩カーミラと別れるような夢を見た。
僕はカーミラと手をつないで堕落街を歩く。
カーミラは僕の手をぶんぶん振ってきて、欣喜雀躍って感じでぴょんぴょん飛び跳ねる。
あんまぶんぶんされると、おっぱいぶるんぶるんするからちょっとやめてほしい。
「ねえ、レズビア、淫魔族って、誰かの夢の中に入れたりするの?」
と、僕はレズビアに耳打ちする。
淫魔ってたしか夢魔ともいうし、そういう話を聞いたことがある。
「そうだな。淫魔族にはそういう性質があるな。まだリリスは未熟だから、あまりコントロールはできないかもしれないが……。もしかして、カーミラの夢に?」
「うん……」
「女の淫魔族は、普通は男の夢に入るものだがな」
「そんなん嫌だから」
あんまりコントロールできないっていうと、もしかして、自分の意思とは無関係に、男の夢の中に入ってしまう可能性のあるってこと? うーん、やだなー。
「ねえねえ、リリスちゃんとレズビィちゃん、ふたりで何話してるの?」
と、カーミラが聞いてくる。
「え? えっと……」
淫魔族の性質について尋ねていたなんて正直には言えない。
だって、自分の種族のことを知らないとか、ちょっとそれはごまかしきかないかなって。
僕はちょっと考えて、
「カーミラが今日もかわいいなって」
「ありがとう、リリスちゃん! でも、リリスちゃんのほうがかわいいよ!」
かわいいって言われるの、ちょっと慣れてきちゃった感がある。
これもちょっとまずいかもね。
レズビアはやれやれといった感じで、
「この女たらしが」
と、小さくつぶやいた。
そんなんじゃないからね。
でも、考えると、僕は元の世界に帰ろうとしているわけで、こうやってカーミラに気を持たせちゃうような言動をするのはよくないのかな。




