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2 オウムは神様(2)

 私が天才オウムを見つめていると、後ろの鳥かごにいたピーちゃんが「ピ、ピッ」と鳴いた。どうやら自分もかごから出たいらしい。

 けどこのオウムとピーちゃんは初対面だし、もしケンカを始めてしまったらと躊躇していると、


「出シてあげたラー? ワタシ平和主義だシ、ケンカしないー」


 のんびりとオウムがそう言った。

 いやどちらかというと気の強いピーちゃんがあなたを攻撃するのを心配しているんですが、などと思いつつ、背後から「ピ、ピッ」と圧力がすごいので、結局ピーちゃんを出す事にした。

 最初は握ったままでオウムの前まで近づけたが、落ち着いた様子だったので開放する。

 

 文鳥はその愛らしい姿に似合わず、結構気が強い。もちろんおっとりとしていたり気弱な子もいて個体差はあるが、うちのピーちゃんの性格はといえば、見事なオラオラ、ヤンキー系である。

 うちに来た当初はかなり大人しく弱々しかったのだが、一緒に生活していくにつれ俺様になってきたのだ。私が思いっきり甘やかしたせいかもしれない。

 この前も私の留守中に寂しくないようにと小さな鳥のぬいぐるみを買ってきたのに、それを見た途端に威嚇してくちばしで布を引きちぎり、内臓(中綿)を出して勝ち誇ったような顔をする子である。

 私にはベタ甘だが、それ以外には厳しいのだ。


「優しくしてあげなきゃ駄目だよ」


 ハラハラしながら見守るがどうやら私の心配は杞憂だったようで、ピーちゃんは珍しく友好的だった。オウムの怪我を気遣っているような顔すらしている。

 ちょっと感動した。うちの子、優しい。


「コの子、まだ若いノニ、トても頭ガいいヨー」

「そうでしょう!?」


 思わず興奮して前のめりになった。

 母はここに来るたび「鳥頭っていうくらいだから、鳥は馬鹿なのよ」なんて言うのだが、私はピーちゃんを飼い始めてから「鳥、賢ー!」って思ってたので話の合う相手に出会えて嬉しい。オウムだけど。

 オウムは不自由そうにタオルの上に座り直すと、ピーちゃんから私へ視線を移した。


「ソれで話ヲ戻すけドー、動物病院はヤめてほしいのネー」

「でもそれじゃ、あなたの怪我は治らないかもしれないよ。怖いかもしれないけど行こう」


 鳥と普通に会話している事に若干の違和感を感じつつ、オウムは文鳥よりさらに賢いのだと自分を納得させる。

 そういえば、迷子になったインコが自分の名前と住所を話して無事に飼い主が見つかった、というニュースも見たことがある。


「そういえば、あなた自分のお名前分かるかな? 飼い主さんの名前や住所は言える?」


 私の膝の上に乗ってきたピーちゃんを撫でつつ、背中を曲げてオウムに問う。

 オウムは間延びした調子で答えた。


「ワタシ神様だっテ言ったジャーン。飼い主なんテいないしー。名前モ特にナイー」

「どういう事?」

「神様なのはホントなのー。正確には神の一部? とにかクこの世界の神は、自分ヲ分裂させテ世界中に散らばってイルわけー」

「うん、よくわからないけど、はい……」

「ワタシはこの地域ノ見守り担当ナンだけどネ、さっキうっかりカラスに襲われちゃっテ、ここのベランダに墜落しちゃっタのー」

「神様が……カラスに……」

「そうイう事もあるよネー。ワタシが巣に近づキ過ぎちゃっタみたいー」

「はぁ……」


 どう反応していいか分からずに、私は気の抜けた返事をした。視線を落としてピーちゃんを見て、一度心を落ち着かせる。ピーちゃん可愛い。

 頭を何とか働かせると、やはりこれは異常だと思い始めた。

 喋るオウムは珍しくないが、神様を自称し、人間の言う事を完璧に理解して会話するオウムというのはたぶんいない。


(やばい、これあれだ。私の頭の方がおかしいんだ)


 ストレスで幻聴が聞こえているに違いない。もしかしたらこのオウム自体幻なのかも。

 そう結論づけ、見えないものが見えて聞こえている自分がちょっと恐ろしくなった。


「ピピピッ」

「うん、ありがとうピーちゃん」


 その鳴き声に勇気づけられる。ピーちゃんがここに存在しているのは確かだ。


「あナた、結構ヤバイのねー」

「そうなんです、やばいんです私」

「とってモ疲れてイルのー。魂が疲弊していル」

「疲れているのは間違いないです」


 幻聴に頷く。さすが私の想像の産物なだけあって私の事をよく理解している。


「ウーン、普通に疲レてイルっていうダケじゃなク、魂ガ……なンていうンだろ、穢れ……身の内カラじゃなく、長年ノ念ガ……」

「あのう、私の事よりあなたの怪我を何とかしないと」


 よく分からない事を言い始めたオウムにおずおずと申し出る。動物病院行こう。

 オウムは嫌そうに目をすがめた。


「病院は嫌ヨー。ダカラ、あナたにお願いがあるのだケどー」

「何でしょう?」

「羽の怪我ヲ治すたメに、力を分けて欲しイのー。疲れてイルあなたにゴメンネだけどー。ホントは自分で治せルはずなンだけど、ワタシも今、結構疲弊しテいてネ、できそウにないノー。だってワタシ、まダ生まれたてとイウか、元の神から分裂シたてだかラー。慣レない肉体を得テ、管轄地域の見マワリして疲れタのー」

「いいですよ、どうにでもしてください」


 開き直って言った。

 日が昇ったら上司に電話してこの事を話そう。さすがに休みを貰えるだろうから精神科に行くのだ。

 

「じゃあワタシをあナたの手のヒラに乗せてー」

「こうですか?」


 オウムを優しく持ち上げて膝の上まで移動させ、両手で包むように支える。

 文鳥より重いし足が太いな。爪が軽く手のひらの皮膚に刺さって、痛くすぐったい感じ。

 ピーちゃんはお腹の方にくっついて場所を譲ってくれたが、意地でも膝の上からは降りそうにない。「なぜぼくがおりなきゃならないの?」ってなものだ。


「イイかんじー。じゃ、チョット力を貰うけど、イイー?」

「ええ。……でも力って? 私は不思議な治癒能力とか持っていませんが」

「そういうンじゃないノー。生命力っていうノ? ソレを貰うダケ。疲弊しているアなたをサラに疲れサせる事になるカラ申し訳ないンだケドー、寿命トカは縮まらなイから安心スればイイー」

「そうですか。まあ、オウムさんの怪我が治るのなら」


 幻覚だったとしても、動物が怪我をしているのを放ってはおけなかった。


「アリガトー。やっぱ思った通り、イイ人ー」


 小生意気な女子高生のような口調で言うと、オウムは静かに目を閉じた。それと同時に、手のひらがぼうっと温かくなる。なんだ、これ。

 かと思うと急に心臓がドクドクと強く鳴り始めた。緊張しているわけでも運動後でもないのに、胸に手を当てなくても自分の心臓が動いてるのが分かるってちょっと怖い。

 次には頭にモヤがかかったように思考がぼんやりして、急激な眠気が襲ってくる。

 何これ何これ、と不安に感じ始めたところで、段々と脈は正常に戻っていった。手のひらの熱さも消えていく。


「ンー、ちょー元気にナったー!」


 と同時にオウムは伸びをするように目を細め、気持ちよさそうに両方の翼を広げていた。

 私の方は頭が少しぼんやりしたまま眠気が残っていて、まぶたが中途半端に落ちてしまう。


「あ、治ったんだ……よかった」

「ウン、ありがトー、感謝ー」

「いえいえ」


 人差し指で頭を掻いてやると嬉しそうに体を震わせた。オウムも可愛いな、などと思っていると、嫉妬したピーちゃんに手の皮を噛まれる。


「痛い! ごめん、浮気してごめん。捻りを加えるのやめて」


 くちばしが離れた瞬間に、ピーちゃんを両手の中に閉じ込めた。

 それを見ていたオウムに「仲良しネー」と言われて、ピーちゃんが「ピッ!」と返事をした。オウムと文鳥が会話している……。

 オウムは胸を張って、高らかにこう言い放つ。


「ソンナあなたたちにー、オウムの恩返しー!」

「ん? え、何?」

「だけどワタシはオウムと言ってモ神様だカラー、機を織るダケの鶴ト違ってー、たいていノ望みハ叶えられチゃうー。サア、望みはナぁニ?」

「何ですか、急に。……望み?」


 力をあげたお返しをしてくれるって事?


「いいですよ、そんな。オウムさんに恩返ししてもらうつもりなんて――」

「イイから、言うノー! 受けタ恩は返さナイと天秤が傾くでショー! ワタシ忙しいから早くスルのー!!」


 急にキレだした。私の幻覚不安定だ。


「何でもイイのー。心カラの望みを口に出せバ、叶えてあゲルのー」

「心からの望み……」


 本気で恩返ししてくれるとは思っていないけど、そう問われると無意識に頭の中で色々な欲望が浮き上がってきてしまう。

 今はとりあえず、たっぷり眠りたい。

 それに丸一日、何もしなくていい休みがほしい。休みといいながら持ち帰った仕事に追われたり、バイトの子たちからかかってくる相談や愚痴の電話――女だらけの職場は色々と大変なのだ――に一時間も二時間も付き合わなくていいような、のんびりとした本当の休日が。

 というか、もう転職したい。ホワイトな企業で働きたい。


 いや、それならいっそお金を貰おうか。一生働かなくてもいいような大金を得られたら、ずっと家にいて毎日ピーちゃんと遊んであげられる。


 あとはそう、親に仕送りもできる。

 母の好きな高級ブランドのバッグも買ってあげられるし、欲しいと言っていた海外有名メーカーの調理器具も一式プレゼントできる。

 この前「老後が不安だわー。お金なんていくらあっても足りないものねぇ」なんて言っていたから、そんな不安が吹き飛ぶくらいの額を渡して、「これで好きに遊んで暮らしてね」なんて言えたらいい。それに父には、今まで私にかかった学費や生活費を全部返すのだ。

 

 そこまでしたら……今まで育ててもらった恩を返せた事になるだろうか。


 ――もう親から逃げても許されるだろうか。


「あ……」


 最終的に心の中で出た言葉に、自分でびっくりする。

 私はそれを望んでいたの?

 ブラックな仕事より何より、親から逃げたかった?


『お友達の家でお菓子を貰った? どれ? ああ、駄目よこんなの。捨ててらっしゃい、毒よ。お母さんが体にいいものを作ってあげるわ』

『今日のお洋服はこのワンピースね。……え、ズボンがいい? お母さんはズボンは嫌いなの、これを着て。そうよ、可愛いわ』

『中学で新しいお友達はできた? 今度うちに連れてらっしゃい。お母さんにも確認させて。悪い家庭の子だといけないからね』

『大学はH大にしなさいね。家から通えるでしょ。それにお母さん、あの大学に行きたかったのよ。あなたが合格してくれれば夢が叶うわ』

『来る時は連絡してって? 親子なんだから必要ないじゃない。あなた一人暮らしなんて初めてだし、心配なのよ。ところでシャンプーや石鹸もちゃんとオーガニックのものを使いなさいって言ってるでしょう。捨てて新しいのを置いておいたからね』

 

 今まで母に言われた言葉が、途切れなく頭の中を回っている。

 私の人生は、ずっと母のものだった。

 

 一方で父は、私の人生にほとんど関与していない。かけられた言葉といえば、「母さんの言う通りにしなさい」「母さんに従いなさい」と、そればかり。

 あの人は元から子ども好きではなかったのだろうが、自分の子に対しても情は移らなかったらしい。真面目に働いて収入を家に入れ、言葉少なにだが母とは普通に会話をしていたものの、私に愛情は与えてくれなかった。


 もうあの人たちの事で悩みたくない。いつまでも母に干渉されたくない。

 気づけば、心の声が唇からこぼれてしまっていた。


「――私、母のいない世界に行きたい」


 私がそう吐露すると同時に、ピーちゃんが鳴き、


「ピピピッ!」 


 その声を聞いて正気に戻る。

 

「……私、何て事を……」


 そんな事思っちゃ駄目なのに。

 前に見たテレビのドキュメンタリー番組では、酷い虐待を受けて傷ついた子たちが映っていた。あそこまでされれば恨むのも憎むのも当然。もう関わりたくない、縁を切りたいと思っても不思議ではない。

 でも私はそこまでの事をされたわけじゃないのだ。母のいない世界に行きたいだなんて、そんな非情な望みを持ってはいけない。今まで大事に育ててもらってきたのだから。


「それが望みナのネー」


 私は今どんな顔をしているんだろう。

 罪悪感から青白くなっているかもしれない。


「私――」

「ソレを望む事は、全然悪い事でハないのー。辛さヲ他人と比較シテ、大丈夫かどうか決めるべきではナい。ワタシから見て、あなたはカナリまいってイるのー。魂ガ半分死にかけていル。あナたはずっと良い子で親孝行シてきたカラ、これからは自分ノ人生を歩むベキ。このまマあの母親と付キ合っていレば、近いうちに壊れるヨー」


 オウムの言葉に何も返せず押し黙った。震えていた指先を、ピーちゃんに優しくつつかれる。

 自分の本心を知ってしまって、何故だか泣きそうになった。


「正直ー、『違う世界へ行キたい』ってイウ望みは『億万長者になりタイ』っていう願いなんかヨり、よっぽド叶えるのが難しいンだけどー、まぁワタシに任せればイイー。知り合いの神に気の弱い奴がイてー、ワタシの子分みたいな奴だカラー、ソイツの世界にねじ込んでアゲルのー」

「え、え?」


 つらつらと話すオウムと、展開の早さに戸惑う私。


「嘘ですよね? 地球は一つしかないし、違う世界なんて……」

「神様、嘘つかナーイ! それに世界は一つじゃナーイ!」


 怒ったようにオウムは叫ぶ。


「す、すみません」


 どうやらこのオウムは私を異世界へ送ってくれるつもりらしいが、そもそも全て私の幻覚、幻聴なわけだから、現実になるわけはない。私は母からは逃れられないのだ。

 少し冷静になってそう考えて、どうせなら楽しんでしまおうと話を合わせる事にした。


「えーっと、じゃああの……ピーちゃんも一緒に行っていいですか?」

「ワタシは最初からソのつもりだっタのー。引き離すのはピーが嫌がルし、あなたにもピーが必要ー」

「人の愛鳥を放送禁止用語みたいに言わないでください。『ちゃん』までが名前ですから」

「他に希望はナイのー?」

「ピーちゃんと一緒であれば、特には……」


 本当に行くわけではないと思っているから、というのもあるだろうが、手の中の白い愛鳥を眺めていると、「この子さえいてくれればどこへ行っても何とかなる」と変な自信が湧いてくる。

 例えば食べるものを確保するにしたって、ピーちゃんを飢えさせるわけにはいかん! と思ったら、私は何でもできる気がする。崖の上に生えた木の実でも採ってみせるよ。


「それジゃあ、もう向こうノ神と話がついたカラー」

「いつの間に!?」

「神様は色々ナ事をいっぺんにデキるのー。あなたとコウして話していル間に、違う世界ノ神を脅す事モ可能」

「脅したんですか!?」


 オウムは「テヘ☆」というように羽をすくめた。そんな事をしても可愛くな……くない。オウムだから可愛い。許す。


「ソレじゃあ送るのー。言葉が通じなイと苦労するかラー、ちゃンと通じルようにしてアゲるー。慣れないウチは気持ち悪いだろウけど、我慢ナノー」

「あ、それはどうも……て、え? え、なに!?」


 フローリングの上に座っていた私の体が、段々と透明になっていく。幻覚症状が進んだのだろうか。

 苦しくない程度に両手でピーちゃんを握って、離さないようにした。この手に感じる温もりが、私が正気に戻るための命綱のように思えたからだ。


「大丈夫、あなたハこの世界にイテは幸せになれない子だケド、向こうでハそれなりに楽しくやれルのー。最初ハ混乱するかもダケド、ピーからは離れないヨうにネ! 行ってラー!」

「行ってらーじゃなくて! ほんと何これ――」


 あわあわと透けていく自分の体を眺めているうちに、ついには何も見えなくなった。一瞬視界が真っ白になり、声も出せなくなって、


「――……ここ、どこ?」


 次に全ての感覚が戻ってきた時には、私は深い森の中に横たわっていた。


 


 

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