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元宰相の異世界物語(仮題)  作者: 徳兵衛
プロローグ
3/65

前話   今際の狼藉者  下

眩い光に包まれた後に老人が目にしたのは、腰ほどの高さがある水盆のような物をのぞき込む、地中海の女神の様な出で立ちをした...妙にくたびれた印象の女性だった。


憂いがあるのだろう。溜め息をついて水盆から目を離し、こちらに向きくたびれた笑顔を見せた。



「...ようこそ。お待ちしていました。」



あまり期待できそうにない雰囲気だが、既に他に行く当てもない身である。


何故呼ばれ、何を求められているのか。気になることは多い。




「どうも、初めまして。非礼は承知しているが単刀直入に聞きたい。私は何をすればいいのかね?」




水盆のそばに手頃そうな岩があったので腰かける。どういう訳か死んでも腰痛は消えていなかった。


彼女もどこからか出した椅子に腰かけ、そして口を開いた。




「何をしろとは言いません。あなたを私達が管理する世界に投入することで目的は達成されます。」




異なる世界の人間を呼び、世に放つだけでで達成される目的というと...彼女が管理する世界に何らかの変化を与えるということなのだろうか。それとも何らかの実験的なものだろうか。


どちらにせよ死人にする願い事ではない。それとも何か、亡霊の類になれというのだろうか。



それもそれで面白そうではあるが。



「死人に出来ることなどたかが知れていると思うのだが?期待を抱かれては困る。」




だが、この世界は私の知る世界ではない。

この世界の者たちにとってはどう見ても悪霊以外の何物でもない。




彼女はしばらく考えるそぶりを見せた後、今思い出したかのように手を打った。


元いた世界の管理人は言付いていなかったのか、それともこの管理人が言伝を失念していたのか。

管理人同士のやり取りに興味はないが、少しは当事者に気を配ってもらいたいと心の底から思う。


方向性は違っても、彼女らの対応は市民から嫌われる官僚のそれと著しく近似している。



「そういえばあなたは既に亡くなられていたのでしたね。」



そうとも。

私は死んでいる。


今の私は生きていた私の残滓に過ぎない。文字通りの残りカスだ。



割と本気でそのまま死んでいたかったが。




「それでしたら転生という形で世界に入ってもらうしかありませんね。」




実に気軽に言ってくれるものだと心の底から思う。


転生?この世界に異なる世界の文字通りの異物を捻じ込むのか。だが、様子を見るに彼女にとってはさして手間のかかるものでは無いのだろう。


さすが管理者といったところか。




「それに関してはそちらにお任せするしかないが、何か問題でもあるのかね?」




どのような形であれ、彼女の処置なしでは私はどうすることもできないのだ。

問題があったところで、それらを覚悟して進むほかない。




「問題というほどの事ではないのですが、転生する際に元の魂にこの世界での情報を上書きするので、今までのあなたの魂の記録は記憶の一部が失われることになります。」




既に死んでいる身でも宣告が重かった。

思わず言葉に詰まるが、堪えて問いかける。




「私は元の世界には戻れないのか?」




動揺を押し殺しつつ尋ねる。

どうなのだろう。可能性はないのだろうか。




「世界間の転移は一方通行です。」




可能性はなかった。 もう戻れない。


不意に他の人間はどうなのか気になった。

訊くべきではないと思考したが、縋る思いでもう一度尋ねる。




「魂とやらの記録の上書きは...このような場合にのみ必要とされる処置なのか?」




管理者の答えは縋ろうとした何かを断ち切った。




「どの世界でも死後は魂の記録の上書き処理の後に転生という形になりますから、結果は殆ど変わりませんよ。」




諦めに近い何かで心が満たされるのを感じた。

もはや悩む気力も起きなかった。




そうかそうか。



どのみち結果が同じなら、死後どうなるのか知っているか知らないかの違いしかない。


元の世界で生きるのも、この未知なる世界で生きるのもそう違いはあるまい。





何より既に死した身。戻れぬ世界に今更未練を覚えたところで何になるというのか。





情けない。


既に覚悟し受け入れていたのは誰だ。




「...委細承知した。用意は既にできている。」




草臥れた管理者を見据えると、自然と笑みが浮かんだ。


さぁ、早いとこやってしまえ! 




「わかりました。  最後に何か希望はありますか?」



...早いとこやってくれ。頼む。



「ない。私はすべてを貴女に委ねよう。ただ、お手柔らかにな。」




草臥れた管理人は柔らかい微笑みを浮かべ、頷いた。




周囲が光で満たされる。








光に包まれ気が遠くなっていく。






「では、さようなら。 そしてようこそ世界へ。」




薄れる意識の中、管理者の声だけが響いた。





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