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Fountain of Youth

ヴァーチャル ダンサー

 バスケットコートが余裕で入るほどに広く、それでいて何もない部屋。

 天井全面から光が降り注ぐ中、レオタード姿の女性アバターが一人、部屋の真ん中で座っている。


――そこは、プライベートルームをカスタマイズして作り出した、バーチャルダンススタジオであった。


 アバターの前には、巨大な鏡になっている壁があり、アバターは鏡を見ながら身体の動きを確認していた。


 柔軟体操のようだが、プリセットされた動きではない。

 どこかぎこちない様子で、ゆっくりと腕や足を伸ばしていく。


 アバター名は"Izumo"。

 最近になって知名度が上がってきた、若手の「人形遣い」である。


------


「Fountain of Youth」の特徴は、老人層を開拓した介護コースの存在にある。


 そして、介護コースの武器は二つ――食事と、運動だ。


 ユーザーが満足する食事を提供するために、運営は様々な料理を用意した。


 だが、そのために払った犠牲は、とても大きかった。


 レシピを用意すればあとはシステムが自動で判定して出来上がり……なんて夢のような話があるはずもなく、運営サイドの血と汗と体重を犠牲にして、実物の料理を分析し、集めたデータを元に地道な作業で実装し続けたのだ。


 運動についても同様に、当初は運営がダンスモーションを作る予定だった。

 だが、料理を揃えるために掛かった工数が想定以上だったため、別のアプローチに切り替えた。


 自分達が押し付けるのではなく、ユーザーから広く浅く集め、UGCとしてまとめることにしたのだ。


 まず、アバターをマニュアルで操作可能にした上で、ゲーム内のモーションを記録し、公開できるようにした。


 その上で、外部の動画投稿サイトと提携して、ゲーム中のダンス動画を投稿できるようにしたり、保存したモーションデータをゲーム内課金要素としてユーザーが販売できる仕組みを提供したのだ。


 結果、運営会社の思惑通りに様々な動画が投稿され、それに伴いゲーム内で使えるモーションの数が増えていった。


 投稿数が増えるにつれて、ミュージック・ビデオ風に音楽とあわせて編集された動画や、スキルや魔法のコンボの合間にモーションを挟むといった小技の使い方を解説するハウツー動画など、様々な動画が作成され、投稿されていった。


 いつしか、そういった動画を作成し、モーションを販売するユーザー達のことを、「人形遣い」と呼ぶようになっていった。


------


 Izumoが「Fountain of Youth」をはじめたのは、そういったユーザーの投稿したプロモーション動画がきっかけだった。


 元々、身体を動かすのは好きだった。

 ダンスの授業でも、クラスメイトから「動きがプロっぽくてすごい」と言われたこともあり、若干その気になりかけた時期もあったが、すぐにあきらめた。

 本格的にダンスをしようにも練習場所は無く、かといって公園など公共の場所で音楽鳴らして踊るのは単なる近所迷惑だとわかっていたからだ。


 そんな時、友人からある動画を見せられた。

 最初に見た時は、一昔前に大流行した動画――3D CGの女の子が歌いながら踊る奴だ――の一種と思っていた。動画の中で動いているキャラクターが似たような造形だったので、余計にそう感じた。


 しかし、話を聞いた時に、衝撃を受けた。


 VRヘルメットを被れば、そこがスタジオになるという。

 身体を動かすスペースがなくてもできる。

 どれだけ飛び跳ねても、大声を出しても、近所迷惑にならない。


 なんとも夢みたいな話だ、と思った。

 そして、実際に遊び始めて、思い知った――『そんなにうまい話があるはずないよねー』、と。


------


 プロモーション動画のアクションは、「作りたてのキャラクター」では到底無理な動きだった。

 派手なアクションのほとんどはスキルにプリセットされた動作で、光ったり飛んだりするのは魔法のエフェクトだった。

 そして、そういったスキルや魔法を揃えるためには、それなりにキャラクターを育てる必要があった。


 さらに、アバター自体の操作方法が、高いハードルだった。


 アバターの操作方法には、コマンド入力によるオート操作と、四肢を自分で操作するマニュアル操作の2通りがあるが、ほとんどのユーザーはオート操作を使っている。

 オート操作なら、コントローラー感覚の手軽さで動かせるためだ。

 しかし、オート操作は設定済みの動作以外ができないため、ダンスアクションをするためにはマニュアル操作が必須だった。


 さらに、マニュアル操作には、アクションゲーマーの言うところの「フレーム遅延」にも似た問題があり、意識してからアバターの動くタイミングが微妙にズレる。


 操作感覚としては、水中で身体を動かしているような「重さ」、と表現するのが適切なそのズレは常に一定ではなく、通信状況などによって日々変動するため、慣れで解決するものでもなかった。


 さらに、こと「ゲーム」という観点においては、マニュアル操作には何の利点もない。


 その存在理由は、ただひとつ。

 見栄えのする戦闘シーンを演出すること。

 ただそのためだけに、操作に習熟する意義を見出せなかったプレイヤー達は多く、動画を見て飛び込んできたプレイヤーの大半は即効で挫折していった。


 Izumoは、そんな挫折者が続出する中で、あきらめずに生き残ったうちの一人だ。


 彼女は、まずキャラクターを育てて、スキルや魔法を揃えた。

 そして、ダンスの小道具に使える武器や防具などのアイテムも揃えた。

 キャンプで入手できそうにない物は、オークションやトレードで買い集めた。

 物によっては、Raid企画も立てて、なんとか入手した。


 また、キャラクター育成の合間を縫って、マニュアル操作の研究を続けた。

 練習代わりに、有名なミュージック・ビデオやダンスムービー、アニメの必殺技などを参考にした動画をつくってサイトに投稿した。

 閲覧数が増えるにつれ、モーションの配布を求むコメントも見かけるようになったので、マーケットに登録したら意外と売れて、ちょっとした小遣い程度だが収入になった。

 そんなことを繰り返していくうちに、気が付いたら「人形遣い」と名指しで呼ばれるようになっていた。


------


 Izumoが経験から見つけた、自分なりの補正手段。それが、柔軟体操だった。


 ゆっくりと手足を伸ばし、アバターのボーンと自分の骨格を意識的にすり合わせながら、同時に動作の遅延時間を身体で確認する。


 今日の確認結果に、思わず顔をしかめ、愚痴がもれた。


「ふー……今日は重めだぁ……まったく、変に不便な所が改善されないとかホント無いわ……もっと便利になってくれてもいいのに」


 Izumoは、柔軟だけでは調整しきれないと判断して、ウォーミングアップを続けることにした。

 同時に、鏡に仮想ウィンドウを重ねて、ミュージックビデオを流す。

 音楽に合わせて、ヨガやパントマイムなどのゆっくりした動作から始めて、ゆっくりとギアを上げていく。


 流れる映像をトレースするのではなく、実際に見栄えが良くなる動きを模索する。

 ボーンが省略されている指先や爪先にも、そこに『関節がある』ことを意識する。

 そして、若干先行入力気味に操作して、アバターの挙動はいちいち確認しない。


 アバターの動きを待っていた頃もあったが、やりすぎたのか日常生活でもいちいちワンテンポ待って動くような感じになってしまったので、あえて無視することにしていた。


 ただひたすらに、理想の動作を追求する。

 そうやって、動きに納得するまで、Izumoは踊り続けた。


------


――30分後。


 微調整を済ませたIzumoは、現在調整中のコンボを試す相手を探して、フィールドをうろついていた。


 あまり弱い相手だと、始動技で倒してしまって練習にもならないが、かといって固すぎると倒しきれず、動きも単調になる。

 もちろん、敵からは反撃されるので、あまり強い相手を選ぶのもよろしくない。


 理想は、HPはそれなりにあって、厄介な攻撃を持たず、なおかつ派手に戦える相手、なのだが――そんな都合のいい敵はめったにいない。


 これまでに倒してきた相手を思い出しながら、いくつか目星をつけた場所を回ってみたものの、いまいちピンと来るモノがない。


「うーん……これは装備かコンボ構成を見直したほうがいいな……」


 どの相手も最後までコンボを耐え切ってはくれるので、練習にはなっている。だが、これをそのまま投稿しても閲覧数は頭打ちだろう。


『かといって、お色気路線で手っ取り早く稼ぐのは気が進まないから……逆に、まず相手を決めよう』


 Izumoは、サブウィンドウを開いてエネミー図鑑を表示して、ぱらぱらと読み始めた。


『まず、動物系は変に炎上するからNG、巨人系は画面からはみ出て動きがわからないからダメ、ゴーレム……動きが鈍いから今回はパス、ドラゴンは飛んでるからアウト……って選択肢せっま!』


 いくつもダメ出しを続けていたが、ついに適当と思われる相手を見つけ出した。


『ああ、ちょうど夏も終わりだし、こいつがいいか。えーと場所は……』


 そして、相手を決めたIzumoは、コンボ構成を考えなおしながら移動を開始した。


 十数分後。

 Izumoの前には、死神風のモンスターが居た。


「まあ、チョット時期ハズレだけど、怪談もどきってことで……」


 周囲ですでに戦っていたり、pop待ちしているプレイヤーがいないことを確認すると、即座に装備を変更した。


 数瞬後。

 そこには、いわゆるシスター服に身を包み、身の丈ほどもあるグレートソードを構えたIzumoの姿があった。


『除霊ったら巫女さんとかシスターだよねぇ。でも、なんか漫画とかでこんなキャラ見たことあるような気が……いやいや、考えたら負けだな』


 Izumoは、一瞬頭を振って雑念を払うと、無造作に攻撃を開始した。


------


 後日、公式の動画投稿サイトに、「季節はずれの幽霊退治」と題した動画が投稿された。


 そこには、画面を縦横無尽に移動しながら死神と戦うシスターの姿があった。

 再生数は多かったが、コメント欄は「レベルをあげて物理で殴るってこういうことかー」とか、「退魔力(物理)」といったネタで埋まっていた。


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