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元宰相の異世界物語(仮題)  作者: 徳兵衛
第1章
17/65

第6話

誤字修正しました。


8/17 誤植及び整合性の修正を行いました。 ストーリーに変更は有りません。

大陸暦第14紀32年早春   帝都


雪のちらつく中、ドミトリーは法術大学の入学試験を受けるために帝都に来ていた。







帝都への旅は唐突極まりなく始まった。




 その日、一日の仕事を終えて帰宅したパーヴェルは、夕食後に届いていた便箋を開けてしばらく読んでから家族に告げた。



「試験は11日後だそうだ。よし、明後日に帝都行こうか。」


「は?」



...何が『よし』だ。急すぎるぞ!



 酒を飲みにでも行くような気軽さで帝都行きを決定したパーヴェルに、ドミトリーは思わず素で答えを返した。


 その日パーヴェルが受け取った手紙は大学の入学試験の通知だったが、消印は2か月前。実に帝国らしい大らかさである。噂では配達が遅れた手紙は人知れず姿を消すと言うから、例え2か月遅れても届いただけマシなのだろう。理解も納得もできないが。



問題は試験日までの時間が極めて少ない事だった。

間に合わない訳ではないが、すぐ出発しないと試験日に間に合わない。



「普通ならば帝都まで10日はかかる。急いでも6日は必要だ。ジーマ、明日の夜には支度を終えておけ。」






 慌てて荷物をまとめると、オルストラエから4日ほど馬車を乗り継ぎ、船に乗って2日の川下り。都合6日の道のりである。移動速度を考えればそこまでの距離ではないが、かかった時間から見れば十分すぎる長旅だった。



 お世辞にも道中は快適とは言えないものだったが、生まれて初めて故郷の街を離れた彼にとって、何もかもが新鮮で目新しく、かなりの強行軍であったにもかかわらず半ば目的も忘れてこの小旅行を大いに楽しんだ。故郷にはなかった大河の川下りでその興奮は頂点に達し、引率者であるパーヴェルも苦笑いと共にその匙を投げたほどであった。



 生まれて初めて目にしたものに無感動でいられるほどドミトリーは淡白な性格ではなかった。



 ちなみに、母のマーシャは留守番である。予定が急すぎるのと、母は船が全くダメだそうで、現在は家で留守番をしている。女一人で大丈夫だろうかと思ったが、そう言えば母も竜種だ。心配する要素は無かった。





 

「ジーマ、随分と静かになったな。どうした?」



 旅を始めてから何度目注意したかわからないパーヴェルだったが、関所を過ぎたあたりからドミトリーは静かになってしまった。辺りを見回すこともなく、2人は法術大学への道を何も言わずに歩いていた。様子の変わった息子を不思議に思って問いかけたパーヴェルは、ドミトリーの答えに眉をひそめた。



「人混みは苦手なんだ。」

 


 以前とは打って変わって快活になったが息子だが、そういった所は今も変わっていない。こんな調子で果たして帝都で上手く学生生活を送れるだろうか。改めて心配せずにはいられないパーヴェルであった。






 法術大学は帝都の郊外にあり、そのすぐ近所には軍の幼年学校と士官学校も置かれている。他国に比べて人口密度の低い帝国らしく、それらの学校はいずれも広大な敷地を持っており、正門から入ってしばらく経ってもなかなか校舎は見えてこない。


 ここまで来るまではドミトリーはてっきり法術専門の大学かと思っていた。しかし、大学の威容を見てこの中央法術大学というのは総合大学に近いものであると考えを改めた。法術士だけの育成にこれほどの規模と敷地は用意することは考えにくい。


 そもそも識字率が低いこの国で専門性の高い学校を作る理由は無いに等しい。国の見栄では済まされないほどに金がかかるのが学校である。新たに学校を作らず、既存の学校の守備範囲を広げたのだろう。



 決して国土の小さくない帝国で唯一の法術を学べる学校だが、思ったよりも色々なことを出来るかも知れない。



 ドミトリーは事務局を目指して歩きながら、敷地に点在するさまざまな施設を見て目を輝かせた。









「入学試験の詳細はこちらになります。 試験は3日後、くれぐれも遅刻等はしないようにしてください。」



 大学の事務局で入学試験の最終手続きをした後、ニコニコ顔で説明を聞いていたドミトリーだったが、事務員の次の一言で笑顔が凍り付いた。



「当大学では貴族に連なる方々も学ばれます。会場ではくれぐれもトラブルを起こさないようにしてください。」




やっぱりかー 避けられんかー 当然かー

これは面倒どころの話ではないぞ...




 ドミトリーは何故母がマナーと礼儀作法を教えたのかうすうす感づいてはいた。帝国でも数少ない学び舎にはお貴族様や商人の子供がいるのは当然なのだ。マナーも礼儀作法も彼らと同じ場で学ぶ以上不可欠である。

 生前はもちろん、今世も貴族やいわゆる大商人と呼ばれる人々にあまり良い印象がないドミトリーは、覚悟していても実際に宣告されると警戒心を抱かずにはいられなかった。




貴族と平民が一緒にお勉強...大丈夫なのだろうか...


当たり前だが、大丈夫ではない。


 今更考えたところで他に法術関係を学ぶことができる場所は他にない。この大学で学ぶためにずっと努力してきたのだ。例えドミトリーは残念極まりないカミングアウトがあろうと、立ち止まる気は無かった。所詮、大学は通過点に過ぎない。



「わかりました。よろしくお願いします。」



思う所はあったが、それらを飲み込んでドミトリーは一礼した。




 


 その後、サムソノフ親子は宿で長旅の疲れを癒すため市街地へ向かった。

通信伝達手段が極めて未熟なこの世界においては、予約という行為ができるのはこの国の富裕層だけである。小金持ちのサムソノフ親子は一刻も早く宿を確保しなければならない。


 宿探しをしながら街を見物していたドミトリーは、首都だけあって管理が良く行き届いていると感心していた。帝国の首都とされるだけあって、オルストラエにはなかった上下水道が完備されており、臭気に眉をひそめることなく街を歩けることに心から感謝した。



整備に尽力した人々に心からの賞賛を。



 もしも叶うならオルストラエの街も、せめて下水道だけでも整備されないだろうかと思わずにはいられないドミトリーだった。




 夕刻になってやっと宿を確保した2人は、夕食もそこそこに久方振りのベッドで長旅の疲れを癒すこととにした。体をふいて寝間着に着替える。


顔にこそ出ていなかったが、雪の中で宿探しをした2人は疲労していた。


そう言えば、宿はドミトリーと同じく法術学校を受験するのだろうか、年の近そうな子供の姿もちらほら見えた。明日の入学試験を受ける子供がこの中に何人いるのだろう。



ドミトリーも、パーヴェルも、寝付きは早かった。








翌日、昨日までの雪雲はどこかに行ってしまっていた。



 空は雲一つなく晴れ渡り一段と冷え込みの厳しい朝となった。たまった疲れの為かいつもよりも遅めに目が覚めたドミトリーは、あまりもの部屋の冷え込み具合にベッドから出るのに苦労する。


 パーヴェルはまだ眠っており、寝具を痛めないようサックを付けた角が毛布から覗いていた。



気付けも兼ねてお茶を淹れよう。



 お湯を貰いに部屋を出ると、吐く息が白く染まり寒さに尻尾が縮み上がる。そのまま一階へ階段を降りて、食堂で朝食の仕込みする宿の主人にお湯を分けてもらうと、ポット越しにお湯の温もりが手にジワリと広がる。生前も茶を愛飲していた事もあって、ドミトリーは茶が好きだった。





はじめはお茶よりもコーヒーが好きだったが、飲み過ぎが祟って胃潰瘍になって以来、医者から禁止されて飲めなくなってしまった。

現在知る限り、この世界にはコーヒーらしきものはないが、機会があれば探してみるのもおもしろそうだ



 取り留めもないことを考えていると、階段の踊り場から銀髪の猫系の亜人種の少女がこちらを見下ろしていた。あまり寒がっている様子がないところを見るに虎種だろうか。


 北方出身の獣系亜人種は冬に毛が生え変わる。勿論個人差はあるが、オルストラエ在住の獣系亜人種は冬になると皆真っ白になって景色に溶け込んでしまう。



...外だとさほど目立たないが屋内だと目立つものだな。




そんなことを考えていると、少女はドミトリが手に持っていたポットを見て問いかけてきた。



「どこでお湯をもらったの?」



「食堂。台所でご主人が朝食の支度をしてたから分けてもらった。」






「...ありがと。」



 少し考えた後、そう言うと彼女は階段を下りて食堂に向かっていった。ドミトリーは少し呆けていたが、お湯が冷める前に急ぎ足で部屋へと戻った。



立派だったなぁ...胸...



 好き嫌い関係なしに、男ならば目が行ってしまう。ドミトリーも男になる年頃である。




 煩悩を振り払い部屋に戻ると、既にパーヴェルは起床して着替えを済ませていた。寝間着姿のドミトリーがお湯の入ったポット持っているのを見て、パーヴェルは顔をほころばせると旅行カバンから茶葉を取り出した。



「今日はレーナとイーマに会いに行くぞ。」



 淹れたてのハーブティーを飲みながらパーヴェルが今日の予定を伝える。

 ドミトリーの姉であるエレーナもイルマも3年前に2人とも大学に入っている。



 法術学校は結婚前の娘たちの貞操を守るため、一部の例外を除いて男女の合同授業は厳しく制限されている。貴族だけでなく、亜人も種によっては純潔が非常に重視される為、予防措置も厳しい。6年の在学期間は男女ともに寮生活を送ることが定められている。



甘酸っぱい青春の学園生活はこの世界には存在しない。

当然、在学中の恋愛はご法度である。



 生前の世界ならば男女平等を主張する団体が大騒ぎをしそうなものであるが、ここは異世界。思う所はあっても敢えて社会に風波を立ててまでそれを主張するほどドミトリーは無鉄砲ではなかった。


 理由あっての現状であり、解決するなら根本に手を付ける覚悟をせねばならない。中途半端に手を出しても混乱を引き起こすだけである。



 少なくともドミトリーは覚悟も解決する気も皆無である。



 国民に亜人の多い帝国は、法も制度も細則を並べるよりもざっくりとした枠内での現場調整を好む。問題は多いが、厳しめの法術大学この措置は学生の親たちからも好評だったりする。 そう言う文化なのだ。


思っていたよりも設備も整っているようで、姉たちからは特に不満の手紙も届いていない。

学生も大学もそこら辺は上手にやっているようである。



「わかった。あとは買い物の下見とか?」



 試験は明日だが、特にドミトリーにはすることはなかった。

 本人の才能に大きく依存する魔術には、勉強や努力では埋められない溝が横たわっている。望まずとも手に入り、望んでも手に入らない。不公平と嘆く者は多い。


 入学試験はいくつか選べたが、ドミトリーは実技を選んだ。



学科によっては筆記のみのところもあるらしく、実技でOKな法術士が改めて才能に左右される職だと実感せずにはいられない。



それにしても実技一発とは...まるで運動選手扱いだな



「そうだな。そんなところだろう。」



 朝食を済ませてすぐ、2人は大学を訪問した。ちらりと食堂を見たが、あの虎種の少女の姿はなかった。








最後に会ってから3年。久しぶりに会った姉たちは...あまり変わっていなかった。



 竜種には珍しい双子である彼女たちは、大学でもその珍しさ故に話題になることが多かった。性格はまるで違ったが容姿は瓜二つで、入学して3年目の今も傍目には角以外に見分ける点がないために、周囲はどっちがどっちなのか今もよく間違えるらしい。




 後に、パーヴェル譲りの高い鼻とマーシャ譲りの優しげな眼を持つ2人が密かに大学内で人気を集めているのをドミトリーは知ることになる。



「父さん、ジーマ久しぶり!」




 長姉のエレーナが勢いよくドアを開けて客間に入ってきた。

良くも悪くも元気がいい長姉は、相も変わらぬ明るさだった。エレーナに続いて入ってきたイリーナはその様子を見て苦笑いしながらはしゃぐ姉を窘めた。


もっとも、尾の自己主張ぶりは姉とさして変わらなかったが。


元気な2人に顔を綻ばせながら、パーヴェルが告げる。



「二人とも元気そうで何よりだ。ジーマの入学試験の付き添いでな。折角だし、お前達の顔を見に来た。」


パーヴェルはそう言いながらドミトリーの頭をポンポン叩く。



「ジーマ、いよいよじゃない!」


「これで姉弟揃い踏みね。」



 姉たちの言葉に苦笑いしながらもドミトリーは答える。



「まだ試験前だよ。でも、入った時はよろしく。」





 その後しばらく親子の会話が弾んだが、パーヴェルとドミトリーはあまり長居をする前に大学を離れた。

 その後、下見を兼ねて帝都を散策した。


 帝都は広く観光客も多い。イモ洗い状態から解き放たれて宿へと帰り着いた時にはドミトリーはクタクタになっていた。



 夕食を食べていると、朝にであった冬毛の少女が保護者らしき男性と食事をしているのが見えた。男性も冬毛である。父親だろうか。ということはやはり大学の入学試験か。



...少し気になる。



 だが、すぐに大学の制度を思い出し、例えそうだったとしても関わる機会がない事に、内心落胆するドミトリーであった。もっとも、関わる機会があっても何かをするほどの勇気をドミトリーは持ち合わせていないが。



明日試験だというのに。

何を浮かれているのか。



 その後は特に何もなく、ドミトリーは早めに寝て明日の試験に備える事に決めた。

やはり此処でも現れた蕪のスープを飲み干し、体が温まっているうちにベッドにもぐりこむ。



 緊張のせいか、寝付きはよくなかった。







 翌日、空は見事に晴れ渡ったていたが、昨日よりも寒さは和らいでいた。柔らかな春の日差しでドミトリーは目が覚めた。



 いつもよりも少しだけ気合を入れながら朝食を食べていると、パーヴェルがその様子をみてニヤリと笑いながら言った。



「緊張しているな。」



いやらしい笑みだ。子供相手にする顔じゃないぞ。



「仕方ないじゃないか。」


「そうだな。まぁ、あまり固くなるな。」



 それっきり2人はお互い何も話さずに試験会場である大学へ向かった。







 試験会場は学部によっていくつかに分かれていた。保護者であるパーヴェルはこれ以上は近づくことはできないため、別行動となる。



「試験だ試験だと散々脅かしてきたが、実際に試験を受けてみればわかる。楽しんで来い。」


試験を楽しむほど余裕はないな...志望しておいてなんだが、法術学部が何するかわからん。



「行ってくるよ。」


「行って来い。」



 パーヴェルに背中をたたかれて、ドミトリーは法術学科の試験会場である校舎へと足を踏み入れる。




 人気がなく静まり返った校舎は、場所を間違えたかと錯覚させるような雰囲気だった。




「法術学部の受験者かね?」



試験会場でドミトリーを出迎えたのはロマンスグレーの紳士然とした男だった。

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