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元宰相の異世界物語(仮題)  作者: 徳兵衛
第1章
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第8話

お待たせしました。 次回は金曜日です。

 



 呆気なく終わってしまった入学試験だったが、果たしてこれでよかったのかドミトリーには全く分からなかった。法術学部らしく魔術を使って除雪をしたが、それだけでいったい何を判断するのだろうか。


 そう言えば、課題はそもそも魔術を使ってなどという条件は無かった。



「雪かきして土焼いて終わり?」



 周囲がざわつく中で近くに立っていた冬毛の虎娘がぼそりとドミトリーに言う。全く持って同感だが、かといって今ここで試験官に質問をしたところで意味はない。正直言ってドミトリーも他の受験者も不完全燃焼だった。これだけで終わってしまうのは予想外にもほどがある。父親から散々扱かれ脅された身としては、試験後に絶望で泣き崩れる程に大変なものだと考えていたのだ。

 当然ながら実技試験は受験者全員が独学で魔術を身に着け、使いこなす程度の能力を持っているのが前提である。与えられた課題は決して簡単なものでは無いのだが、特にトラブルもなく終わったためにいささか拍子抜けの感は否めなかった。



「みたいだね。全然試験っぽくなかったけど。 じゃ、お疲れ様。」



 虎娘にそう返してドミトリーは屋外訓練場を後にした。







 校舎へと戻り、トイレを済ませたたドミトリーは玄関で再びロマンスグレーの男性と遭遇した。会釈をして通り過ぎようとしたドミトリーだったが、男性に呼び止められた。



「ドミトリー・パブロヴィチ・サムソノフ君。少し君に聞きたいことがある。着いてきなさい。」





 男性の後をついて歩く間、ドミトリーは何処に連れていかれるのか分からず黙っていた。合格するしないに関わらず、余計な事を言うつもりはない。男性がかなりの技量であることは、その身から発する雰囲気と目つきですぐに判った。ここで要らぬ事を漏らして後々トラブルに巻き込まれるのは避けたい。


 大学という組織が政治と密接に関係している事を‟知っている‟身としては、自身の持つ『加護』のせいで振り回されるのではないかと考えてしまう。


 それとなく警戒心を強めるドミトリーだったが、しばらく歩いて案内された部屋の表示を見た瞬間、警戒心が跳ね上がった。


 学部長室。



「あの...」





「着いた。入りたまえ。」



 逃げ道はなかった。



 男性がドアを開けると中からドミトリーに声がかけられた。













「おう、ジーマ。試験は無事に終わったようだな。」



 何故かパーヴェルが学部長室の来客用ソファーで普通に寛いでいた。



「え? あ、うん。 ...父さん、ここで何してるの?」



 今に限ったことではないが、悪意なき父の振る舞いが最近妙に腹立たしく感じる。どれほど経験や知識があっても、今のドミトリーは多感な年頃である。

 言いたいことが次々と浮かんでくるが、第三者の前で言えるものでは無い。色々と押し殺してそう尋ねるだけで精一杯だった。



「せっかくだから知り合いの顔を見ておこうと思ってな。昔なじみが大学で教えてると前に言わなかったか?」



 訊いたような聞かなかったような。よく覚えていない。





「さて、自己紹介をさせてもらってもよろしいかな?」



 ドミトリーが答えに詰まったのを見て、親子のやり取りを見守っていた男性が口を開く。パーヴェルが手振りで促し、ドミトリーとロマンスグレーの男性もソファーに腰かけた。そう言えばこの男性の名前を聞いていない。嫌な予感がドミトリーの脳裏に走る。まず間違いなく高い立場の人間だろう。



「初めましてドミトリー君、私は法術学部の学部長をしている、イゴール・ミトロファーノヴィチ・ゴロバノフと言う者だ。」



やっぱりこういう流れか!だから老人は怖いんだ!



「固くなる必要はない。学部長の一存で試験結果は変わらんよ。」



 微笑みながらの自己紹介を聞いたドミトリーは、自分の振る舞いに非礼があったことを謝ろうとしたが、ゴロバノフ学部長はそれを制して問題ないと告げる。



ありがたいが何の解決にもなってない。この状況、どうしたものか...



「今年は実に面白い。入学試験を楽しむ受験生たちを見たのは実に久しぶりだ。」



 ゴロバノフ学部長は続ける。



「例年なら、内輪もめやら意地の張り合いやらでそれはもう見苦しい内容になるものだが、今年はそういう流れにはならなかったよ。」



「ほう、試験がやたらと早く終わったのもそれが理由か?」



「こちらの想像以上に終わらせるのが早くてね。除雪だけではなく地面の乾燥までしてくれたよ。」



 別に責められている訳では無いがなぜか居心地が悪い。さっさと終わらせようとしたのは事実だが、責められるようなことは無いと思うドミトリー。



「随分と手際がいいな。なるほど、確かに今年は優秀だ。」



 当の受験者そっちのけで話し始める大人たち。ドミトリーとしては疎外感云々よりも腹が減って仕方ない。色々と我慢ならない保護者を無視してドミトリーは話しかける。



「あの、自分がここにいる理由をお伺いしてもよろしいですか?」


「なに、大した用ではない。君、無詠唱で術式を展開しただろう?普通の法術士はあんな恥ずかしそうに詠唱しないものだ。」



 見られていた。



「他の人と異なるのは理解しています。ですが、自分は特に問題なく詠唱なしでの術式展開が出来ます。」



「それが問題なのだよ。使い込んだ簡素な術式ならともかく、通常は脳裏に浮かべたイメージだけで発動などできない。イメージし、それに対応する術式を詠唱して初めて展開に至る。それが魔術だ。」



 〝勿論イメージは極めて重要だがね"と付け加えた後、ゴロバノフ学部長はパーヴェルを見て言った。



「さて、この規格外さは彼が抱えているものに起因するのかね?」


「まず間違いないだろう。だが、私自身も特殊な例だから参考にならん。なかなか相談できるものが居なくてな。」



 そう言ってパーヴェルは肩をすくめた。



「まぁ、本人にとっては言いづらいことのようだし、無理には訊かんよ。今日はわざわざすまなかったな。」



 その言葉にパーヴェルは頷き、出されていた茶を一気に呷った。ゴロバノフはドミトリーを見据えて言う。



「気を付ける事だ。魔術を扱う者には過剰な自信を持つ者や、手段を選ばぬ者もいる。魔術を扱う才はそもそも望んで手に入るものでは無いのだ。恵まれた才で身を滅ぼすのは神代の頃からよくある話だ。努々驕らないように。」



 才能に関してはいろいろ思う所がないと言えば嘘になる。だが、学部長の警告はありがたかった。勿論、人の嫉妬や容赦のなさを知らないドミトリーではないが、何だかんだでそう言った負の面に触れてこなかったドミトリーはどうしても危機感が薄れがちだった。



「はい、ご忠告感謝します。」



 息子が与えられた警告をしっかりと反芻するのを見届けて、パーヴェルはゴロバノフと同時に立ち上がり握手をしてからドアへと歩き出した。ドミトリーも立ち上がりゴロバノフと握手をして父の後を追いかける。

去り際に、ゴロバノフから呼びかけられた。



「そう言えば、ドミトリー君。試験はどうだった?」


「特に問題なく出来たと考えています。」



 ドミトリーがそう返すと、ゴロバノフは微笑んだ。






「そうか。では明日の発表を楽しみに待つといい。」












 宿への帰り道、サムソノフ親子は寄り道をして大学近くの食堂に入った。宿まで我慢できなくもなかったパーヴェルだったが、ヘソを曲げた息子をなだめる必要があったためである。昼時の食堂は受験生らしき若者と保護者でごった返していた。



 スープとパン、それと羊のシャシリク。



 空腹もあって暫しの間無言でかっ込む二人。この時期の帝国では非常に珍しいことに、スープに蕪は入っていなかった。



 ガツガツと食べ尽くした後、父子揃って食後の茶を飲みながら話す。



「明日の合格発表の後はどうするの?」


「どうするも何もオルストラエに帰るさ。父さんも仕事がある。ジーマが合格すればどんなに遅くとも春の入学式の1週間前にはこっちでの生活になる。3か月ほど先だがな。」



また行って戻ってをするのか...確かに3か月も帝都で宿暮らしはできないな。



「...試験内容が雪かきだったんだけど、知ってたの?」



「今年はたまたま雪かきだったんだろう。私の時は屋根の雪おろしだった。早い話が共同作業が出来るかの確認だ。当然、行動に問題があれば撥ねられる。なんせ6年も寮暮らしするからな。」



 課題に対する解釈は間違っていなかったようだった。これで他の受験生たちを巻添いにして不合格の可能性は無くなったとドミトリーはほっと一息ついた。



「普通は12歳で術式をつかえれば御の字だ。出来る時点で法術大学の門戸は開く。だが、周囲との協調性がないと6年もやっていけないだろう。」



”それを測るための実技試験だ。”そう言われてやっと得心が言ったドミトリーだった。



「全員合格とかだったらいいなぁ。」


「人数もそう多くないらしいからな。あり得るぞ。」




あの虎娘も合格していたらと考えたところで、合格しても絡みはない事を思い出し少し残念に思うドミトリーだった。



「そうだ父さん。ゴロバノフさんとはどういう間柄なの?」


「戦友だよ。 彼は長耳族のクォーターでな。それが理由で若い時に随分と苦労したと聞いている。」



 いつでもどこでもそう言う所に苦労があるのは変わらない。



「さて、明日も早い。さっさと宿に帰ろう。」





 北国は昼が短い。昼を過ぎるとあっという間に日は傾き始め、風も冷たさを増す。

夕方ごろから風が強くなったので、その後サムソノフ父子は宿に引きこもり部屋で茶を飲んで過ごした。

 


「ジーマ、何を買ったら母さんは喜ぶと思う?」



 パーヴェルは母へのお土産を何にするか悩んでいるようで、ずっと考えながら土産店の広告を見ていた。合格発表待ちの息子に対して何とも雑に思えるが、彼なりの気遣いにも思える。残念ながらパーヴェルは土産のこと以外考えていなかったが。



「自分の心に聞いてみなよ。」



他人の事を言えたものでは無いが、父のマイペース振りが最近気になる。雑念で夜更かししてしまいそうだったので、ドミトリーは夕食後早々に床に就くことにした。




明日の不安はあったが、寝付きはとても良かった。








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