第3話 当事者なき三者面談 上
誤字修正しました。
他人の子の日記を夢中で読み漁るソニヤのもとに、必死の思い息子を探し出したサムソノフ夫妻が文字通り『飛び込んで』来た。
「ま、待ってたわよ! いったいどうしたの?」
夫婦の飛び入りに驚いて声が裏返りそうになるのを必死でこらえながらソニヤが声をかける。
他人の日記を夢中で読み漁るなど外聞が悪すぎる。神に仕える淑女に有るまじき行為である。
今更ながらに後悔するが、幸いなことに己の不作法に気付かれた様子はない。書いた本人は眠っていて、その両親はやっとの思いで探し出した息子を抱きしめる感動的なひと時を迎えていた。
サムソノフ夫妻の気持ちはわかるが、文字道理にやってのけるだけの力があるから困る。
竜種の身体能力を侮っていたつもりはなかったソニヤだが、自己の認識がまだまだ甘かったと痛感する。本気の竜種は何でもアリなのである。
何とか取り繕ったソニヤは、無事に宝物を取り戻し喜びを噛みしめる2人に声をかけた。
「感動の再会を邪魔して悪いけど、お互い知りたいことがあるんじゃない?」
サムソノフ夫妻はそのまま神殿の応接室へと通された。
巫女頭として夜番の巫女たちにこれ以上の負担を強いるのは看過できない。寝不足は美人たらんとする淑女の敵である。仮眠場所で来訪者が話し込めばとれる仮眠もとれなくなってしまう・色々と抜けている彼女が巫女頭を務め続けられるのは現場への配慮ができるからに他ならない。
案内された応接室のソファーに子供を寝かせた夫妻はソニヤと向き合う形でテーブルに着いた。
「で、まずはこちらから説明するわ。」
保護した経緯と沈静術式を撃ち込んだ理由を説明したソニヤは夫妻の理解に感謝の言葉を述べた。
沈静術式は医療行為以外では暴徒や収監者の鎮圧か現行犯の捕縛にしか使われないため、理性を重んじる獣人系の亜人種に非礼と受け取られることがあるためである。誇り高い種では決闘沙汰になることもある。
「大切に育ててきたのね。この4年間でよくここまで鍛えたものだわ。」
呆れたようにソニヤは言う。
「『加護』がある以上最低限自分の身は自分で守れるようにせねばと思ったのでな。」
夫の言葉に夫人も頷いて同意する。
「責めてる訳じゃないわ。むしろ称賛する。貴方たちの気持ちはよく解るもの。」
「そう言ってもらえると助かる。」
そして本題へと入る。
「...失神の原因は引きつけの類ではないわね。私が診たときほんとに少しだけど沈静術式ではない痕跡が残ってた。」
「それはどういったっものだったんですか?」
思う所があるのかパーヴェルは顔をしかめて黙り込んでしまった。マーシャは不安げにソニヤに尋ねる。
「それが全くわからなくてね。何を意図して掛けた術式なのか...痕跡もほんとに僅かだったから、探査もかけられなかったの。」
誰がやったんだかとつぶやきながらソニヤは眠りこける少年に目をやる。
「まさか、『彼女』が?」
「肯定はしないけど否定はできないわ。少なくとも、彼は私が何をしたのか理解できないくらい高度な術式による干渉を受けた。」
マーシャもその短いやり取りで察したのか、唇を固く結んで俯いた。
『加護』を授かっていると知った時から覚悟はしていたことだった。
「彼が目覚めたらガラリと人柄変わっていたとしても、私は驚かないわ。」
少年は最後に起きたときは錯乱していた。精神的に相当キツイ何かをされたのだろうと、ソニヤは予想していた。
「人柄が変わろうが、何があろうと息子は息子だ。あれに流れる血は私たちの血だからな。」
「そうですとも。あの子は私たちの家族。今までも、これからも。」
それはソニヤが望み、叶わなかった夢でもある。
「ならいいわ。それに関して私から言うことはない。」
だからこそソニヤ伝えなくてはならないと決意を新たにこう言った。
「ところで、以前話に出た彼が書いていた日記、あれに関して貴方たちはどう見ているの?」
パーヴェルもマーシャもドミトリーが妙な夢を見る事は知っていた。だが、マーシャはそれを書き記したことは知っていてもそれを読んだことはなかったし、パーヴェルも4年前に息子を自室に呼び出したときにざっと読んだ程度で、内容を詳しくは把握していなかった。
「彼を診たときそれを持っているのに気付いたの。悪いとは思ったんだけど、倒れた理由とか何かわかるかと思って確認させてもらったのよ。」
パーヴェルはソニヤが他人の日記を読んていたことに少し眉をひそめたが、思い出しながら言葉をつづけた。
「私はそれをしっかりとしまっておくように言ったが...」
「あの子は何か気になることがあって、書き留めたものを持ってきていた...のですね?」
続けてマーシャが推察を口にする。
「状況的にそんな感じね。昼番の子が最後に見たときは、まだベンチに座って考え事していたそうよ。」
「その後に、夜番?の巫女が見回った時には倒れていたということだな。」
その間に何かがあった。
知恵も力も及ばない、理解できない存在がドミトリーに何かをした。
3人は黙り込んだ。
ソニヤはドミトリーのカバンから読みんでいた日記を取り出した。
「この日記はね。私が読んだ感じだけど、こことは違う世界の物語よ。2人ともよく読んでいないんでしょう?」
そう言ってソニヤは二人に日記を手渡しながら言った。
「親ならば読むべきよ。6歳の子供が描く物語じゃないわ。」
マーシャは頷き、パーヴェルはため息をついた。
「忠告に感謝する。 ところで、今夜はこのまま此処に居ても大丈夫なのか?」
ソニヤは微笑んで答えた。
「問題ないわよ。 少なくとも彼の経過を見ないと私も不安だから。」
「そうか。恩に着る。」
それは彼女に対して口の悪いパーヴェルにしては極めて珍しく、混じり気のない感謝だった。
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