09 サケマグロの森
被召喚者捜索部のミーティングルームは意外と小さめの部屋だった。
部屋に来たのは俺達が最後のようで、中にはすでに他の三名が待機している。
緑髪のおっさんが一人と青髪の少年が一人、そして……見覚えのある顔の少女が一人いた。
「また会いましたわね。捧 薙阿津」
ピンク色のウェーブヘアの少女、確か名前は……。
「ああ、三日ぶりくらいか? えっと……ミニハットさん?」
「エレーニア・ベルペですわ!」
そういえばそんな名前だった。
今日も頭にミニハットを乗せたエレーニアさんも今回のメンバーのようだ。
傭兵は俺一人じゃなかったということか。
と思ったのだが少しだけ違っていた。
五人の内訳は、おっさんとパンネが異人会の捜索部メンバー。
俺と若い少年が傭兵だった。
そしてミニハットことエレーニアは、神器機関という所の人間らしい。
「ごほん。あー、エレーニア氏には基地局の設置と設定をやってもらう。彼女も一応戦闘は可能だが、基本的に戦闘は傭兵二人にやってもらう予定だ」
エレーニアは戦闘要員ではなかった。
神器機関という国連の研究機関の人間とのこと。
基地局そのものが、この神器機関という所で作られているそうだ。
だから設置も神器機関の人間が行うと。
ミーティングでは他に気になることは特になかった。
基地局の設置を俺達がやる必要はないのだから当然か。
森の中も、サケマグロより強い敵はいないそうなので問題はなさそうだ。
そんなわけで、軽く説明を聞いて俺達はミーティングルームを出た。
そのまま異人会の屋上でヘリに乗りサケマグロのいる森へと向かう。
今日乗るヘリは大型の輸送ヘリなので五人が乗っても十分余裕があった。
初日に乗った小型ヘリと合わせて二機がこの異人会では運用されているようだ。
森に着くまではやはり時間がかかるので俺はヘリの中で銃を点検していた。
そうしながら周りも見回す。
パンネはエレーニアとおしゃべりをしていた。
緑髪のおっさんは地図のようなものを見て何か考えているようだ。
そして俺の向かい側に座る青髪の少年は、じっと俺の様子を眺めていた。
ちなみに青髪少年の頭には猫耳がついている。
その猫耳少年が俺に話しかけてきた。
「なあ兄ちゃん。あんたさっきからそれで遊んでるけどもしかして銃で戦う気なの?」
なんとなくムカツク口調のガキだ。
というか、あきらかに俺をなめている。
正確には銃をなめているのか。
「まあ俺はこの世界に来たばっかで武道もかじってなかったからな。銃にはちょっと自信があるから今のとこ銃以外を使う予定はないな」
今の所というか将来的にも使うつもりはないが。
ユニークスキルが銃撃強化だしな。
そのことをこの少年に教えてやってもいいのだが面倒だからやめておく。
どうせ森に入れば分かることだ。
俺は大人な対応で少年を適当にあしらうことにした。
「ふーん。兄ちゃんこの世界来たばっかなんだー。ちゃんとこの世界で戦ったことあんのかー? 俺はこう見えて一人でサケマグロも倒せるんだぜ?」
と自慢げに少年が言うのを聞いて俺は逆の意味で驚いた。
このガキ――サケマグロ一体を一人で倒せるのがこいつの自慢なのか?
急に不安を感じた俺はパンネの方を振り向いた。
「なあパンネ。このメンバーって、あの森入って大丈夫なメンバーなんだよな?」
「えっ? うん、大丈夫だよ? ……だって薙阿津強いでしょ!」
「俺かよっ!」
俺は不安が大きくなるのを止められなかった。
このメンバーの中傭兵は二人で、その内一人はただの糞餓鬼だった。
これ、実質俺一人で戦う羽目になんじゃねぇのか?
森へ着くまでの間、俺は大きくなる不安と戦い続ける羽目になった。
ちなみにその不安は杞憂に終わった。
いや、俺一人で戦う羽目になったという意味では当たっていたのだが。
「敵が弱すぎる……」
正直びっくりだ。
ヘリから降りて、森に入るまではまず一体も魔物と出会わなかった。
そして、森からここまで動物か魔物かよく分からないのが何体が出てきたがとにかく弱い。
全部一撃だ。
途中でサケマグロも一体出てきたがやっぱり一撃だった。
もしかしたら俺の力も上がっているかも知れない。
前戦った時もちゃんと当たればサケマグロは一撃だったが。
もしかしてこれは俺が強いのか?
「あ……あんた一体何者なんだよ」
青猫少年が俺を見てびびっていた。
少なくとも俺がこのガキより数段強いのだけは確かなようだ。
「……ちきしょう。オレだって、先週Cランクに上がったってのに」
Cランクと言うのは傭兵ランクのことだろう。
傭兵のランクにはA~Eがあって、一応その上にSランクとかもあるとのこと。
青猫君に話を聞くと、サケマグロを一人で倒せるとCランクになれるそうだ。
どうやらサケマグロは雑魚ではなかったらしい。
中堅クラスの魔物ってところだろうか。
ちなみにパンネは傭兵ではないが傭兵ランクには登録されている。
ランクはBランクだそうだ。
そしてエレーニアと緑髪のおっさんはAランクだとか。
このパーティー、笑えることに護衛者の一人がメンバーで一番弱かった。
ちなみに俺はギルド登録時にBランクの認定をもらっている。
パンネと協力してサケマグロを数体倒していたからな。
「というより、あなたのユニークスキルが凶悪すぎるのですわ」
エレーニアに言わせると俺の能力は相当やばいらしい。
俺はこの世界では銃火器が不遇な扱いをされてると思っていたが、それでも武器として認識されてはいるのだ。
実際、パンネは魔力なしのマシンガンでサケマグロを倒してもいた。
つまり魔力を上乗せできなくても銃火器は武器として使用できるのだ。
俺の場合そこに魔力を乗せるのだから、その威力はやはり高い。
貫通力だけで言えばAランクのエレーニアが放つ魔法よりも強いほどにだ。
そういうわけで、森の中で俺はほぼ無敵だった。
ちなみに青猫君はもはや雑用係と化している。
俺が倒したサケマグロなんかの死体を回収して、パンネのアイテムボックスに入れるのがお仕事だ。
「オレだってちゃんと戦えるのに……」
文句垂れまくりである。
少し可愛そうになったので二体目のサケマグロは青猫君に相手させてみた。
……結果、普通に苦戦してました。
互角に戦えてはいるようだったが、倒す前に青猫君もダメージを受けそうだったので結局俺が倒してしまった。
「なんで手ぇ出すんだよぉ……」
愚痴られても困るとしかいいようがない。
俺がやれば無傷で倒せる敵をダメージ受けつつ倒されてもな。
というかなんでこいつをメンバーに入れた?
俺が疑問に思っていると、緑髪のおっさんが小声で話しかけてきた。
「その、なんだ。……弱めの敵が出たら、彼にも相手させてやってくれないか」
子供のおもりかよと。
だがよくよく話を聞いてみると事実はそれよりひどかった。
実は……俺自身もおもりされる側にカウントされていたらしい。
そもそもこのパーティー、構成が最初からおかしかったのだ。
ぶっちゃけ緑髪のおっさんにパンネ、エレーニアの三人でも十分戦えるのだ。
実は護衛する側の傭兵二人の方がおもり対象だったとか。
なら初めからそう言えばいいと思うんだがな。
「君にまで隠していたのは悪かったよ。本当に済まない。だが……彼には内緒にしておいてくれないか」
緑髪のおっさんに念を押された。
俺は少し離れて歩いていた青猫君を眺める。
確かに……このことを青猫君に話せばショックを受けそうではある。
青猫君には黙っておくか。
結局、この任務には目的が二つあったのだ。
一つ目はもちろん基地局の設置だ。
そして二つ目は、俺と青猫君のレベル上げという目的もあったとのこと。
青猫君はああ見えて中学生にしては強い方らしい。
将来有望とのことで傭兵ギルドでも積極的に育てようとしているそうだ。
今回は緑髪のおっさんが見守る中、青猫君を強くするのが目的だった。
ちなみに俺はおまけである。
だが俺自身も戦闘経験はほとんどない。
そんなわけで、パンネがせっかくだからと俺も誘ってくれたというのが実情だったらしい。
ちなみにこの世界では、魔物を倒すとリアルに強くなれるそうだ。
正確には、魔物が倒れて魔法障壁が消滅する時にそばにいると強くなれる。
これは魔物限定というわけではなく、障壁消滅時に溢れ出す魔力を吸収すると、魔力の最大値が上がるそうなのだ。
くわしい原理については聞いていないが、これにより魔物を倒せばゲームみたいに力をつけることができるとのこと。
障壁消滅時に近くにいればいいだけなので、例えば俺がサケマグロを倒した後で青猫君に死体を回収させれば、弱い青猫君を鍛えることも可能ということだ。
ただし実際の戦闘は魔力量だけで決まるものではないので、実戦もきちんと積ませないと駄目とのこと。
そんなわけで弱い敵の相手は青猫君にさせたりしつつ俺達は森の奥へと進んだ。
「それにしても、今日はサケマグロが集団で出たりはしないんだな」
これは森に入る前から疑問に思っていたことだ。
そもそも、今日みたく一体ずつ出るなら俺はサケマグロなんて怖くないのだ。
それはパンネにしても同じはずだ。
だが俺が召喚された日には、十匹以上のサケマグロが集団で襲いかかってきた。
だから森の中に入った日にはそれ以上の猛攻が来ると予想していたのだが。
「普通はこんなものですわよ。そもそもサケマグロは集団で人を襲うような魔物ではないですもの」
エレーニアに言わせると、サケマグロは危険な魔物でもないそうだ。
普通なら今日のように偶然遭遇するだけの存在とのこと。
だがそれなら初日のアレはなんだったのかと。
「召喚時の光とか、そういうのが魔物を引き寄せるって説はあるのよね」
パンネが言うには、俺が召喚されたこと自体が魔物を引き寄せていたようだ。
「でもそれだって普通あんなには寄って来ないのよ。やっぱり、薙阿津は最初から何か持ってたみたいね! その何かを感じ取ってサケマグロ達も襲い掛かってきたに違いないわ!」
嬉しくもなんともない話であった。
だが、そういう人間はすごい能力に目覚めたり、そもそもその人間自体が凄かったりする場合は多いそうだ。
実際俺の銃撃強化能力はすごい部類の能力らしいし、それでサケマグロが寄ってきたのだとすれば、まあ……少しは納得してもいいかも知れない。
結局勝てたしな。
そしてそんなイレギュラーさえなければ、サケマグロの森は特に危険な場所でもないということだ。
そうして俺達は順調に森の奥へと進み、基地局を設置するのに都合のいい場所を見繕った。
開けた場所があったのでその中心部の地面をエレーニアが魔法で持ち上げる。
さらにそのまま圧縮して基地局を設置するための土台を作った。
その土台の上にパンネとエレーニアの二人が登る。
「じゃあパンネさん。基地局のユニットを出してもらえるかしら」
「うん、ちょっと待ってね。これ大きいし重いからちょっと大変」
そういってしばらくごそごそした後パンネのアイテムボックスから基地局のユニットが出てくる。
大きさは縦横一メートルくらいか。
これでもかなり頑張って小型化したそうで、科学技術が足りない分は魔法技術で補ってなんとかこの大きさにまとめたとのこと。
だが持ち運びに便利とはとても言えない。
パンネのアイテムボックスがなければ相当苦労するところだろう。
実際森の中などに基地局を設置するときは、ニムルス以外の異人会にパンネが呼ばれて行くこともあるという話だった。
ユニットを取り出した後はエレーニアの仕事だ。
パンネは手伝いたがっていたようだがエレーニアに拒否されていた。
なんとなくパンネは不器用そうだからな。
それ以前に素人が触っても危ないだけだろう。
だから俺も手伝ったりはせず、かわりに周囲を警戒していた。
そして特に何かが起きることもなく基地局の設置は完了した。
傭兵として初めての仕事だったが、思いのほかスムーズに終わったな。
などと思ってしまったのが悪かったようだ。
俺は五感全てに訴えかけてくるような違和感に襲われた。
まるで、世界そのものが壊れるような寒気のする感覚だ。
だが俺がこの違和感を感じるのはこれが初めてではなかった。
この違和感の正体――それは。
「召喚の前兆現象ですわ。近くに誰かが召喚されてきますわよ!」
そう、この違和感は、俺が召喚される直前に感じたものと酷似していた。
だが、今感じているこの感覚は、その時感じたものよりはるかに強い。
「一体……何が召喚されてくるっていうの」
いや、召喚されてくるのは日本人だと思うが。
正確には日本にいる誰かなので外国人観光客が飛ばされてくるかも知れない。
どちらにせよ飛ばされてくるのは、あくまでただの人間なのだ。
救助に行く必要があるだろう。
だが結果として、俺達がその召喚者を助けに行く必要はなかった。
召喚場所を示す光が、正に俺達の目の前に現れたからだ。
そしてまばゆい光と共に召喚は始まり、被召喚者が俺達の前に姿を現した。
被召喚者は、俺と同じ歳の少女だった。
ストレートの長い黒髪が日本人特有の美しさを醸し出している。
その顔も同様に美しく、エレーニアが小声で綺麗とつぶやくのが聞こえた。
そして少女の目には強い意志が宿っており、その少女の口元は、こんな異常事態であるにも関わらず、薄く微笑んでいるようにすら見える。
だがそんなことより、俺は彼女の装備に目を向けずにはいられなかった。
そう、その少女は――
――対異世界装備が、完全だった。
「やぁ薙阿津。楽しい異世界生活を満喫しているかい? いや、君の異世界生活がどれだけ充実していようと私には怒りしか沸かないのだがな。……何か弁明はあるか?」
「ねぇよっ!」
俺は即答した。
神園緋月。
あの日お前がこっちに来れなかったのは少なくとも俺のせいじゃねぇ!