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元宰相の異世界物語(仮題)  作者: 徳兵衛
第1章
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第19話 上

 悪戦苦闘中。筆が乗らない今日この頃。

 



 その日の朝早くに発表された試験結果は、すぐに学生たちの知る所となった。発表に伴うざわつきが大学中に広まり、試験結果に一喜一憂する学生の姿があちらこちらで見る事が出来た。

 1年次の次席に自分の名が乗っているのを見て、嬉しいやら面倒やらでドミトリーは深いため息を吐く事となった。



「あれだけ余裕かましておいて次席取ってるし。世の中不公平だよ。」



 朝から不機嫌な同期を宥めながら食堂に連行し、ドミトリーは朝食の付け合わせのチーズを口に運ぶ。試験結果が発表される前から何となく予想はしていたが、いつもの3人の中で最も努力していた人物がその結果に納得できなかったようである。



「今回はね。次回は判らない。もしかしたら次はベックマンが主席かもしれないぞ?」


「謙虚だか舐めてんだか判らないな、それ。」



 ここ最近、横殴りの雪が降り続いていたが、今日はどんよりと曇ってはいたが雪はチラつくだけ。試験結果の発表でざわつく学内はすっぽりと分厚い雪に包まれ、中の喧騒は封じ込めてられている。分厚い雲と雪で鬱屈した雰囲気が漂う外とは裏腹に、大学の食堂は相も変わらぬ騒々しさを保っていた。



「ベックマンだって別に悪い成績じゃないだろ。一般教養なんてどうせ来年で終わりなんだから。そんなにカリカリすることないだろ。」



 ランナルの言う通りだとドミトリーも思うのだが、ベックマンにとっては譲れない何かがあったらしい。弄りがいのある友人だが、主導権を取られると些か面倒である。



「そこまでしてこだわる理由があるのか?」



 ベックマンは言いづらいのか答えに詰まってしまった。


 他人の家庭事情をあれこれ訊く趣味は無いが、そろそろ聞いておいてもいい頃合かもしれない。ドワーフにもドワーフなりの事情があるかもしれない。折角出来た友人なのだ。理解を深めておいて損は無い。面倒になる片づけるべきか。ちらりとランナルを見ると彼は頷いて同意を示してくれた。



「よし、場所を変えよう。」







 大学の石造りの校舎は夏は涼しく冬は寒い。施工時期の建築様式を色濃く残す校舎は、学び舎であるにもかかわらず窓が小さく薄暗い。照明術式が無ければ蝋燭で天井が煤塗れになっていたであろうことは想像に難くない。日々の暮らしの中で痒い所に手が届く事こそが法術の素晴らしさだとセルゲイは考えている。

 時刻は昼を過ぎたばかりだが、早くも日が傾き始めて細い窓から西日か差し込む。廊下は冷え込み吐く息もも白く染まる。さすがに広大な校舎全てに暖房を行き渡らせるのは金がかかり過ぎるのだろう。王宮では四季を通じて快適な室温が保たれているが、王宮が例外であることをセルゲイは臣籍に下ってから初めて知った時は驚きと困惑を抱いたものである。



「あいつ等は何処に行ったんだろう。そこらへんでたむろしてそうなものだが。」



 見ていて飽きないのと、思いの外含蓄の深いやり取りをする彼らをセルゲイは気に入っていた。

 非情に残念な事だが、セルゲイの同期は、正直なところ彼の心を満たすほどの何かを持ち合わせてはいなかった。嫌いではないがあまり深い付き合いをしたいとは思えないのだ。よりにもよって同期は全員貴族である。親しみよりも警戒を抱いてしまう辺り王族の血筋と言うべきか。



「一人だと碌なことを考えないな。それにしてもどこに行ったんだ。」







 その頃、当の3人はと言うと学生寮から少し離れた場所に設けられた蒸し風呂の中にいた。半地下のサウナは照明術式の力で明るく保たれている。入り口におかれた火石に水をかけると濛々と湯気が上がり室温は跳ね上がる。角伝いに熱が脳味噌を炙るため、ドミトリーは蒸し風呂は好きではない。加えて言うならば尻尾があるせいで余計に体温が上がる。正直に言うならば蒸し風呂は辛い。


 だが、この時間はここを利用する人間は殆どいないため、人目をはばかる事を話すのにはもってこいの場所である。



「何で蒸し風呂なんだ?お前嫌いだって言ってただろ。」


「お前の本音を包み隠さずぶつけ合うんだ。まして人目をはばかるならここ以上の場所は無いだろ。」



 皮膚の面積と構造が原因で獣系亜人種は暑さに弱い。獣系亜人種の尻尾は皮膚面積を増やし、尻尾を覆う毛や鱗は放熱能力に劣るからである。


 ドミトリーもランナルも並んで腰かけて俯いたままじっとこらえている。ベックマンはあえて苦手な場所に入って苦悶の表情を浮かべるバカ2人に、憐憫とも困惑とも取れる表情を向けている。

 自身の両隣に大柄な亜人種が陣取るのは小柄な彼にとっては気分の良い物ではない様だ。



「さぁ、隠し事はナシだ。洗いざらい吐けよ。」



 既に声がかすれてきたランナルの気迫に押されて、ベックマンは不承不承に語り始めた。



「...初めに断っとくけど、同情とかなしで頼むよ。」




 さて、日頃ベックマンと呼ばれているのは彼の姓である。身内以外が名を呼ぶことは彼らにとって冒涜になる事をから、ランナルは彼を姓で呼んでいる。一方、ドミトリーはそう言った事情を全く知らず、本人がベックマンとしか名乗らなかったためてっきりそれが本名だと思い込んでいた。



 2人の友人であるヨアキム・ベックマンは、オルストラエ北東に鉄鉱山を所有するベックマン一族の長男として生を受けた。ドワーフの大支族に連なる家系であり、国内でも錬鉄の大家としてその名が広く知られている数少ないドワーフ主体の冶金集団である。


 もっとも、彼自身は長男と言っても嫡流ではなく第2夫人の子として生を受けたため、現時点で彼には家産の相続権は無い。

 ドワーフの持つ婚姻文化は似た様な慣習の無い他の種族との軋轢の原因になっており、実際に他国では弾圧の原因となっている。種族特有の文化に寛容な帝国内でも、平民でありながら側室制度を持つドワーフを快く思わないものは多い。



「ドワーフにとっても鉱山は危険が多いんだ。落盤や出水で死ぬ奴は今も沢山いる。そう言う時、残された嫁さんの生活を面倒見るのが家長の務めなんだ。」



 残された未亡人の救済という側面が強いドワーフの婚姻制度だが、それを盾にして爛れた使い方をする者も当然ながら存在する。ベックマンの父親はあくまで救済としての婚姻のつもりだったようだが、彼の“息子”は親の言う事をあまり聞いてくれなかったらしい。



「なんかいつの間に義母が増えてたりとか姉弟増えてたりとかするとな...親父に対して思う所がさ...色々と出てくるんだ。」



 本妻含めて5人の妻を囲った上、11人の子女を設けた彼は、同族であるドワーフのみならず他の種族からも、血を分けた子供からも良く思われていないようである。



「だろうな。当然さ。」



 竜種には妾を囲う風習は無いし、獣系の中でも飛びぬけて一本気な狼種には到底受け入れられない風習である。話が進むほどにランナルの機嫌は悪化してきた。

 生前は妻帯者だったドミトリーとしては、よくもまぁ5人も面倒見れるものだと感心しきりである。真似したいとは露ほども思わないが。



「自慢じゃないけどうちは裕福だ。そのお零れを狙う輩も後を絶たないと言うか、むしろ相続問題を煽ってるんだ。」


「子供や嫁さん同士を焚き付けて争わせていると...」



 ランナルがうんざりした表情で吐き捨てる。よくありそうなお家騒動だが、外野が参加した事でそれはさぞ見ごたえのある人間ドラマが展開されているのだろう。

 他人の不幸は蜜の味とは言うが、蜜の味が口に合うかは人それぞれである。少なくともドミトリーもランナルも、ベックマン一族に巻き起こっている騒動は好みの味ではない。余りにもアクが強すぎる。


 亜人種ながら大きな事業を手掛けるベックマン一族に対する周囲の工作は相当の物で、家族にも悪影響が出ていた。



「怪しい事故に巻き込まれかけたのは一度や二度じゃないし、母さんは心労で死んでしまった。」



 疑わしきは義母と異母兄弟たちとその取り巻き。たまったものでは無い。


 人間種のみならず亜人種からの評価も芳しくない氏だが、外野の亜人種は人間種と違って詐欺や乗っ取りを企むほど金に執着しないために辛うじてやり過ごしてこれたのだろう。むしろ氏にとっては人間種の方がよほどに脅威では無いだろうか。

 聞いた限りでは家長としてのベックマン氏の評価は落第どころか追放レベルで暴落しているが。



「親父さんの心身が心配だな。いずれ死ぬなら後継をハッキリ決めた上で死んでもらわないとお前も危ないぞ。」



 ドミトリーの心配は既に現実のものとなりつつあったが、それでも言わずにはいられなかった。



「俺は継がない。そう親父には伝えたんだけどな。俺だけが法術大学への進学を認めてもらった。」



 ドミトリーにはベックマン氏の意図が理解できた。だが、当人の同意はもはや得られる見込みは無かった。


「でも、嫡流では無いんだろ?」


「親父はあまり気にしていないみたいだ。正直勘弁してほしいよ。」



 ドミトリーは何も言えなくなった。優秀な後継ぎを望んだベックマン家の家長は、ことごとくが裏目に出たことで追いつめられたのだろう。

 唯一まともに育った息子は嫡流ではなく、ベックマン一族は周囲からの干渉に晒されて崩壊寸前。頼みの嫡男は家を継がないと明言している。もはや詰んでいるとしか言いようがない。



「...うわぁ」



 心の底からドン引きしたランナルが何とも言えない目線を向ける。


 ドワーフの相続法などはドミトリーは知らないのだが、それを抜きにしてもベックマン氏の立ち回りは極めて無計画であるとしか言いようがない。こういう事例を目の当たりにすると、種族以外はごく普通の範疇にある自分の両親の素晴らしさを実感する。



 偉大なる普通!サムソノフ万歳!



 後を継ぐには当然ながら箔付けが必要だが、残念な事に嫡流では無いヨアキム少年は周囲に認められていた訳では無かった。息子の意志とは関係なしに、箔付けも兼ねて大学へと送り出したのだろう。あきらめの悪いことである。


 種族ごとに異なる風習が原因で、外部の理解と協力が得られない事が問題の解決を余計に困難にしている。ままならないものである。

 そもそもドワーフ達が一夫多妻を選んだのは彼らの生業が高い死傷率を出し続けてきたからである。労働環境の改善が進めば自然と変わる可能性もあるのだ。もっとも、それがどれほどの時間を要するかは判らないし、ドミトリーは彼らの伝統をいじくりまわす気は無かった。



 何より、面倒である。知ったことでは無い。




「んで、何とか家から逃れるために頑張っていたが、思うようにいかなくて煮詰まっていたと。」



 汗だくのランナルが疲れた声で話を纏める。尻尾が腰掛にへばりつき、耳もヘタレて見るからに元気が無い。

 暑苦しいサウナの中での会話は、話しても聞き手も著しく憔悴させるものだった。ひとさまのお家騒動を聞いて盛り上がるような趣味のない2人にとって、面白くないどころか不快指数を跳ね上げるだけである。


 だが、どろどろのお家騒動から逃れようと足掻くベックマン少年は、2人にとって手助けをしたいと思わせるのに十分すぎるものがあった。努力を重ねて大学に入ったものの、思い通りにいかない事は多くストレスをため込んでいたのである。このままでは自立どころか家から逃れられないと、焦燥感に駆られていた彼の心中は察するに余り有る。



「出よう。続きはここじゃなくても問題ないさ。」




 少なくとも、聞いた話を元に推察しただけで結論を急ぐのは危険極まりない。ドミトリーの一言でドワーフの事情聴取は終了し、一行はサウナから出て水浴びに向かった。







「うわっ! お前らこんなとこにいたのか!」



 ようやく3人を見つけたセルゲイだったが、彼らは予想外の場所にいた上に予想外の熱気を纏っていた。屋内で3人居そうなところを一通り見て回ったが見つけられず、外に探しに行くのはさすがに気が引けたため、蒸し風呂の脱衣所を覗くと暑苦しい光景が広がっていた。当然、セルゲイは顔をひそめた。


 ベックマンはともかく、ドミトリーもランナルも平均的な少年の身長を遥かに超える。ドミトリーは160、ランナルに至っては170に届くかという長身である。ベックマンは小柄だがドワーフらしく骨格はしっかりしており、身長は140前後程度にとどまっている。ドミトリーとランナルは夏生まれ、ベックマンは秋生まれで3人揃って今年13となる。ドミトリーもランナルも、種族基準から見て十分すぎる程に立派な体格である。

 ちなみに身長の単位は生前のメートル法準拠である。この世界にも似た様な単位である“ルスト”があるが、呼称は同じでも国は勿論、地域での誤差が激しいために残念ながら目安程度にしかなっていない。


 4人のうち二人が平均越えの大柄であるため、元々低身長のドワーフと平均的な人間種が小さく見えてしまうのが、密かに平均組のコンプレックスになっているのを長身組は気付いていない。遥か世界を超えても男子は大きさにこだわるところがあるのは同じである。



「蒸し風呂に入ってました。ちょうど今出てきたところですよ。」



 水浴びをしたにもかかわらず頭から湯気を上げるドミトリーに、セルゲイは苦笑いを浮かべる。



「そりゃ見ればわかるさ。真昼間から蒸し風呂に籠って何してたんだ?」


「ベックマンの家庭相談ですよ。」



 しれっと暴露したランナルにベックマンは目を剝き、ドミトリーは深いため息を吐いた。



「聞かせてもらおうか。」



 セルゲイはおもちゃを見つけた少年のようににんまりと笑みを浮かべている。ベックマンは逃げられず、ドミトリーもランナルも当然の如く捕まってしまった。








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