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短編小説

流れ星が紡いだ出会い

作者: 二見

お久しぶりです。

冬の童話祭り2015提出作品です。

童話とは少しかけ離れていますが、楽しんでくださると幸いです。

娘の幼稚園からの帰り道。

日が暮れるのもすっかり早くなったこの季節は、マフラーや手袋をしていても寒さを肌で感じる。

私は娘に「寒くない?」と問いかけた。娘は元気よく「うん! お母さんと手をつないでいるから大丈夫!」と返事をした。相変わらず元気な子だ。

今日は仕事が少し長引いてしまい、娘を待たせてしまった。教え子がもっと練習したいと言うので、私もずっと付き合っていたのだ。幼稚園の先生たちにも迷惑をかけてしまった。先生たちは笑顔で「気になさらないでください。私も楽しかったんですから」と言ってくれた。確かにこの子は、人を楽しませたり笑顔にすることが得意な子だ。

途中でスーパーを見つけた。私は買い物をまだ済ませていないことを思い出し、娘に一言断ってから二人で買い物をした。

今日は旦那も仕事が早く終わるらしい。久しぶりに豪華な夕食にしようかな。どんなものをつくろうか。

寒さを和らげる、シチューがいいかな。娘も旦那も大好物だ。旦那の子どものような笑顔が透けて見える。

いや、鍋を皆で食べるのも悪くない。具を食べ終わった後は締めの雑炊も食べたくなる。

ああ、ダメだ。決められない。仕方がないので、娘の要望を聞き入れることにした。

「今日は何が食べたい?」

「蟹!」

うぐ、蟹か。相変わらずこの子は高いものを食べたがるなあ。

まあ、一日ぐらいは贅沢をしてもいいか。お給料も入ったばかりだし。

せっかくだから、蟹鍋にしよう。一度食べてみたかったし。

私は蟹と鍋の具材をカゴに入れ、レジへと向かった。


スーパーを出ると、冷たい冬風が私たちの頬をなでた。

「うう……。寒い」

娘は寒がっている。今日はネックウォーマーをもってくるのを忘れてしまった。

仕方がないので、私は自分のマフラーを娘の口元に巻きつけた。娘はすでに首にマフラーを巻いているので、少し見栄えが悪いが、これで寒さは凌げるだろう。

「お母さんは寒くないの?」

「うん。あなたと手をつないでいるから大丈夫」

心配そうに尋ねてきた娘に、私はそう答えた。

「ほら、早くお家に帰って温まろう。今日はお父さんも早く帰ってくるから」

「うん!」

私たちは寒空の下を再び歩き始めた。


ふと空を見上げると、いくつもの星が瞬いていた。

まだ6時前だというのに、もうこんなに星が見える。星が好きな旦那にとっては、有難いことこの上ないのだろうけど。

娘も私と同様に、夜空の星を見上げていた。

「わぁー、きれい」

「そうだね」

「……あっ、お母さん見て!」

娘が指差した空の先には、小さいけれど確かに流れている星があった。

「流れ星だ。あっそうだ、お願い事しなくちゃ」

娘は両手を合わせて必死に願い事をしている。一体何を願っているのだろうか。せっかくだし、私も願い事をしてみようかな、と柄にもないことを思った。

私は娘と同じように、両手を合わせて願い事をした。

流れ星と言えば、あの日のことを思い出す。旦那と仲を深めるきっかけになったのも、あの時に見た流れ星だった。




十五年前、私が15歳の時。

私はピアノの稽古の帰り道を歩いていた。

もうすっかり遅くなってしまった。今度あるコンクールに向けて、練習していたためである。

早く帰りたかったが、風が冷たく、気温も低いので、走る気にはなれなかった。体が思うように動かないからだ。

「はぁ……。コンクール、大丈夫かなあ」

私は不安になっていた。

今度のコンクールは、今まで参加したものの中で一番規模が大きいものだったからだ。仲間や先生からの期待も大きく、それを裏切るわけにはいかないので絶対に優勝しなければならなかった。

それだけではなく、中学での最後のコンクールなので、悔いの残らないようにしたいという気持ちもあった。

「今から緊張してきたよ……」

沈んだ気持ちのまま、私は何気なく空を見上げた。

そこには、キラキラと光り輝く星たちの姿があった。

「星はいいなあ、いつでも輝いていて。私が輝き続けるには、結果を残さなくちゃいけないのに」

勝負の世界は非常だ。

輝き続けるためには、常に勝ち続けなければならない。一度でも負けてしまえば、もう誰からも見向きされなくなってしまう。

そんな風にしんみりしていた時、一つの流れ星が夜空を過ぎ去っていった。

「流れ星。あっそうだ、お願い事しなくちゃ。コンクール優勝できますように」

私は懸命に祈った。こういった類のものは信じていなかったが、当時は藁にもすがる思いだった。それほど、必死だったのだ。

「……よし! もうクヨクヨするのはやめよう。明日から、また頑張ろう」

私は気持ちを切り替えて、家へと帰って行った。


翌日、学校へ登校した私は、教室に入ろうとしたときに、一人の男子生徒とぶつかった。

「痛っ」

「あっ、ごめんなさい」

その男子生徒は、クラスでも目立たない子だった。特別影が薄いというわけではないが、あまり表だって何かをする性格ではなかったからだ。

「ううん、こちらこそごめん。大丈夫?」

彼は私に手を差し伸べてくれた。

少し恥ずかしがりながらも、私は差し出された手を掴んで起き上がった。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

彼はにこりと微笑んだ。その笑顔に、私は少しどきっとしてしまった。

彼がこんな風に微笑んだ顔を、見たことがなかったからだ。

「あ、本落としたよ。私拾うね」

照れくささをまぎらわすように、私は彼が落とした本を拾い始めた。

彼がもっていた本は、全て星に関するものだった。星と言えば、昨日流れ星を見たので、私はその話をすることにした。

「星、好きなんだ」

「うん。夜空に浮かぶ無数の星を見ていると、何だか切ないけれど、前向きな気持ちになれるんだ」

その気持ちはわかる気がした。事実、昨日の私がそうだったからだ。

「そうなんだ。そういえば、私昨日流れ星を見たんだ」

「あ、君も見たんだ」

偶然にも、彼も流れ星を見ていたようだ。

「僕も、まさか流れ星を見れるとは思っていなかったよ。昨日の僕は本当に運がよかったんだ」

「私も。思わず願い事なんて柄にもないことしちゃったし」

「へえ。どんなお願いしたの?」

「たいしたことじゃないよ。今度のコンクールで優勝できますようにって」

何故私はこんなことまで話しているのだろう。

はぐらかすことだってできたはずなのに。

「意外だな。いつも学校で賞をもらっている君でも、そんなお願いをするんだ」

「私だって、緊張ぐらいするんだから」

「そっか。優勝できるといいね。コンクール頑張って」

その何気ない言葉に、私は励まされたような気がした。

「ありがとう」

私は素直な気持ちでお礼を言った。

「こちらこそ、本を拾ってくれてありがとう。それじゃ、またね」

彼は本を抱えて走って行った。


その日の稽古は、いつも以上に頑張れた気がした。

昨日までの不安な気持ちが嘘のようになくなっていた。

これなら、コンクールだって優勝できる。

私はそう強く思った。


その日以来、私は彼とよく話すようになった。

彼が話す星の話は時折よくわからなくなったりしたときもあったが、そのときは丁寧に解説してくれた。

ピアノの稽古も順調に進んでいった。

何より、自分でも上達しているのが目でわかっていた。


コンクール本番の日が来た。

私は少し緊張していたが、不思議と焦りはなかった。

手も震えていない。いつも通りやれば大丈夫。

私はあの時の彼の言葉を思い出していた。

何気ない言葉のはずなのに、何故か勇気が湧いてくる。

私は気合を入れて、本番に挑んだ。


結果、私は優勝することができた。

仲間も先生もすごく喜んでくれた。けど私は、皆からの賛辞より、彼からの賛辞が欲しかった。

その時に私は気づいた。すでに彼を好きになっていることに。

その気持ちを抑えられなくなり、私は彼に電話をすることにした。

「もしもし、私、優勝したよ!」

「おめでとう。僕も自分のことのように嬉しいよ」

彼の声から、電話越しに浮かべているであろう笑顔透けて見えた。

私はコンクールよりも緊張しながら、彼に

「あのさ、言いたいことがあるんだ。だから、ちょっと会えないかな」

と言った。

「……うん。じゃあ教室で待ってるよ」

彼からの返事を聞いた後、私はすぐに学校へと向かった。


教室へ入ると、すでに彼が待っていた。

「ごめん、遅くなっちゃって」

「ううん、全然。改めて、優勝おめでとう」

彼はいつもの笑顔を浮かべていった。その優しい笑顔を、いつまでも見ていたいと思った。

「それで、言いたいことって何かな」

「うん。……好きです。私と付き合ってください」

「喜んで。僕もずっと好きだったから」

その言葉を聞いたとき、私は思わず涙を流していた。

「そんなに喜んでくれるなんて。何だか照れくさいなあ」

彼は照れたような笑顔を浮かべた。私はその笑顔も良いなと思った。


その日から、私たちは付き合い始めた。

高校は別々になってしまったが、暇を見つけては会っていたので、寂しくはなかった。

私は高校でもピアノを続けていた。特にコンクールの優勝などは狙ってはいなかったが、彼が私のピアノが好きだというので続けていたのだ。

そのせいか、よく軽音部から作曲やキーボードを頼まれたりした。

そんな感じで、高校生活は充実していた。

卒業も近くなってくると、それぞれの進路について考え始めていた。

彼は高校を卒業した後に働くつもりらしい。

私は調律の専門学校に行くことにした。ピアノの調律師になるためだ。

両親も彼も応援してくれた。私は、あのときほどピアノをやっていてよかったと思う日はなかったと思う。


専門学校を卒業してから、私はピアノの調律師になった。

調律師になりたての頃は、仕事が忙しく、彼に会う暇はなかった。休日もほとんどなく、勉強することがたくさんあったからだ。

そんな日々を二年ほど続けていたとき、彼から大切な話があると言われ、呼び出された。私は期待と不安を抱えながら彼のもとへと向かった。

良い話なのか、悪い話なのかがわからなかったからだ。

彼の口から出た言葉は、プロポーズの言葉だった。その言葉を聞いた私は、嬉しくて思わず涙を流していた。


結婚に対して、私たちの両親は驚くほど簡単に了承してくれた。

苦難もいろいろあるだろうが、二人なら大丈夫だと、応援してくれた。


こうして、私たちは結婚した。

彼は高卒で働き、私はピアノの調律師。お金は少ないけれど、幸せな生活を送っていた。

その三年後、娘も生まれた。

育児に専念するために、私は調律師をやめることにした。娘にも彼にもひもじい生活をさせてしまった。

娘が幼稚園に通えるようになると、私はピアノの講師を始めた。昼間なので生徒はそれほど多くはなかったが、生活はぐっと楽になった。

今日も、生徒を教えて遅くなってしまった。もうすぐコンクールがあるので、しばらくは遅くまで練習に付き合わなければいけないだろう。だが、私は何の苦も感じていなかった。それほど今の生活は、充実しているのだから。



「お母さん、どうしたの?」

「……えっ、ごめん、何?」

「何かぼうっとしてたよ」

娘に声をかけられ、私は想い出の中から戻ってきた。

時計を見てみると、結構時間が経っていた。

しまった。この寒空の下に娘を長い時間放置していた。

「ご、ごめんね。じゃあ早く帰ろっか」

私は娘の手を引き、少し駆け足で家へと向かった。


家へ帰ると、旦那はすでに帰宅していた。

「おかえり。今日は僕の方が早かったね」

「ちょっと買い物をしてきたから。今日は蟹鍋よ」

「鍋か。寒い冬にはぴったりだな」

旦那は笑顔を浮かべた。何年経っても、その笑顔は色あせない。

「そういえば、今日帰る途中で流れ星を見たの」

「えっ、本当!? 僕も見たかったなあ」

旦那は子どものように悔しがっている。その様子を見て、私はくすっと笑った。

「流れ星を見て、あの日のことを思い出していたの」

「あの日?」

「私とあなたが、初めて話をした日」

「……ああ。君も覚えていてくれていたのか」

買ってきた食材を冷蔵庫に入れながら、旦那は返事をした。

「うん。……今だから言うけど、あの時のあなたは、私にとってはまるで童話に出てくる王子様見たいだったよ」

「……そんな風に言われると、照れるよ」

「お父さん、顔を赤くしてどうしたの?」

「えっ、な、何でもないよ。さあ、あっちで休んでなさい。疲れただろう」

「うん!」

娘に心配されている旦那を見て、私はまたしてもくすっと笑った。


夕食後、私は本棚からアルバムを引っ張り出してきた。

せっかくあの日のことを思い出したのだから、当時の写真でも見ようと思ったのだ。

「お母さん、何見てるの?」

「お母さんの昔の写真だよ。ほら、この写真はあなたと同じくらいの頃のものね」

「わあ、これがお母さん? 私にちょっと似てるかも。嬉しいな!」

娘は星のように輝いている笑顔を浮かべた。

「本当に。小さい頃の君にそっくりだね」

後ろからひょっこりと、旦那が顔を出した。

「ねえお父さん。私も、お母さんのような綺麗な人になれるかな?」

「もちろんだよ」

「やったあ!」

娘はぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現していた。

「あ、このお母さん、ピアノを弾いてる」

娘は一つの写真を指差した。これはコンクールで優勝したときの写真だ。

「そうだね。懐かしいな」

「ねえお母さん。私、今日はお母さんのピアノを聴きたいな」

「え?」

「いいでしょ?」

「弾いてあげたらどうだい」

「……そうね。いいわよ」

「やったあ! じゃあ私準備してくるね」

娘はピアノがある部屋へと駆け出して行った。

「僕も聴きたいな」

「別にいいわよ。じゃあいきましょ」

「うん」

「……あの子にも、素敵な出会いがあるといいわね」

私は一人小さく呟いた。

「どうしたの、急に」

「別に。……私たちが出会ったのだって、流れ星がきっかけだったでしょ。だから、娘ももしかしたら流れ星がきっかけで素敵な出会いがあるといいなって思っただけ」

「そうだね。今じゃなくても、十年後、十五年後に」

旦那は先を見据えたような目で言った。

そう、あの子もいつか、私と彼のように。

「そういえば、君は流れ星が見えたとき、何を願ったんだい?」

「……内緒♪」

「聞かせてくれたっていいのに」

「お母さん、準備できたよ。早くー」

待ちきれなくなったのか、娘が部屋から出てきた。

「ほら、早く行こうよ」

「そうだね」

私たちは手をつなぎ、部屋へと入って行った。

いつまでも、この幸せな日々が続きますように。

ありがとうございました。

楽しんでいただけましたか?

いつもとは違った作風なので、かなり試行錯誤して書き上げました。

また機会がありましたら、このような作風で書いてみたいなと思います。

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