9 俺たちの飯テロはこれからだ!
二話同時投稿。ひとつ前からお読みください。
はーい、みなさん準備は出来ましたか? スタッフの準備はオーケーです。観客席の皆さん、おトイレ大丈夫です? ……大丈夫みたいですね。それでは……こほん、これから収録を再開します。あ、一応念のためにあらすじを一緒に流しておきますね。
昨今の魔族の食糧事情の改善のために行われた新食材──ミニミのお披露目会もとうとう終わりが近づいた。最強の飯テロリスト、オーガのギルガ・オルガがもたらしたミニミは、ペッパーサラダ、ブイヤベース風スープ、活け造り、フライ、丸焼き、プリン、ワインとして私たちと美味しく再会する。
そのあまりの汎用性の高さ、および食材としてのミニミの扱いやすさ、さらには獲物としてのミニミの扱いやすさはこれまでのお披露目で十分に理解してもらえたと思う。今回はあくまでミニミ料理の一例を示したにすぎず、今後の発展性も十分に眼を見張るものがあると言えよう。
今はまだ研究が進んでいないが、これから家畜化や捕獲のノウハウが増えていけば、いずれこの魔族全体の食糧事情をがらりと変えてしまうほどの可能性を秘めた食材だと誰もが認めるのではないだろうか。
『そんなわけで審査員のみなさん、各々最終的なミニミの評価をしてほしいんだ! もちろん、良いことも悪いことも、感じたことをそのまま語ってくれるとうれしいかな!』
「じゃあ、まずはリルララからね! えとね、ミニミの料理は全部おいしかったの! 最初はちょっと特有のクセが気になっちゃうかもだけど、すぐに慣れるしむしろ美味しいと感じるようになると思う! 調理方法はまだまだいっぱいあるみたいだし、無駄なくほぼ全身の部位を使うことが出来るみたいだし、新食材としては百点満点かな!」
リルララはにこっと微笑みながらそう言った。なるほど、たしかに食べなかったところはなかったと言っていいくらい、ミニミは全身を食材として扱うことが出来る。細かい骨もないし、食べやすさも抜群だ。臓物だってほとんど……それこそ膀胱や胆嚢を除いて食べることが出来た。
「じゃ、次は俺だな。食材としての有効性はリルララが言った通り。俺たち獣人の視点……狩りやすさに着目した場合でも、ミニミはなかなかいいと思う。大きな爪や牙も無ければ、分厚い毛皮に覆われていることも無い。十分に気を付ければ、それこそ子供にだって狩れるだろう。誰でも狩れるってのは大きなポイントだよ」
ガラッシュは牙をちろりと見せながら笑った。なるほど、たしかにミニミは成体でもそこまで大きくならず、体に武器らしい武器を持っていない。社会性が高くて群れると恐ろしいとのことだったが、そんなのどんな獣でも同じこと。それを考えると、狩りの対象としてのミニミは誰にでも挑戦できる易しい相手だと言える。
「それじゃあ次は儂かの。ふむ……やはり、味の良さや狩りやすさはその通りじゃが、いかんせん小さいのは問題じゃな。魔族は基本的に大喰らいが多いし、儂らサイクロプスをはじめとした巨体の種族もおる。そういった意味ではいくらか不満が残る。……とはいえ、ギルガ殿の話を信じるならば繁殖力が強くて数だけは多いとのことだから、家畜化に成功すればこれ以上にないものとなるじゃろう」
グードロードはお腹を撫でながらそう言った。なるほど、言われてみれば魔族は種族によってその体格には大きな異なりがある。魔族の平均的な体格を鑑みるとミニミ一匹から取れる食料は少々少なめと言えないことも無いかもしれない。しかしやはり、数だけは多いというのなら、量をもってそれを補うことは可能と言える。ミニミの乳を取るためには家畜化は必須であると言えるし、そこはあまり気にする必要はないかもしれない。
「じゃあ、次は私ね。……そうねえ、言いたいことの大半はもうみんなが言ってくれたわ。あとはミニミ自身のコストや流通経路をどうにかしなきゃいけないって感じかしら? ほら、まだミニミがどこで獲れるのか、どれだけいるのかってところを教えてもらっていないじゃない? 魔族本来の食糧生産に打撃を与えないように、その辺も細かく詰めていかないとならないと思うの。……せっかくの新食材が争いの種になるなんてこと、避けたいしね?」
キャロルはゆったりと笑った。こちらはミニミ自身と言うよりかは我ら魔族の問題であるが、見過ごすことが出来ない懸念であるのもまた事実。ミニミが多く獲れる地域、そこから買い入れした場合のコストや流通経路……ミニミが普及すればするほど、メリットもデメリットも浮き彫りになってくる。そこまできちんと受け入れ、解決してこそ初めて新食材の普及と言う目的は達成することが出来るのだ。
「次はゴベル様の番ゴブ。ミニミにこんな使い道があったなんて驚きゴブ。次は遊ばずにそのまま食べてみることにするゴブ。新しい発見を教えてくれたことだけはちょっと認めないことも無いゴブ」
なんだよこのクソゴブリン。ずいぶん偉そうな口を叩いて……えっ!?
「ちょ、ちょっとあんた!」
「どうしたゴブ?」
「お、お前……ミニミのこと、知っていたのか!?」
そう、それです! なんでこのゴブリン、私たち全員初めて見聞きしたミニミのこと、当たり前のように知っているんですか!? これ、正真正銘誰も知らないはずの新食材なんですよ!? たかが一介のゴブリン程度が知っているはずのないものなんですよ!
「これだからゴブリン以外の魔族はダメなんだゴブ。そろいもそろって役立たずゴブ。口だけ達者で実力が伴っていないゴブ。もっと知見を広げる努力を常日頃からすべきだゴブ」
「くっ……こんなゴブリンに言われるなんてぇ……! リルララ、すごく屈辱……!」
「ほっほっほ……まぁ、間違ってはいないの。チャラチャラ魔人に言われるよりかは真摯に受け止めることが出来るわい」
『あっれー!? 俺、もしかしてそのゴブリン以下なの!? ちょっと半端ない絶望なんだけど!』
ゴベルはハァ、とわざとらしくため息をついた。そのままニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、ん、どうした? 答えてやってもいいんだぞ? ──とでも言わんばかりにこちらをチラチラと眺めてくる。
……はいはい、わかりましたよ。聡明で偉大なゴベル様、どうか卑しい我々にミニミの正体を教えてくださいな。
「いいだろうゴブ。ミニミは──【ミニミ・キイミ】はオーガの言葉ゴブ。こいつをゴベル様達が今喋っている、魔族全体の共通の言葉に直すと──」
直すと?
「──【人間】って言うんだゴブ」
「「ええええええっ!?」」
えええええええっ!?
『うぇぇぇぇぇいっ! この驚愕、すっげえパンチのある味だ! 最後までゴチになります!』
黙っててくださいよシルクスさん! 今このゴブリン、【人間】って言ったんですか!? ミニミってあの人間なんですか!? 本当の本当に人間なんですか!? どこからどう見てもそんな風には思えない……っていうか、なんでこのゴブリン、オーガの言葉なんて知ってるんですか! 隠れインテリってやつなんですか!?
「お、おい! 嘘も大概にしろよ! これが人間!? そんなのあり得るわけないだろ!?」
「ほっほっほ。まったくもってその通りじゃ。人間と言うのは、全身が金属の殻で覆われておる。大きさや形だけは似てなくもないが……こんな柔らかでうまそうな見た目はしておらんよ。一度見たことのあるものなら誰でもわかるわい」
「……お前たち、その金属の殻の中見たことあるゴブ? ちゃんとひん剥いたことがあるゴブ?」
「……いや、ない、けど」
「その人間、どうせどれも見た目がほとんど同じで全部雄だっただろゴブ? 雌の匂いなんてしなければ、子供だっていなかっただろゴブ?」
「むう……たしかに」
「我が魔族の縄張りまで盛大に侵してくる人間……それは騎士団とか呼ばれる奴ゴブ。お前らが普段見るのはこっちゴブ。ミニミは……いや、人間には他にもいろんな種類がいて、冒険者と名乗る亜種もいるゴブ。こっちはまだうまそうな見た目をしているゴブ……まあ、何度も見ないと違いなんてよく分からないし、魔族の領域深くまで入ってくるやつは珍しいゴブ」
「た、たしかに……魔族の中ならまだしも、いや、魔族だって違いの大きい種族だと顔の区別つかないし、さっき食べたミニミたちだってほとんど同じ顔にしか見えないけど……いや、鶏や馬の顔の違いが判らないのと一緒……なのか?」
ええー……人間ってあれ、中身剥けるんですかぁ……ちょっと初めて知ったんですけど。どれも似たり寄ったりな姿をしているとは思っていましたけど……。言われてみれば、メスや子供の姿も見たことが無いんですよね。たまにちょっと変わった格好の人間を見ることがありますけど、あれが冒険者ってやつなのかな?
「ゴベル様の縄張りは人間の縄張りとけっこう近いゴブ。だからちょくちょく衝突があるゴブ。当然、人間の殻の中身をひん剥いたことだって何度もあるし、逆にあいつらの巣にカチコミをかけたこともあるゴブ。……人間のメスや子供は大抵巣に引きこもっているから、お前らが見たことないのもある意味じゃしょうがないゴブ。ちなみにあいつら、巣の中だと殻を纏っていないゴブ。よりミニミらしい姿をしているゴブ」
そういえば私たちって人間のこと、侵略してくるかなりヤバい害獣だって認識はあるんですけど、その生態とかって全然知らないんですよね。見つけ次第即戦闘で殺すか殺されるかですし、そもそも生態を知る機会が無いんですよ。
「あいつらはそもそもの体が貧弱だから、金属や魔獣の皮を体に纏うゴブ。武器となる爪や牙が無いから、別のもので代用するゴブ。その結果、ゴベル様達と相対するような人間は本来の姿とはだいぶかけ離れた姿をするんだゴブ。──この人間の本来の姿と言うのが、ゴベル様達がさっきまで美味しく頂いていたミニミってわけだゴブ」
「……ふむん、まったくもってその通りだ、ゴベル。我輩、ちょっと驚いたのである」
『いつになく饒舌にゴベルが語りだした! そして意外にわかりやすい解説付き! こいつ呼んでおいて正解だったみたいだね! 誰が呼んだのか知らないけど、ファインプレーだよ!』
「ほへー……リルララ、人間ってヤドカリっぽく進化した猿の仲間だと思っていたよ。見た目的に中に何かあるとは思っていたけど、そこまで気にしたことなかったや」
「俺は甲虫とかアリが猿っぽく進化したものだと思ってたよ。俺たちの近くに出てくる人間ってその……騎士団? ってやつみたいでさ。みんな同じ見た目だし、みんなカラクリみたいに気味悪い動きするもんだからさっさと殺して死体を調べたりなんかしなかったんだ。……そうか、あれって普通に剥けたのか……」
これ、今明かされる衝撃の新事実ってやつですよね。まさか取るに足らない害獣がこんなにも美味しい食材だったとは……。ギルガさんもよくぞまあアレを研究して食べようって思いましたよね。普通そんなこと考えませんよ。だって見た目的に全然おいしそうじゃないじゃないですか。さすがは飯テロリストですね!
『ヘイヘイヘイ! ところでみんな、忘れちゃいないかい!? 今日の目的はあくまで【昨今の魔族の食糧事情の改善】なんだぜ! ミニミは目的じゃなくて、それを達成するための手段なんだ! ……もう言いたいこと、わかるよな!』
シルクスさん? それってつまり……ああっ!
そうですよ。今回新食材のお披露目会をした理由って、食糧事情の改善じゃないですか。キャロルさんの所では漁獲量が減っているし、ガラッシュさんの所では獲物の生息数が減って全然獲れないって言っていました。ギルガさん自身も、最近は今まで採れてたものが採れなくなり、採れたとしても質が悪くなっているって言ってたじゃないですか。
ええ、つまるところ、森の恵みも山の恵みも海の恵みも何もかもが少なくなってきてるんですよ。でもって、最近になっていきなりそうなった理由って……!
「……そう、我ら魔族の不況の原因……それはミニミ、人間なのである」
「あいつら本当に強欲で容赦ないもんな。獲物は手当たり次第に獲っていくからすぐ根絶やしになっちまう。森の恵みだって暴食して後には何も残らない」
「こっちもそうよ。傲慢に何も考えないで魚を獲りまくるものだから、年々どんどん漁獲量が減ってしまうの。そりゃそうよね、次を育む生命そのものがないんだもの。で、漁場を荒らすだけ荒らして次の漁場へ。せめて私たちみたいに漁場を再生するための試みでもしてくれればいいんだけど、怠惰にも何もしない。どんどん海をダメにしていってるわ」
「その上、儂たちが住む山も侵しておるしのう。山の恵みはもちろん、鉱山資源もまるまる全部じゃ。同じ大地に生きる者同士、最初はちっとくらいならとお目こぼししていたが……気づけば我らのほうが住処を追われる始末。……色欲が強いのか、気づけば無駄に増えて数だけは揃っていたしのう」
「リルララのところはそこまででもないけど、物流が滞りがちになっちゃった。あいつら、みんなの道を勝手に占拠するし、魔族だったら憤怒の形相を浮かべて問答無用で襲ってくるんだもん! リルララたちが道を使ってるってだけですっごく怒るんだよ!? リルララたちは何も悪いことしてないのに! 今まで通り自分たちの場所でひっそり暮らしているだけなのに!」
「あいつら、魔族が自分たちよりもいい暮らしをしているのが許せないんだゴブ。魔族が享受している恵みに……いや、劣等種だと見下している魔族自身に嫉妬しているんだゴブ。だからこうしてゴベル様たち魔族を侵してくるんだゴブ。尤も、ゴベル様は返り討ちにして逆にあいつらの領域を、財産を、尊厳を侵しているけどゴブ」
うわ、聞けば聞くほど人間って害獣じゃないですか……。ありとあらゆる罪の塊みたいなものですよ、これ。こんなのが台頭したら不況になるのもそりゃ頷けるってものですよ。下手に知恵がある分、蝗害よりもタチが悪いじゃないですか。
でもでも、そんな人間がミニミってことは、それってつまり……。
「……ふむん。我輩もこの食糧事情を改善しようとしたとき、真っ先に思いついたのが原因の根絶なのである。害獣は役に立たないから害獣と言えるわけで、例え害をなそうとも何らかの形でこちらに貢献するのであればそれは立派な獲物になるのである。となれば、害獣を美味しい料理に出来ることを証明するのが一番手っ取り早いと思ったのである」
『しかもギルガ、それだけが理由なんじゃないんだよな!?』
「……うむ。我輩のこの案、最初は天啓が降りたかと思ったであるが、所詮は対症療法……根本の解決には至っていないのである。ミニミがどうして古来の自分たちの住処を離れてまで我らの住処や資源を侵してくるようになったのか、どうして必要以上に恵みを求めて狩場や森を荒らすのか、それを知らなければダメだと思ったのである。例え魔族でなくても同じ大地に生きる者同士、我輩だって出来ることなら無駄な殺生は避けたいのである」
さすが、飯テロリストが言うと貫禄がありますよねぇ……。ええ、やっぱりいくらなんでも無駄に殺すのってよくないですよ。必要な分を必要なだけ殺して、獲物に対しての敬意を忘れない。狩り尽したり採り尽したりするのって本当に最悪ですよね。そんなことする人見ると、私マジで反吐が出ますもん。
「……で、我輩なりに調べたのだ。どうしてミニミは今になってこんなことをするようになったのかと。その結果……」
その結果?
「何のことはない。単純に生息数が増えただけなのである。今までの自分たちの恵みだけじゃ足りなくなったから、我らの恵みまで侵さざるを得なくなったのであるな」
「はァ!? なんだよそれ! そんな自分勝手な都合で俺たちの恵みを荒らしていたのか!?」
「ちょっと久しぶりに頭に来たわね……! なにもかも自業自得じゃないの! 自分たちがやりすぎたからって人様に迷惑をかけていい理由になるわけないじゃない! 生活の質を落として質素倹約すればいいだけでしょ!? 自分たちで新しく畑を作ればいいだけでしょ!?」
ちょっとちょっと、オチがひどすきませんか? 普通、こういうのって急な日照りや干ばつで食べるものが無くなっただとか、流行り病で働き手が全員いなくなったとか、水害で畑が全部だめになったとか、害獣に恵みを荒らされているだとか……そういう同情できる何かじゃないんですか?
よりにもよって増えすぎたからだなんて……まったく、どれだけ盛ってるんだか。あ、そういえば繁殖力だけは強いってギルガさんも言ってましたっけ。
「……とはいえ、これもあくまで自然の一部。キャロル嬢が言ったように自分たちの賄える範囲で、人様に迷惑をかけない範囲でなんとかするのが普通だが、新しいところに足りなくなった分を採りに行く……これ自体は当然の考えなのである。それにどういった理由であれ種族の繁栄そのものは喜ばしいことなのである。所詮この世は弱肉強食。確かに聊かやりすぎではあるし、不況だからといって魔族の恵みを侵すその神経は到底理解できそうにないが、その行為自体は咎められるものじゃないのである」
「ほっほっほ。たしかにそれはそうじゃ。じゃが……それが通じるなら、我らもまた同じ。黙ってるつもりはないんじゃろ? 自然の一部として、我らもまたやつらをどうこうしても弱い方が悪い……そういうことじゃな?」
そうですよ、それ! さすがグードロードさんですよ! あいつらが自然として、弱肉強食の世界でそれをするなら、私たちだってあいつらを根絶してもいいって話ですよね!
あいつら人間はミニミ……美味しい食材だってわかったんです。間引きにもなるし、反逆にもなる。その上で私たちの食糧事情を解決してくれる。最高じゃないですか!
さすが飯テロリスト! 今までの全てはこのためにあったんですね! いったいあなたどれだけ先を見据えていたんだ飯テロリスト! ちょっとなんか興奮でゾクゾクしてきたぞ飯テロリスト!
「……ふむん。なるほど、主たちの言うことも尤もである。我輩にもその考えがあったことは間違いないのである。間引きにも、反逆にも、食糧事情の解決にもつながる……確かにいいことづくめなのである。……だが、それだけじゃあだめなのである」
はて、ギルガさん? それだけって……言ったいどういうことなんですか? これ以上に望む結果なんて、何かあるんですか?
「……我輩、これでも料理人の端くれなのである。我輩は本来、美味しい料理をみんなに食べてもらうことに喜びと生きがいを感じるのであって、決して害獣駆除をするために今の生き方をしているわけではないのである。……もちろん、出来得ることなら人間にだってお腹いっぱい美味しいものを食べてもらいたいのである」
「うそ……今の話の流れでなお、人間の肩を持つの……!?」
「肩を持つっていうか、人間に対しても魔族と同じように慈愛の感情を……いいや、料理人として一人の腹を空かせた存在を助けたいと思ってるみたいだ」
「ほっほっほ……プロ意識の高さ……いや、人格と言うやつか。こりゃ、儂もまだまだじゃのう」
「おじちゃん……すっごいねぇ……」
聞きましたか奥さん。ギルガさんってば、これだけ魔族が、私たちが苦しめられているのになお人間の心配もしていますよ。私たちだけじゃなくて、人間の食糧事情の改善も目論んでいるって顔ですよ、あれは。
ああ、あなたはいったいどれだけ偉大なんだ飯テロリスト。貴方以上に飯テロリストの称号がふさわしい人間はいないぞ飯テロリスト!
……でもでも、いったいどうするんです? ここまでしっかり言うってことは、何か考えがあるんですよね?
「……ふむん。なに、簡単な事である。我輩は確かに、昨今の人間の行いには怒りを覚えているのである。シルクスに調べてもらったであるが、人間の中にも単純に食べられないものがいれば、無駄に美食を気取って食材を湯水のごとく使い無駄にするやつもいるのである。そんなの一料理人として許せないし、それについては断固批判の立場を崩さないのである。だがしかし、食べるためならなんだってする……それこそ我らの領域を侵したりするそれは、個人的感情として許せないものであるが、同時に我輩は食べたくとも食べられないつらさも理解できるのである……許せないけれど、同情する心もまた、持ち合わせているのである……」
「……」
『なんかしんみりしているけれど、お前が言うなって話だよね! お前むしろ美食を追求する側じゃん!』
ちょっと黙っててくださいよシルクスさん。今いいところなんですが。
……ごほん、それでそれで、ギルガさん。続きをお願いしますよ。
「まあ、そうたいしたことではないのであるがな。なに、我輩はただ、気づいてほしいだけなのである。わざわざ危険を冒して我らの領域を侵すのではなく、最初に言った通り、身近な食材に目を向けてほしいだけなのである。……もっともっと、自分たちの周りをよく見てほしいのである。小さな幸福と言うのはいつだってすぐ近くにあるのだから。人間も我輩たちも、いつだってそれに気づいていないだけなのである」
………………え?
ちょ、ちょっと待ってくださいよ。【身近な食材】、【自分たちの周り】って、それってまさか……。
「だから我輩、ちゃんと懇切丁寧に調理方法を教えたのである。その美味しさを、素晴らしさを伝えたのである。魔族だけでなく、ほかならぬミニミに。我らと同じく、食糧事情がよろしくないミニミに」
『ヘイヘイヘイ! 今ここで衝撃の真実をお知らせしちゃうぜ! 実は全部で七回のこの収録、俺の魔術を使ってこの大陸に住むミニミ全員に夢と言う形で強制的に見せつけているんだ! 調理方法も魔法を使って強制的に頭に刻み込んでいるし、ミニミの捌き方も鮮明に、決して忘れないように臨場感たっぷりにお伝えしているぜ! もちろん、審査員のみなさんが感じたミニミの味も……まあ、ぶっちゃけナレーションさんの味覚を使ったけど、全部まとめて文字通り実際の五感を通して体験させている!』
「……」
「……」
「……」
「……」
「ズルいゴブ。ゴベル様も夢でいいから同じ体験したいゴブ。後でちょっとその辺よろしく頼むゴブ」
……マジですか? シルクスさん、収録の傍らそんなことしてたんですか? 大陸全体のミニミに魔法をかけていたんですか?
『そうそう! マジで大変だったぜ! 夢を通すとはいえ映像を記憶として刻みつけなきゃいけないし、味覚、嗅覚なんかの五感も繋げなきゃいけないし、単純に魔法の対象も効果範囲も桁違いだし……文字通りの大魔術さ! その上このセットも、舞台演出も全部俺一人でやってるからね! 魔力があっという間になくなっちゃうもんだから、俺は仕方なく、本当に仕方なく毒舌でみんなからの悪意で腹ごしらえをしていたんだ!』
「は、はは……なんかスケールデカすぎてわけわかんねえよ……」
「い、一応あの減らず口もちゃんと意味があったのね……。うん、この魔法空間の維持に、大陸中の人間に超高度魔法をかけ続けていたと考えると、むしろあの程度の悪意で魔力を賄い切れたのが不思議なくらいだわ。もっとたくさんの人間が強烈な負の感情をあててようやく賄えるかどうかってところ……よね?」
『実際、かなり節約しまくってなおギリギリだよ! 正直最後のギルガの一撃、吸収しきれなかった! この魔法空間解いたら、たぶん周りがズタボロになってると思う!』
……いや、いやいやいや! それよりも、ミニミ……人間たち自身に、同胞の捌き方にその調理方法、おまけに同胞の味までお伝えしてたってことですよね!? 夢とはいえ、同胞が切り刻まれたり火炙りにされるところを実際とほぼほぼ変わらないように見せつけて、おまけに自身が直接食べたのと同じような体験をさせたんですよね!?
『その通り! みんなは俺の調理風景の実況が残酷だ……なんて言ってたけどさ、俺ってばマジで嘘は何一つ言ってないんだよね! でもま、同胞の肉を食べるなんて貴重な体験ができたし、それもあくまで夢だから何のお咎めなしだし、美味しいもの食べることが出来たんだから人間たちも泣いて喜んでるんじゃないかな!』
ええー……さすがにちょっとそれはドン引きのような……。いやいや、相手は人間だしそうでもない……かも?
『くぅーッ! 本当にこれからがマジ楽しみだぜ! 七日七晩、この大陸中のミニミと言うミニミは一夜ごとに同胞が無残に嬲り殺される様を見せつけられ、抵抗すらできずに同胞を食べさせられるんだ! この収録が実際に夢として放送されるその時こそが、俺のミニミのフルコースの始まりってわけ! 俺がミニミのつまみ食いをしなかったのは本番をちゃんと楽しむためだったんだよ! いったいどれだけのミニミの負の感情が湧き上がるのかなあ!? マジでちょっとこれは前代未聞、想像を絶する美食になる予感がびんびんするぜ!』
なんだ、結局そういうオチですか。あなたもただ美味しいものを食べたいだけじゃないですか。なんかそれっぽく言っていても、結局は食欲が全てなんですよね。
……まあ、それに関しては私も偉そうなことは言えませんけど……って、人間たちに私の舌で感じたそのままが伝わるんでしたっけ……どうしよう、なんかちょっと恥ずかしいです。
「ナレーション殿よ。それはちょっと違う。確かに我輩はシルクスに司会を頼んだが、人間にこれを見せつけるのを──ミニミの調理法を教えるように提案……否、シルクスにお願いしたのはほかでもないこの我輩なのだ。シルクスのそれは、いわば本命ではなくあくまで仕事のついでのちょっとしたご褒美に等しい」
ええ!? そうなんですか!? シルクスさん自身が最高の美食を求めたんじゃなくて、ギルガさんがこれを提案したんですか!?
でもでも、一体どうして? いくら人間に調理法を教えたかったって言っても、わざわざギルガさんがここまでする必要なんてないような……。
「……ふむん。確かにそれも一理あるのである。ミニミを食材と示すことで、我輩は魔族側の食糧事情の改善、人間側の食糧事情の改善を図ったのである。数が増えすぎたミニミも、隣人である人間を食せることがわかれば食い扶持が減り、食料も得られるという実に素晴らしいアイデアなのである。……だが先ほど言った通り、我輩は人間を助けたい心もあるが、人間そのものの行いについては断固批判の体勢を崩さない……いわば、許せないのである」
……あ、あの? ギルガさん? なーんかちょっとお顔が怖いような?
「……そして幸か不幸か、我輩は【飯テロリスト】などと呼ばれている。無論、それを自ら名乗った覚えはないが、我輩にはその肩書に相応しい行動が期待されているのも理解しているつもりなのである。……ならば、【飯テロ】を実行するのも我輩の義務……否、責任であるとも思ったのである」
ええと、その、つまりはいったいどういうことでしょう? 恥ずかしながら、そこまで学が無いものでして……。
「……ナレーション殿、そもそも【飯テロ】とは何だ?」
め、飯テロですか? ええと、深夜の絶対食べちゃいけない時間……乙女のおなか周りのデンジャラスタイムに、あえてとっても美味しそうな食べ物を見せつけたりして食欲を刺激させ、空腹感で禁忌に手を染めさせる行為……でしょうか?
「……なるほど、それは確かに一般的な意味合いでの飯テロと言えるのである。自惚れかもしれないが、そう言った意味では我輩が今まで用意したミニミのフルコースは紛れもない飯テロと言ってもいいのである」
やったあ! 正解できました! へへん、ちょっとなんかうれしいですね!
「……だが、果たしてそれは本当の意味での飯テロなのだろうか? それは、何か物事をはき違えているのではないだろうか?」
……と、いいますと?
「……テロとは本来、暴力的な手段を用いて政治的な主張をする、あるいは政治的な目的を達成することを示すのである。自分たちの意見を、どうしても通したい主張を、話し合っても通じない相手に暴力をもって突き付ける行為を言うのである」
ギルガは何かを悟った様にコック帽を脱ぎ、腕を組んだ。目を瞑りながら天を仰ぎ、絞り出すように一言一言を紡いでいく。審査員も、あの魔人でさえ、言葉を発せずにその様子を見守ることしかできなかった。
……なんで急にナレーションモードに入ったかって? いえ、今は仕事をするタイミングだと思ったんですよ。
「……であるならば、我輩は【飯テロ】を行うべきなのである。飯テロリストとして、飯を──食事を通したテロをするのである。我輩はこれでも料理人の端くれ。ならば、黙って料理で語るべきなのである」
ギルガの目が見開かれた。そこには強い決意の光が輝いている。
「愚かで罪深き人間諸君。これは我輩の警告だ。諸君らが食料のために我輩たちの領域を侵すのなら、我輩たちもまた食料のために諸君の領域を侵す。諸君らを一匹残らずひっとらえ、七日七晩見せたように、あらゆる手段を用いて美味しい料理にしてやるのである。本来の意味でも、一般的な意味でも──二つの意味で飯テロしてやるのである。飯と暴力……二つの手段を用いて、我輩は諸君らに我輩たちの意思を突きつけるのである。……ちなみにであるが、我輩はすでに最初の飯テロとして単身で町一つを落としてミニミを調達し、おいしく頂いたのである。これがどういう意味を持つのか、よくよく考えてほしいのである」
そうか……そういうことだったのか飯テロリスト! あなたは最初っからこれが狙いだったのか飯テロリスト! 全て計算通りとは恐れ入ったぞ飯テロリスト! 飯テロしながら飯テロしてたとは予想外だぞ飯テロリスト! でもでも、ぶっちゃけあなたなら普通に武力で解決できるんじゃないのか飯テロリスト!
「無論、この収録を通してなにかが劇的に変わるとは思っていない。しかしながら、魔族はすでに人間……ミニミの美味さを、その調理方法を知った。もう、諸君らを襲わない理由はない。……そして、人間側もそれは同じ。我輩はいつだっておなかを空かせたやつの味方なのである。……上層部の肥え太ったミニミどもが下層の腹を空かせたミニミに食われたところで何とも思わないのである。いいや、それどころか食料を無駄にするミニミを連れてきてくれたのなら、我輩は喜んでミニミのフルコースを作ってあげるのである。もちろん無料で振る舞うしお家までしっかり無事に送迎して見せるから、おなかの空いたミニミ諸君は遠慮せずどしどし持って来てほしい。……案外、それでミニミ社会の風通しもすっきりして、より生活しやすくなるかもしれんであるな」
『見てください! 一見まともでいるように見えて、このイカれたクレイジーな発想! こいつマジで自分が良いことしたとしか思ってないからね! 人間の食糧事情も解決し、社会制度の健全化もしたと思っているからね! そこにあるのは我ら魔族による人間狩り、さらには人間同士による共食い、殺し合いの可能性だけだというのに!』
とても嬉しそうにシルクスが実況する。彼は今、輝いていた。
『恐ろしい! なんて恐ろしいんだ飯テロリスト! たかだか料理の一つだけを使って一つの種族文明を滅ぼそうとしているぞ! その自覚がないところが余計にタチ悪い! 社会に混乱と絶望を招く、文字通りのテロリストだ! ああ、最初からすべて、この俺を含めた何もかもがこいつの手の平の上だった! なんてヤバいやつなんだ! なんて狡猾なやつなんだ! こいつが! こいつこそが! 残虐非道! 冷酷無比! 鬼哭啾啾! 史上最恐最悪の飯テロリスト……ギルガ・オルガだ!』
「……我輩、本当に食糧事情を改善したいだけなのであるが」
「今更それを言っても……ねえ?」
「うん。おじちゃん、お顔通り考えもおっかないんだね」
「まあ、言いたいこともやりたいこともよくわかったよ。正直今日はすごくためになった。俺もギルガさんの意見に賛同するものとして、今日から俺たちなりの飯テロってやつをやってみることにするよ」
「ほっほっほ。儂も同意見じゃな。儂らサイクロプスは種族特性上体がデカい。何匹もミニミを狩らねば腹は満たされぬ。幸い数だけは多いし、ちょっとくらい羽目を外しても問題なかろう。我らの山の恵みも取り戻せて一石二鳥。無論、狩りすぎるのだけには注意するがのう」
「いつも通りだゴブ。いつも通りに人間を襲って、攫った後に遊んで……遊んでから丸焼きにするだけの話ゴブ。こっちだって狩られているし、魔族全体で見ても連中は食料としてこっちを狩っているゴブ。別に遠慮することない、同じ自然の一部としていっぱいいっぱい食べてやるゴブ」
ええ、私もこれから積極的にミニミを狩っていこうと思います。まさかあれが食べられるなんて思ってもいませんでしたけど、知ってしまったのならもう遠慮はいりませんしね。今までずいぶんもったいないことしてきましたし、それを埋め合わせるくらいにはやるつもりです。やればやるほど、私たち本来の食糧事情も改善するわけですし。
ああ、これこそが本当の飯テロなのですね。美味しさで腹を満たし、暴力で意志を突きつける。飯テロリストとしてのギルガさんのこだわりが垣間見えた気がします。あの人、一度たりとも自分でそう名乗ったことはないけれど。
ああ、なんて素晴らしいんだ飯テロリスト! あなたより飯テロリストらしい飯テロリストはいないぞ飯テロリスト! 短い間だったけど、素晴らしい飯テロをありがとう飯テロリスト!
『はーい、良い具合にまとまったようだね! 飯テロとしてはこれ以上にない成果かな! あとは本番……実際の放送がされたとき、どれだけの反響があるかだよ! 俺、なんだか今からドキドキしてきちゃった!』
「……ふむん。主にはそれが給料の様なものだからな。楽しみなのも頷ける。ついでに、主が感じたそれがミニミどもに与えた影響そのものに等しい。楽しむのはもちろん、最後まで頼むぞ」
『大丈夫! 実は時空魔術を通してさっきからミニミの感情と、観客席からも何か偉大な負の感情を感じているんだ! 大成功間違いなしだよ! ……おっと、このまま我ら魔族の明るい未来に向けて飯テロに関する詳しい話し合いをしていきたい……と言いたいところだけど!』
「残念ながら、本当に残念ながら、もう時間が来てしまったようなのである。我輩たちとはもうお別れなのである」
審査員のみなさんが残念そうな声を上げる。そのまま最後の挨拶をする……かと思いきや、これ、本当に時間ありませんね。まぁいいや、どうせこれ見ているのなんてほとんどミニミですし、別にどうでもいいことでしょう。そんなことよりこの後の打ち上げのほうが大事ですってば。
……しょうがないからシルクスさんとゴベルさんも連れていきましょうか。もちろんギルガさんも。最悪、そこらでさっそく飯テロしてミニミを一匹捕まえるのもいいかもしれませんね。
『それじゃあみなさんさようなら! またいつかどこかで会いましょう! 無事に生きて収録を終わらせられそうで俺ってばすごくホッとしてるぜ!』
「短い間だったが、楽しかったのである。今度はぜひ、飯テロ関係なしに一緒に純粋に食事を楽しみたいのである」
シルクスがカメラに向かって走ってきた。魔人特有の残酷な微笑みを浮かべている。ついでにどアップである。
『それじゃあみなさん、またいつか! 俺たちの飯テロは終わらない……なぜなら、飯テロはまだ始まったばかりだからだ! これからも、みんな元気に飯テロしようぜ!』
【異世界飯テロリストのグルメキッチン!:了】
・【ミニミ・キイミ】
《NIN・GEN》