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第17話 起床(魔族少女の朝は早い)

「リリスちゃん、行かないで!」

 カーミラが目の前に立っていた。


「カーミラ……?」


「お願い! またみんなで一緒に遊ぼうよ! 海とか山とか遊園地とか行こうよ!」


「でも、僕は本当は……」


「リリスちゃん!」

 カーミラが抱きついてきた。


 ぐはっ!

 

 意外と当たりつえぇ。


 で、カーミラは乳を揉んできた。

 ちょっと待って。

 この状況で何で揉んでくるの……。


「ちょ、やめ、やめ、やめて……」


 ……………

 …………

 ………

 ……

 …


「おい!」

 レズビアの声がする……。


「おい、この駄メイド、いつまで寝てるんだ!」


「むにゃ?」

 胸のあたりがこそばゆい。


 ――って!


「ぎゃあああああ!」

 僕は慌てて起き上がる。

「何でいきなり寝起きで乳揉まれてんの!?」


「いつまでも起きないからだ。大きな音を立てたり、尻尾引っ張ったり、角ちょっと削ったりといろいろしたのにな」


「ちょっと待って。角削ったとかヤバくね?」

 僕は自分の角を触る。


「大丈夫だ。1ミリしか削ってない」


「いやいや、1ミリでも人の身体削ってくんのヤバいでしょ」


「爪みたいにまた伸びてくる」


「そういうものなの?」


「そうだ。ていうか、さっさとメイド服に着替えろ。洗濯物を干しに行って、朝食も取らないといけない。あまり時間がないぞ」


「僕、朝ごはんいらないし」


「お前はどうでもいいんだ。私が朝食を食べたいのだ。ほら、さっさと顔洗って着替えろ」


「わかったよ……」


 僕は眠気まなこをこすりながら、洗面所に行って顔を洗って、歯を磨く。


 鏡には、かわいい女の子の顔がある。

 ただ、ピンク色の髪の毛は、ぼさああああああああああってなってる。

 デッド・オア・アライブのボーカルみたい。


 はぁ……。

 朝起きて元に戻ってるなんてことはなかったわけだ。

 しかも寝起きでいきなり胸揉まれてるし。

 前途多難すぎる。


 洗面所から戻ってくると、レズビアはブレザーの制服を着ていた。

 紺色のジャケットに、タータンチェックのプリーツスカート。


「めっちゃ青じゃん」

 肌も服もブルーだし。


「はじめに言う感想がそれか?」

 レズビアは不満そうにつぶやく。


「うん、まあ、似合ってんじゃない?」


「なんだそのおざなりな感想は」


 だって寝てる間にひとの角削ってくるようなやつを素直に褒めるのって癪だし。


「ええと、魔界学園って制服あるの?」

 と、僕は聞く。


「ああ。ただ、ほとんどの学生は着用していないが、いちおう魔王の娘として、私はルールは守る」


「意外と律儀なんだね」


「意外ととはなんだ」


「昨日着てた黒ローブは?」


「昨日は学園は休みだったからな。休日はあれを着ている」


「そっちのほうがずっとかわいくていいと思うけど」

 あ、ヤバっ。つい本音が出てしまった。


「なっ……。か、かわいいとかはやめろ」

 レズビアは恥ずかしそうな顔をする。


 でも、その感想が聞きたかったんじゃないの?


「と、とにかく、リリス、そこに座れ」

 彼女はベッドを指差す。


「でも、これからメイド服着て洗濯物を干しに行くんじゃ?」


「その髪をどうにかしないといけない。やばいことになっているぞ。洗面所に行ったときに梳かしてくるかと思った私が愚かだった」


「だって、櫛で梳かす習慣とかないし」


「私がくしけずってやる」


「いいよ。自分でやる」


「主人がやってやると言っているのだ。さあ、座れ」


「わかったよ」

 僕はベッドに腰掛ける。

 たしかに自分で髪をとかすのは厄介そうだし、ここはレズビアに任せよう。


 数分後、僕の髪はさらさらになった。


「髪長いのは、しょうがないとして、結んだほうがよくない?」


「そうだな、そのうち別の髪型も試してみよう。ただ、今日はそれでいけ」


「何で?」


「私の気分だ。明日はリリスのツインテール、明後日はリリスの三つ編みが見たくなっているかもしれない」


「僕、メイドってだけじゃなくて、愛玩動物的なものにされてない?」


「まあ、そうだが」


「えー。自分の髪型いじればいいじゃん。レズビアもツインテールとか似合うと思うよ」


「ば、バカを言うな。私はそういうのは似合わない」

 レズビアは面映そうな顔で言う。

「いろいろかわいい服も着せてやろう。どうだ? やっぱり美少女になれたのだから、そういうのもやってみたいだろう?」


「別に」

 と、僕は言った。でも、本音を言うと多少は興味ある。


 レズビアは不満そうな顔をすると、メイド服を投げてよこしてきた。

「かわいくないやつだ」


 そう、僕はかわいくなんかないですからねー。


 僕はいそいそとメイド服に着替える。

 なんかしっくりきてしまっている。


「昨日、中庭に洗濯物を干しに行くって言ってたけど、中庭ってどこ?」


「一階に下りれば、すぐにわかる。私がついていかないと不安か?」


「ひとりでいけるし」

 と、僕は洗濯かごを提げて部屋を出た。

 そんな「はじめてのおつかい」じゃあるまいし。


 ――けど、すっごく不安だった。

 だって魔王の城だし。この身体だし。

 

 トラップがあったり、モンスターがいたりするかもしれないじゃん?



   ※   ※   ※



 僕はまず銭湯の隣にある洗濯室に向かった。


 そうだ、昨日モンスターは見てたんだった。


 洗濯機という名のモンスターは、洗濯物を口の前に吐き出していた。

 僕は恐る恐るそのモンスターの近くまでいく。


 ステンバーイ……ステンバーイ……


 ひっ! なんか見てきたし。


 僕はさささっとモンスターの前に行き、洗濯物をばばばっとかごの中に入れると、だだだっとすばやくそこから離脱。


 ふぅ、なんとかファーストミッションクリアだ。


 かごに入れた洗濯物は湿っていたけれど、唾液感はなかった。むしろフローラルのいい香りがしてくる。ちなみに、ちゃんと脱水もされている。


 なんか腹立つなぁ。


 とにかく、あとは中庭に行って、干せばいいんだな。



   ※   ※   ※



 ええと、中庭、中庭っと。


 僕は魔王城の中に再び入り、廊下を歩く。


 ……迷ってしまった。


 まずい、めっちゃ不安だ。


 子供の頃、ちょっと冒険してみようと思って、通学路を離れてずっと歩いていったことがあるけど、案の定まったく知らない住宅街の中に入って迷ってしまった。そのときはものすごく不安になったな。

 そして、どうにかこうにか3時間くらいかけて家に着いた。僕が家に帰ったとき、母さんは泣いてたな。


 僕は考える。

 このまま逃げちゃおっかなーって。


 どうしようかな。


 でも、考えてみれば、こうやって朝洗濯物を干しに行くためにひとりになるチャンスは、毎日あるはずだ。

 昨日はとっさに逃げようとしてしまったけれど、もうちょっと面従腹背しつつ、機会をうかがったほうがいいかな。


 そんなふうに逡巡しながら歩いていると、「立入禁止」と書かれた札がかかっているところに出た。

 その先には、真っ暗な廊下があって、ずっとずっと奥に続いているようだった。

 禍々しい雰囲気があって、背筋がぞっとする。


 そのとき、ふと、ひとりの魔族が通りかかった。


 青い肌をしていて、背が高いけっこうなイケメンだった。

 彼も悪魔族かな?

 ちなみに、イケメンといっても、僕が男を好きになるとか、そういうことは絶対にないですからね。マジで。


「こんなところで何をしてるんだい?」 

 彼が僕に話しかけてきた。


「ええと、中庭に行こうと思って、道に迷っちゃったんです」

 僕は彼を見上げて言う。


 彼は僕のかっこうを見て、

「どうやらメイドみたいだけど、まだ新人?」


「は、はい。レズビアのお付のメイドです」


「ああ、レズビアの……。俺の名前はベリト。いちおう魔王の息子だ。レズビアのお兄さんってことになるかな」


「え、あ、お兄様……。そうなんですか」

 とりあえず頭を下げておく。


「かしこまらなくてもいいさ。中庭なら、反対の廊下をまっすぐ行って右だ」


「ありがとうございます」


「レズビアのメイドって大変だよね」

 と、ベリトさんが言う。


「そう思いますか?」


「何人もメイドが替わってるみたいだし」


「そうなんですか」

 たしかにレズビアのあの態度についていける者は少なそうだ。


「あ、そうだ。僕のところに来れば、すっごく優しくしてあげるよ。今僕のところにはメイドが五人いるんだ。みんないい子でね、すぐにみんなと友達になれると思うよ」


「ええと、その……検討しておきます」

 レズビアよりもベリトさんのほうが優しそうだ。


 ただ、五人もメイドいるとかハーレムじゃん。

 僕がそのハーレム要員のうちのひとりに加えられるとか、なんか癪だ。いくら優しくても男にかしずきたくなんてない。


「まあ、考えておいて。そうそう、その立入禁止の向こうは、危険だから絶対に入らないほうがいいよ」


「そうなんですか……」


「中にはすごく強い魔物がいるらしくてね。探検するとかいって入っていった僕の弟のうちのひとりも、行方不明さ。冒険なんてするもんじゃないよね」

 と、ベリトさんは笑いながら言う。

 笑い事じゃないと思うんだけど。


「僕はこれから洗濯物を干しに行くんで、これで失礼します」


 僕は彼のその態度を不愉快に感じた。

 彼のメイドになるのは絶対にやめておこう。

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