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元宰相の異世界物語(仮題)  作者: 徳兵衛
第1章
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第2話   水盆の巫女  下

「誰よりも得意になる力がある。」




ドミトリーは腕っぷしが強くなかった。

いくら母からいずれお父さんみたいになれると言われても、それが何時になるかもわからないし、何よりドミトリーは争いごとを好かなかった。 勿論、やられた時の反撃は躊躇わなかったが。



だが、魔術ならば腕っぷしが強くなくても弱いとは言われない。殴りかかる前に相手をやっつけることもできるのだ。




子供ケンカで魔術を使うような真似はパーヴェルが許さないであろうことは、突然示された可能性に舞い上がった彼の頭から抜け落ちていた。



「でも、その前に聞きたいことがあるの。」



長耳族は魔術に長ける。


ソニヤ自身も極めて優秀な術者であったし、彼女の家族も人間種の水準を遥かに超える技量の持ち主だった。 彼女が祀るアルストライアは長耳族の主神でもある。水盆の女神は彼女にとってとても縁が深いのだ。


だが、彼女の知る限り長耳族でアルストライアの『加護』を授かったものは皆無だった。

正直、嫉妬心がないと言えば嘘になる。

少なくとも退屈極まりない神殿生活を堪え、もともと乏しい信仰心を振り絞って彼女を祀ってきた。

長い間務めるうちにいつの間にか巫女頭などになってしまっていたが。


種族を問わず、神々と直接の関わりを持ちうるのは『加護』という形でパスが繋がる者だけである。

ソニヤには羨ましいことこの上ない。



何でよ! ちゃんと祀ってきたじゃない!敬虔だったとは言わないけど!


内心の叫びを全力で押し殺しつつ、彼女はドミトリーに吐き出させる心算だった。




焼け焦げた岩のそばで座り込み、結局ドミトリーはソニヤに夢とそれを書き留めた日記の事を洗いざらい吐かされた。



「信じてよ。夢で見たのは知らない世界の事なんだ。女神様なんて出てこなかったよ。」


「でも、彼女に何か見覚えがあったんでしょう?」


「夢と女神様は関係ないよ。たぶん。」



ドミトリーも魔術についていくつか質問をしたが、徐々にソニヤの質問攻勢の前には劣勢だった。

どれほど才能があっても魔術の行使には修練と勉強が不可欠であり、修練はともかく本格的な勉強は帝都の中央法術大学でしか受けられない。


帝国中から種族の有力者や貴族の子弟が学びに来る大学である。

生きてきた世界が違う人間に囲まれるのは考えただけでも恐れ多い、もとい面倒であることは想像に難くない。


魔術に興味を持っても、ドミトリーは貴族に混じって勉強など御免だった。




延々と続く質問攻めですっかり萎れたドミトリーにふと気づき、セニヤは今更ながら大人げなかったと少し後悔した。



「やり過ぎたかしら...」



ドミトリーの見た夢は内容こそ要領を得ないものの、それが何なのかはそれとなく目星はついた。

会った時から年の割に受け答えが非常にはっきりしているのも気になっていたからだ。

受け答えがしっかりしすぎて違和感が尋常ではない。


何処で刻んだものなのか知らないし、これほどはっきりと残っているのは極めて珍しいが、恐らくは『彼の記憶』だろう。

どうして今も残っているかは解らないが、アルストライアに関してだけ抜け落ちているあたり彼女が何らかの目的をもって行った結果なのだろう。


主観が混乱しているために見た本人は夢物語と思っているようだが、その不自然な夢モドキが彼の前世が歩んだ記憶と考えれば自然と言えなくもない。

元々『加護』やらなにやらの時点で不自然すぎるので今更とも思うが、それでも検討した限りソニヤとしては納得できる。


何よりも、そもそも夢だとすれば内容をメモに書き記すことができるほど頭の中に残らないはずなのだ。




ただ、舞台となった世界は彼女の理解を超えたものだった。

あの記憶の舞台となったのは少なくとも過去でも現在でもない。遠い未来か別の世界の話と言われても驚かないほどに

彼女の常識を大きく外れる内容だった。



静謐の女神と言われるほど世界に殆ど干渉しない彼女の主神だが、なんとも酔狂なことをするものである。


もしくはよほど何かに腹を据えかねたか。


普段物静かであればあるほど、怒り狂うと激しいものである。司るモノがモノなのでさすがにご乱心はないと信じたい。

神々のエピソードはどう取り繕っても身勝手と理不尽に塗れたものになる。神話をまとめた人物は誰か知らないが、オブラートに包むのはどれほどの困難だったろうか。



パーヴェルが来たらしっかりと伝えなければならない。

ドミトリーが見たものが何であれ、ドミトリー自身のために『加護』とは別に、どのような形であれしっかりと対処する必要がある。そう彼女は判断した。




「そうそう、まだ聞きたいことがあるんだけど...」



そう。気になることはまだあるのだ。法術士としても。


長耳族には珍しく、彼女は後悔してもあまり反省はしない女性だった。









「二人ともここにいたのか。 昼飯を買ってきt...」



両替商から預けていた金をいくらかおろし、ついでに昼飯を買ってきたパーヴェルが見たのは、気まずげに顔を反らす巫女頭と内庭の芝生に座り込みぐったりとした愛しい息子の姿だった。

自分が息子に彼女を押し付けたのを棚に上げて、彼は父性の囁くままに下手人を怒鳴りつけた。



「この阿婆擦れ! 貴様、ジーマに何をした!」



だが時間は既に昼過ぎ。 神殿前で供物の振る舞いも昼休みである。

騒ぎを聞きつけた巫女たちが内庭へ集まってくる中、再び神殿で下品な罵声が飛び交う。




駆け付けた巫女の一人に水を分けて貰い、一息ついたドミトリーは父が持ってきたサンドイッチをほおばる。

相変わらずギャーギャ言い合う二人は仲が悪いようにも見える。


普段とまるで違う父の振る舞いに、ドミトリーは戸惑いを覚えた。



「あれはお互い信頼し合っていればこそですよ。」



黒髪のの狼種の巫女が苦笑いしながらドミトリーの内心を見通したかのように答えてくれた。



「お二人は探検団の同僚だったそうですよ。辺境各地の調査をされていたとか。詳しくはいずれ本人から聞いた方がいいでしょう。」



尋ねたわけではないが、この狼種の巫女の情報提供はありがたい。

探検団の女隊員がどうして巫女頭になったんだろう。



「えっと、あなたは?」


「私は巫女頭補佐のリージアです。」



ドミトリーはこの日、巫女らしい巫女に初めて出会ったような思いを抱いた。






ソニヤをドミトリーに押し付けて両替商へ向かう間、パーヴェルはこれからの事について思いを巡らせていた。『加護』の有無にかかわらず、帝国内では希少な亜人種、竜種はその能力故に重宝されるために何かと面倒に巻き込まれる。自身もそうだった経験から、当初からパーヴェルはドミトリーを少なくとも自分の命を自分で守れる程度に鍛える予定だったのだ。


だが、アルストライアの『加護』は想定外だった。

どのような形で力を発揮するのか未知数だが、彼女の位階の高さを考えれば相当なものに違いない。


腕っぷしを上げたところで、どうしようもない事態に巻き込まれるであろうことは容易に予想がついた。


大人しい息子が他の人間と繋がりを作れる機会は用意してやりたい。学生のうちから実戦投入される士官学校は論外とするならば、ある程度鍛えてから帝都の法術大学に入れて学ばせるのを検討すべきか。


本人次第だが、あそこの基礎課程だけでも受ければ術者として大きく成長できる。

幸い、当てになるか判らないが伝手もある。

数え年ならば今は6歳。大学の入学年齢にはまだ余裕がある。



だが、ここから先はマーシャと話し合わずに決められない。




パーヴェルは息子の夢の話が思った以上に大きな話になったために、妻に隠して話を進める形になったことを後悔した。


金を引き出して屋台で黒パンのサンドを買い、気を落としながら戻った彼が見たのは、ぐったりしたドミトリーと何かをやらかした顔をしたソニヤだった。





黒パンサンドは決して食べやすいものでは無いが、ドミトリーはぺろりと平らげた後、焼け焦げた岩を観察していた。


不思議で仕方ない。

何もないのに燃え上がり、岩を焦がすほどに力強い。

それが魔術と言われても気になるものは気になる。


巫女頭曰く、「知りたきゃ金払え」であり、金のないドミトリーに手は出せなかった。



「父さんは教えてくれるかな。」



父親が時折黒パンサンドを齧りながら巫女頭と話している。


さっきまでの中傷合戦はどこへやら。真剣な様子である。

既にリージアをはじめ、他の巫女たちも己の務めに向かい、内庭は3人だけの静かな空間に戻っていた。



岩に触れながら、ドミトリーは幼いなりに考えを巡らせる。


ソニヤの質問攻めは彼女が意図したわけではなかったが、ドミトリーに自身の考えを整理させる強力な一押しとなった。帰ったら日記を読み返さなければ。


ドミトリーが見たのは夢ではない。


彼女はハッキリ言わなかったが、そう考えているようだった。

質問攻めにあう中で必死に自己分析を繰り返したドミトリーも、そう考えるに至っている。


また夢が見れたら何かわかるかもしれない。






西日が差す。

空が茜色に輝き、松明に火が付き始める。



2人の影が神殿の入り口にある。




「...なるほどな。大体は理解できたが...何ともなぁ。 だが助かった。やはり持つべきものは友人か。」



そう言ってパーヴェルは皮袋に入った謝礼金を手渡した。




「はいはい、ありがと。 でもまぁ、遠からず自分で答えにたどり着きそうだけどね。」



受け取りながらソニヤは父の背で眠る子を見て笑みを浮かべる。





彼女は彼女自身の意志で妻にも母にならなかった。


将来を誓った男を奪った帝国に対する無言の抵抗として。




「そうだな。それも良いかもしれん。」



友を救えなかった男には目を背けることはできない。

背けることは許されない。




「...今度は守り切りなさいよ。 マーシャのためにも。  彼女によろしくね。」



そう言うと彼女は身を翻し、夕日に染まった神殿の中へと戻っていった。



「無論だ。」



ドミトリーはとうの昔に眠りに落ち、今はパーヴェルの背で寝息を立てていた。










帰宅後、土産をすっかり忘れていたパーヴェルは、帰ってから娘たちに臍を曲げられてしまった。

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