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元宰相の異世界物語(仮題)  作者: 徳兵衛
第1章
32/65

第20話

 忙しくなってきたので、次回は短めか遅くなると思います。

「やらないと仕事は減らない」とは誰が言ったモノやら...やっても減りませんねぇ!(血涙)

大陸暦第14紀34年 夏



 ドミトリーは大学に入って初めてとなる外出許可証を手に入れ、いつもの2人と共に大学の正門の前に立っていた。


 今年で早くも3年目となる大学生活だが、ドミトリーには今のところ不満は無い。ただ、そろそろ外の空気を吸いたくなっていたのは否定しない。だが、正直気乗りしない外出だった。



「それにしても学生だけの外出によく許可証が出たね。セルゲイ先輩じゃあるまいし...」


「それは...ほら、蛇の道は蛇って言うじゃないか。」


「いや、お前竜だろ。」



 ちなみに、この世界には蛇系の亜人種は存在する。


 最高学年になったセルゲイは、新しく取り入れられた卒業に向けた学外実習のため大学を出払っていた。引率兼監督にゴロバノフ法学部長本人が付いているあたり、かなり気合の入った物のようである。

 夏季休業を返上してまで取り組んでいる実習で一体どのような事が行われているのか、ドミトリーには皆目見当がつかなかった。その内容を教えてもらうためにも、セルゲイのおつかいを済ませておかねばならない。



「セルゲイ先輩のおつかいって言っていたけど、結局何処に行って何をするんだ?」



 実の所、説明が面倒なのが主な理由ではあったが、受け取るモノがモノであるためにドミトリーは2人にセルゲイのおつかいとしか告げていない。下手に興味を抱かれても困る類いのものである。



「先輩の代わりに預かり物を受け取って、先輩からの手紙を相手に渡すだけだよ。」


「ま、僕は大学を出られただけで満足だけどね。」



 日頃、欲が無いために不満やストレスをため込みがちなベックマンだったが、彼は初めての外出がよほど嬉しいのか、彼は召されてしまうのではないか心配になるほどに幸せそうな顔をしている。


 先にも言ったが実の所、ドミトリーとってはこのおつかいはあまり気が進まないものだった。以前、セルゲイが入手を画策していたアルケブスが届いたという知らせが来たのはセルゲイが実習に出発する前日の夜の事だった。




「...今、嗤っただろ。」


「嗤ってません。」


「ほう...声が震えてるぞ?」


「先輩を襲ったタイミングの悪さに怒り震えてるんです。」



 ドミトリーの釈明は認められなかった。誠に遺憾な事である。


 角を掴まれ揺さぶると言う折檻を受けた後、結局ドミトリーはセルゲイによって取り寄せたアルケブスを商会に引き取りに行くのと、エルマコフ家の封印がされた手紙を商会の代表に手渡す事を約束させられてしまった。

 もっとも、はいそうですかと頷くのは、突発的に外因性の頭痛を患ったドミトリーには業腹であった。何よりも便宜を図ってもらわなければ大学からは出られない。


 大学は最上級生か保護者の同伴なしに外出を許可しないため、ドミトリーはセルゲイにその場で一筆書かせていた。道中の障害も皇族が依頼主ならばその威力は言うまでもない。


 ただ、皇室ご用達の商会に行くのは気が進まない。余りにも中央に近づくのは勘弁願いたいのである。双方に意図が有ろうと無かろうと、周囲がそれをどう判断するかで立ち位置が決められるのは不愉快どころの話では無い。自分の人生の主導権は自分で握るのがドミトリーのポリシーである。


 今回の件も含めてそれと無くレールが敷かれている気がしてならず、内心ドミトリーは楽しくない。セルゲイの友人であることは喜ばしいが、彼の臣下になる気はドミトリーには無かった。




「何かありそうだけどな...。」



 不穏極まりないランナルの呟きが現実のものとなるまでには、そう時間は掛からなかった。






 ドミトリー達が目指しているベルジン商会は、帝都に居を構える商会の中では比較的規模が小さい中堅商会である。

 中堅と言えば聞こえはいいが、大口の取引を捌けるほどの規模ではなく、帝国では極めて珍しい事に、穀物をほとんど扱わずに舶来の嗜好品等を専門にしている。おまけに貴族との取引もほとんどしない異色の存在である。


 現当主であるレオニートは、子宝に恵まれなかった先代によって見いだされ、婿養子としてベルジン家に迎えられた経緯があった。

 ベルジン商会自体が既にその最盛期を過ぎており、全盛期とは比較にならないほどにその規模は縮小している。義理堅く投機的な取引を好まない彼の姿勢は、時には同業者の嘲笑を買う事もあったが、逆にその姿勢によって取引先との強固な信頼関係を最大の武器にしていた。


 往時の勢いこそないが、代々のベルジン家当主が築き上げた信頼は極めて高く、現在も皇帝一族との深いつながりを持つ事で同業者からも一目置かれる存在であった。


 セルゲイの廃嫡を巡るエルマコフ家のお家騒動では、あくまで皇帝と宰相府との信頼を優先して貴族たちから激しい妨害と嫌がらせを受けた。結局セルゲイが廃嫡に追い込まれた後も彼への援助と協力を惜しまず、彼の義理堅さは不本意な廃嫡を強いられた皇帝からの厚い信頼を勝ち取る結果となった。。


 周囲からのやっかみ半分で着いたあだ名は“騎士商人”。『商人にして商人にあらず』と言うのが、現ベルジン商会代表の周囲からの評価である。それが高いのか低いのかはさておき、普通の商人とは毛色が違うのは明らかだった。下手に目を付けられるのは勘弁願いたい。

 前情報では商人らしからぬ個性的な人物だったが、実際に会ってみない事には何とも言えなかった。


 余談だが、セルゲイ曰く「ベルジン商会の店内には舶来の甘味や香辛料が沢山あるぞ」とのことで、ランナルは勿論ドミトリーも自分の鼻腔が静謐を保てるか密かに不安を抱いていた。






 大学から中心街へ向かう道中、ドミトリーもベックマンも完全にお上りさんと化していた。ベックマンはともかく、ドミトリーは二度目の人生であったが、魂に刻まれた田舎者としての好奇心は今世において余計に磨きがかかってしまった。

 生前ならば微笑ましいで片づけられるものだったが、今世においてはそれは隙以外の何物でもない。帝都育ちのランナルは警戒していたが、結局、目的地を目前にしてドミトリー達は都会の洗礼を受ける羽目になった。





「この野郎っ!」


「...っく...ぐあっ!」



 きっかけは見知らぬ少女だった。


 少女が走りながら先を歩いていたベックマンとすれ違った直後、ランナルは振り向きざまにその襟首をつかんで石畳に叩き付けた。少女は叩き付けられた衝撃で意識を手放したらしく、抵抗も見せずにぐったりしていた。

 ランナルは少女の右腕を踏みつけて薄汚れた少女の手から小銭袋をもぎ取り、突然の展開に狼狽するベックマンに投げ渡した。



「あれ? これ僕の...」


「スリだよ。こいつがお前の財布をスッたんだ。」



 少女の腕を踏みつけたままランナルが告げる。


 すれ違った時はよそ見をしていて気づかなかったが、見れば少女は服もボロボロで垢塗れでである。どこからどう見てもまともな暮らしをしていないのは明らかだった。だた、さすがに意識を刈り取られた少女に対する扱いでは無い。周囲の目線も容赦なく少女の意識を刈り取ったランナルに向けられている。



「おいおい、さすがにそれはやり過ぐぇっ!」



 だが、ドミトリーの発言は背後からの強烈な体当たりによって遮られた。勢いを殺すこともままならずに道の脇に重ねられた木箱の山に頭から突っ込んだドミトリーには目もくれず、突然現れた男は

そのまま唸り声をあげてベックマンを投げ飛ばし、少女を踏みつけていたランナルへと飛び掛かった。



「あっ!待てっ!  くそっ!」



 間一髪で男の突撃をかわしたランナルだが、踏みつけていた少女から足を離してしまった。既に木箱の崩れる音で目を覚ましていたらしく、少女は拘束が解けるとそのまま脱兎のごとく路地裏へと走り去っていった。


 回避でよろめいた体勢を立て直して、殴りかかって来た男の拳を両手で交差させて受けつつ、ランナルが叫ぶ。



「今だ!」



 切った額から血を流し、角が板切れに突き刺さったままのドミトリーが、男の後ろから飛びついて腕をその首に掛けて締め上げた。男もまた身なりはボロボロで、腕は垢で滑り髪の匂いが激しく鼻を衝く。



「このっ!」



 男は締められてドミトリーを振り払おうと激しく暴れたが、すぐに抵抗は止まった。男が意識を手放したのを確認して、ドミトリーはすぐに手首に手を当てて脈を測り、呼吸も確認した。うっかり命を奪うなど冗談では無い。



「良かった。死んではいない。」



 それを聞いたランナルは、安堵したのか座り込んでしまった。


 いつの間にか周囲には人だかりができており、ほどなくして巡回の警備兵が駆け付けて来た。



「何をしている貴様ら!これは一体何の騒ぎだ!」



 ただのおつかいだったはずが、あろうことか流血沙汰になってしまうという予想の斜め上の展開になってしまい、ドミトリーは頭を痛める。


 忌々しいことに、すべての発端となった少女は既に路地裏へと消え去り、残された男は意識を失っている。男はどこからどう見ても浮浪者の類だが、それだけを理由に男を拘束してドミトリー達を放免くれるほど警備隊は融通の利く存在では無い。



「痛ったいなぁもう...」



 丁度よくベックマンが頭をさすりながら戻ってきたため、ドミトリーとランナルはベックマンも交えてこの騒ぎをどうするのかを話し合おうとしたが、ベックマンの後からやって来た警備兵の上官らしき男がそれを制した。180cmはあろうかと言う長身だが、その体躯には無駄が無く俊敏さを窺わせる。

 古代ローマを彷彿とさせる頬当てが付いた兜から覗く鋭い目線が、乱闘の現場に立つ狼種の少年を貫く。



「何の騒ぎかと思えば、お前は大学を抜け出して何をしているのだ。ランナル。」


「あ...」


「てっきり大学で頑張って勉強をしていると思ったのだがな...期待のし過ぎだったか?」



 一瞬でランナルの尻尾はヘタれ、耳が倒れた。いつもならどちらもシャンとしている彼らしくもない。



「えーと、知り合い?」



 ベックマンの問いに、ランナルは彼らしくもないか細い声で答えた。



「...親父だ。」


「は?」








 おつかいの道中で思わぬトラブルに見舞われたドミトリー達は、すぐ先に目的地を見ながら泣く泣く衛兵詰所へと連れて行かれる羽目になった。道中のスリから始まり全く持って散々な展開である。 お上り2人は既に大都市への憧憬を失い、参考人としてベックマンと2人並んで尋問を受けていた。先ほどまでランナルの叫び声が聞こえていたのだが、いつの間にか静かになっていた。



「で、あの男は乱入してきただけでスリはしていないと?」



 詰所の裏手の井戸を借りて顔を洗ったドミトリーは、悉く不本意な展開に頭を抱えていた。帝都の治安に対して言いたいことはあるが、とにもかくにも早く済ませてもらいたい。恐らく先方は店先での騒動で気分を害しているだろう。



「はい、そうです。」


「では、スッたのはあの男ではなくあの場にいなかった少女だと?」



 ドミトリー達にとって困ったことに、取り調べの担当者は子供の証言をあまり信用してくれなかった。生前の若い頃はこの手の方々に何度もお世話になったため、対応自体は慣れたものだったが、それでも不愉快なものは不愉快である。



「先ほどから似た様な質問ばかりですが、僕たちが信用できないのならば他の方に訊かれたらどうですか?」


「誰が質問して良いと言った?こちらの質問に答えろ。」



 子供相手にも手を抜かない、実に高圧的な取調官である。取り調べが進むにつれてスリよりもこの取調官の方に腹が立ってくる。



「同じ質問を何度しても、答えは同じですよ。あの場から逃げ出した少女がスリをして、取り押さえたらあの男が乱入してきたんです。」



 ずっと話が平行線で、いい加減に気が滅入ってきたドミトリー達だったが、救いはランナルとともに現れた。



「ヴァシーリー、そこまでにしておけ。男から自供が取れた。」



 取調べをしていた男に息子を引き連れたランナルの父親が告げると、ヴァシーリーと呼ばれた取調官は、席を立ち一礼して部屋を出て行った。隣でベックマンが露骨に肩の力を抜くのをみて、ドミトリーは苦笑いが出た。好意的な印象は皆無だったが、少なくとも職務に実直な男ではあった。



「不快に感じさせたならすまない。彼は優秀なんだが手加減を知らなくてな。」



 ドミトリーは正直なところ、反政府活動に走り政府転覆を目指しそうになる位には不愉快だったのだが、馬鹿正直にそれを告げる事はせずに席に着いたまま一礼した。



「私はエドヴァルド・ソレンソン。帝都中央区の警備隊長を務めている。ランナルの父親だ。」



 傍らでしょんぼりしているランナルを見るに、白昼堂々の乱闘をこってり絞られたようである。警備隊長の子供が街で大立ち回りなど、親からしてみれば不祥事としか言いようが無い。

 幸いにも非が相手側に有ったために今回は“ほどほど”の折檻に収まったが、信賞必罰を地で行く狼種がそのような不祥事を見逃すはずもなく。先ほどまで廊下から鈍く響いていた叫び声がそれを証明していた。



「今回の騒ぎは君たちが原因では無い事が分かったから良かったが、今回の様な幸運が次回もあるとは限らない。くれぐれも気を付けてくれ。」



「あの男はどうなるのですか?」



 ふと気になったドミトリーが尋ねると、エドヴァルド中央区警備隊長は目を閉じで答えた。



「暴行は拘置三日。子供相手なら加えて鞭5回。咎の数だけ罰が加算されるな。」



 何とはなしに答える警備隊長を見て、3人の亜人種の子供の背中を強烈な寒気が走った。拘置はともかく、刑罰用の鞭など受ければ必ず体に痕が残る。5回も受ければ息も絶え絶えだろう。



「それは...厳しいですね。」


「そう言う法だからな。さて、次はこのような形ではない出会い方をしたいものだ。道中は気を付けたまえ。」




 その後、手続きやらで詰所から解放された時には、日は既に傾き始めており、中天の余韻が石畳から陽炎となって立ち上がっていた。



「あーもう、こうなる前に行きたかったなぁ。」



 炎天下をとぼとぼと歩くベックマンの愚痴が、暑さの苦手な尻尾組の耳に刺さる。



「文句言っても仕方ないさ。ごめんな、付き合わせて。」



 父親のお灸がよほど答えたのか、ランナルはいつも以上に寡黙になっている。目的地まで道中、どうしても話が続かなかった。








「ベルジン商会へようこそ。貴方がセルゲイ殿下の代理の方でよろしいですかな?」



 ドミトリー達を迎えたのは、人のよさそうな笑みを浮かべた男性だった。老いの早い人間種の割には若々しい風貌で、今まさに脂の乗った感じの活力に満ちた雰囲気をしていた。

 商人と言うよりはやり手の官吏と言った風貌であるが、実際、彼の軌跡は商人らしからなぬ点も多い。その眼からは若さだけでは説明にならない有り余る気骨が窺い知れる。


 ランナルとベックマンは要件が終わるまで待機してもらい、レオニート氏とのやり取りは当然ドミトリーが行う。2人と別れ、ドミトリーは商館の二階へと案内された。



 商会の建物の二階に設けられた応接室はゆったりとした作りだったが、調度品の類は少なく、質実剛健な雰囲気があった。



「では、改めて。レオニート・ベルジンと申します。ベルジン商会当主を務めさせていただいております。」



「自分はドミトリー・パブロヴィチ・サムソノフと申します。セルゲイ殿下の後輩になります。」


「ほう、あなたも法術大学の学生ですか。さぞ優秀なのでしょうね。」



そう言うと、レオニートはドミトリーを席へと促した。部屋の中央には生前慣れ親しんだソファーの類ではなく、マカボニーの重厚なテーブルが置かれ、2人とも席に着いて早々に話が始まった。



「さて、前置きはこれくらいにしまして、本日は以前依頼のあった品の受け渡しでよろしかったですかな?」


「はい。それと殿下から貴方への手紙を預かっています。こちらを。」



 乱闘から辛うじて庇った手紙である。これの為にドミトリーは無理な姿勢で木箱に突っ込み、額を切ってしまった。幸いにも怪我も大したことは無く手紙も無事だったが。



「拝見しましょう。」



 レオニートが手紙に目を通している間、ドミトリーは用意されたチャイで口を湿らせた。さすがに用意された焼き菓子のお茶請けには手を出せなかったが。今頃、ベックマンとランナルは別室で同じように冷えたチャイでのどを潤し、遠慮なくお茶請けに舌鼓を打っているのだろうかと、余計な思いを巡らせる。



「なるほど、手に入れるのには些か以上に苦労しましたが、手に入れた価値はあるようですね。」



 ドミトリーは何も言わず、僅かに微笑んで目礼をした。それを見て、レオニートもそれ以上は言わずに厳重に術式で封印された木箱をドミトリーの前に出した。

 鍵で術式を解いて蓋を外すと、藁と布で包まれたアルケブスが姿を現した。全長は150㎝はあるだろうか。銃床を除いても1メートル近い長さがあるかなり大型の火縄銃だった。


 生前、兵役に甲種合格してしまった熊崎は3年ほど陸軍でしごかれた経験があった。あの時に扱った銃は、木目が美しい均整の取れた銃だったが、目の前にあるのは肩当てのない博物館にありそうな火縄銃である。


 火薬の入った陶器製の小瓶と槊杖が添えられており、完全な一式が揃っていた。最新の武器を一式そろえたベルジン商会の手腕は手放しで称賛出来るものだった。



「完璧です。さすが皇室御用達ですね。」



 控えめなドミトリーの絶賛に、レオニートも頬を緩めた。



「それは良かった。では、殿下によろしくお伝えください。」


「承知しました。」



 短いやり取りだったが、久しぶりの家族や教師以外の大人とのやり取りは新鮮で、どこか懐かしいものだった。



「それにしても、殿下の仰る通り貴方は実に興味深い。その年でその物腰はそう簡単に身に着くものではありますまい。良い師に恵まれた様ですな。」



 貴族の子弟でも出来ないものは意外と多い。勿論、一概には言えない事柄ではあるが、有力な貴族の子供がドラ息子と成り果てて方々に反感の種をまき散らすのは今に始まったことでは無い。

 中央の貴族は特にそのプライドが高く、軍や政府内でも彼らの振る舞いに起因するトラブルが絶えない事は良く知られている。パーヴェルの貴族、政府嫌いの原因もそこにある。

 地方の貴族の方がむしろ礼儀作法に厳しく、より貴族然としているのは皮肉とも言えるだろう。



「礼儀作法は母が教えてくれました。もっとも、母も竜種ですが。」


「なるほど、竜種のサムソノフとお聞きして、てっきり武闘派法術士の家柄とばかり思っておりましたが、私とした事が先入観で判断していたようです。申し訳ない。」


「いえいえ、自分も含めてサムソノフ家の男は、どうにも喧嘩っ早いところがありますから。」


先祖代々一体何をしたらそんな評価になるのだ。


 今は無き先祖たちと父がどんな目で見られていたのか、自分の事を棚に上げて何となく察したドミトリーだった。父、パーヴェルは法術による身体強化のお蔭で拳一つで戦場を蹂躙する男である。表舞台に出なくなったとは言え、彼が大いに力を振るった120年ほど前の大戦争の記憶は、今もまだ人々の頭から消えてはいないのだろう。



「貴方もしっかりと先人の血を受け継いでおられるようだ。将来が楽しみですな。」



 当然だが、路上の乱闘はしっかりと見られていた。






 商会からの帰り道、ドミトリーは2人の友人に詫びも兼ねて屋台に寄る事を提案した。2人を振り回してしまったことが内心負い目になっていたのである。



「シャシリクぐらいは奢るよ。今日は振り回したからさ。」



 屋台で3人分のシャシリクを買おうとした時、ふいに背後から視線を感じて振り向いたドミトリーは心底ウンザリしてしまった。

 昼のスリの少女がこちらを睨み付けている。仕返しでもしようと言うのだろうか。正直、背後からの視線が気になって仕方ない。



「さっきの子じゃないか!なんでまたいるんだよ!」


「...ドミトリー、俺はもう嫌だぞ。」


「分かってる。此方からは絶対手は出さないさ。一応、注意だけはしておこう。」



 屋台の脇で落ち着きなくシャシリクを頬張ると、少女の目線が一際厳しくなった。だが、少女はこちらに何かしようと言う気配は見せず、周囲には彼女の仲間らしき姿も無かった。何より、周囲の目を味方につけていれば怖くは無い。



「おっちゃん!このシャシリクすごく美味いよ!」


「おうよ!そこらのとは格が違うからなぁ!」


「もう一本食べていいか?」



 貧民の少女相手にこれ見よがしに串焼き肉を食らうという、タマの小さい振る舞いが気疲れした3人の心を満たす。


 それぞれが3本ほどシャシリクを食べると、少女の目線はもはや殺意と形容すべき刺々しさになっていた。必死でこらえているのが手に取るようにわかる。

 ベックマンもランナルも溜飲を下げたところで、一行は屋台から離れて少女を警戒しながら大学へと歩き始めた。散々当てこすりをして煽ったことは事実だが、3人とも1日で2度も警察沙汰など御免だった。


 中心街から離れて暫くして、殺意溢れる少女は追跡を諦めた。


 警戒していたドミトリーとランナルは、不穏な追跡者が居なくなったことでやっと一息つき、ベックマンを挟んで歩きながら、今日ドミトリーが受け取った物についての話をし始めた。



「結局、お前が預かってきた木箱って何なんだ?先輩からの預かり物らしいけど、それくらい教えてくれてもいいだろ?」


「確かに気になるよね。そんなに大事な物なの?」



 もちろん大事な物である。祖国の将来に影響を持つモノでもある。



「詳しい説明は省くけど、西大陸で最近出て来た新しい武器だよ。セルゲイ先輩が取り寄せたのを代わりに受け取ったんだ。モノがモノだから先輩が帰ってくるまで預かることにしたんだ。」


「ちょっとだけ見ても良い?」


「今はダメだ。先輩が帰ってくるまで待ってくれ。いずれうんざりするほど見ると思うからさ。」



 だが、本当の意味でうんざりするほど見る事になるのは、3人が大学を卒業して兵役に入ってからだった。新兵器の登場が法術士の立場を揺るがす軍で、3人は散々に振り回されることになる。



「わかった、先輩を待ってからにするよ。それにしても今日は散々だった...」


「だな...」


「でも、僕は楽しかったよ!オルストラエじゃあんなに大きな建物とか無いからさ!」



 沈む空気を支えてくれるベックマンの優しさで、いたたまれない気持ちになるドミトリーだった。



「帰ろう。さっさと帰って体流して飯食って寝よう。」



 そう言って誤魔化しながら、ドミトリーはアルケブスの入った木箱を抱え直した。既に東の空は深い青に染まり始めている。日没までに大学へと戻るために、3人は時折駆け足で大学への道を急いだ。



 大学3度目の夏はもうすぐ終わる。


 来年から始まる本格的な法術の授業を前に、ドミトリー達の最後の穏やかな夏が過ぎ去ろうとしていた。



ご意見、ご感想等お待ちしています。


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