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元宰相の異世界物語(仮題)  作者: 徳兵衛
第1章
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第4話   昔と今と   下

今後は火曜と金曜の更新となります。



 絶対安静のはずの息子がケロリとしているのを見て、安堵やら何やらで色々と複雑な気持ちになったパーヴェル。



 教えたことのない料理を手慣れた様子で作る姿に、今までとは何かが決定的に変わってしまったと感じ取ったパーヴェルは先延ばしに出来ないと判断した。


 伝えなければならない。後で悔やんでも悔やみきれないことになってしまう前に。




病み上がりの息子の作った料理を胃に収め、パーヴェルは向き合うならば早い方が良いと判断し、授かっている『加護』の事を含めた話し合いをすることにした。



食後のチャイがが並ぶテーブルを挟み、親子は向き合う。



「ジーマ、女神アルストライアの事は知っているな。」


「法と秩序の女神様だよね?長耳族の主神だっけ。」



 元々ドミトリーはあまり神話には興味がなかったため、日常のやり取りの中で聞きかじった程度の情報しかない。かつて熊崎として生きていた時は神々が直接介入してくることなどありえない事だった。彼にとっては良くも悪くも神々は共通認識の一要素でしかなく、記憶を取り戻した現在も生前筋金入りの無宗教人間だった影響は強い。

 加えて、パーヴェルはかつて何かあったのか神々の事をあまりよく思っておらず、話題に出すのは躊躇われたのもある。



この世界の重要なポイントをこの時点でドミトリーは軽視していた。



「ジーマ、お前は彼女の『加護』を授かっている。」


「ということは物凄く運が良かったりとか、なんかすごい才能があるってこと?」



 ドミトリーの認識は間違ってはいない。

 『加護』は豪運や才能を対象に与える。授かった者はその力を以て庇護者の威光を世界に知らしめる。戦神ならば武芸や武勲で、芸能の神ならば舞や歌を、というような具合で。



例えるなら、スポンサーに頭の上がらぬ広告代理店の様なものである。




だが、熊崎の生きた世界と異なり、この世界の神々の加護は社会の中で生きていくには強力すぎる代物で、扱いきれずにその力に振り回されて身を亡ぼす寓話は多い。また、神の意思に背いた者が神に罰せられたり、他の神に疎まれて魔物にその身を変えられる話が各地に伝わっている。


『加護』は利点ばかりではない。


『加護』を持たない他者からの僻みを受けて命を落とすものもいる。『加護』は絶対ではないのだ。




「...そうだ。だが『加護』というのは願えば手に入るものでは無いしとても強力だ。その力を僻むものもたくさんいる。父さんの親友のアリスタルフは戦神ヴォルトの『加護』があるからと、各地で戦わされた挙句に味方に見殺しにされた。」


「戦神は助けなかったの?」


「戦神は『加護』与えた者の戦い振りを見る。どのように戦ったのか、勇敢だったかをね。死の間際まで勇猛に戦えば賞賛するが、それだけだ。既に死んだ者には興味がないらしい。」



 パーヴェルの顔に浮かんだ表情は苦々しく、深い後悔と怒り、遣る瀬無さなどが入り混じっていた。だが、聞くならば今だとドミトリーはあえてその質問をした。



「その親友の人ってソニヤさんとも関係がある人?」


「...そうだ。アリスタルフはソニヤの婚約者だった。彼が死んだ後、彼女は心を病んでな。あちこちでトラブルを起こしたもんだ。」


「そのお世話をしたのが父さんたちだったってこと?」



「そうよ。このままじゃ取り返しがつかなくなると思ったから、神殿に入ってもらうことにしたの。」



マーシャが視線を逸らしたパーヴェルの代わりに答える。



「逆恨みや巻き添えで捕まったりしてね。大変だったそうよ。私たちが出会ったのもそのころだったの。」


「話が逸れてきたから戻すが、『加護』は授かっても面倒が多い。ましてお前の授かった女神アルストライアの『加護』は前例がないのだ。」



 ドミトリーにとって前例がないというのは初耳だった。過去の成功例や失敗例があればそれらを元に行動の指針が決められるが前例がないのではすべてが手探りとなってしまう。

 パーヴェルは続ける。



「魔術を生み出した、魔術の母とも言われる彼女の加護を望むものは少なくない。彼女の『加護』がどのような力を授けるにしろ、周囲がどのような行動に出るか、想像できないわけではないだろう?」


「アリスタルフさんみたいな事になるかもしれないってことだよね。」


「そうだ。だからこお前は彼女の『加護』と慎重に向き合わねばならないと父さんと母さんは考えている。不用意に危険を冒せば、いずれその油断に足をすくわれる。」



 この世界の神が、自身が思っているよりもはるかに活動的であることを知り、ドミトリーは熊崎としての常識を当てにはできないと判断せざるを得なかった。


これから経験し、身に着けていけばいいことではある。

問題は経験した時点で手遅れになりかねないほどに危険であることだろうか。




子供ゆえの不用心と言えば仕方はないが、ドミトリーを迎えに行ったときにソニヤがドミトリーの日記を読んでいるのを見てパーヴェルは内心震え上がった。


 ドミトリーが書き残した不思議な夢の物語。本人以外にはさっぱりわからない代物だったが、研鑽を絶やさぬ研究者たちの目に入ればどんなことになるか。パーヴェルもマーシャもそれを恐れていた。


幸いなことにソニヤはそこまで関心を抱かなかったようだが。




「特に私たちが心配しているのは、お前が見たという夢を書いたあの日記だ。あれは他の人の目に触れれば碌なことにはならない。あれの扱いは書いたお前に任せるが、間違えればお前の身を滅ぼす事になることは忘れるな。」


「わかった。ありがとう。」




...確かに、あの日記を残しておくのは危険だ。

この世界がどのような世界なのかも把握していない現状で、余計な自滅のリスクを抱えるのは避けるべきだ。ただでさえ前例のない『加護』を持っている。何事もないはずがない。


勿体ない気もするが、大切なものは脳裏にしっかりと刻まれているのだ。





 記憶を取り戻した今も、使命らしいことには特に覚えがない。重要な使命ならしっかりと記憶に残るだろうが、それらしいものはない。もしも文句があったら先方からアプローチがあるだろう。


知らない上にこちらから向うへ働きかける事ができないのだ。どうしようもない。



「なぜあれを持ち歩いていたのかは訊かんが、どれほど危険なことだったか。よく考えるんだぞ。」



言われずとも、ドミトリーは以前の自分の不用心さに呆れて果てていた。子供の考えならば当然と言えば当然ではあるが、両親をやきもきさせたことは想像に難くない。


実のところ、『加護』が発覚した時点ではパーヴェルは日記を取り上げようと考えた。だが、それをきっかけに干渉される可能性があったため、静観せざるを得なかったのだ。


まさか身に着けて街に行ってしまうとは思っていなかったが。




「遅かれ早かれお前に『加護』があることは知られるだろう。だが、その時に理不尽を強いられないだけの力をつけて欲しかった。だから幼いころから鍛えたのだ。竜種でも普通はこんなに詰め込んだりはしない。」



「そこまで考えてくれていたんだ...」



 身近に異なる竜種の知り合いがいないために普通の基準がなかったが、今思えばかなり厳しい教育だった。今更ながらに両親の思いに気づかされたドミトリーは何も言えずに黙り込む。




「お前は呑み込みも早いし、何だかんだ言っても竜種だ。そして何より私たちの子供だ。心さえしっかりしていれば問題あるまい。」



重くなりかけた空気を振り払うようにパーヴェルが言う。



「世界は優しくはないわ。どれほど知恵や力を尽くしても為す術のないこともたくさんある。でも今はいないけど、あの子たちもそして私たちもみんなあなたの味方だから。それだけは忘れないで。」



マーシャの言葉にドミトリーは頭が上がらなかった。

かつてパーヴェルが告げた「絶対に勝てない」という言葉の意味をドミトリーは理解できた。




たとえ世界が違っても、母は強い。





「ありがとう。」



ドミトリーはそう返すので精一杯だった。

ドミトリーにとっての親はこの二人なのだ。例えかつての記憶があっても、今を生きるドミトリーにとって、産んで育てて愛してくれた親はこの2人以外にいないのだから。


これから、報いねばならない。

その信頼に至誠を以て。



自分を信じてくれる家族こそが、この見知らぬ世界で自分が帰るべき場所であり心の拠り所になるのだから。



「...やはり変わったな。深くは訊かんがきっとそれも加護の力なのだろう。」



パーヴェルが少し寂しげにドミトリーを見る。



「よく考え、しっかりと向き合え。私たちはお前を信じて見守ろう。」





ドミトリーは遂に耐え切れず、泣いた。



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