第21話
お待たせしました。ホントに大難産。どこまで描写しようか悩みましたが、ひとまずはこれにて。
大陸暦第14紀34年 晩夏
「いやぁ、ホント大変だったよ。」
一夏の学外演習で、セルゲイはしっかりと日に焼けて逞しくなって帰って来た。
大学初の試みである学外演習は、極めて実戦的な内容だった。野営から始まって帝都近傍の森林地帯での魔獣討伐、対法術士相手の戦闘訓練、治療術式を使った野戦医療訓練が複合的に取り入れられ、兵役期間中は勿論、卒業後も問題なく通用するレベルの厳しいものだった。
「得手不得手を超えて全力で臨め。出来ねば死ぬってさ」
どうやらゴロバノフという男は軍人もいける口であるようだった。
「貴族も平民も関係なしに容赦なかったからね。ゴロバノフ学部長も良くあそこまで踏み込んだもんだよ。お蔭で半端なくしんどかった。」
セルゲイの言葉には誇張は無い。
はじめこそ貴族と平民とで分裂し反目し合ってていた学生たちだったが、到着早々に縄張りを荒らされて怒り狂ったグリフォン相手に一蹴されてからはそんな事に構っていられない程に指導が厳しくなったと言う。学生たちの失態を挽回させるべくゴロバノフは本気で指導に臨み、よそ見をしていた愚か者、特に階級由来のいざこざを燻らせていた連中は震え上がった。初歩的な風魔法で木々を根ごと薙ぎ倒し、森の一角に野営地用の空き地を作った時には学生たちから遠足気分は消え去っていた。
老紳士は鬼軍曹へと豹変し、学生たちは哀れな子羊となって理不尽に満ちた扱きに耐え忍ぶことを求められたのだろう。
生前、甲種合格してしまったばっかりに軍でこってりとしごかれた過去を思い出す。
「そう言えば、先輩は治癒術式苦手だったのでは?」
「今も苦手だよ。どうしても魔力の使用効率が悪くてさ。でも、術式自体は問題なく使えるからゴリ押しで何とかしてた。それに苦手だからって手加減したり手を貸してくれるほど甘い実習じゃなかったよ。」
ランナルの質問に、セルゲイが遠い目をしながら語る。
演習中は骨折や擦り傷は当たり前、酷いと深い切り傷も自分たちで治療する。死者が出てもおかしくない厳しいものだった。それらの処置も魔獣との戦闘、拠点の整備と食糧確保を同時並行である。生命力と精神力をギリギリまで使い、訓練はまさに実戦そのものだった。
「男女関係無しさ。5、6人でパーティー組んで1週間。精神も身体もギリギリまで追い込んで追い込んで、女が居てもよそ見してる余裕なんてなかった。」
皇族相手でも容赦なかったよと、セルゲイは妙に柔らかさを増した笑顔を見せた。
ドミトリーは勿論、ランナルもベックマンも日頃軽薄な印象だったセルゲイにある種の貫禄を与えた学外演習に震え上がった。ベックマンが勇気を出して問いかける。
「脱落者は出なかったんですか?」
「脱落したら留年って言われてさ。みんな本気さ。」
優秀であることが当然でなければならない貴族たちにとっては、自己の望まぬ留年は不名誉である。
切り拓いた野営地で、ゴロバノフ学部長は学生たちの前で“この演習を乗り越えなければ卒業を認めない、貴様らが死んでも不問とする勅命を賜った。惨めに逃げ去るも世に出ずに命を落とすも自由だが、諸君が諦めない限り我々教員は諸君を見捨てない。陛下の期待に応え、根性を見せろ。”と獅子吼した。
「それは堪らないですね。貴族の出は特に。」
「なに他人事のツラしてるんだ。お前達もあと3年したらやるんだぞ。」
苦労して手に入れた情報は貴重だったが、同時に全く嬉しくないものでもあった。
学外演習の話が終わり、ずっと落ち着きの無かったランナルがベックマンと共にドミトリーの部屋を出て行くと、セルゲイはその後姿を見送りながら机の脇に置かれた木箱に目を向けた。
「そう言えば、貧民街の連中相手に大立ち回りしたって?」
「話がずいぶん大きくなってますね。誰からの情報ですか?」
「俺の子飼いの連中さ。アイツらもここ最近スリが多くて手を焼いてたからね。いい気味だって言っていたぞ。」
大立ち回りを吹っ掛けられた当人たちにしてみれば、迷惑以外の何物でもない一件だった。特にランナルは実父からキツイ仕置きを受けており、あの晩から今まで頑なに椅子を拒み続けている。同室のベックマン曰く「今のあいつの尻には全てを拒絶する呪いがかかってるんだ。」との事だが、実に凶悪な呪いがあったものだとドミトリーは半ば他人事のようにそれらを見ていた。
「流民が増えて巡察の手が回っていないという事ですか?」
「各地からの流民が増えているのは事実だ。まぁ、今の内務尚書はそう言う分野には仕事熱心じゃないからな。」
勿論、国家の根幹を揺るがす大問題である。
帝国の現内務尚書は、根っからの貴族派であるフセヴォロド公爵である。取り立てて有能ではないが、かといって致命的な失態を犯す事もなくその地位を守っていた。
だが、少なくとも内務尚書としての器量を持っていない事は彼が任命されてからの内務省の働きを見れば明らかであった。帝国西部で跋扈する匪賊の討伐は遅々として進まず、流民が帝都の治安を乱しても有効な対策を取れていなかった。巨大な職権を持つ内務省だが、その職権を生かした包括的な施策を行うことも無く、停滞した組織は既に腐敗し始めていた。
「取るだけ取って世の中に還元しないのならば詐欺でしょう。」
「真面目に還元しようとすれば自然と貴族たちの取り分が減るからな。どうだ、これがお前の祖国だぞ?」
「叶うならば縁を切って逃げたいですね。」
自然と笑顔がこぼれるドミトリーに、セルゲイは苦笑いしながら右手にはめられた腕輪をさすった。初代皇帝が定めた皇族の証であるが、その真の由来は穏当なものでは無いものであると聞く。
「ホントにな。だが、俺は絶対に逃げられんからお前も道連れにしたいんだよ。恨めしいし。」
「心から同情はしますが、それは勘弁してください。」
せっかくの二度目の人生、宮仕えは避けたい。帝都でのやり取りの後、叶うならば商人などになって世界を見て回れないだろうかと考えていたドミトリーにとっては、ちっともありがたくないお誘いである。
「長命なくせしてケチなやつだ。せいぜい4、50年の話だろう?短命な普通の人間の願いくらいいいじゃないか。」
「長命でも不死では無いんですから死ぬときは死にますよ。もう少し世の中を見て回ってから考えます。」
アンデッドもいるにはいるらしいが、全体的に外法故に法術大学で学ぶ内容ではそこに至ることはできない。
いつの間にか酒の入っていたセルゲイはなかなか聞く耳を持ってくれなかったが、ドミトリーは辛うじて言質は取られずにはぐらかし続けた。
それにしても彼が皇族であることを考慮しても人たらしであることは疑いようが無い。生前から中身が変わっていないドミトリーは、そこら辺の才能が相変わらず乏しかった。持って生まれた血筋がそうさせるのか、はたまた彼自身の才能か。セルゲイと絡むと色々と身につまされる事が多く勉強になる。
下手をすれば法術の勉強よりもよほど辛いものだったが、正直なところ法術よりもはるかに重要なものを学ぶことが出来た点で、ドミトリーは2度目の学生生活を有意義な物に出来ていた。
...どのような理由を付けても精神的に辛いのは変わらないが。
正直なところドミトリー自身、生前由来の先入観のせいで周囲との距離を微妙なものにしている自覚があるのだが、それをどうする事もできずに数少ない友人たちとの付き合いを続けている現状があった。
相手の種族や階級ではっきりと付き合い方に差が表れてしまい、知人はできても友人がなかなか出来なかった。
自分と似た境遇の者同士であるランナルとベックマンはともかく、セルゲイとの出会いは彼が半ば強引に導いてくれたからこその繋がりである。これでは狷介孤高気取りの偏屈者でしかない。
人と関わる時に背後の深読みをしてしまう癖が出るたびに、ドミトリーは何とも言いようの無い自己嫌悪に陥ってしまう。転生してなおやはり政治家になどならなければよかったと後悔するあたり、何と業の深い職業だろうか。
そもそも人望よりは実績と信用関係でのし上がった政治家が、その内面に問題を抱えているのは当然と言えば当然ではあったが。
...でなければあんな最期を迎える訳がない。
「お前はいいよなぁ...俺なんか...」
いつの間にか自棄酒を始めたセルゲイを追い返す気にはなれず、結局ドミトリーもその場遅くまで愚痴に付き合う事になった。
気軽に酒を飲みかわすことの出来る友人がいるだけでも、十分すぎる程に幸運なのだ。
無情な事だが翌朝、ドミトリーは転生して以来初めての二日酔いになった。
さて、入学してからなかなか機会が無く、今まですぐ近くに居ながら全く気に掛けていなかった姉たちが、弟を呼び出したのは二日酔いも大分落ち着いた昼過ぎの事だった。
竜種では極めて珍しい双子の姉妹である2人だが、本来はドミトリーよりも3歳年上である。だが、保護者であるパーヴェルの打倒に手古摺った結果、周囲よりも1年遅れて大学に入学していた。
「ジーマ、久しぶりー!」
ドミトリーのジーマという愛称はあくまで身内だけの呼び方である。姉であるレーマもイーマも、エレーナとイリーナという名前をもじったものだ。
この愛称は解りやすく表現するなら三国志に登場する諸葛亮の『孔明』の様なものである。よほど親しい間柄でなければ本人が居なくても呼ぶことは非礼と受け取られるそうである。もっとも、ドミトリーはあまり気にしたことは無いが。
長姉であるエレーナは元から快活そのものだが、次姉のイリーナはどちらかというと周囲とのコミュニケーションを厭うきらいがあった。しかし、既に5年目になる大学での生活の甲斐もあってそれらの得手不得手は大分鳴りを潜めていた。
黙っていると見分けがつかないと言われ続けた2人だが、最近になって髪形を変えていた。
エレーナは腰ほどの長さの白っぽい金髪を首の後ろで束ね、イリーナは細い三つ編みを編み込んでいる。長姉曰く自己主張の少ない次姉の数少ないアピールポイントらしい。
「2人とも久しぶり。だいぶ雰囲気変わったね。」
「ふふーん、お姉さんの大人の色気に「雰囲気変わったね。」...うん、ジーマも雰囲気って言うか、なんか変わったね。」
イリーナもかつての仏頂面はどこへやら、ニコニコと姉弟のやり取りを見ている。
ドミトリーもそうだが、竜種の爬虫類を思わせる細い縦長の瞳孔が独特の雰囲気を出しており、慣れない者に取っ付きづらい印象を与えている。
「雰囲気は変わったけど根っこはおんなじ。そうでしょう?」
「そうそう。実家にいた時からこうだったじゃないか。」
3人とも竜種の象徴ともいえる角が最後に見た時よりも立派になっており、経った時間を決して無駄にしていなかった事が分かる。しっかりと己を磨いて来たのだろう。
竜種の角は身体の成熟は当然として、保有する魔力に比例して節の数や太さが変わる。幼い頃はシカのように滑らかだが、徐々に太く、節がはっきりしてくる。そして、指紋と同じように一人として同じ角を持つ者はいない。
ちなみにこの角、長耳族の髪と同じく魔力を豊富に宿しているため、薬の材料や術式の触媒にもなるらしい。
ドミトリーは他の竜種の角を実際に見たことは無いが、角の曲がり方や巻き方、節の出来方には家系ごとに特徴があるそうだ。
サムソノフ家の角はこめかみから伸びて側頭部を回ってやや上方向に向く。代々続く遺伝らしいが、母であるマーシャことマリーヤはどちらかというとガゼルのように後ろに向く部分が長い。ドミトリーもどちらかというと母方に似た形なのだが、これがまた寝具をよく傷つけるために悩ましい。
貧乏性には耐え難い苦痛から逃れるため、現在も寝具保護のためのサックを付けているのだが、小さい頃は姉たちに形が冒涜的だと散々からかわれたものである。
余談だが、この世界のどこかに寝具の心配をせずに眠れる竜種が居ると思うと、ドミトリーは嫉妬のあまり寝付きが悪くなる。既存の寝具では頭の収まりが悪いのも手伝って、寝る前に余計な事を考えてしまう事は多い。
「2人ともかなり背が伸びたね。」
「ジーマが一番伸びてるじゃない。私たちはこれ以上背が伸びても困るだけだもの。むしろ胸が...痛っ!」
イリーナの鋭いひじ打ちで遮られたが、姉たちも姉たちで悩ましい問題があるようだった。
双子のため姉たちの背丈には殆ど差は無いが、両者ともに身長は170cmを余裕で超える長身である。中身はともかく傍から見れば成人した竜種と殆ど変わらない。
かくいうドミトリーも180超えの長身なのだが、オルストラエにいた頃からこと身体的な面では極めて恵まれており、体調も健やかこの上なかった。
異性との絡みが無くなって久しいために、顔を合わせぬ間に大人になりつつある姉たちが眩しくみえる。セルゲイはともかく、ベックマンやランナルが聞いたら羨ましがるだろうか。
「ジーマ、気にしないで。」
「分かってるよ。」
思いの外深く入ったのか、イリーナのひじ打ちは長姉を暫く悶絶させていた。ひょっとしたら一番悩んでいるのは次姉ではないかと邪推してしまいそうになる。
「姉さんたちは来年で卒業だけど、卒業後はどうするか決まった?」
「私は決めてる。レーマはまだ、だよね?」
3人がオルストラエにいた頃から長姉の威厳は失われて久しい。不思議と身の振り方が上手いためにこれまで両親から雷を落とされずに来たが、エレーナの年貢の納め時はそう遠くないかもしれない。
「あ、ちょっと、2人ともそう言う目で見ないでよ。私も考えてるわよ!そう!ジーマはどうなの!?」
「まーたそうやって逃げるー」
微笑ましいか見苦しいか、判断の別れる姉達の反応を見ながら、ドミトリーは自らに言い聞かせるように答えた。
「俺は...商人になって探検団を再建したい。」
ドミトリーの答えを姉たちは笑わなかった。
かつての思い出を半ば愚痴交じりに語るパーヴェルの姿を姉達もその記憶に深くとどめており、ドミトリーの夢がパーヴェルの無念を晴らすものであることをすぐに察したからである。
だが、探検団と一言で言っても現在はかつてのような独立組織では無く、内務省管轄の一組織に過ぎない。探検者達も魔獣駆逐の傭兵のような存在へと堕ちて久しく、彼らをを纏めて開拓などの業務に従事させるのは困難を極める事は明らかだった。
「ジーマの夢は大きいね。でも、家の出身で商人になった人って居たっけ?」
エレーナの疑問は当然と言えば当然のものだった。
実に夢の無い事だが、商人という職業選択の足掛かりとなるコネはドミトリーには無い。強いてあげればセルゲイからの繋がりなのだが、ドミトリーとしては彼に頼り切るようなことはしたくはなかった。
だが、既得権益に切り込めるほどの商才が代々脳筋のサムソノフ家に授かるかと言われれば、かなり厳しいと言わざるを得ない。イレギュラーたるドミトリー自身、政治家としての経験はあれど経営者としての能力は未知数である。どちらかというと安全保障系の政策を専門としていた彼にとって、経済分野はそれを専門とする信用できる人間に任せるものだった。
おぼろげながらに見えて来たやりたいことをハッキリさせるためにも、もっとこの国の事を知っておかねばならないが、情報の元は自分で用意したいという気持ちがある。
セルゲイからの情報は貴重なものだったが、実際に帝都で浮浪者に襲われたりという言う経験が無ければ実感がわきづらい。生の情報がもっと欲しかった。
「商人になれなくても、この国をもっと見て回りたい。叶うなら西大陸にも言って自分の目で見てみたいと思ってる。」
「西大陸は亜人種を嫌う人が多いって聞くけど、それでも?」
「うん。今のところはそれが目標だよ。」
長姉であるエレーナへの答えは、自分にとっての誓いでもあった。
「で、イーマ姉さんは卒業したらどうするの?」
一頻りエレーナをいじり倒した後、ドミトリーはイリーナに尋ねた。
叶わぬ夢とわかっていても、なけなしの姉としての威厳を守ろうとしたエレーナはすっかり『萎れて』いた。ベックマンもそうだが、何故かドミトリーの周囲には弄りやすく火に油を注ぐタイプの人間が多いのだろうか。
「法術士として何かをしようとかそう言う目標は無いわ。オルストラエで薬師として働きたいなとは思ってる。後は母さんの地元行って旦那探し。やっぱり竜種同士の方が良いかなって。子供欲しいし。」
思いの外現実的な将来の目標に、ドミトリーは言葉に詰まった。
イリーナの描く将来像が妙に生々しく感じられたが、彼女の目指すところは別におかしくは無い。この世界においてはごくごく一般的な考え方であると言える。むしろ夢見がちなのは少女よりも少年なのだ。
例え中身が分別盛りの元宰相だとしても。
「母さんの地元ってノーヴィクだよね。でも、オルストラエより北かぁ...」
竜人の干物が急速覚醒して話に食いつく。
「ジーマだってそのうちお嫁さん探さないといけないじゃない!」
「急いで結婚する気はないよ。家の後継ぎなら姉さんたちの子供でも良いし。」
ドミトリーは家庭に拘る気はない。
生前、連れ添った妻は子宝に恵まれなかった。やっと授かったが結果は死産。その際に胎を痛め、その後子宝を授かることは無かった。周囲は養子を迎えたらどうかと勧めたが、自分も彼女もそれらを謝絶し、養子を迎え入れることは無かった。
思えばその頃から妻は病に侵されていたのだろう。時間が経つにつれてどこか儚さを増していったのは気のせいなどでは無かった。
天からの授かりものであるために諦めてはいたが、そんな配慮すらも彼女にとっては苦痛だったのかもしれない。気丈に振る舞う彼女が抱えた病に、夫の自分は最期まで気づけなかった。
今思い出しても決して不仲では無かったが、激務由来の疎遠さとすれ違いに悩まされることは少なくなかった。体調の不良から留守を任せた妻が死んだことを知ったのは外遊先での晩餐会での事だった。会談を終えて一息ついたところに舞い込んだ知らせに、暫し呆然と立ち尽くし、泣いた。
帰り着いた時には遺体は既に荼毘に付され、死に顔に向き合う事すらできなかった。もっと早く来れなかったのかと詰る義妹の言葉が胸に刺さり、何も言い返せずに思考がとぐろを巻いていたのを覚えている。
死因は腹に出来た腫瘍だった。
彼女は死に至るまでそれを明かすことなく、その苦痛と絶望を秘したまま逝ってしまった。
時にはぶつかりながらも互いに寄り添い、ともに歩んでいると思っていたと勘違いしていたことをこれ以上無く思い知らされた。
結局、政治家として磨いた腕は一番身近なものを幸せするには長すぎ、一番身近な人を結果的に幸福から遠ざけてしまったのではないか。本質が変わらない転生ならば、かつてと同じ様に連れ添った相手の幸を薄くしてしまう気がしてならない。
身も蓋もなく纏めるなら結婚して上手くやっていく自信が全く無いのだ。
ふいに湧き出した過去の記憶ですっかり瞳を淀ませたドミトリーに、話を振ったエレーナは予想外の展開に慌てる。
「え?あれ?私、何か落ち込む様な事言った!?」
「あぁ、いや、姉さんは悪くないよ。ちょっと思う所があってさ。」
精神的に深い古傷が抉り出されたが、姉に非はないのだ。
「ジーマ、無理には訊かないけど、一人で抱え込まないでね。」
姉たちの優しさが余計に古傷に沁みた。
ご意見、ご感想等お待ちしています。
10/24誤字修正しました。




