第16話 夢の中(だったらよかったのにね)
銭湯を出ると、心地よい夜風が身体をさましてくれた。
夜空には満点の星空が、まぶしいくらいにまたたいていた。
レズビアは、洗濯物が入った袋を僕に手渡してきた。
「銭湯の隣に、洗濯機が置いてある部屋がある。そこで洗濯物を洗う。これはメイドの仕事だ」
「魔界にも洗濯機ってあるんだ」
「田舎者のくせにバカにしているのか」
「田舎者じゃないし」
僕の住んでる船橋は超大都会だからな。日本のフィラデルフィアだからな。
「今日は私がその洗濯室に案内するが、明日からはひとりでやることになる」
「はぁ、わかったよ」
僕はメイドだし、拒否できないよね。
僕は洗濯物が入っている袋の中を見る。
ん? なんか面白いものがある――
「あ、レズビアのパンツ、くまさんがついてる。かわいい~」
「おい、やめろ、変態。ひとのパンツをじろじろ見るな。あと、嗅ぐな」
「嗅いではないから! でも、レズビアってこういう趣味があるんだ」
「違う。子供の頃のものをずっと使っているだけだ。パンツの柄などどうでもいいことだからな。そういう瑣末なことにはこだわらない」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
でも、このパンツ、何十年穿いてるんだろ? へたすると世紀をまたぐんじゃ。
はっ、もしかして同じものを買い換えてる……?
「恥ずかしがってなんかないからな」
「またまた~」
と、僕が言うと、レズビアはむっとしたような顔をする。
「洗濯室に案内するから、さっさとついてこい」
「尻尾つかもうとするのやめてって。行く、行くから」
「リリスが『イク、イク』っていうのはずいぶんとエロいな」
もういい加減にしてほしいんだけど。
※ ※ ※
「これ、明らかに洗濯機じゃないよね」
僕は洗濯室の中にいるモンスターを指差す。
そのモンスターは壁にはめ込まれ、大きな口を開けている。
緑色のでっかいカエルみたいなやつで、めっちゃぶさいくな顔してる。
「洗濯機だ」
「いやいや、少なくとも『機』じゃないでしょ。どうみても生き物だし」
「あいつの口の中に洗濯物をぶち込むのだ」
「ばっちいでしょ。えんがちょでしょ」
「大丈夫だ。洗濯機の唾液は、洗濯物を綺麗にしてくれる。やつらは洗濯物についた汚れから栄養分を摂取しているのだ」
「いやぁ……でも、唾液でしょ」
「さっさと洗濯物をぶち込め、やつらも食いたくてうずうずしている。さっさとしないとリリスをぶち込むぞ」
「ひえっ、わかったよ」
僕は洗濯物をモンスターの口の中ににぶち込んだ。
洗濯機モンスターは満足そうに口をもぐもぐさせる。
うへぇ。
「洗い終わったものは、明日の朝取りに来て、それで干せばいい」
「干すところは?」
「中庭に物干し竿が置いてあるから、だいたいはそこで干す」
「学校にも行かないといけないのに、慌しいね」
「リリスはメイドだからな。それくらいの仕事はしてもらわないと困る」
「ちぇっ、わかったよ」
ああ、そうですよね。僕はメイドさんですよね。
僕らは洗濯室をあとにした。
それから僕らは階段を上って、洗面室(僕らの部屋のすぐ近くにあった)に行った。その隣にはトイレが設置されている。
「ちゃんとリリスのぶんの歯ブラシも用意してある」
レズビアはピンク色の歯ブラシを僕に手渡してきた。
「ずいぶんと準備がいいね」
レズビアが召喚の前に、リリスのためにいろいろなものを買って準備しているところを想像する。
「ペロンチョ界の男を巨乳女として召喚するのだからな。ブラも大きいのがなくてはならないな」
レズビアはぶつぶつと独り言を言う。
それから下着屋の店員さんに向かって、
「おい、店員、この店でいちばんカップ数が大きいブラを持ってこい。ピンクでふりふりがついているやつなら、なおのこといい」
「あ、あの……僭越ですが、お客様は……」
店員さんはレズビアの胸を見つめる。
「わ、私がつけるのではない。ぶ、無礼な!」
………
……
…
「おい、なに歯ブラシを見つめてにやけているんだ。気持ち悪っ!」
「に、にやけてなんかないから」
僕は歯ブラシをくわえて、ごしごしとやる。
あ、魔族だけあって犬歯がけっこう尖ってる。
間違って口の中噛んだら痛そう。
※ ※ ※
「はぁ……」
部屋に戻り、僕は例の自分のベッドを見てため息をつく。
このぼろくてちょっとべたついたベッドに寝ないといけないのか。
「今日は私と同じベッドに寝てもいい」
と、レズビアが言う。
「ふ、ふたりで一緒に?」
「ああ、リリスは柔らかそうだし、抱き枕がわりにちょうどいいからな」
「ひとのことなんだと思ってるんだよ」
って、本当に僕のこと抱いて寝るの?
※ ※ ※
ベッドはふわっふわだった。
今まで寝たどのベッドよりもふわっふわだった。
僕の住んでるアパートのかったい万年床とは大違いだ。
僕のふわっふわの身体とこのふわっふわのベッドのコラボレーションで、どこまでも気持ちよさの中に沈んでいきそう。
こんなところに拉致られて、魔族の女の子にされ、もちろん不安なことだらけだ。
魔界学園とかどんなとこだろうかとか、メイドの仕事と称してまた羞恥プレイやらされるんじゃないだろうなとか、また変なもん食わないといけないのかとか、生理が来ちゃったらどうしようとか、本当に元に戻れるんだろうかとか、いろいろ思考は巡るけれども、とにかく今は眠ろう。
ひょっとしたら、明日元に戻ってるかもしれないし。
これって実は僕の見ている夢で、目が覚めたら漫喫のソファ席で「腰痛ぇ」ってつぶやいているかもしれないし。
すうぅ……。
僕は眠りの中に――
って! マジでレズビアが抱きついてきたし!
だからおっぱい触ってくんのやめて!
「リリ……」
「ん?」
「おっぱい……」
「え? 何おっぱいって!」
「おやす……すうぅぅぅぅ……」
え? 寝ちゃった?
……まあ、僕も寝よう――
って、女の子に抱きつかれてる状態で眠れるかって……。
………………
……………
…………
………
……
…
僕は人間の男の姿に戻っていた。
でも、おかしいな? 小学生の頃の姿だ。黒いランドセルをしょっている。
それで、海辺の公園のベンチに座っている。
遠くにはタンカーが浮かんでいて、カモメが旋回しながら空を飛んでいる。
僕の隣には、瀬崎くんが座っている。僕の親友だ。
毎日のように一緒に遊んでいたけれど、中学校に上がるときに転校してしまって、それっきり連絡を取ってない。
「山田は将来何になりたい?」
と、瀬崎くんが聞いてくる。
「僕? そうだねえ……総理大臣とか野球選手とか科学者とか漫画家とかバンドのボーカルとかボカロPとかユーチューバーとか……」
「いっぱいありすぎだろ……」
瀬崎くんは呆れながら言う。
「瀬崎くんは?」
「俺は公務員になって堅実に生きる」
「夢ないね」
「俺はそういう冒険はしないタイプなんだ」
「もったいないね。瀬崎くんは僕と違って、運動神経もいいし、頭もいいし」
「別にたいしたことねーよ」
ふと、ちょうど近くを女の人が通った。
瀬崎くんは目を大きく見開き、その女の人を見つめた。
そして、ぎゅっと目をつむるように二回まばたきをして、
「山田、今の見たか? すげーおっぱい」
「うん、まあ」
僕はそのときは「すげーおっぱい」の意味することがあんまりわかんなかった。小学生だったし。
「なあ、山田。おっぱいでかい女が打席に立って、バッターボックスからおっぱいがはみ出でたとする。それで投球がそのおっぱいに当たったら、どうなるんだろうな?」
「ぼよんって弾き返されるとか?」
「そういう意味じゃねーよ。デッドボールになるかどうかってこと」
「うーん、デッドボールじゃないかな?」
「だって、胸の高さまでストライクゾーンだろ? ちゃんと内角高めのストライクゾーンに投げたのに、デッドボール取られちまったら、ピッチャーかわいそうだろ」
「当てられたほうがかわいそうな気もするけど」
「山田はわかってねーな」
と、言うと、瀬崎くんは笑い始めた。
特におかしくはなかったけど、僕も一緒に笑った。
……………
…………
………
……
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