2 嫉妬のペッパーサラダ
──《ミニミの嫉妬のペッパーサラダ》。
ギルガの宣言と共に突如として審査員の目の前に現れたのは、そんな料理だった。
新鮮でみずみずしい野菜が丁寧に、かつワイルドに千切られ皿の上に盛られている。パッと見た限りではおよそ三種類であろうか。その上からは黒く煌めく胡椒がパラリと振るわれていた。
「へえ……千切ったキャベツに玉ねぎに、この黄色いのは食獣植物のハンドイーターか。トマトも添えられているなんて、どうしてなかなか豪華じゃないか」
「ねぇねぇ、肝心のミニミ肉って……これ?」
「ふぅん……腸詰……サラミにすることでサラダと合わせたってわけね」
「ほっほっほ。それだけではないじゃろう。単純に野菜と合わせて食べられることを示した以外にも、サラミに出来る、すなわち保存性も十分にあることを示しているわけじゃな」
色とりどりの野菜を飾り付けるかのように、随所に赤茶色の平べったいそれが散りばめられている。キャロルが言った通り、これは間違いなくサラミだろう。所々にミニミの脂らしき白っぽいものが浮いているから間違いない。
「……その通り。我輩はまず、このミニミ肉を使うにあたってその保存性を調べることが必須だと思った。身近に扱う日常的な食材であるからこそ、保存ができないというのは致命的であるからな。そして、保存と言えば干肉だ。もちろんそれは成功したのだが、今回はあくまでお披露目会である。そのまま出すのはあまりにも芸がない」
ギルガは最強の飯テロリストだ。高級な食材をこれでもかと使えば美味いものを作れるのなんて当然である。一流の料理人と言うものは、限られた手札の中でどれだけ美味いものを作れるのかを競うものなのである。
材料のお値段、入手のしやすさ、保存性の良さ……味以外にもそれらすべてを考慮した料理が作れてこその一流だ。ただ高級食材を作ってうまい料理を作るだけなら二流の料理人なのである。飯テロリストはさすがに格が違った。
「……幸いにも、ミニミには腸詰に適した腸を持つ。今回はそれを用いてサラミを作り、ペッパーサラダに使わせてもらった次第だ。……無論、今回はあくまで調理用として仕上げたので、保存用として仕上げるならば普通の腸詰や干肉と遜色ない保存性を得ることが出来る」
色とりどりの野菜。保存性の高いミニミ肉。肉も野菜も同時に取れるというこの気配り。食べなくてもわかる。こいつは絶対にうまい。ああ、なんて飯テロリストは計算高いのであろうか。さすがである。
そして同時に、残酷だ。例え栄養バランスがよかろうと、これだけおいしそうであるならば腹がはちきれてでも食べ続けてしまうに違いない。ああ、なんて恐ろしい!
『はーい、みなさん! 早速実食と行きたいところですが、今回はミニミ肉の扱いの仕方の紹介も兼ねてますからね! ミニミの捌き方を含めて、ここで調理風景を見てみることにしましょう!』
にこにこといたずらっぽい笑みを浮かべたまま、シルクスはぱちんと指を鳴らす。すると、会場の中央に巨大な水鏡──面倒くさいから以降モニターと呼称する──が現れた。
「うぉっ!? ……あれ、魔法か!」
「あのチャラいおにーさん、見た目も言動もアレだけど、魔術の腕は一流だね!」
「ふぅん……まぁ、認めないことも無いわ。今すぐ潰したいけど」
「うるさいゴブ。さっさと食わせろゴブ」
『くぅーっ! 会場からの評価の低さに悲しみを隠せないぜ! 蔑みの感情がマジデリシャス! それではこのテンションのまま、《ミニミの嫉妬のペッパーサラダ》の作り方、行ってみましょう!』
煙と光が迸り、辺りがすうっと暗くなる。同時にモニターは何やら映像を写し始めた。魔人の技術の無駄遣いである。
『……まずはミニミを捌く。基本的には普通の禽獣と同じように捌けばよい。首か足の根元辺りにある大きな血管を切り、木につるして血を抜く。殺してすぐのほうが──体温が残っているうちのほうが皮は剥ぎやすいだろう。イノシシなどと比べて柔らかいから、子供でも捌くのにそう苦労はしないはずなのである』
映像の中でギルガが手早くミニミを捌いていた。血を抜いた後は首元から体の中心線に沿って刃を入れ、股の間の肛門辺りまでぐるっと切れ込みを入れる。本来ならばかなりの重労働であるはずなのだが、オーガという種族特性を抜きにしても、ギルガの手つきは滑らかであった。さすが最強の飯テロリストである。
『……ここと、ここ。これがミニミの胆嚢と膀胱だ。こいつを破くと全部が臭くなってダメになってしまうのである。気を付けて取り除くように』
「ふむぅ……やはりミニミ自体が小さいのぅ……我らサイクロプスではこんな細かい作業ができるかどうか……」
「爺さん、それなら俺たちが代わりに捌いてやるからさ。この映像を見る限りだと、ミニミってのは獣の中でも特に捌きやすそうだ。子供の小遣い稼ぎで解体代替業が流行るかもしれない」
「おお、こりゃありがたい。我らが狩って、主ら獣人が捌く……報酬はそのままミニミ肉をいくらか、でいいかのう?」
「それはまたおいおい決めていけばいいさ。……だけど、俺たちにだって狩らせてくれよ?」
「かっかっか。狩猟もまた美味なる食事のための一環、というわけじゃの」
ガラッシュとグードロードが真剣にそんな話をしている。種族間での新たな経済関係を結べる食材を提供してしまうなんて、さすがは飯テロリストである。
『……骨を取り除き、内臓を部位ごとに取り分けたら、背中側から背骨に沿って──否、背骨ごと真っ二つにする。特に用が無いのなら、この時に頭を落としてよい。後は好きなように切り分けることでブロックごとの肉になる。今回は牛と同じように切り分けさせてもらったのである』
映像はどんどんと進んでいく。血みどろの解体シーンを見ても何も思わないのは彼らが魔族ゆえだろう。生きるためにみんな大なり小なりこの程度のことはやってきているのだ。むしろ、周りにミニミ肉の扱い方を教えるためにも真剣にそれを見る必要があった。
ミニミの解体が終わると映像が切り替わり、今まさにサラミを制作せんとするギルガが映し出された。
『おおおーっ!? なんとギルガ、猛烈な勢いでバラしたミニミの肉を切り刻んでいく! その地獄の大鎌でさえかすむ様な特大包丁でメッタメタのミンチにしだしたぁーっ! あ、ああ! あああ! しかも! しかもしかもしかも! ミニミから引きずり出した腸に! 腸に! 腸を引きずり出すってだけでも残酷極まりないというのに! そこにミンチにした肉を詰めだしたぁーっ!?』
とても嬉しそうにシルクスが実況する。彼は今、輝いていた。
『恐ろしい! なんて恐ろしいんだ飯テロリスト! 引きずり出した内臓に切り刻んだ肉を詰めるなんて、一体どうしたらそんな残酷なことが出来るんだぁーっ!? 魔人の私もドン引きな、悪魔のようなこの所業! ……しかも! なにやら怪しげな場所で香を焚いている!? 規則的に配置された炎に揺らめく煙……はっ! まさかこれは、邪神復活の儀式でも行っているのか!? 内臓に肉を詰めたそれは、残酷過ぎる常軌を逸したそいつは、もしかして邪神の祭壇に捧げるための供物だったのか!? 悍ましい! 恐ろしい! なんて残酷なんだ飯テロリスト! クレイジーすぎるぞ飯テロリスト!』
「……我輩、普通にサラミを作っているだけなのであるが」
「いやまぁ……確かにその通りなんだけどさぁ……! 間違ってはいないんだけどさぁ……! もうちょっとこう、言い方ってものが……!」
「うぇっぷ……なんか、処刑場を思い出しちゃったじゃない……どうしてくれんのよあのクソ魔人……!」
『俺は模範的で品行方正な、嘘偽りの嫌いな綺麗な魔人ですからね! 自分が感じたことをそのままに実況しているだけですよ! みなさんの印象にも強く残ったでしょう?』
ガラッシュとキャロルは顔色を少し悪くしていた。シルクスの実況のせいで想像したくないものを想像してしまったらしい。二人の負の感情を食べることが出来て、シルクスの表情は非常に明るくなった。
『──こうして完成したサラミがこいつだ。あとは季節の野菜やお気に入りの野菜を程よく千切り、さらに盛りつけたところでこいつを散りばめる。仕上げに粗めに挽いたコショウをパラリと振って完成なのである』
ともあれ、こうして《ミニミの嫉妬のペッパーサラダ》は作られたのであった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「……それでは、さっそく食べていただきたい」
ギルガの合図と同時に、審査員席の全員がフォークを持つ。そして、ぱくりとそいつを口へと入れた。
「んっ! ちょっとピリッとしてるけど、お肉の味がすっごく濃くておいしいっ! しゃきしゃきのお野菜とすっごくマッチしているっ!」
「ほぅ! 普通のサラミと変わらぬと思いきや、中にかなり複雑に香草を入れておるな! この……ミニミ特有の風味とよくあっておるわ!」
「ふぅん……まぁ、悪くはないわね。肉としての味の深みは十分だし、野菜との相性もバッチリだとは思うわよ。……ただ、この特有の風味は合う人と合わない人ではっきり分かれるかも。それと臭みを消そうと香草を使い過ぎなのは個人的にはちょっとダメね。味が濃いし複雑すぎるから、もっと絞ったほうがよりおいしくなると思うわ」
「たしかに味は濃いけど、これはこれで結構イケるじゃないか。コショウのピリッとしたのが肉の風味を引き締めていていい感じだよ。まぁ、俺たち獣人には、コショウと香草の風味を少なめにして、肉のクセを強くした方が好まれるかも」
「うまいゴブ。もっと食わせろゴブ」
『おおむね好評ってことでいいんですかね! みなさんなんだかんだ言いながらも黙々とバクバク食べています! 会場の皆さん、このフォークを突き立てたときのしゃきしゃきって音が聞こえますか!? 今回はあくまでミニミがメインなんですけどね! 俺なんかはこっちの野菜のほうが気になっちゃうよ!』
シルクスはへらへら笑いながら食べる審査員を眺めている。どうやら彼は自身に悪意が向けばそれで満足らしい。司会としてその態度はどうなんだろうと思わなくもないが、彼は彼で飯テロに絶対に必要な存在なのだ。
『ヘイ! そこのカメラ兼ナレーション兼記録係のアナタ! スタッフだからって……いや! スタッフだからこそこいつを食べてみてくれないかい!? ここらでなるべく具体的な感想を聞きたいんだよね!』
あれ、シルクスさん。私もいいんですか? 一応今まで、なるべく第三者視点で記録していたんですけど。
『いいっていいって! だって一人、ゴブゴブ言ってて使い物にならねーやつがいるんだもん! 審査員の一人が役立たずなんだから代わりが必要でしょ!』
シルクスはそう言っていつのまにやら綺麗にサラダが盛りつけられたお皿をこちらに差し出してきた。
どれ、せっかくですから一口頂きましょうか。実は私、食レポに少し興味があったんですよ。だって仕事でただで食べられるって最高じゃないですか!
『どうよ? なるべく食べたことのない人にも味の想像ができるように感想を言ってくれると嬉しいな!』
まず、最初に口に入れたときの香り。これが溜まりません。しゃきっとした野菜のみずみずしい風味と、ミニミのサラミ特有の肉の風味が口の中で混じりあいながら広がっていくんです。
サラミの中には香草が使われているみたいなのですが……おそらく四種類ほどでしょうか。ちょっとクセのあるミニミ肉を食べやすくしている感じがします。悪いところを押さえて、強いところをより魅力的にしている感じですね。
肉そのものとしては豚肉と鶏肉……にちょっぴりのイノシシ肉を混ぜたような感じでしょうか。あ、いや、やっぱりイノシシはいらないかも。なんだかどこか懐かしいというか、どこかで食べたことのある様な感じはするのですが、うまく言葉にするのが難しいです。
もちろん、サラダとして見たときも素晴らしいですな。キャベツのしゃきしゃき感ととトマトのみずみずしさ、生玉ねぎのピリッとした引き締めにハンドイーターのどっしりとした感触が混じって口の中で味のオーケストラが開かれているかのようです。
キャベツの緑の味、トマト特有の甘さと酸味、玉ねぎの風味……それらにミニミのサラミは相性バッチリです。ミニミの濃い味を柔らかく受け止めて、かなりマイルドに、食べやすくしてくれます。ミニミの風味がより際立つ、と言ってもいいでしょう。
特筆すべきはその食感でしょうか。ハンドイーターのどっしりとした食感、キャベツのしゃきしゃき、トマトのみずみずしさ、それにミニミ肉の柔らかいのにちょっと硬いという摩訶不思議な感触が混じって、一口ごとに感触が変わるのです。
なんですかね、顎を動かす度に別のものを食べているような……いや、同じものなんだけど見事に調和しきっているというか……。
ええい! とにかく、文句なしにおいしいです! さすがは飯テロリストです! さっきから気づかないうちにぱくぱく食べちゃっていますし、ついでになんか食べても食べてもお腹がすきます! こんなのずるいです!
シルクスさん、こんなもんでしょうか?
『最高! なんか思ったよりもすっげえよかった! その食べっぷり、俺もちょっとお腹空いてきちゃったよ! つーか、今からでもあのゴブリンつまみだしてあそこに代わりに座ってほしいくらい!』
「うるさいゴブ。もっと食わせろゴブ。これじゃ少なすぎるゴブ。舐めてるのかゴブ」
「この汚らわしい下等生物の肩を持つわけじゃあないけど、たしかに物足りない感じはするわねぇ……」
「リルララも! なんか、すっごくすっごくお腹空いてきちゃった!」
「……それは、食欲増進の香草をサラミに使ったせいであるな。元よりコショウは食欲増進作用があるほか、今回はちょっと奮発してより効能の高い【悪魔の黒星胡椒】を使っているのである。レシピアレンジとしてレモンを使えば、より強い食欲増進作用が期待されるであろう」
そう、最強の飯テロリストはいつだって手を抜かない。まだまだこれは一皿目。すなわちフルコースで言うところの前菜なのだ。これだけで満足しない──よりおいしいものを食べるために、一皿目は食欲増進をコンセプトに仕上げたのである。
さすがは飯テロリスト。よりにもよってこんな時間にこんなものを、食欲増進作用があるものを食べさせるなんてもう……! ああ、なんて残酷なんだ飯テロリスト! ちょっとずるすぎるぞ飯テロリスト! せめて乙女のおなか周りのデンジャラスタイムは外してほしかったぞ飯テロリスト!
『はーい、どうやらみんな満足してくれたみたいだね! さっきナレーションさんが言ってくれた通り、実はこの番組、フルコースをモデルにして料理を紹介していきたいと思っているんだ!』
「……とはいえ、あくまでミニミの紹介がメインである。番組としてそれっぽい演出をしたいというだけであって、必ずしもそれに則るわけではないのであしからず」
シルクスとギルガが衝撃の事実を伝えた。それはつまり、このミニミと言う食材はものすごい汎用性を持っているということに他ならない。いったいギルガはどこでこの食材を見つけたのか、会場のみんなは興味を隠せないでいるようだ。
『それじゃ、早速二品目に行こう! ……と言いたいところだけど!』
「……残念ながら、今日はもう時間が来てしまったようなのである」
審査員席から大きな嘆きの声が上がった。あれだけおいしいものを食べさせられて、今まさにお腹をぐうぐうと鳴らしているのにこの仕打ちはあんまりだろう。さすが飯テロリスト、やることが残酷だ。
『次は《ミニミの傲慢のブイヤベース風スープ》をお届けするよ! その時までお腹を空かせて待っててくれよな!』
シルクスがカメラに向かって走ってきた。魔人特有の残酷な微笑みを浮かべている。ついでにどアップである。
『それじゃあ次回をお楽しみに! みんなも元気に飯テロしようぜ!』
・【肉】
・【腸】