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9 エルフの里

 エルフの里は、泉からほど近い場所にあった。

 正面から見ただけではどれくらい広いのかは分からないが、こじんまりと静かな印象だ。

 私の太ももくらいある太い木材をずらりと縦に並べて地面に突き刺した柵で、里は囲まれているらしい。

 しかもその木柵には大きな刺のある蔓が這っていた。黄色い花もぽつぽつとついているが、刺の方が目立っていて痛そうだ。手を掛ければ確実に刺さるだろうから、人間が飛び越えるのは無理だろう。


 エカルドさんサイーファスさんに続いて小さな門から中へ入った。外からの印象より広く、開放感がある。

 エルフたちが住んでいる家は基本木造らしい。小型だが温かみのある外観で、ホッとくつろげる感じだ。皆同じような素朴な家に住んでいるらしく、大きなお屋敷みたいなものはなかった。

 自然に生えているものかエルフが植えたのかは分からないが、背の低いものから高いものまで色々な種類の木もぽつぽつと見えた。また、いくつかの家では玄関や出窓を花で飾っている。

 人間の住む街のように道があって、そこに面してきっちり住居が並んでいるわけではなく、各々が好きなところに好きなように家を立てているみたいで、建物の位置には何の規則性もない。


「おかえり」


 里に入ってすぐに駆け寄ってきたのは、サイーファスさんたちと同年代に見える落ち着いた雰囲気の女の人だった。


「その鳥は幻獣? とても綺麗な子ね」


 と興味深げにピーちゃんを見ている。

 彼女もサイーファスさんやエカルドさんと同じように耳が尖っており、細身で背が高い。胸やお尻は小さくて、パリコレのランウェイを歩く海外の一流モデルのような体型だ。

 緩く波打っている髪は膝に届くほど長く、栗色をしている。


(作り物みたいな美人さん……)


 エルフって皆こんなに美形なんだろうか。白鳥の群れに紛れ込んだアヒルにでもなった気分だ。

 三人の雰囲気は似ているし、たぶん他のエルフも同じような外見なのだろうが、エカルドさんやサイーファスさんが全然違う性格をしていると分かったように、仲良くなればそれぞれのエルフの個性に気づけるだろう。


「……その子が、例の?」


 美人さんはピーちゃんの背に乗っている私に気づくと、軽く顔をしかめて言った。彼女も穢れを感じているらしい。


「そうだが、詳しい事は後で話すよ。他の皆にも説明しなきゃならないだろう」


 エカルドさんの言葉に、美人さんは軽く片眉を動かした。


「……おさたち、きっとびっくりすると思うわ。悪い意味でね。スーラは何故――」

「待て待て。彼女の素性を知れば、君も長たちも、里の者全員、そんな事言えなくなるだろう。僕とサイーファスが説明するまでは黙っていてくれないか」


 美人さんは静かにエカルドさんを見て、「分かったわ。何か理由があるのね」と落ち着いた様子で頷くと、今度は私の方へ顔を向けた。


「私はセニアラナよ。失礼な事を言ってごめんなさい」

「あ、いえ。穢れているのは確かですから……。しばらくお世話になります。えっと、私の名前は……」

「今、サイーファスが考え中だ」


 エカルドさんが私の言葉を引き継いでくれた。セニアラナさんはよく分からないというように首を傾げる。


「早く説明がほしいわ」

「分かった。僕とサイーファスで説明するよ。まず長へ話をして、それから皆を広場にでも集めて――」

「いえ、私は行きません。エカルド一人で十分でしょう。私は彼女をうちへ案内しないといけないのです」


 すました顔でそう言い放ったサイーファスさんに、エカルドさんが勢いよく振り向いた。


「うちへって? 君の家に居候させるのか?」

「私のうちに来てもらう予定じゃなかったの? ちゃんと部屋を空けてあるわよ」


 セニアラナさんが無表情に付け加える。彼女はサイーファスさん以上に表情が変わらないタイプらしい。


「いえ、彼女は私の家で生活していただこうと思っています」

「どういう風の吹き回しだ? 潔癖な君が他人と一緒に暮らそうとするなんて」


 私が口を挟む隙もなく話は続く。置いてもらえるならどなたの家でも有り難いけど。

 サイーファスさんは灰色馬から降りると、熱のこもった声で話し出した。


「先ほど、穢れを調べるために彼女に触れた時、私は彼女の本当の魂の光を見たのです。それはこの鳥のように真っ白く、純粋で――そして私は決意しました。穢れを全て落として彼女が本当の輝きを取り戻すまで、私がきっちりと面倒を見ようと。憐れな彼女を救う事こそがスーラの望みであり、私の使命なのです」


 言い切ったサイーファスさんの表情は生き生きと輝いていた。

 何だか、たいそうな事になってしまった。


「まあ、君がそう言うなら」


 エカルドさんはおずおずと頷いた後、私の方に馬を寄せ、こっそり囁いた。


「済まない。サイーファスがああなったら止まらないんだ」


 大丈夫です、と囁き返す私。

 セニアラナさんがぽかんとした顔でサイーファスさんを眺めているのがおかしい。


「じゃあ二人はサイーファスの家へ行ってくれ。そろそろ日も暮れる。その鳥はポイガたちの小屋にでも一緒に入れておくから、降りてくれるかな」


 ポイガとはエカルドさんたちが乗っている灰色馬の事みたいだ。エカルドさんも馬を降り、改めてピーちゃんの首の縄を掴む。

 ポイガは普通の馬よりすらりとして大きいが、性格は穏やかで大人しい。しかしピーちゃんは人見知り、動物見知りな部分もあるので、一緒の小屋で寝泊まりできるだろうか。

 サイーファスさんとエカルドさんの相棒二頭の事は友達だと思い始めているらしいが、他の子と喧嘩になったり――ピーちゃんが圧倒的に勝ちそうで怖い――あるいは寂しくて鳴くかもしれない。

 そう思いつつ、取り敢えずピーちゃんの背中から降りた。高さがあるので、かなり不格好な感じで何とか地面に足をつける。


 と、降りた途端にそれまで大人しかったピーちゃんが、「ピャアピャア」と声を上げて騒ぎ始めた。

 首をひねり、ピーちゃんの隣に立っている私をくちばしでぐいぐいと押してくるのだ。痛くはないが力が強いので、「おっと」とたたらを踏んでしまう。

 まるでもう一度私を背中に乗せようとしているみたい。

 

「何? 乗ればいいの?」


 戸惑いながら言うと、ピーちゃんは鳴いてこっちを見ながらその場に座った。乗りやすいようにしてくれているらしい。

 よく分からないが再度跨ると、ピーちゃんは満足気に立ち上がった。


「何がしたいんだろう。私とくっついてないと不安なのかな」

「不安がっているというより……」


 サイーファスさんが言う。


「初めての場所を警戒しているのではないでしょうか。ここがあなたにとって安全な所だと分かるまで、降ろしてくれないと思いますよ。背中に乗っていてくれないと、いざという時に守れませんしね」

「なるほど」


 納得したが、サイーファスさんは何故そんなにピーちゃんの気持ちが分かるんだ。飼い主の私より理解しているじゃないかと悔しくなってしまう。


「随分懐いているのね。気性の荒そうな顔をしているのに」


 セニアラナさんが「触っても平気かしら」と私に目配せしてから、そっとピーちゃんのくちばしに手を伸ばしてきた。

 私は「はい」と答えると同時にピーちゃんのうなじの毛をしっかり掴んで『動かないように』と愛鳥に念を送る。

 それが届いたのか、ピーちゃんは大人しくセニアラナさんに触れられていた。いや、単に美人には優しいだけかな。ピーちゃん男の子だし。

 セニアラナさんはその後、胸元の一番ふかふかした羽毛を撫でてちょっと瞳をキラキラさせていた。無表情なエルフを感動させるピーちゃんの胸毛。

 セニアラナさんがピーちゃんの虜になっている横で、サイーファスさんがエカルドさんに言う。


「エカルド、この鳥をポイガの小屋に入れるのは難しそうですよ。特にこの里に慣れないうちは彼女と離れたがらないでしょう。私の家に一緒に連れて行くしかなさそうですね」

「そうだな、分かった」


 エカルドさんはピーちゃんの首の縄を外してくれたが、その途端にピーちゃんは自由に歩き始めてしまった。

 先ほどサイーファスさんが言ったようにまだここを安全と認めていないようで、人の家の中を窓から覗いてみたり、木の陰に何もいないか確認したり、草むらを踏んづけて蛇が隠れていないかチェックしている。


「ピ、ピーちゃん……」

「気の済むまで好きにさせましょう。あなたは懐かれていますがこの鳥を支配しているわけではないようですし、我々の言う事はもちろん聞かないでしょうから止められません」

「すみません」


 というわけで、サイーファスさんの家に行くまでに、エルフの里を調べて回るピーちゃんに付き合う事になった。

 私とピーちゃんだけでは住民と鉢合わせした時に警戒されるので、サイーファスさんも歩いて付いてきてくれるみたい。ついでにポイガ二頭を小屋へ戻すらしく、手綱を握って引き連れてきた。

 エカルドさんはセニアラナさんと一緒に、他のエルフたちに私の穢れの事について説明しておいてくれるようだ。自分で上手く話せるとは思えないので、有り難くお任せする。


 ピーちゃんは里の中を適当に回り始めた。家と家との間隔は広いので、ピーちゃんがもし羽を広げたとしてもゆうに通れるだろう。

 

「どれくらいのエルフが住んでいるのかな」

「今は173人ですね」


 ふとした疑問を独り事のように口に出すと、サイーファスさんが聞いていて答えてくれた。

 エルフの里や村は世界にいくつかあるらしいが、皆ここと同じくらいか、それより小さな集団で暮らしているらしい。

 

「へぇ。じゃあ他の里のエルフさんたちと会う事ってあるんですか?」

「ありますよ。子孫を残したいと思った時、ここで伴侶を見つけられなければ別の集団を訪ねますし、また他から仲間がやって来る事もあります。里の規模によっては、周りは親戚だらけという場合もありますから」

「結婚相手を探しに移動するって事ですか?」

「まぁそうですね。我々は『結婚』という形にはこだわりませんが」


 ラブラブな夫婦もいるけれど、ビジネスライクな関係のまま、子どもをつくるという目的のために協力し合うエルフたちもいるという。

 エルフの寿命は三百年ほどらしいけど、異性への興味が薄いせいで皆二百歳を超えてからやっと伴侶を探し始めるみたい。エルフの子どもは人間と同じく二十年もあれば大人に成長するので、それくらいの歳から伴侶を探しても十分間に合うのだ。


「そういえばサイーファスさんはおいくつなんですか?」

「211歳になります」

「じゃあ結婚適齢期ですね」


 ピーちゃんの背からサイーファスさんを見下ろして笑顔を作ると、嫌そうな顔をされてしまった。私が母に見合いを勧められた時の顔にそっくりだ。

 どうやらエルフの神官は結婚もできるらしいので、サイーファスさんは里の年長者たちから「そろそろお前も考えたらどうだ」と言われ始めているみたい。

 日本では三十路で独身だと親から「結婚はまだ?」と責められるように、エルフは二百歳を超えると周りから急かされるようだ。世界が違ってもそういうところは変わらないんだなぁ。


「私は神に仕える者です。今は使命に集中したいですし、伴侶を探す気にはなりません」


 サイーファスさんはつんとした表情で口を閉ざしてしまった。私も数年後に逆襲されると嫌なので、結婚の話題はそこで止めにした。


 しばらく無言で進み、エルフたちが共同で使っているらしい大きな畑を通り過ぎる。その向こうに見えてきたのは、ポイガの小屋だ。

 ピーちゃんはそこでも点検を開始した。小屋でのんびりしていた数十頭ものポイガと、一頭一頭顔を突き合わせ、睨みをきかせたのだ。

 ポイガはやはり気が強くはないようで、「な、なんなんですか、あなた……! わたしたちをたべるつもりですか! なんなんですか!」とでも言っているかのように、怯えて鼻を鳴らしている。

 しかし私が諌めるよりも早く、彼らは敵にはならないと判断したらしいピーちゃんが小さく鳴いて謝った。ポイガの鼻筋にくちばしをタッチして無事に挨拶を交わしてくれたが、脅しから入っていくスタイルどうにかしてくれないだろうか。

 

 サイーファスさんが自分とエカルドさんのポイガを小屋に入れ、鞍や手綱を取り外すのを待って――手伝おうと思ったが、ピーちゃんが怒るから背中から降りられないのだ――里の探索を続ける。

 里にはポイガの他にもたくさんの鶏と数頭の牛たちがいて、ピーちゃんはその全てに睨みを効かせたのち、ポイガの時と同じように和解した。

 鶏たちのボスらしき雄鶏とは少しケンカになってしまったけど、最終的に良きライバルという関係で決着がついたようだ。

 自分より何十倍も大きなピーちゃんに飛び蹴りを食らわせようとした雄鶏の勇敢さたるや。……いや、短気だっただけかな。なんだか性格がピーちゃんと似ている気がした。


「あ、川がある」


 鶏たちから離れて歩いていくと、泉から流れてくる湧き水が小川となって里の中を通っているのを見つけた。

 洗濯や、野菜や食器の洗い物をするためだろうか、小川の一区画には石が敷き詰められ、作業場が設けられている。

 小川を越えてさらにしばらく進むと、やがて白く美しい建物が見えてきた。


「ここは……」


 石造りの神殿のようだ。

 とはいえ、あるのは屋根とそれを支える太い柱だけ。いつか旅行会社のパンフレットで見たパルテノン神殿を小さくしたような印象の建造物だった。里のエルフたちが一度に全員入れるスペースは無さそう。

 

「スーラの神殿です。古い言葉では、“アルパラド(祈り場)”とも言いますが」

「アルパラド……あ、駄目だよピーちゃん!」

「構いませんよ」


 中を調べようとしたのか、ピーちゃんが勝手に柱を越えて屋根の下に入ってしまったが、サイーファスさんは怒る様子もなく一緒に付いてきてくれた。

 地面には柱と同じ色の長方形の石が敷かれているけれど、その隙間から生命力の強い草がこっそりと顔を出したりもしている。


「私、ピーちゃんに乗ったままで大丈夫でしょうか?」

「今日はいいとしましょう。スーラはそのような事でお怒りにはなりません。しかしあなたが望むなら、近いうちに正式な祈りの作法をお教えしますよ」

「はい、ぜひお願いします」


 神殿の中央を進むと、すぐに奥へと行き当たった。外からも見えていたが、そこには神を模した石像があるわけではなく、一本の大木が生えているだけだ。

 その部分に屋根は無いのでてっぺんは外へ出ているし、根の張っている地面にも敷石はない。

 深く生い茂った葉の形はハート型で、紅葉の時期でもないのに黄色く染まっているという不思議な木だ。

 

「これはスーラの宿る木です。環境に関係なく世界中どこででも、信仰深い者たちが住む場所に育つと言われています」


 この神殿と木を管理し、神の声を聞き、平安を祈る事がサイーファスさんの仕事だと教えてくれた。


「昔は各地に多く育っていましたが、最近は人間たちが信仰を忘れかけていますから、この国にあったものもほとんどが枯れてしまったのです」


 嘆かわしいというように、サイーファスはため息をつく。

 この木があると周囲の空気や土が清められ、豊かになるらしい。この里を囲む森も、他の森より実りが多いとか。


「実りが多ければ動物たちも住み着きますし、貴重な幻獣たちも集まってきます。それ故にこの森は、欲深い人間たちに狙われる事もあるのです。命を繋ぐのに必要な分を、と頼まれればいくらでも森の食料を分け与えましょう。しかし欲に目がくらんだ者は根こそぎ奪っていこうとするからいけません」


 薬草になるような植物や、薪や建築に使える木、食べられる果実や動物の肉。そして調教すれば便利な戦力になる幻獣たち。そういうものを狙って、この里の近くまで入り込んでくる人間もいるらしい。

 

「けれど昔に比べれば減りましたけれどね。森の手前半分を譲り渡した事で、そこを人間の兵士たちが監視するようになったので、彼らがだいたいは捕まえてくれて助かります。もっとも、そうなるだろうという思惑もあって森を譲ったのですが」


 サイーファスさんはそう話した後、私を乗せたまま神殿の中をうろつくピーちゃんに視線を向けた。


「この鳥も、他の人間に奪われないよう注意しなければなりませんよ。こんなふうに四足で人が乗るのに適した体をしていて、その上空も飛べるという幻獣は希少なのです。おまけに見た目も美しいですし、何にも臆する事なく、それに見合う戦闘力も持っているとなれば、自分のものにしたいと考える者は多いでしょう」

「はい……」


 この子を失うかも思ったら怖くなって、ピーちゃんが目の前にいる事を確かめるように首元の毛を何度も撫でた。

 ピーちゃんは「ピャア」と鳴きながら、首をひねって私の表情を見ようとしてくれる。

 だけど小さな文鳥だった時ならともかく、今のピーちゃんはそう簡単に捕まえられたりしないだろうし、万が一捕まったとしても、ちょっと暴れれば自力で逃げられそうだ。

 サイーファスさんもそう思ったのか、沈む私に「そこまで心配する必要はありませんよ。その鳥は強いですから」と声を掛けてフォローしてくれた。


「そういう事を考える人間もいるのだという事を、知っておくだけでいいのです。もっとも、人の街へ行く時には、あなた自身の身の安全も考えなければいけませんよ。成体の幻獣をどうこうしようという者より、若い女性を狙う者の方が多いでしょうから。常に適度な警戒心を持って……ああ、あなたにはお教えしなければならない事がたくさんありますね」

「いや、さすがにそれくらいは教わらなくても分かってます。見知らぬ人を簡単に信じてついていったりしません」


 ぐっと手のひらを握って言ったが、サイーファスさんからは疑いの眼差しを送られてしまった。


「た、確かにサイーファスさんたちには普通についてきましたけど、悪い事をするようには見えませんでしたし……そうですよね?」


 確かめるように尋ねると、間髪入れずに「もちろんです」と返ってきた。


「あなたは私の家に滞在していただきますが、安心して眠ってください。私はあなたよりずっと年上ですし、なによりエルフは欲が薄い。しかもその中でも私は神官です。邪な思惑など全くないと思っていただいて結構ですよ」


 サイーファスさんは私を安心させようと、胸を張って言う。

 そんな自信満々に言われても。


「それはつまり枯れ――」

「枯れてはいません。失礼な」


 ぴしゃりと叱られる。そこのプライドはあるらしい。

 男心はややこしいなと思いつつ、ふと我に返って、私は気高きエルフの神官様と何の話をしているんだと恥ずかしくなった。サイーファスさんは堂々としたものだが。

 ピーちゃんが神殿を出ようとするので、黄金色の葉を持つスーラの木に『また明日にでも改めて挨拶をしに来ます』と心の中で伝えておいた。

 こちらの神様がこの木のように大きくとも優しげな性質であるなら、あのオウムの神様の方が確かに気が強いだろうし、私の無茶なお願いを聞いてもらったお礼を言わなければならない。


 神殿を出て裏の方へ行くと、そこにぽつんと建っていた質素な二階建ての家の前でサイーファスさんが口を開いた。

 

「ここが私の家です」


 里の中を大方チェックし終えて満足したらしく、私が背中から降りてもピーちゃんに文句は言われなかった。ここが安全なところであると分かったようだ。

 サイーファスさんに案内されるまま家の中へ入るが、


「ピーちゃんは駄目だよ。お外で待ってて」


 私に続いて、ピーちゃんも当たり前のような顔をして小さな木の扉をくぐって来たのだ。

 文鳥だった頃は部屋の中で飼っていたけれど、この体の大きさでは室内飼いは難しいだろう。

 それでもここが私の家だったならピーちゃんを中に入れるけど、生憎そうじゃない。ここはサイーファスさんの家で、私は居候の身。特別動物好きでもなさそうな彼に無理をお願いする事はできなかった。

  

「ビャアア!」


 ピーちゃんのもっふりした胸を押して扉から外へ出そうとするが、バタバタと羽を動かして抵抗された。

 抜けた羽毛が舞い、玄関脇に置いてあった靴箱のような棚の上から、空の陶器の花瓶が落ちて大きな音を立てる。


「わっ! ごめんなさい!」


 慌てて花瓶を拾い上げ、冷や汗をかきながらヒビなどが入っていないか確認した。どうやら大丈夫だったようだと、取り敢えず息をつく。


「怪我はないでしょうね」

「はい、ピーちゃんも私も平気です。それより本当すみませんでした。ピーちゃんはすぐ外に出しますから」


 サイーファスさんの家の中は外観と同じくシンプルで清貧、無駄に豪華な調度品などはなかったが、ピーちゃんがいたずらをすれば、家具類はすぐにボロボロになってしまうだろう。

 踏ん張るピーちゃんを「二度と会えなくなるわけじゃないから」と説得しつつ、一生懸命に押し出す。

 でも駄目だ。ピーちゃんが脚に思い切り力を入れているから鉤爪で床に傷がついてしまった。無理やり押すのは止めよう。


「構いませんよ、中に入れても。部屋が狭くなるのでできれば外に居てほしかったですが、まぁ中までついてくるだろうという予想はしていましたので」

「ありがとうございます」


 サイーファスさんの言葉に感謝しながらもホッとした。


「ピーちゃん、家の中に入ってもいいって。でも大人しくしててね。羽を広げて周りの物にぶつけないようにね。尾羽根も気をつけてね。自分で気づいてないかもしれないけど結構長いからね」


 言い聞かせるように話したが、そんな必要はなかったかもしれない。私に追い出されないと分かると、ピーちゃんは羽を閉じてとても静かになったからだ。

 さっきのように爪を立てたり家の中で走ったりしなければ、床にも目立つ傷はつかないだろう。


「そうそう、いい子だね。賢いね、ピーちゃんは」


 クルクル鳴いて頭を下げてくるピーちゃんを「よしよし」と撫でておく。こうやってピーちゃんは俺様になっていくのかもしれない。


 ひとしきり撫でられて満足すると、ピーちゃんはサイーファスさんの家の中も点検し始めた。一階は玄関扉からすぐにリビングのような広間があって、木目が綺麗な丸い食卓と椅子が四脚真ん中に置いてある。

 玄関の左手には台所があり、それとは反対側の日の当たる窓際には長椅子が、他にも食器棚や本棚などが壁際に設置されていた。


 奥には二階へ続く階段と、リビングから出る扉が一つある。

 ピーちゃんが扉の向こうも調べたいと鳴くので、サイーファスさんが開けてくれた。簡素な風呂場と洗面所があるだけだが、ピーちゃんはミシミシと音を立てながらその巨体を無理やり扉に通して――羽毛が何本か抜けた――徹底的にチェックする。

 戻る時にまたミシミシぎゅむぎゅむと扉を通っていくので、私は落ちた羽根を回収した。大きさがちょうど良さそうなものは羽ペンにでもしようかな。

 続いて二階への階段も上ろうとしたのだが、それはさすがに阻止する。ピーちゃんの体重に階段が悲鳴を上げているし、二階はサイーファスさんの書斎兼寝室のようだから。

 私も二階へ行く事はないと分かると、ピーちゃんも諦めてくれた。


「気は済みましたか? 何も危険なものなど無いでしょう」


 サイーファスさんが面白がるように笑ってピーちゃんを見る。そうやって笑うと、美形ゆえのとっつきにくさが和らいでいい感じ。

 サイーファスさんは私の方へ向き直って言った。


「見ての通り、私の家は広くないので、あなたには一階で生活をしていただこうと思います。長椅子をどかして、セニアラナの家からベッドを借りてきましょう。着替えなどは洗面所の方でしていただくといいでしょう」

「ありがとうございます。助かります」

「私の好きでやっている事ですので。しばらくは不便かもしれませんが、あなたの部屋を増築するつもりですから、完成までは辛抱してください」

「増築!? わざわざそんな……いいですよ! 私はいずれ家を出ないといけないわけですから」

「それでも一週間や二週間で出て行くわけではないですし、出て行かせませんよ。きっちりと知識を身につけて穢れがとれるまでは。それに増築といっても部屋を増やすだけですから、ひと月とかからずできあがるでしょう。里の職人にさっそく頼まねば」

「でも……」

「言った通り、私の好きでやっている事なのです。さぁ、サンダルを貸しますから、あなたはまずその足を洗ってらっしゃい」


 リビングを私とピーちゃんに占領され続けると迷惑だから部屋を作ってくれるんだ、と自分を納得させ、私はお風呂場へと向かった。

 

 

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