表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

6 森の奥へ

 エルフの二人組の登場によって、兵士さんたちには緊張感が漂い始めていた。

 小柄な黒髪の人がコウモリ猫の手綱を持ちながら質問する。


「やっぱり彼女はあなた方からこの鳥を盗んだんですか?」


 それに私が反論するより早く、金髪のエルフが答えた。


「盗んだ? いや、そうじゃない。その白い鳥は元から彼女のパートナーだ」

「なら、なんで彼女を追いかけて来たんです? 彼女はエルフには見えないですけど……」


 黒髪の人はさっとこちらに視線を寄越してから、またエルフたちに戻した。

 白髪のエルフがずっと険しい顔で私を見ている横で、金髪のエルフが朗らかに笑う。


「もちろん彼女は人間だ。ただ、色々と事情があってね。彼女は我々の……そうだな、“客人”なんだよ」

「客人?」


 その言葉に兵士さんたちがざわめく。信じられないというように茶髪の人が言った。


「崇高なあんた方が、人間を客として里に迎え入れるなんて事があるのか?」

「言ったろう、事情があるんだ。それにずっと里で暮らしてもらおうというわけじゃない。いずれ人の町で生きていく事になるだろう。人は人と共にあるのがいい。僕らはそれまで彼女の世話をするだけさ」


 どうしよう。

 私を置いてけぼりにして、私の処遇が決まっていく。

 隣でおじさん兵士が「エルフが人間を世話するだって? 珍しい事もあったもんだ」などと呟いていたが、エルフとは排他的な種族なのだろうか。


 だけど確かに、どうしてあの人たちが私の世話をしてくれるんだろう。客人というのは一体どういう事?

 私と彼らは今日が初対面だし、何の関係もないどころか、嫌悪感さえ向けられている気がするのに。

 ピーちゃんのくちばしに隠れながら金髪の人を観察していると――白髪の人と目を合わせる勇気はない――彼も兵士さんたちからこちらへ視線を移した。琥珀色の綺麗な瞳だ。


「さぁ、僕たちについて来てくれ。里に向かいながら話をしよう。君も色々と知りたい事があるだろうし、僕らも訊きたい事がある」


 この人たちはもしかして私の事情を知っているのではないだろうか。違う世界の人間だと知っている?

 金髪のエルフの深い瞳を見ていたら、そんなふうに思えた。

 けれど相変わらず白髪の人からは厳しい視線を感じるし、金髪の人もどこか私を警戒している感じがする。

 そんな人たちについて行くよりは、同じ人間である兵士さんたちと一緒に行った方がいいのかもしれない。

 

(でも兵士さんたちと行っても色々尋問されるだろうし……。この森には無断で入っちゃいけないみたいだから、正直に事情を話しても信じてもらえずに罪に問われるかも)


 少し迷って、結局エルフさんたちについて行く事に決めた。

 さっき私について「いずれ人の町で生きていく事になる。それまでは世話を」というような事を言っていたし、それは私にとって願ったり叶ったりの待遇だ。この状況で遠慮なんてしていられないので、利用させてもらおう。

 二人から私への刺のある接し方にも、少しの期間だけと思えば耐えられる。なるべく早くこの世界の事を学んで彼らと別れ、人の町で生きていけるようになればいい。

 エルフさんたちもそうしてほしいと思っているだろう。彼らにも仕方のない事情があって私の世話をしてくれるみたいだが、本当は嫌だと思っているに違いないから。


「分かりました。一緒に行きます。……あの、でもピーちゃんの事は傷つけないって約束してもらえますか? 私もピーちゃんがあなたたちを攻撃しないように、ちゃんと気をつけるので。それだけ、どうかお願いします」


 ピーちゃんのくちばしを抱きしめたまま軽く頭を下げると、数秒、沈黙が流れた。

 答えを返してもらえない事に不安になって顔を上げ、エルフさんたちの表情を確認する。

 金髪の人は目を丸くしていて、白髪の人は不可解だというように眉間に深いしわを寄せていた。


 私がピーちゃんの事を守ろうとするのが、そんなにおかしいか。

 エルフさんたちには、どれだけ私が人でなしに見えているんだろう。

 確かに仕事も親も放り出して逃げてきたから、彼らもそれを知っているのであれば、信用ならない人間だと感じるのだろうけど……。

 私が目を伏せて沈んでいると、金髪の人がやっと答えてくれた。


「分かった、約束しよう。君の相棒には手を出さないよ。さっきは悪かったね」

「あ、いえ、こちらが先に仕掛けたので……。こちらこそすみませんでした」


 最初に森で邂逅した時の事をお互いに謝罪する。金髪の人は警戒心を残したままだが軽く笑みを浮かべてくれた。嫌われていると自覚していなければ、一瞬で心奪われそうになるほほ笑みだ。


「じゃあついて来てもらえるか? こっちだ」

「あ、はい」


 エルフさん二人が灰色の馬を操って森の奥へ入っていくので、私もピーちゃんに乗ろうと広い背中を掴み、必死でジャンプした。

 が、高くて乗れない。私の腕力とジャンプ力では乗れる気がしない。

 ピーちゃんは「なにしてるの? あそぶの?」と首を曲げてこちらを見るばかり。

 おじさん兵士は自分の馬の鞍に取り付けていた小さな台を貸してくれたが、それでも高さが足りなかった。


「よ、っと、えいっ! ダメだ……」


 ぴょんぴょん跳びすぎて疲れてきた。はぁはぁと息が荒くなる。

 結局、見かねた茶髪の兵士さんが私を抱え上げてくれて、なんとかピーちゃんの背中によじ登る事ができた。


「の、乗れた……。すみません、助かりました」

「いや」

「ピュイ」


 息を切らせてお礼を言っていると、「ああ、せなかにのりたかったんだ」というようにピーちゃんが呑気に鳴く。

 必死でジャンプしているところとか、全然ピーちゃんと意思疎通できていないところを皆に見られて恥ずかしい。エルフさんたちもじっとこっち見て待っててくれてるし……。

 さっさとここから立ち去ろう。


「あの、じゃあ、何か色々すみませんでした。お世話になりました」


 兵士さんたちに頭を下げて、最後におっきくて可愛いコウモリ猫を目に焼き付けて、ピーちゃんを発進させようとする。

 

 発進……どうすればいいのかな?


 周りの視線を感じながら、「行こう」と声を掛けてうなじ部分を叩いてみる。と、意図が伝わったのか素直に歩き出してくれた。しかし恥をかかずに済んだとホッとしたのも束の間、


「ピーちゃん! こっちじゃない!」


 エルフさんたちとは反対方向へ進み始めてしまい、私は羞恥の叫びを上げたのだった。

 皆が無言で待っていてくれる中で、私一人がわちゃわちゃしている……。





 静かな森の中を、ピーちゃんに跨って進む。速さはピーちゃんにとっての早足くらいだ。

 最終的に、ピーちゃんの首には縄が付けられた。その縄の先を馬に乗った金髪のエルフさんが持っていて、誘導してくれているのだ。

 ピーちゃんを見る時、私の頭には元の小さなピーちゃんも一緒に浮かんでくるので、首に縄を付けるのには抵抗もあったが、当の本人が意外にも嫌がらなかったので苦しくないように余裕を持たせて金髪の人に上手く結んでもらった。

「この人たちについて行くんだよ。これからお世話になるんだからね。ケンカ売っちゃ駄目だよ」と言い聞かせたのがよかったのか、今のところピーちゃんは素直に金髪の人の後に続いている。


 一方白髪の人がどこにいるのかというと、後ろで私を監視するようにして馬に乗っていた。

 背後からの視線が痛い。決して振り向いてはいけない気がする。


「そろそろ話を始めてもいいかな?」


 金髪の人が馬の速度を少し落として、私とピーちゃんの隣に並んだ。


「まず、君の方から何か質問は?」

「質問、ですか。たくさんありすぎて何から訊けばいいのか……」

「順番に訊いてくれればいいよ。僕らは気が長い。たくさん質問されても面倒だとは思わないさ」

「じゃあ――」


 気になった事から訊いていく事にする。後ろにいる存在を気にすると緊張するので、無視しながら話そう。


「さっきの茶色い制服の人たちはこの国の兵士さんですか?」

「そうだよ。正確にはこの地域を治める領主の兵士。彼らにも色々仕事があるけれど、さっきいた兵士たちの仕事はこの森を守る事だ。人間が好きなように森を荒らせば、すぐに枯れてしまうからね」


 この森の奥半分はエルフさんたちの土地、手前半分は人間のものらしく――元々は全てエルフの森だったようだが、百年以上前に半分を譲ったみたい――兵士さんたちは手前半分を管理しているようだ。ちゃんと許可を取らないと木を伐採したり動物を狩ったりする事はできないし、それどころか立ち入る事も禁止されている。

 レンゲ草に似た花を千切ってピーちゃんにあげてしまったが大丈夫だろうか。……黙っていよう。


「じゃあ、私たちはこれからもっと奥へと行かないといけないんですね。あなたたちが管理している土地へ」

「そうだ」

「あなたたちは……人間とは違うんですよね? すみません、エルフの方を見たのは初めてで……。人間より背が高くて美しい姿をされていると思うのですが、その他に違いはあるんですか?」


 恐る恐る質問すると、金髪の人は特に嫌な顔をする事もなく答えてくれた。

 

「そうだね。他の仲間たちも僕ら二人と同じような容姿だけど、僕らは外見の事にはあまり関心がないな。人間が呆けたような顔をしてこっちを見てくるのは、少し面白いけどね」


 こんな美しい人たちが目の前にいれば、そりゃ、ぼーっとなっちゃうよ。私は嫌悪感を向けられている人に惚れるほどではないから、耐えられてるけど。

 金髪の人は人間と自分たちの違いとして、次に『寿命が長い』事を上げた。


「平均寿命は三百年ほどかな。それ故に古い知識を持っているし、逆を言えば、新しいものや人間たちの流行りものには疎く、なかなか受け入れようとはしない傾向にある。ちょっと頑固なんだ」


 金髪の人はそこで少し笑いながら、ちらりと後ろへ視線をやった。

 なるほど。失礼だけど、確かに白髪の人は頭が固そうな感じがする。


「人間との交流はあまり無さそうに感じましたが……仲が悪いとか?」

「交流は確かに少ないけど、定期的に領主の元へ招かれたり、我々の土地でしか取れない森の恵みを売ったり、逆に人間の職人が作ったものを買ったりしているよ。人間に対する感情はエルフそれぞれで、僕のように比較的友好な態度を取っている者もいれば、全く関心のない者もいるし、あまり快く思っていない者もいる」


 そこでまた金髪の人は後ろを見て、すぐにまた前に戻す。

 白髪の人は人間に友好的ではないのね。


「とはいえ、僕らは平和を愛する種族だ。皆、人間とは上手く共存していくべきだと考えている」


 基本的には穏やかな種族みたいで安心した。まぁ私はそんな平和を愛する人たちにすら嫌われているわけだけど。

 金髪の人は最後に自分たちの一番の特徴を教えてくれた。


「僕らは信仰をとても大切にしているんだ。人間たちはだんだんと神を信じる気持ちを忘れていってしまったけど、エルフは毎日の祈りを欠かさない。神は――僕らはスーラと呼んでいるけど、身近な存在なんだよ」


 特別信心深いわけではない私は、それを聞いて少し身構えてしまった。

 

「あの、私皆さんが信じておられる神様の事とかしきたりとかに関して、全く知識がないんです。何か失礼な事をしたりタブーを犯さないように教えてくださいませんか?」

「君は違う神を信仰をしているのだろうし、そんなに神経を尖らせなくても平気だよ。神殿を壊してはいけないとか、その程度の事を守ってもらえれば」

「私が違う神を信仰しているって……?」

「ん? 君はこことは違う世界から来たんだろう? その世界の神は、この世界を創ったスーラとは違うはずだ」

 

 さらりと言われて息を呑む。

 やっぱり彼らは私が違う世界から来たという事を知っていたのだ。


「なぜ私がこの世界の人間じゃないって知っているんですか?」

「神託があったんだ。後ろの彼はエルフの神官でね、スーラの声を聞くことができる。それで、君がこの森へ来る事が分かった。そうだろう、サイーファス」


 金髪の人が後ろの人――サイーファスさんというらしい――に声を掛けた。

 私もそろりと後方に視線を向ける。


「そうですね」


 サイーファスさんはこちらを睨んでこそいなかったが、よく分からないものを見るみたいな目で私を注視していた。

 金髪の人は親しみやすさのある格好いい美形だけど、サイーファスさんは近寄りがたい雰囲気の美人さんだ。まだその美形具合に慣れないので、見るたびはっと目が覚める思いがする。

 視線が合ってもそらされる事なく、サイーファスさんは私を見つめ続けたまま話をする。


「今朝、まだ日が昇るか昇らないかの頃です。私はいつものように里の小さな神殿でスーラに祈りを捧げていました。声が聞こえたのはその時です。めったにある事ではないので、私は驚きつつも、一言一句聞き逃さぬよう耳を澄ませました」


 サイーファスさんの喋り方は丁寧で、静かな水流のように淡々としていた。


「スーラはおっしゃいました。『異界の人間と白い鳥が森へ落ちる。わたしが受け入れた。二人を引き離さぬよう迎えるのが望ましい』と。そして私が『里に人間を入れるのですか?』と尋ねると、『人間の娘がこの世界で生きていくための準備が整うまででよい』とお答えになった。だから私たちはあなたを迎えに来たのです。スーラのおっしゃる事は絶対ですから」

 

 私はサイーファスさんの視線から逃げるように前を見た。

 頭に、あの極彩色のオウムが浮かぶ。この世界の神様であるスーラって、もしかしなくてもオウムが言ってた『気の弱い、子分みたいな知り合いの神』の事ではないだろうか。

 サイーファスさんはとても厳格な声音でスーラの言葉を訳していたけど、オウムの発言を考えるとなんだか不憫な神様に思えてくるし、親近感も湧く。

 私の無茶な願いのせいで、「コノ人間受け入れテー」とオウムにゴリ押しされたに違いない。ごめんなさい。


「私からもあなたに一つ質問があります」


 背後から鋭く声が飛んできて、私はびくっと肩を揺らして振り返った。辛辣な灰色の瞳に射抜かれながら、小さな声で尋ねる。


「……何でしょうか?」


 ピーちゃんの背中の毛を掴んでいる手に汗がにじむ。


「あなたはどういう経緯でここにやって来たのでしょうか。世界を越えるなんて事は普通では有り得ません。スーラがあのように目をかける事も」

「…………」


 私はこの世界の神様に目をかけられているわけじゃない。ただ私がこっちへ来てすぐに死んでしまったりしたらあのオウムにどやされるから、ちゃんと生きていけるような環境を整えようとしてくれているのだろう。


 しかし「私の世界の神様がこちらの神様を脅して移動してきたんです」なんて事は言えるはずもない。

 結局、怪我をしていたオウムを助けたらそれが神の分身で、お返しに何でも願いを叶えてあげると言われ、「違う世界に行きたい」と言ったらここへ来ていた、と簡潔に説明した。

 日本なら「何いってんの?」と一蹴されるような内容だが、こちらの世界の人は――あるいは信仰深いエルフだからだろうか――びっくりするほどすんなりと私の話を信じてくれた。


「なるほど、そういうわけがあったのか」


 金髪の人は納得して頷いているし、サイーファスさんにも不審な表情はされなかった。


「でも、何故そんな願い事を言ったんだ? 違う世界に行きたいなんて」

「え?」


 彼らはその理由を知っている、もしくは見えているんだと思っていた。だから私の穢れがどうとか言っていたんじゃないのか。

 けれど知られていないなら、わざわざ自分の口から自分の罪を告白する気にはならない。


「それは……色々と理由があって……」


 俯いて、ピーちゃんの背中をじっと見ながら言葉を濁すと、金髪の人も察してくれたようだった。


「言いにくい事情があるなら、無理に話さなくても構わないよ」

「すみません」

「ところで他にも気になる事があるんだけど、その鳥も一緒に世界を渡ってきたんだろう? 君の世界ではどんな幻獣がいるんだい?」


 話を変えてくれたので、有り難くそれに乗っかる。


「ピーちゃんは幻獣じゃないんです。私の世界にはそういう生き物は実在していなくて。この子も普通の文鳥……白い小鳥だったんですけど、こちらへ来たらこんな姿に変わっていたんです」

「何が原因で変化したのか分からないのか?」

「はい、さっぱりです」

「そうか、僕らにもよく分からないな……」


 その後しばらく金髪の人と話をした。彼はエカルドさんというらしい。

 私が地球の事を説明し、こちらの世界の事も教えてもらう。どうやら日本ほど科学は発達していないようだし生活水準も低いみたい。エルフさんたちはほとんど自給自足の暮らしをしているらしい。


 エカルドさんと接するのは慣れてきたが、本当に尋ねたい事――穢れとは何なのか、二人の目に私はどう映っているのかは結局訊けなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ