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1 飯テロリストのグルメキッチン!

『引き返すのなら今のうち。まだ間に合う』

『さあ、待ちに待ったこの時間がやってまいりました! 楽しみにしてた方こんにちは! 楽しみにしてなかった方ごめんなさい! いつもの番組をジャックして、今週からこの時間は特別番組【飯テロリストのグルメキッチン!】を放送しちゃいます!』


 軽薄そうな若者が煙の中から飛び出して、周囲にいる観客にぺこりとお辞儀をした。極上の笑みを浮かべており、周りに向かってぶんぶんと手を振っている。彼が立っている不思議な舞台からは演出なのか光と音楽が溢れ出て、その場にいる全員に大いなる何かの予兆を感じさせた。


 ほんの少し青暗い肌にちょっぴりとがった耳。子供っぽい八重歯にいたずらっぽい笑み。眼のふちと白シャツの襟から除く特徴的な文様──入れ墨から、この青年が魔人であることは明白だった。


『最近本当に不況ですよね、みなさん! 森の恵みも海の恵みも少しずつ減っていますし、娯楽の少ない我々としては、喰うことすら楽しめなくなったら何を楽しめばいいんだって感じですよ!』


 大仰にため息をつき、大げさにおどける青年。生まれ持った雰囲気がそうなのか、何を語っても言葉に重みが無い。口先ばかりのチャラい若者──というイメージが一番しっくりくるだろう。


『もちろんこれは我ら魔人だけでなく、魔族全体に関わる由々しき問題です。そこで今日はそんな不満を解消するため、今までになかった新たな食材に着目した料理のお披露目会をしちゃいます! それでは主役の登場だぁ!』


 魔人が大きく後方を仰いだ。それに合わせるかのように光と煙が迸る。誰もの視界を一瞬塞ぎ、やがてその中からコック帽をかぶった大きくたくましい影がぬっとあらわれた。


『美食のためなら東へ西へ! ロースを寄越せと天龍狩って、刺身にさせろと海龍捌いて、丸焼きしようと地龍を屠った! そんな最強料理人! 誰が呼んだか飯テロリスト! 今日も楽しませてくれよ!? 【最強の飯テロリスト】……ギルガ・オルガ!』


「……どうも」


 最強の飯テロリスト、かの有名なオーガのギルガ・オルガである。全身をコック装備で固めた彼は言葉とは裏腹にやる気十分で、種族柄もあって小さな子供が見たらたまらず漏らしてしまいそうなほどいかつい顔をしていた。


『さてさて、今日はキルガさんが直々に用意した新食材をギルガさん自身が振る舞ってくれるとのことです。魔族一の料理人が作る至高の逸品……今からよだれが止まりませんね! 飯テロリストの名に相応しい料理が出る予感がびんびんです!』


「……我輩、それを自称した覚えはないのである」


『おーっと、この発言! すごい! すごいぞ! 【飯テロリストとは、名乗るのではなく呼ばれるものだ。自分で名乗るのはまだまだ二流だ】……かぁーっ! 名言頂きました! 料理以外でこれほどまでの格を見せるとは、凄すぎるぞ飯テロリスト! 残虐だぞ飯テロリスト!』


「……主に司会を任せたの、失敗だったかもしれぬ」


 魔人はぺらぺらとまくしたてる。ノリと勢いがうざいと言ってはいけない。彼は今日、それを買われてここにきているのだから。淀みなく口が回すのはこのオーガには出来ないことであり、同時にオーガの相棒として彼に求められていたものでもあった。


『料理人がいるのなら、審査員だっていてもいいじゃない! つーかこいつらいないと始まらない! 我が魔族の中でも特に舌に自信のある個性豊かな面々にご登場してもらいましょう!』


 魔人がぱちりと指を鳴らす。先程よりかは幾分と穏やかに煙が吹き上がり、いつのまにか彼らの対面に審査員席が設けられていた。


『甘いの大好きお子様吸血鬼! 偏食一族舐めるなよ! 舌の敏感さには誰にも負けない! リルララ・キャンピィティーク!』


「こーんにーちはぁー! 今日はリルララ、いっぱいいっぱい美味しいもの食べちゃうね!」


『体もでっかい心もでっかい、胃袋はもっともっとでっかいぞ! 食い尽くすまで止まんねえ! でも本人は意外と紳士! サイクロプスのグードロード!』


「ほっほっほ。このような席に呼ばれて光栄じゃ。魔族の発展のために、この老いぼれの胃袋が役に立てばと思う」


『誰もが認めるおねえさま! 美食にうるさい夜の華! その口で食べたのは本当に美食だけか!? サキュバスのキャロル・エレンシア!』


「離しなさい! あのチャラい魔人、今すぐここで串刺しにしてやる!」


『空駆け地を蹴り爪穿つ! 獲物は自分で仕留めてナンボだぜ! ひゃっはあ! お前ら採れたてぴちぴちの味を知らねえだろ!? 獣人代表、ワーウルフのガラッシュ!』


「ええと……俺、そこまでワイルドなタイプじゃないんだけど……。とにかく、俺なんかが少しでも役に立てればと思っているよ」


『なんでお前がここにいる!? 悪食雑食味音痴! 腐ったものでも何でも喰うぞ! ……マジでこいつ呼んだの誰だよ!? ゴブリンのデ・ガ・ゴベル!』


「うるさいゴブ。腹減ったゴブ。早く食わせろゴブ」


『さて、最後になりましたが司会は私、魔人のシルクスでお送りしたいと思います。……おっと、今回はあくまで新食材のお披露目会ですからね? 俺に見とれて火傷するなんてこと、しちゃダメだぞ!』


 個性豊かな面々の紹介が終わり、辺りが少しだけ静かになった。シルクスはこほんと一度わざとらしく咳をし、オーガのギルガにちょちょいと詰め寄る。そして、その魔導棒──ぶっちゃけマイクである──を突き出した。


『さてさて、おさらいになりますが、今日は昨今の不況を打開するための新食材をこちらの五人の審査員に評価してもらうと言った流れになっています。ギルガさん、一言お願いします』


「うむ……。先程シルクスが述べた通り、昨今の食糧事情は悪くなる一方と言ってもいいだろう。今まで採れていた物が採れなくなり、その質もどんどん悪くなっていると来ている。原因はまぁいろいろあるだろうが、どの種族でもつらい思いをしているであろうことは想像に難くないのである」


「……そういや、年々獲物の数が減ってるんだよな。単純に生息数が少なくなっちまってる」


「私のところも漁獲量が減っているって猟師が嘆いているわ。魚もやせ細っていて昔に比べたら味気ないったら!」


 ガラッシュとキャロルが愚痴る。どうやら彼らの地域ではそれが顕著に表れているらしい。


「我輩は考えたのだ。今でこそまだぎりぎり何とかなっているが、やがて壊滅的な事態になるであろう、と。ならば、そうなる前に手を打つのが己が料理人としての使命と思ったのである」


「おじちゃんがそういうと貫禄あるねぇ……! リルララ、難しいことはよくわかんないや!」


「ほっほっほ。幼子は難しいことなんて考えなくともいいのじゃよ。……しかしギルガ殿。そう都合よく打開策などあるものなのかな? そりゃあ、ギルガ殿ならそれこそ龍を狩ることだってできるし、未開の土地で新たな食材を探すことも可能であろう。しかし、魔族一の実力を持つそなただけにしか調達できない食材では……」


「グードロードよ。主の言うことは尤もだ。無論、我輩もこの問題を解決するにあたって真っ先にそのことを懸念した。誰もが手軽に手に入れられる食材でなければ何の意味もないのだ。……つまり、今まで見向きもしなかった身近なものを食材として扱うことになる。……まともな料理として仕上げるのに本当に苦労したのである」


 どっと会場が興奮で沸いた。あのギルガが『まともな料理』と評したのだ。そしてギルガは食に関しては一切の妥協をしない。つまり、お腹いっぱい食べられてとてもおいしいものであるということはほぼ確実になったのである。


『ちなみちなみに! 先程グードロードさんはあんなこと言ってましたが、リルララちゃんのほうが年上だからね! そこんところ間違えないように!』


「あの魔人潰す」


『いいねえいいねえ! その視線! 子供の純粋さと大人の黒さが混じった極上の殺意! おにーさんもう、これだけでおなかいっぱいだよ!』


「……やはりこいつに司会を頼んだの、間違っていたのだろうか?」


 ちなみにだが、魔人は嗜好品として憎悪や悪意を嗜んだりする。負の感情ならば彼らはなんだって美味しく頂けるのだ。


『おほん! 腹ごしらえも済ませたところで、早速話題の新食材について説明してもらいましょう!』


 シルクスは上機嫌に指を鳴らした。虚空から浮き出るようにギルガの隣に鉄檻が出現する。その中ではとある生物が不安そうにこちらを見ていた。


「……こいつが我輩が見出した新食材、【ミニミ・キイミ】である」


『ギルガ! それだけじゃ説明不足だろ!? ……えーと、捕捉させてもらいますと、ミニミ・キイミ……面倒だからミニミですね! こいつらは社会性が高い獣で、個々は弱いですが群れることによって大きな力を発揮することが知られています。繁殖力はなかなかですが、攻撃的な性格のため現状だと家畜化するのは難しいでしょう。とはいえ、平原を中心としたこの大陸の広い範囲に生息し、中には山に生息するものや、海に適応して海辺に巣をつくるものがいたりします。個々の弱さを分布の広さ、繁殖力による数で補ったってことですかね。食材的に見ると、普通の獣よりも毛皮が少なく、頭の毛を毟ればだいたいはそのまま使えるため、調理のしやすさはピカイチです。基本的にオスよりメスが、成獣よりも幼体のほうが肉は柔らかくて臭くないとのこと』


「うぇぇ……早口で一気に言われてもわからないよぉ……!」


「ふん。要はいろんなところで見つけることができるってわけね。そういうの、嫌いじゃないわ」


「それに、言われた通り結構弱そうだ。これなら俺の所の村の子供でも狩れるんじゃないか?」


「ちと小さいのが難点と言えば難点じゃが……数が多いというのなら問題あるまい」


「うるさいゴブ。早く食わせろゴブ。まずかったら承知しないゴブ」


 もちろんその他にもいろんな注意点があるが、新食材としてはこれ以上にないものだろう。審査員たちが興味を持つのもうなずける。若干一名審査員としての意味を理解していないものもいたが、みんな無視していた。


「……ともあれ、我輩はこのミニミに希望を見出した。誰もが扱える身近な食材。あとは我輩が料理人としてミニミの有効性を示せば、魔族に少しでも癒しと安らぎの時間を与えられると思った次第である。……今日はこちらのミニミを用いた料理を振る舞わせてもらう。少しでも楽しんでもらえると嬉しい」


 野蛮で屈強なオーガであるはずの彼なのに、一流の職人の様なオーラを放っている。ゴブゴブうるさいゴブリンを除いて、審査員の全員が彼が腕を振るう料理に胸を高鳴らせた。


『それではみなさん、準備はいいか!? ここまで来たらもう後戻りはできないぞ! 無事に終わりたいのなら今すぐここで引き返せ! 最強の飯テロリストの名に恥じない残虐非道で悪意あふれる飯テロが行われるんだからな! 生半可な覚悟で見ると、普通の飯が食べられなくなっちゃうぜ!』


 魔人はミニミの檻に寄りかかりながらイタズラっぽい笑顔を浮かべて宣言する。それは残虐非道な、見せつけられる側のことなんて何一つ考えない、あまりにも慈悲の無い飯テロ開始の合図であった。


『それではこれより、飯テロ開始!』


「最初のメニューは……《ミニミの嫉妬のペッパーサラダ》である」

『最終警告。引き返しましょう。時計はよく見ましたか? 本当に後悔はしませんか?』

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