4 神々しい人たち
寝て起きても、やっぱり私とピーちゃんは森の中にいた。
この光景が現実である可能性が少し高まる。
「今何時くらいだろう?」
まだ空は明るい。葉の生い茂った木々に邪魔されつつも太陽を見つけて、昼を過ぎた頃だろうかと予想をつけた。
オウムを助けたのは早朝だったので、こちらに来た時間も同じだとしたら六時間以上は眠っていたらしい。
しかしそれくらいでは全然寝足りないし、疲れも完全には取れていない。ピーちゃんにくっついて横になっていると温かいし、ふかふかの羽毛の感触が最高なのでまだまだ寝ていたいのだが、そろそろ移動を始めるべきかと体を起こした。このまま夜を迎えるのはちょっと怖い。
ピーちゃんはとっくに目覚めていたらしく、じっとしたままその辺に生えていた柔らかそうな葉っぱをついばんでいたが、私が立ち上がるのを見て被せてくれていた羽を元に戻すと自分も立ち上がった。
うーん、やっぱり大きいな。見上げないと表情が見えない。
「取り敢えず現実だと思って行動していこう」
私は自分の言葉に頷いた。夢だと思って適当に動いて怪我したら実は現実だった、という事態に陥るよりはいいだろう。
「言葉も通じるだろうし、誰か人間に出会いたいんだけどな」
学校指定Tシャツ着用中の私の格好はこの世界の人にはどう受け止められるのだろうかとちょっと恥ずかしいし、ここへ来た経緯をどう説明すればいいのかも迷うところだが。
しかし何より気になるのはピーちゃんの事。
ピーちゃんのような普通の動物とは呼べない生き物は、この世界で他にも存在しているのかな。怖がられたり攻撃されたりしないといいけど。
ずっと森の中にいてもこの世界の事は何も分からない。町や村などが近くにあればどんな様子かこっそり観察して、できれば助けを求めたい。
この森は素敵だが、着の身着のままの私が長く生活していくのは無理がある。
「ピーちゃん、行こう。森を出ないと」
私が先に歩き出すと、ピーちゃんは静かに後ろをついて来た。
***
「見て見て! 小川だよ!」
歩き出してからそれほど時間を置かずに、緑の森の中を流れる澄んだ水を発見した。小川の幅は平均三〇センチほどだが、細くなったり少し太くなったりしながら、ひっそりとしたせせらぎの音を立てている。
都会生まれの都会育ちなので、こういう自然の景色にはいちいち感動してしまう。
「綺麗な水だねー」
ピーちゃんに話しかけながら小川の側に膝をつき、両手を浸す。歩いて体が温まっていたので、その冷たさが心地よかった。
隣ではピーちゃんが頭を下げてごくごくと喉を潤している。私も喉が乾き始めていたが、この水を飲んでいいものかは迷う。
透明で濁りはないが、動物の糞尿が混じっていたり、寄生虫や変な菌がいる可能性もある。人間には危険かもしれない。
こんなところでお腹を壊すと悲惨なので、今は飲むのを止めておいた。いつまで経ってもこの森を抜けられずに切羽詰まったら口にしてしまうかもしれないが。
土や落ち葉、苔を踏んできた裸足の足も、どうせまた汚れるので洗わず放っておく事にする。
「あ、これ何ていう花だろう」
レンゲ草に似た水色の花が、小川の脇に点々と咲いていた。
一本だけ手折ってピーちゃんに見せると、ぱくっと口の中に入れてしまった。しばらく舌の上で転がしていたが、美味しくなかったのかペッと吐き出している。
けれどピーちゃんも花に興味を持ったらしく、プチッと千切っては一旦口の中に入れて捨て、千切っては口に入れて捨てを何度か繰り返した。
「あんまりたくさん千切ったら花がかわいそうだよ」
そう注意してみたものの、もしかしたら蜜を舐めているのではないかと思い至って好きにさせた。花には悪いが、ピーちゃんの食欲を満たすためだ。
思いっきり肉食の顔をしているのに花の蜜を吸うなんて可愛いじゃないか。
ここへ来る間も歩きながら植物の種をついばんでいたし、食の好みは文鳥のままなのだろう。そうだと嬉しい。血をまき散らして肉を貪り食う姿はあまり見たくない気がする。
しかし花の蜜や種ばかりではピーちゃんの大きな胃は満たされないのではないだろうか。
「どこかに大きめの木の実とか、生ってないかな」
みずみずしい果実でも発見できれば、私も嬉しいのだが。
また歩き始めようとしたが、そんな私を無視してピーちゃんは小川の中に足をつけ、バシャバシャと遊び始めてしまった。
かと思うと浅い水の中に座るようにして腹を浸し、体と羽を細かく動かし始める。文鳥だった時もよくやっていた水浴びを本格的に始めてしまったのだ。飛沫がこちらまで飛んでくる。
「冷たい! もう……!」
文句を言いつつ笑って見守る。向こうの世界でのピーちゃんの名残が色んなところに残っていて嬉しい。
水浴びを終えたピーちゃんが小川の側で毛づくろいを始めたので、私も近くに座ってのんびり待つ事にした。
なんだろう。知らない世界に来て森の中で遭難しているような状況で、これから自分たちがどうなるかも分からないのに、私はそれほど悲壮感を感じていない。
不安はあるけど、それより大きな開放感があるのだ。
私はここでは自由だから。
現実に違う世界に来てしまったのなら向こうの世界では私は行方不明になっているはずで、出勤しない事で店の皆は異変に気づいているだろうし、母にもそのうち連絡がいく。
バイトの子や上司には迷惑をかけてしまって申し訳ない気持ちもあるし、母には心配をかけてすまないとも思う。
けれど、戻りたいとは思えない。
温かいマンションの部屋には便利な家電が揃っているし、クローゼットには給料で買ったお気に入りの洋服たちも詰め込まれている。外へ出ればコンビニが近くにいくつもあって、食べ物や飲み物は二十四時間いつでも手に入る。
そんな環境を捨ててもいいと思っているのだ。
だって戻ってしまったら、また昨日までと同じ毎日が繰り返される。仕事に追われ、ろくに眠れず、母からは必要以上に干渉されて心身ともに疲れ果てる生活が。
それにピーちゃんの事も向こうでは十分に構ってあげらない。
こちらの世界での毎日がこれから過酷なものになるとしても、ピーちゃんが側に居てくれて、私の選択を奪う母が存在しないのであれば、精神的には楽なのだ。
そんな事を考えながら座っているピーちゃんを眺めていると、ふとある事を思いついた。
足が四本に増えたピーちゃんの背中は、多少のくびれはあるものの馬のように平たい。そこに乗ってみたいなと思ったのだ。
「ちょっとごめんね」
内心わくわくしつつ、大きな背中にゆっくり横座りした。ふかっとした羽毛にお尻が包まれて、思わず表情をとろけさせてしまう。
「素敵な感触……!」
ピーちゃんが嫌がる様子がなかったので、今度は背中を跨いで座ってみた。羽を少し浮かせて、横っ腹と羽の間に足を滑り込ませる。
「足があったかいー……」
一人で興奮して楽しんでいると、ピーちゃんが不思議そうな顔をして振り向いた。横目でじっと観察される。
今まではずっと自分が“乗る側”だったから、私に乗られているという状況が理解できないのかもしれない。
しばらく自分の背中と私に視線を注いだ後、反対側に首をひねってまた見られた。どっちから見たって同じだと思うのだが。
うなじ部分を撫でながら、
「このまま立てる?」
と促してみると、タイミングよくピーちゃんが立ち上がってくれた。
先に前足を立てるので後ろに転がり落ちそうになったが、背中の毛を掴んで耐える。
ピーちゃんが完全に立ち上がると私の足もだらんと伸びた。思った以上の視線の高さに驚愕する。
「こわいっ……! 地面が遠い!」
落っこちないように毛は強く掴んだままだったが、これくらいでは痛くないのか、ピーちゃんは気にしていないようだった。
ひらひらと目の前を通過したチョウチョにつられてピーちゃんが歩き出すと、その足の動きに合わせて私の体も揺れる。しかし変に体をこわばらせて揺れないように踏ん張るより、太ももの内側に力を入れてピーちゃんのお腹を挟みながらも、余分な力は抜いた方がいいようだ。
最初は怖かったが、しばらく一緒に森を散策していると慣れてきて、だんだん楽しくなってきた。ピーちゃんが一歩足を踏み出すたび頬を撫でていく風が気持ちいい。
「サイコー」
締まりのない顔で笑いながら足を広げると、被さっていたピーちゃんの羽も持ち上がる。文句を言うように振り返られたので「ごめん」と謝って横腹にくっつけた。ピーちゃんが羽を戻し、その下に私の足も収納される。
私が乗っている事を不思議がっていたピーちゃんも、もうこの状況に慣れたようだ。初めは私が視界に入らず不安だったようだが、今は体温と感触、そして重みで私を感じて安心している。
ピーちゃんはいつも私とくっついていたがる子だったので、くっつく形が変わっても嬉しいのかもしれない。鼻歌でも歌い出しそうなくらいご機嫌で足取りが軽いのだ。
重くて疲れるかと思って一度降りたのだが、「ビャア」と不満を言いながら服を引っ張られたので、ピーちゃんの気が済むまで乗っている事にした。
そうして三十分ほどだろうか、ピーちゃんとキャッキャウフフしながら森を歩いた。たまに駆け足になった時に、「きゃあ」なんて悲鳴を上げてはしゃいだりして。
楽しい……。
しかしピーちゃんの気の向くままに進んでいるので、どこに向かっているのかは分からない。森を抜けたいのだが、もしかしたら奥へ奥へと進んでいる可能性がある。
先ほどの小川に沿って下流へ進めばよかったのではないか? と今さら思いついたが、小川はもう見えなくなっていて来た道も分からない。どの方向を向いても同じような緑が広がっているばかりなのだ。
(ピーちゃんと空を飛んで、上から人の住む町が近くにないか探してみるとか?)
けれどピーちゃんは私を乗せたまま飛べるのだろうか。私も高所恐怖症ではないけれど、空を飛ぶのはちょっと怖いかも。
(でも本当にそろそろ森を抜けないと、お腹も空いてきたし)
ちょうどそこで小さくお腹の虫が鳴いた。ピーちゃんがにゅっと首を伸ばして細くなる。
「そんなに驚かなくても……」
そこまで豪快な音ではなかったと思うのだが。
頬を赤らめながらピーちゃんの背を撫でる。
「ピーちゃん?」
しかしピーちゃんは首を伸ばしたまま警戒を解こうとしない。大きな瞳で木々の向こう、ずっと遠くを見ているようだった。
「何かいるの?」
熊や猪だったらすぐに逃げなくては。私も怖いがピーちゃんが襲われたら嫌だ。
首の付根の毛を引っ張って「戻ろう」と促すが、遠くを見つめたままで動こうとしない。そのうち、私の視力でもピーちゃんが警戒しているものを認識できるようになった。相手がこちらへ近づいて来ているからだ。
(あれは……)
小さく目視できたのは、騎乗した二人の人間だった。木々の間を縫うようにして、私たちの方へ馬らしき動物を走らせている。向こうもこちらの存在には気づいているはずだがスピードを落とす気配はない。
細く伸びていたピーちゃんだったが、今度は威嚇するように毛を立てて胸を張り、体を膨らませた。
二頭の馬とそれに乗った二人の人間が段々と近づいて来ると、その姿の異様さに気付く。
馬は、私の見知った馬ではなかった。体は細めで普通よりやや大きいくらいなのだが、二頭とも薄い灰色の体をしていて、背中や首、足の一部に、濃い灰色の縞模様があるのだ。
切り揃えられた癖のないたてがみがさらさらと風になびく、見とれるほど綺麗な馬だった。
そしてそれに乗っている人間もまた、普通ではないのだ。まず二人の髪。濃い金髪と輝くような白髪で、立ったら膝辺りまで伸びていそうな美しいロングヘア。
そして顔の造形もそんな髪型が似合う整った――いや、そんな言葉では追いつかないほど神々しく、端麗な顔立ちだ。
二十代後半くらいの見た目だが、落ち着いた雰囲気をまとっていて、知的さを感じる。
もしかしたら森に住む神様なのではと思うほどの容姿で、オウムに自分は神様だと言われるより、よほど納得できた。
服装は古めかしくもあり、ファンタジックでもある。金髪の人は神様というには地味な格好だ。狩人のように弓を背負って、腰には剣も差している。一方、白髪の人の方は白い神父服のようなものを着ていた。
そしてなにより驚いたのは、耳が普通の人間より少しだけ尖っている事だ。
彼らは――おそらく彼らだと思う。二人とも綺麗ですらりと細身だが、背は高く、肩幅があって胸はない――私たちから六、七メートルほど離れたところで馬を止めると、警戒ぎみにピーちゃんを見た後、私へ視線を移して訝しげな顔をした。
学校指定Tシャツが変に映るのだろうか……?
声をかけようか迷っていると、金髪の人が斜め後ろにいる白髪の人に顔を寄せて話し掛けた。視線は私に固定されたままだ。
「あの子か? ……本当に?」
戸惑っているような口調だ。
それを受けて、白髪の人が厳しい顔をして答える。
「間違いないと思いますが……」
癖のないさらさらストレートロングな髪型といい、二人は双子のように似ているという印象だったが、よく見ると全然違う。
金髪の人の方がちょっとだけ体格がいいし、一直線で男らしい眉をして、しかし目は二重で大きい。親しみやすく明るい印象だ。
一方白髪の人は、より細身でより色白だった。神経質そうに上がった目尻に、冷たい感じの灰色の瞳。声も低く薄情そうな印象で、眉間にしわを寄せながら睨みつけられては尻込みしてしまう。
(私、何したんだろう)
初対面だし、何もしていないと思うのだが。
大きなピーちゃんより私の方を不審がられているという事実に少なからずショックを受けた。他人からよく「無害そう」「大人しそう」と評される私なのに。
いや、もしかしてこの世界では私のような平凡な人間はいないのかもしれない。皆、目の前の彼らのように壮絶な美形ばかりなのではないだろうか。だからこんなにも警戒されているのだ。
見た事もないような可哀想な顔立ちの女が、粗末な服を着て怪鳥に乗って森を闊歩していれば怪しむのも当たり前だ。
(何だか悲しくなってきた……)
相変わらず膨らんでいるピーちゃんの首に腕を伸ばした。抱きついて癒やされたい。
「――だが穢れが酷いぞ。僕でも分かるくらいなんだから君も感じるだろう?」
「あまり近づきたくないですね。どうしてあのような人間を……」
ぼそぼそと話を続けている二人だが、内容は私の事を蔑むようなものだ。
穢れだ何だとよく分からない事を気にしているあたり、やっぱり彼らは神様なのだろうか? 真面目に正しく生きてきたつもりだし、母が厳しくて異性と付き合った事もないので、「穢れている」と言われても思い当たる節はないのだが――
そこまで考えて、とある可能性に思い至った。
彼らは、私が母から逃げてきた事を責めているのかもしれない。親の事も仕事も放り出して問題に立ち向かわず、「別の世界へ逃げたい」という望みを持った事はやっぱり悪い事だったのだ。
それが穢れとして彼らに見えているのかも。
私は薄く息を吸って、じんわりと汗をかいた手でピーちゃんの羽毛を掴んだ。
この世界の人は皆「穢れ」が見えるのかな。だとしたら、私はここでは罪人のようなものではないだろうか。
「ピーちゃん……」
恐ろしくなって、震える声で愛鳥の名前を呼ぶ。私が醜く穢れていても、この子だけは味方でいてくれる。
白髪の人の鋭い視線が怖い。私を非難しているような、軽蔑しているような目だ。
二人で二言三言言葉を交わすと、金髪の人が戸惑いぎみにこちらに声を掛けてきた。
「ちょっと訊いてもいいかな」
しかし私の恐怖を感じ取ったのか、本格的に相手を敵に認定したらしいピーちゃんが大きく鳴いて妨害する。
「ピギャーッ!」
バッと羽を広げて威嚇すると、向こうの二人も私ではなくピーちゃんの方を警戒し出した。金髪の人が背中の弓に手をやったのを見て背筋が冷える。慌ててピーちゃんを落ち着かせようとした。
「ピーちゃんっ、いい子にして」
けれどその行動には意味がなかった。以前からピーちゃんは私の感情を鋭く察知してくれるようなところがあったのだが、今もそれが発揮されてしまっている。
私が怯えを見せる限り、ピーちゃんも相手への敵対心を捨てない。
「ビャァァー!」
「……っわ、わ!」
突然羽を広げたまま走り出したピーちゃんに、振り落とされないよう必死でしがみつく。
揺れる視界の中で前を見ると、金髪の人が矢を構えてこちらに向けていた。ちょうどピーちゃんの足の付根辺りを狙っている。
このまま相手を攻撃しようとすれば、その前にピーちゃんがうたれてしまう。
「だめッ、やめて!」
私はピーちゃんに言った。抱きついている首の羽毛をぐいぐいと強く引っ張る。けれどそれでも止まらない。金髪の人が弓を引いて――
「うわッ……!」
「……!」
しかしその時、突進してくるピーちゃんの勢いに恐れをなしたのか、彼らの乗っていた縞模様の灰色馬が前足を持ち上げていなないたのだ。
白髪の人は持ちこたえたが、手綱から手を離していた金髪の人は馬上から転がり落ちた。
「落ち着け!」
しかし痛みに顔を歪めながらもすぐに立ち上がって、ピーちゃんから距離を取って逃げようとする自分の馬を諌める。白髪の人の馬も怖がってその場で暴れていた。
一方ピーちゃんはといえば、相手を混乱に陥れて満足したのか、それとも最初から脅すだけのつもりだったのか、馬に接触する手前でくるりと踵を返して軽やかに元の位置に戻っていた。
「ピ、ピーちゃん……」
「ピャ!」
「やってやったぜ」という顔をしている愛鳥に、私は複雑な気分になる。
この子が『喧嘩上等』な性格をしていると忘れていた。
文鳥とは、小鳥界の戦闘種族だと私は思っている。それは自分より何倍も大きな相手でも挑んでいく、気の強いピーちゃんのイメージからだ。
エアコンの風に揺れるティッシュや、私が机の上に置いておいた黒い髪留めなど、わけの分からないものを異様に怖がったりする一面もあるのだが、しかし次に相まみえた時には、「きのうはよくもこわがらせてくれたな」と言わんばかりに相手を破壊しにかかる、ピーちゃんはそんな子だ。
飼い始めた当初は本当に大人しかったんだけどなー。
けれど、そんな売られた喧嘩は買うヤンキー精神を持っていたとしても、ピーちゃんは小さな文鳥だった。ティッシュはボロボロにされたが、プラスチックの髪留めは壊せなかったのだ。
しかしそれももう過去の事。この世界ではピーちゃんは何故か大きくなり、強靭な体を得てしまっている。
精神に似合う肉体を手に入れてしまったのだ。
恐ろしい……。
私にちゃんと制御できるか不安だ。
「ピーちゃ――って、え、待っ!?」
慣らすように翼を動かしたかと思うと、ピーちゃんは軽く助走をつけて地面を蹴った。大きく羽音を響かせて離陸する。
「飛んでるッ!?」
もうこの場所にもあの長髪の二人にも興味はないといった様子で、ピーちゃんは空を目指したのだ。
あっという間に森を見下ろせる高さまで上昇してしまったが、背中に乗っている私はパニックだ。
なるべく下を見ないようにしつつ、ピーちゃんの長く太い首に縋りつく。春先の生ぬるい風が私の髪を乱し、Tシャツをはためかせた。
半泣きになって、叫ぶ。
「ピーちゃん、降りてーー!!」