4 怠惰の活け造り
『さあ、待ちに待ったこの時間がやってまいりました! 楽しみにしてた方こんにちは! 楽しみにしてなかった方ごめんなさい! いつもの番組をジャックして、今日この時間は特別番組【飯テロリストのグルメキッチン!】を放送しちゃうよ!』
軽薄そうな若者が煙の中から飛び出して、周囲にいる観客にぺこりとおじぎをした。極上の笑みを浮かべており、周りに向かってぶんぶんと手を振っている。彼が立っている不思議な舞台──実はこれも彼の魔人としての実力で作られたものだ──からは光と音楽が溢れ出て、その場にいる全員に大いなる何かの予兆を感じさせた。
魔人の彼──シルクスはそのことに満足したのか、いたずらっぽい笑みを浮かべながらぱちりとウィンクしてくる。
『ヘイヘイヘイ! 一日ぶりという態だけどこのアゲアゲなテンションはとてもごまかせないよ! サラダにスープと続いて今日はようやく魚(?)料理! クエスチョンマークが付くのはお察しの通り! それじゃさっそくだけどシェフと審査員、まとめてカモン!』
シルクスがぱちりと指を鳴らすと、舞台からミルクのように濃い煙が吹き上がる。舞台中央には筋骨隆々な大きく黒い影がぬうっと現れた。
『美食のためなら東へ西へ! ロースを寄越せと天龍狩って、刺身にさせろと海龍捌いて、丸焼きしようと地龍を屠った! そんな最強料理人! 誰が呼んだか飯テロリスト! 味を確かめるために同族を狩ったこともあるって噂もあるヤバいやつだぞ!! 【最強の飯テロリスト】……ギルガ・オルガ!』
「……どうも」
最恐の飯テロリスト、かの有名なオーガのギルガ・オルガである。全身をコック装備で固めた彼は今日も気合十分で、その全身からは一流の飯テロリストだけが発することできる、殺意のそれにも似たオーラを放っていた。
『審査員のみなさんの説明はすっ飛ばしてもよくない!? 巻いていこうよ!』
シルクスが笑う。彼は心底愉快そうにパチリとウィンクし、飛んできた獣爪真空刃を不可視の魔術でかき消した。
「おふざけも大概にしてくれよな? いくら俺でもそろそろキレるぞ?」
『くぅーッ! このゴミを見るような瞳がマジ最高! 同性からの侮蔑も格別だね! 今日もゴチになります!』
念のため補足しておこう。シルクスたち魔人は、人の恨みつらみや絶望、嫉妬や怒り、その他負の感情を生きる糧とする。普通の食糧だけでも生きていけないことはないのだが、彼らにとってそれらは嗜好品とくくるにはあまりにも大きな存在であるため、こうしてちょくちょく【つまみ食い】、もとい嗜んでいるのだ。
『それじゃあ今日も真面目に仕事しますかね! この期に及んでまたロリキャラで通そうとする誰よりもババアな吸血鬼、リルララ・キャンピィティーク! 実はうっかり何度もフォークをへし折ってリテイクを量産しているサイクロプスのグードロード! 前回その本能に抗えずにはしたないところを見せちゃったサキュバスのキャロル・エレンシア! 一見常識人だけどコメントは割とありきたりで薄っぺらいワーウルフのガラッシュ! まともなコメント一つも無し! マジで使い物にならねえ! スタッフがやらないなら俺がつまみだすぞ! ゴブリンのデ・ガ・ゴベル!』
直後にシルクスは恍惚の表情を浮かべた。たぶん、すごくおいしい悪感情を楽しめたのだろう。上等の酒を飲んだかのようにうっとりとしている。魔人みんながこんな性格ではない……と信じたい。
『ちなみに本放送は短めだけど、収録はすっげえ時間かけて行ってるよ! 審査員がヒステリックでセットがすぐに壊れちゃうんだ! 収録の時はおとなしいのになんでだろうね! みんなもっとミルクを飲んで、俺みたいに理知的で冷静な人にならないと!』
「……そろそろ儂も暴れていいかのう? ちょいと腹ごなしの運動をしたい気分じゃ」
「やめてよ、グードロード。あなたが暴れたらそれこそ大惨事になっちゃうわ」
「うるさいゴブ。さっさと次の飯を出せゴブ。出さなきゃ訴訟も辞さないゴブ」
シルクスは今日も絶好調だ。だがノリと勢いがうざいと言ってはいけない。彼の口上とその実況の実力もまた、飯テロに必要なものであるのだから。
『最後になりますが今日も司会は私、魔人のシルクスでお送りします!』
「……それでは、今日のメニューを紹介させてもらおう」
ギルガはペラペラまくしたてるシルクスを遮り、黙々と準備に入った。さすがのシルクスとはいえ、料理準備中の飯テロリストにちょっかいを出す勇気はないらしい。普段の仕事をするだけでこの魔人を黙らせるなんてなんてすごいんだ飯テロリスト! 最恐だぞ飯テロリスト!
「……前回の予告通り、今回提供するのは《ミニミの怠惰の活け造り》である」
『それではこれより、飯テロ開始!』
──《ミニミの怠惰の活け造り》。
ギルガの宣言と共に突如として審査員の目の前に現れたのは、そんな料理だった。
獲れたて新鮮であろうミニミが大皿に横たわっている。お腹の部分には切れ込みが入っており、それによってぽっかりと空いた部分に綺麗にスライスされたミニミの肉の刺身が並べられていた。傍から見れば、まるで今にも動きだしそうなほどである。
「お、これはまたなんともおいしそうな感じだな! 俺たち、こういうのけっこう好きだ」
「活け造りってことは生ってことよね。……うふ、こういうワイルドなの、嫌いじゃないわよ?」
「盛り付けがすっごく綺麗だよね! どうやったらこんな風にできるんだろう? こんなに綺麗に丁寧に切るなんて、リルララなら絶対できないよ!」
「ふぅむ……! いやはや、さすがギルガ殿。見栄えも素晴らしいですな。……惜しむらくは、加食部分が少なく腹には溜まら無さそうなところじゃろうか。こればっかりはしょうがないの」
「なめてんのかゴブ。もっとたくさん用意しろゴブ。こんなの食べた内に入らないゴブ」
ミニミの赤い肉がキラキラと輝いている。意外なことに血の匂いはほとんどしない。よくよく見ればそれらは一口サイズに、かつ見栄えが良くなるように微妙にずらして並べられている。器となっているミニミの体──頭なども少し包丁を入れて綺麗にしてあるようだ。
「……さて、早速食べてもらいたいところであるが」
『今回の料理にもコンセプトと言うか、特筆するべきところがあるんですよね、ギルガさん!』
「……うむ。最初にミニミは広範囲に生息し、多くの環境に適応すると述べたが、今回は環境の適応によって生じるミニミの差異を確かめてもらいたいと思った次第である。今まで用意したミニミは基本的に柔らかくて臭みの少ない、入手しやすく扱いやすい若い平原のメスのミニミであったが、今回の活け造りは海辺に生息するミニミ──海ミニミのメスを使用している」
『それじゃあさっそく、調理風景を見てみることにしましょう!』
にこにこといたずらっぽい笑みを浮かべたまま、ぱちんとシルクスは指を鳴らす。会場の中央に魔術式の巨大なモニターが現れた。
「いつみても、あの魔術の完成度だけはすごいよねぇ……っ!」
「それ以外はとんでもないクズだけどな」
『くぅーッ! どんどん冷え込んでいく好感度が堪らないぜ! でもでも、本当に見捨てられたらいくら俺でも泣いちゃうよ! だって完全に縁が切れたら悪意そのものだって向けてもらえないからね! それではこのテンションのまま、《ミニミの怠惰の活け造り》の作り方、行ってみましょう!』
煙と光が迸り、辺りがすうっと暗くなる。同時にモニターは何やら映像を写し始めた。魔人の技術の無駄遣いである。
『まずは出来るだけ新鮮なミニミを用意する。今回用いたのは海ミニミだ。海ミニミは平原に住む一般的なミニミと違って全身が茶色っぽくなっていることが特徴なのである。肉質も程よく締まっており、その味わいもまた変わってくる。……さて、お好みであるが、出来ればミニミの頭部の毛を処理したほうが最終的な見栄えの仕上がりが良くなるのでやっておくのである』
映像の中でギルガが手早くミニミを処理していく。流れるような包丁さばきには一切の迷いが無い。ミニミの腹に刃の先がすっと沈んでいき、虚空を切るかのように包丁は滑っていく。その動きからは抵抗の一切を感じさせず、まるで幻影を切り裂いているかのようだ。料理の知識も技術も凄まじいだなんて反則だぞ飯テロリスト! いったい今までどれだけのミニミを捌いてきたんだ飯テロリスト!
『……まあ、基本的には捌いて盛り付けるだけのシンプルな料理なのである。しかし、それゆえにこの包丁の使い方……すなわち、如何に食材を痛めずに切ることが出来るのかという知識面や技術面での腕の良し悪しが如実に表れてしまうのである。尤も、ミニミの質そのものが良いから、料理のりの字も知らないヘタクソが作ったというのでなければ味の保証はするのである』
「これならリルララにも作るだけなら出来るだろうけど……うう、やっぱりこんなにうまく切る自信はないなぁ……」
「あの包丁、びっくりするくらいにすぱすぱ切れるよな。正直、俺の爪よりも鋭そうだ」
「それだけではなかろうて。ギルガ殿の腕でなければあそこまでは出来んよ」
「ギルガさんの腕を基準に物事を考えちゃダメよ。手軽においしく調理できるってところに注目しなきゃ」
「うるせえゴブ。さっさとバラせゴブ。腹減ったゴブ」
『フゥーッ! 相変わらずこのゴブリンは使えねえなあ! もうちょっとマシなコメントしてくれないとマジで役立たずだぞ!』
そんなこんなをしている間にも映像が進んでいく。あっという間にギルガはミニミを一匹綺麗に捌き、慣れた手つきで活け造りを完成させた。モニターの映像がくるくると切り替わり、最高のアングルでその至高の逸品を演出する。あの魔人、仕事の腕だけは悪くないから侮れない。
『……一応はこれで完成なのである。あとはこのヘル・ビーンズを発酵させた汁をちょちょんとつけて食べるとおいしいのである。……さて、さっきは全体の流れを見せるためにサッと捌いたので、次はレクチャーの意味を兼ねてゆっくり捌こうと思うのである』
すごいぞ飯テロリスト。ちゃんと学ぶ側のことも考えているぞ飯テロリスト。その解体技術はどこで覚えたんだ飯テロリスト。知るのがちょっと怖いぞ飯テロリスト。美味しいご飯をお預けとかひどすぎるぞ飯テロリスト。早く食べさせてほしいぞ飯テロリスト。
『あああーっ!? 悍ましいぞギルガ! 暴れるミニミの頭部に一撃を入れた! ピクピク動いているミニミがまたエグい! そのまま顔に布をかぶせて何をする気だ!? もう悪い予感しかしな……あああっ!? ひどい! ひどすぎる! 生きたまま腹に包丁を入れた! ミニミが血を吐いている! 飯テロリストギルガ、悪魔も耳を押さえたくなるような絶叫をものともせず、その新鮮で生暖かい内臓をかきだした! なんて残酷なんだ飯テロリスト! どうしてこんなひどいことが出来るんだ飯テロリスト!』
とても嬉しそうにシルクスが実況する。彼は今、輝いていた。
『悍ましい! なんて悍ましいんだ! 生きたまま解体されるこの絶望! 鮮血がびちゃびちゃとあふれている! ああっ! しかも! しかもしかもしかも! あのミニミ、まだ意識がある! いや! あまりの激痛に意識を取り戻したんだ! せめてもう一度失神させ……ない! ギルガ、そのまま作業を続行! 息の根を止めずにひたすらに俺でもドン引きするような鬼畜の所行をし続ける! 美味しいご飯のためならお前はなんだってするのか!? 飯のためならなんだってしていいのか!? バイオレンスだぞ飯テロリスト! 残酷過ぎるぞ飯テロリスト!』
「……我輩、普通に活け造りを作っているだけなのであるが」
「あのおにーさん、性格最悪だよね」
「根性がひねくれまがってるのよ」
『俺は模範的で品行方正な、嘘偽りの嫌いな綺麗な魔人ですからね! それに命に貴賤はないんです! 命の大切さを、命を食べるという行為を、こうしてありのままの事実を語る役だって必要なんですよ!』
「……なぜじゃろうなあ。食育の観点で言えば間違いではないんじゃが」
「あいつが言うとただふざけてるだけにしか聞こえないよな」
すでに三回目。審査員たちもシルクスの言動には悪い意味で慣れてしまったらしい。ちょっと前まではそれなりのリアクションを示していたというのに、今やすっかりこの冷め切った態度だ。
『ん? んんん? それってもしかして、もっと白熱した臨場感のある実況をお好みってこと? 皆さんの精神衛生を考えてミニミの悲鳴はあまり聞こえないように加工してるんだけど流しちゃっていい感じ? これすっげぇ絶望のスパイスで、実はさっきから俺ってば動悸が止まらないんだよね!』
「え……あのおにーさん、食材でハァハァできる人種なの?」
「ウワァ……。ちょっとこれは別の意味でドン引きだよ」
「あっ……しかも本当にうっとりしている……」
『──こうして新鮮なミニミを捌いて綺麗に盛り付けることで完成したのがこの《ミニミの怠惰の活け造り》なのである。もちろん獲れたてすぐのを捌くのが好ましいが、それが出来ない場合はよく冷やしたものを使うといい。……しかしながら、やはりこれは鮮度が命。獲れたてのそれは別格なのである。一度は食してみてほしいのである』
ともあれ、こうして《ミニミの怠惰の活け造り》は作られたのである。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「……それでは、さっそく食べていただきたい」
ギルガの合図と同時に、審査員席の全員がフォークを持つ。そして、ぱくりとそいつを口に入れた。
「あら! とってもおいしいじゃない! もっと血なまぐさいと思ったけど、意外と口当たりは柔らかくて仄かな甘みさえ感じるわ!」
「いいな、これ! 肉のうまみがそっくりそのままぎゅっと詰まっている! マジで口の中でとろけていくようだ! 小骨が無いのも食べやすくていいな!」
「すっごくおいしいっ! 特にこのヘル・ビーンズのソースをちょっとつけて食べるとお肉の風味をすっごく引き立ててくれるの! こんなのリルララはじめて!」
「シンプルながらも深い味わいがいいのぉ! 柔らかく、歯触りも先程までのミニミとは別格じゃ。……しかしながら、やはりこいつも腹に溜まらないのが難点じゃの」
「うまいゴブ。頭から全部食わせろゴブ」
『やっぱり好評ですね! どうやら平原ミニミと海ミニミはその肉質が全然別物のようだ! 海で泳いでいるからか、肉は締まってあっさりと食べやすいみたいです! 程よく脂ものっているってことなんでしょう! そのせいでこうして食べられちゃう羽目になったんですけどね!』
シルクスはへらへらわらいながら食べる審査員を眺めている。やっぱり食べる気はないのか、活け造りとしておまけでくっついているミニミのお頭をパッと持ち上げてカメラの前に突き出してきた。パフォーマンスとしては間違っていない……のだろうか? いや、彼の場合はミニミの表情を見せつけたかっただけだろう。あいつはそういうやつだ。
『ヘイ! そこのカメラ兼ナレーション兼記録係のアナタ! 間違っちゃいないけどだんだんナチュラルに毒を吐くようになってきたね! 俺ってばそろそろ本気で泣いちゃうよ!』
嘘つきなさい。本当はそんなこと欠片も思っていないくせに。それより早くミニミの活け造りくださいよ。まともなコメント必要でしょう?
『いいねいいね、そのフランクな感じ! 飯テロってのはこうじゃないと! 冗談通じる相手ってやっぱ最高だよ!』
シルクスはいたずらっぽく笑いながら魔術を使って私の目の前に捌きたてほやほやのミニミの活け造りを召喚した。
『どうよ! 労いの意を込めてわざわざ新しいのを用意しちゃったぜ!』
おおお……! 間近で見るとなんという迫力……!
『ぶっちゃけ切って並べただけの料理だし、凄くシンプルだからさ! 精々グダグダ中身のないコメントをして少しでも尺を稼いでくれるとうれしいな! 所詮言葉で美味しさなんて伝わるはずないからね! 気楽でいいよ!』
お前今、あらゆる世界、あらゆる時代、あらゆる次元における私たち全員を敵に回したぞ? 本来ならば、それだけは言っちゃあいけない言葉だぞ?
さて、あのクソ魔人にはあとで制裁を加えることとして……。
ふむむ、やっぱり活け造りってのは迫力がすごいです。わざわざこんな風に盛り付ける直接的な意味ってのはないんですけど、このワクワク感を含めて料理の一つだと思います。
んっ……これは……! 思った以上にミニミの肉が柔らかいですね! さっき誰かが言っていましたが、口当たりがすごくマイルドで、口に入れたとたんにじゅわぁ~! って溶けてそのうまみが広がっていきます!
血なまぐささとかは全然感じないです。ミニミ特有のクセはありますけど、これはもう普通においしいって言えちゃいます。
でもでもやっぱり、ヘル・ビーンズのソースをちょちょいと付けたときは格別ですね! 風味豊かなこのソース、けっこうしょっぱいんですけど、それがまた何ともミニミの肉の味わいを深くしてくれるんですよ!
なんでしょうかね、この……火を通していない、ナマの食べ物特有の甘さっていうんですかね? 最初はちょっとおなか壊しそうって思ったんですけど、一度ハマると病みつきになっちゃいますよ。おなか壊してでも食べたいくらいです。
あと、ちょっと新しい発見。薄く、うすーくこのお肉ってスライスされているんですけど、何枚か一緒にお口に運ぶことで食感がけっこう変わってくるんです! 一枚だけだとそれこそ溶けるようなのに、三枚くらい一緒に食べると食べ応えもしっかりでてきて妙なお得感があります。
それとそれと、やっぱり平原ミニミと違って肉がしっかり引き締まっているって感じはしますね。どっちが好きかは個人の好みによると思いますけど……料理ごとに使い分けるのが正解の様な気がします。
シルクスさん、こんなものでどうでしょう? 出来る限り頑張ってみたつもりなんですが。
『最っ高だよ! 正直ここまでやってくれるとは思わなかった! あとで俺の方から特別手当を出してもらえるように掛け合ってみるね!』
「しかし……うまいことはうまいのだが、やはりこうも一切れずつちまちま食べるのは性に合わんのう……。さりとて、スープの時のように鍋ごとかっ喰らうわけにもいかぬ……ううむ」
「……なるほど、確かにグードロードには物足りないのもうなずける。……こんなこともあろうかと、我輩、今回は特別に海ミニミの子供を使った《ミニミの踊り食い》も用意したのである。調理と言えるほどでもないが、口当たりを悪くする頭の毛を毟って全体をよく塩水で洗ったものなのである……シルクス」
『任せろ相棒!』
シルクスがぱちんと指を鳴らすと、グードロードの前に檻の中に入れられた三匹の海ミニミが現れた。これから起こることを予感しているのか、絶望と不安と少しの寂しさが混じった何とも言えない表情をしている……様な気がする。おっと、少しシルクスさんが移っちゃっていますね。
「おお! こりゃなんとも粋なことをしてくれるじゃあないか! ……それじゃあ、ちょいとはしたないが踊り食いとしゃれこませてもらうよ」
『おーっとサイクロプスのグードロード! 泣き叫ぶミニミの首根っこをひょいとつかんで、大きく大きく口を開けて……食べたぁーっ! ミニミのくぐもった悲鳴が聞こえるぞ! バキバキゴリゴリっていうヤバそげな音も聞こえるぞ! しかも勢い余って口の端から赤いのが飛び出たぞ!』
「……新鮮さがすごいのう。ちょいと悪趣味じゃが、口の中でひょこひょこ動くのもまた面白い。小骨が無く、太い骨もさして気にすることなくそのまま頂ける。肉そのもののうまみはもちろんだが、何とも不思議なことにどことなく卵のそれと似たうまみも感じるの」
「……ふむん。もとよりミニミの踊り食いが出来るのはサイクロプスや我らがオーガ、それに巨人の一族だけであろう。骨云々はそんなに気にしてなかったのである。卵に似たうまみと言うのはもしかしたらミニミの脳か内臓かもしれぬ。……料理人として恥ずかしいことこの上ないが、実は我輩ミニミの踊り食いはしたことがないのである。質の良い海ミニミの子供がそれしか手に入らなかったゆえ」
「なんと! そんな貴重なものを儂のために譲ってくれたというのか!」
「料理で喜んでもらえる……料理人としてこれ以上にない喜びなのである。気にすることなんてないのである」
「おじちゃん、よくあの魔人の実況スルー出来たよね」
「聞かないことにしたんだろ? あれが年季ってやつさ」
「違うゴブ。口の中から悲鳴が聞こえるから聞こえなかっただけゴブ」
「普段ゴブゴブ喚いているだけなのになんでそういうこと言うのよ!」
ああ、誰よりも美食が好きなのにそれを他人に譲ってしまうとはなんて懐が深いんだ飯テロリスト! 飯テロのためなら自分の欲望まで抑えるなんてすごすぎるぞ飯テロリスト! そんなあなたが実は残酷だなんてとても信じられないぞ飯テロリスト!
『今日も大盛況だったね! 特別メニューも満足してもらえたみたいだし、飯テロとしては大成功! このまま四品目に行こう! ……と言いたいところだけど!』
「……残念ながら、今日はもう時間が来てしまったようなのである」
審査員席からわざとらしい嘆きの声が上がった。ぶっちゃけ茶番である。ついでに私もつきあって嘆きの声を上げている。本気で不満の声を上げているのは審査員としてまるで役に立っていないゴブゴブうるさいゴブリンだけだ。
でもでも、こんなおいしい料理を小出しにして焦らすなんて、なんて性格が悪いんだ飯テロリスト!
『次は《ミニミの憤怒のフライ》をお届けするよ! その時までお腹を空かせて待っててくれよな!』
シルクスがカメラに向かって走ってきた。魔人特有の残酷な微笑みを浮かべている。ついでにどアップである。
『それじゃあ次回をお楽しみに! みんなも元気に飯テロしようぜ!』
・【全身】