表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元宰相の異世界物語(仮題)  作者: 徳兵衛
第1章
21/65

第10話

次回は金曜日です。

「ただの一人語りになる。面白くはないぞ。」





 パーヴェルは馬車に揺られながらポツリポツリと語り始めた。



 パーヴェルの父、ドミトリーの祖父であるミハイルは元軍人の探検者だった。


 帝国内に於いて、武闘派の法術士を多数輩出名してきたことで知られたサムソノフ家だが、実際は軍よりも探検団との繋がりが深い。


 軍隊よりも別な意味で過酷である探検団は、メンバーひとりひとりに求められる能力が極めて多岐にわたるため、竜種の頑強な肉体と法術士の火力を持ち合わせたサムソノフ家の人材は、昔から探検団にとって無くてはならないものだった。


 帝国の東部には数多の魔獣が棲む広大な原野が広がっており、現在の帝国の領土の大半はそれらを開拓した結果広がったのであって、建国当初は中小国家程度の国土しかなかった。


 地道に開拓を進め、時には魔獣の襲撃に開拓村を奪われながらも帝国の人々はその生存圏を押し広げてきた。


 周辺からは田舎呼ばわりされて何度も攻撃に晒されてきたにも拘らず、帝国が現在も生き残っているのはこれらの開拓地が実り豊かであったが故である。




 サムソノフ家が代々関わってきた探検団とは、探検者たちを束ねて開拓予定地の事前調査や開拓村の警護、魔獣の討伐などを効率的に行うために設立された半官半民の組織である。


 組織の性格上、運営の最高監督者は皇帝本人とされているにも拘らず、貴族からの妨害や干渉が多いのは帝国に於いて帝権が必ずしも絶対ではないことの証左と言えるだろう。




 現在も竜種はその多くが故郷であるドラグニア地方で暮らしているが、サムソノフの先祖は人里に下りる事を選んだ。だが、法術に秀でた種族を対外戦争に積極的に投入していた当時の国軍の方針に嫌気がさしたミハイルは軍を辞め、探検団へと籍を移して生計を立てていた。


 そんなミハイルを見て育ったパーヴェルもまた、法術大学を卒業後に軍では無く探検団を選ぼうとした。幼いころから父に憧れた彼にとっては当然の選択だったのだが、政府の政策によって法術士の従軍義務が定められた結果、彼は軍へと入る他なかった。





 頑丈な体と類い稀な膂力、そして優れた法術士としての技量によって瞬く間に功績を上げたパーヴェルだったが、それ故に厄介ごとを押し付けられることも多かった。功績の横取りなど当たり前で、パーヴェルは兵役期間の終了までの辛抱とそれらの狼藉に文句を言わずに我慢し続けていた。。




 しかし、兵役期間も終わりが見えてきたある日、とある開拓地域が起こした反乱の鎮圧時に、鎮圧後に上官から下した略奪命令だけは耐えられなかった。パーヴェルは有志数人と上級司令部に告発したのである。貴族の長男坊だった彼の上官は即刻解任されたのだが、その時に知り合ったのが後に親友となるアリスタルフだった。


 だが、告発の手続きをしている間に行われてしまった略奪は短時間ながらも苛烈なもので、パーヴェルはもちろんアリスタルフも略奪を防げなかった事に強い罪悪感を抱くことになった。


 結局アリスタルフその後暫くして軍を辞め、先に兵役を終えたパーヴェルと共に探検団へと身を投じる事になる。






「ミハイル爺さんも元軍人だったんだ。全然知らなかった...」


「親父殿もまた何か思う所があったのだろうさ。軍に入ることになった時、憐れむような目で見られたのを覚えてるよ。」





 現在でこそ帝国軍の規律は守られているが、今から50年ほど前まで、帝国は戦乱続きで軍の規律は極めて劣悪だった。度重なる消耗で将兵の質も落ち、各地の治安は悪化して略奪や暴行が頻繁に発生していた。長期にわたる戦乱は民衆に重い負担を強いたため、国内は不穏な空気に包まれていた。



 パーヴェルは社会が荒んだ時代に、その青春を過ごしたのである。



 パーヴェル達は探検団に籍を移した後、探検者として10年ほど各地を巡り様々な出会いを重ねた。マーシャやソニヤ。ゴロバノフにオーケルマンなどといった面々と出会ったのもこの時期である。開拓村の建設や討伐任務を通して、彼らは時に意見を衝突させながらもその絆を深めていった。


 帝国各地で探検者として活動した彼らだが、探検者としての通常の依頼とは別に開拓村の建設を行うこともあった。ドミトリーが生まれ育ったオルストラエは、元々はパーヴェル達が手掛けた開拓村である。



「探検者として各地を渡り歩いた日々は、父さんが生きてきた中で一番楽しかった...。」






 だが、ある時偶然アリスタルフが『加護』を持っていると発覚し、それまでの日々は終わりを告げてしまう。


 久々に国内に現れた『加護持ち』に狂喜した軍はすぐさまアリスタルフを軍へ呼び戻したのである。



 帝国軍が介入した各地の戦乱に容赦なく投入された彼を支えるため、パーヴェルたちは陰に日向に支援を行なった。パーヴェル自身も各地の戦場でアリスタルフ旗下の義勇兵として彼を支援した。



 しかし、アリスタルフは亜人種ではない普通の人間種であり、例え『加護』があっても振るえる力には限度があったし、戦場で圧倒的な力を見せても中身はただの人間である。『加護』の発覚によって無理やり軍に引き戻された彼は自身の扱いに納得しておらず、自然、不満は振る舞いにも現れた。



 そんな彼が望まぬ戦場で比類なき武勲を上げ続ければ、他の軍人や貴族たちが目障りに感じ始めるのは当然の流れだった。


 絶大な戦闘力を誇ったアリスタルフだったが、彼らが顎でこき使うにはアリスタルフの武勲と名声は大きくなり過ぎ、軍も貴族も次第に彼を持て余し始めたのである。


 だが、各地を転戦し、加齢や酷使による衰えが見えてきても、結局軍は彼を死ぬまで解放することはなかった。アリスタルフ自身の戦闘力もさることながら、彼を支えるパーヴェル達が彼らにとって便利な存在だったからである。潰しの利く便利な駒を手放せるほどの余裕は、戦続きだった当時の帝国軍には無かった。



 


 アリスタルフの最期の戦いとなったゲオルゲニの会戦は、異教討伐のために侵攻してきた諸国連合軍の規模がかつて無いほど大きく、帝都のすぐ近くまで攻め込まれたこともあって以前からアリスタルフを支援していたパーヴェル達だけでなく、パーヴェルの父ミハイルをはじめとする一般の探検者達も動員されて戦場に投じられた。


 首都近傍まで押し込まれたものの、諸国連合軍は長期に渡る遠征で息切れし始め、帝国軍はゲオルゲニ周辺で発生した遭遇戦で連勝を続けた。


『加護』持ちと言う最終兵器を持つ司令部では次第に楽観視する空気が広がっていったという。


 会戦は、はじめこそ一進一退の展開だったが、終盤に諸国連合軍が掛けた全力攻勢で中央本隊が崩された。大混乱に陥った中央に引きずられ、両翼を含めた帝国軍が全面的な壊走に至るまでにそう時間は掛からなかった。

 窮地に立たされた司令部は時間稼ぎと部隊の再編のため、冒険者たち義勇兵に殿を任せて後退した。本来、予備兵力である探検者たちが足止めのために絶望的な後衛戦闘を押し付けられたのである。


 探検者たちはその身をもって諸国軍の追撃を防ぎ続けたが、諸国連合軍との兵力差は絶望的であり、補給も滞った探検者達は急速に消耗していった。



 結局、探検者たちの足止め部隊が壊滅するまでに、帝国軍本隊が再び戦場に戻ってくることは無かった。司令部は全面壊走からの立て直しに自身の予想以上に手古摺っていた。



 殿部隊を指揮していたアリスタルフは、傍らで戦っていたパーヴェルが両腕に重傷を負い戦闘不能になったのを見て、遂に戦闘の継続を断念。女性と負傷した者たちを離脱させる隙を作るために、少数の志願者と共に諸国連合軍の司令部へ突撃を敢行したのであった。



 アリスタルフ以下志願者全員が命と引き換えに、諸国連合軍の高級指揮官たちを多数道連れにして、追撃の余力を奪い去ることに成功した。

 

 望まぬ戦神の『加護』を授かった親友も、大切な家族もパーヴェルは守れなかった。




 同乗者が居ない乗合馬車だが、パーヴェルの話はその車内の空気を重苦しくしてしまった。

御者台で御者が居心地悪そうに身じろぎをする。



「あの戦いで探検団は大量の戦死者を出してな。親父も最後の吶喊に参加して死んだ。私は生き残りを取りまとめて戦場から脱出するので精一杯だった。」



 その後、帝国軍が大混乱に陥った諸国連合軍を国土から叩き出したが、帝国側が全体として受けた損害は甚大だった。会戦から120年以上経った今も、その傷跡が帝国に暗い影を落としている。


 戦後、無理を言って掻き集めた兵力で一時は優勢に戦いを進めながらも会戦で醜態を晒し、むざむざと『加護』持ちを殺された軍の面子は丸潰れになった。

 さして良いところもなく、ただ大損害を受けた軍に皇帝の怒りは爆発した。その後暫くの間、宮廷に粛清と反乱の嵐が吹き荒れたという。



「戦後、探検者組は皆で探検団の再建に当たったのだが、会戦で中核となる世代がごっそりと死んでしまったせいで再建は難航してな。そうこうしているうちに今度はソニヤが心を病んでしまってな...マーシャと共に暫く面倒を見ていたのだがそれも限界にになって、結局神殿に預かってもらうことになったのだ。」



 結局、探検団は戦争によって受けた痛手から回復することが出来ず、帝国東方の新規開拓はすべて中断したままである。


 かつてパーヴェルが心血を注いだ探検団は現在、組織の弱体化によってその独自性を失い内務省の管理下にある。かつて開拓の熱気が満ち、希望を胸に若者たちが集った組織はたった一回の会戦によって失われてしまった。




「ソニヤを神殿に預けてから暫くして、内務省主導での探検団の再建が決まった時だったか。冒険者たちに殿をさせるように提案したのがかつて、父さんたちに告発された貴族だと知って父さんは探検団を辞めた。軍も貴族ももうたくさんだった。」



 そしたら今度はやっと授かった自分の息子が『加護』持ちときたもんだ。そう言ってパーヴェルは水筒を呷った。



「もしアイツに『加護』が無ければもう少し違った未来があったかもしれない。今でもそう思うことがある。」



 そう溢すパーヴェルの目には深い後悔の色が浮かんでいる。『加護』に振り回され、親友と父を失った彼の無念さはどれほどのものだろうか。




「だがな、ジーマ。これはあくまで父さんの主観での話だ。もしかしたらまだ知らない事実があるかもしれないし、見落としていることもあるかもしれない。それだけは忘れるな。」



 その日、野営をするまで、ドミトリーはパーヴェルの話をひたすらに聞き続けた。


 かつて『加護』を授かった者とその仲間たちの歩みを知り、学び、自身の人生に生かすために。




「旦那も坊ちゃんもあんまし重い話は止めてくだされ。」


 翌朝、2人は御者から苦情を頂いた為、乗合馬車を下りるまでアリスタルフ絡みの話はお預けとなった。しかし、その話題以外もパーヴェルの話は含蓄にあふれたものばかりだったこともあって、帝都からの帰路はドミトリーにとって非常に有意義なものとなった。


 ドミトリーはまだまだこの世界を知らない。だからこそ、先人の知恵は何よりも貴重なのだ。






 サムソノフ親子がオルストラエに帰り着いたのは帝都を出て丸10日、綺麗に晴れ渡った夕刻の事だった。


 西日が雪を照らし、目に入るもの総てが茜色に染まっている。煙突からは薄く煙が流れていて、調理中なのか実に胃を刺激する香りが漂っている。愛しき我が家。独り立ち間近だからこそ、猶の事そう強く感じるのだろうか。


 暫しの間、我が家の前で立ち止まる2人だが、ふいにパーヴェルが切り出す。



「ジーマ。次にこの家を出るとき、お前は竜種の男として独り立ちすることになる。だが、忘れるな。お前が何処に行っても何になっても、何時でも此処ががお前の帰ってこれる場所だ。」


「うん。 忘れないよ。」



そう。絶対に忘れる事などない。 


 心に固く刻みながらドミトリーが答えると、家の前に立つ人影に気づいたのだろうか、玄関が開いて母が迎え出てきた。



「お帰りなさい、2人とも。長旅お疲れ様。」



 ドミトリーの初めての旅は、何事もなく帰宅できたことで終わったのだ。ドミトリーもパーヴェルも、返す言葉はただ一つのみ。



「「ただいま。」」




 その日食卓に並んだのはやはり蕪のスープだったが、半月ぶりの母の味に文句など出るはずがなかった。

ご意見ご感想等、お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ