01 未開領域開放戦線 発足声明
俺がエストバリア国に来てから一週間近くが過ぎた。
今日は未開領域への探索者を募る声明を発表する日だ。
リレ局長は既に壇上へと上がって声明を読み上げ始めていた。
「……薙阿津さん。心の準備はいいですね?」
アイシスさんが話しかけてくる。
予行演習も何度かやってはいたがいざ本番となるとやっぱり緊張するな。
「妾達は、未開領域への大規模探索を行なうことを今日ここに宣言するよ!」
裏から見守る俺と比べて、壇上のリレ局長の方は全く緊張している様子はなかった。
リレ局長の向かいには世界各国の記者たちがつめかけて来ている。
国連非加盟国だけでなく加盟国の記者もこの記者会見の場へとやって来ていた。
この世界、ネットが民間に開放されていない分テレビ局の数がやたらと多い。
国連が情報統制をかける恐れはあるが、それに従わない骨のあるテレビ局も何局かはあるはずとのことだった。
「神獣の相次ぐ出現を恐れた国連によって未開領域への大規模探索が禁止されてから二十年。確かに神獣の出現はぱったりとなくなっていた。だから妾達も国連の方針に従い、未開領域への侵入者が現れないように未開領域の管理を続けていたわ。
でも二か月前の玄武の出現。これにより未開領域への探索を禁止する方針は前提から崩れた。にもかかわらず国連は未だに神獣を恐れ、未開領域への探索を禁止し続けている。
こんな馬鹿げた方針に従う必要はもうないよ。国連の正義が尽きたのなら、もう国連に縛られる道理もない。だから妾達は国連を抜け、未開領域管理局に変わる新たな組織の立ち上げを決意したわ。
妾達は今ここに、未開領域開放戦線の発足を宣言するよ! 未開領域開放戦線は、未開領域内に潜む神獣共を残らず駆逐し、全ての未開領域を人類社会へと開放することを約束するわ!
もちろん、未開領域への探索が危険なことに変わりはない。でも妾達は神獣との過酷な戦いにおいて、これ以上ない適任者を仲間に加えることに成功したよ。
今ここに紹介するわ! 二カ月前の対神獣戦の英雄! 神獣・玄武に止めを刺した神獣殺しの一人、捧 薙阿津氏よ!」
いよいよ俺の出番がやってくる。
緋月と違って俺は政治家志望者なんかじゃない。
だからこういうのは俺の専門外なんだが、やるとなったら全力を尽くすのみだ。
俺は意を決して壇上へと上がった。
「皆さん初めまして。俺が未開領域開放戦線の副隊長に任命された捧 薙阿津だ。リレ局長……いや、リレ隊長の言うように、未開領域への探索は危険で、神獣との戦いは過酷な物になると思う。開放戦線に参加する皆を守りきるなんて大それたことは俺には言えない。
もちろん未開領域を開放することによるメリットはある。広大な土地に、未知の資源、それらを手に入れることも目的にすることは出来るだろう。そして何より神獣の脅威を取り去ることは人類社会にとって大きなメリットとなるはずだ。
だがそれ以上に、未開領域を探索するリスクは大きいかも知れない。ここ二十年あまり未開領域への探索は禁止され続けてきたし、ここまで大規模な探索隊が組織されるのは人類史上初めてのことだろう。この探索によって、世界にどういう影響を及ぼすかは正直俺にも分からない。
でもみんな思い出してほしい。
今でこそ、異世界人協会も組織され、地球からやって来る異世界人は厚く保護を受けるまでになっている。だがそれでもなお、未開領域内や他の危険な地域へと召喚され、そのまま命を落とす人間の数は多い。
この召喚問題の根本的な解決には、異世界召喚装置の発見が不可欠だ!
もちろん、異世界召喚装置が発見された場合にも数々の問題はあるだろう。でも! だからと言っていつまでも手をこまねいて見ているだけでいいのか?
俺は被召喚者だ。だからこの世界に元から住む人達より召喚問題を身近に感じている面もあるだろう。だが俺は知っている。この世界で生まれた人達にも、召喚問題を自分達の問題として真剣に考えてくれている人間がいることを!
未開領域への探索は危険と隣り合わせだ。だから参加者もある程度厳選することになると思う。でもこの世界の人間として、この世界の問題を自分たちの手で解決したい意志のある人はぜひ参加を表明して欲しい。
この世界百年の懸案である召喚問題。これを俺達の代で、俺達自身の手で解決しよう! みんなの勇気ある決断を俺達は待っている!」
こうして、俺の演説は終了した。
ただ話をしただけなんだが、物凄く神経を使った気がする。
演説の内容も俺自身が考えたものだから、効果的だったかどうかは分からない。
でも、他人が書いた文章を読んでも意味はない。
良かったかどうかはともかく、俺の思っていることが少しでもみんなに伝わってくれればいいと思い、俺は壇上を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
未開領域開放戦線の発足宣言は、思いの他反響があったという事だった。
俺の演説が良かったとアイシスさんも言ってくれたので、少しでも役に立てたんなら良かったと俺は思っていた。
基本的には国連非加盟国での放送となったが、一部のテレビ局が国連内部での放送を強行したらしい。
最初はやはり国連が情報統制をかけようとしたそうだが、むしろそのせいで噂がさらに広まったとか。
最終的に国連加盟国内でもこの放送は各国を駆け巡ることとなり、正に世界中から開放戦線への問い合わせが殺到している状態とのことだ。
ただし、実際の参加者については相当に厳選するとのことだった。
今回の放送、人を集めることが一番の目的ではなかったからな。
一番の目的は、民意を味方につけることだった。
リレ局長……いや隊長は、国連内では犯罪者だ。
このままいけば、例え未開領域を開放しても犯罪者の評価は変わらない。
だから俺達の正義を世界に示す必要があった。
概ねそれは成功したと言えるだろう。
だが、この放送の成果はこれだけにはとどまらなかった。
参加希望者として、国連自体からの協力要請がやってきたのだ。
このことを、俺は緋月から聞かされることとなる。
『やあ薙阿津。随分と派手にやってくれたじゃあないか』
「まあ一応な。でも未開領域に入ること自体はこの世界に来た頃から考えていたことだぜ? その時はこんな大事になるとは思ってなかったけどよ。で、今日はどうした? もしかして緋月も開放戦線に参加するってわけじゃあないよな」
『残念ながらそのまさかだよ薙阿津。だが私個人の参加じゃないぞ。国連自体だ。国連内の複数の機関から人員を送る計画が出ている。民意に押されてな。まったく……本当に薙阿津はよくやってくれたものだよ。上の連中はかなり苛立っているようだったぞ? 今や国連は悪者扱いだ。未開領域への対策自体を見直す事態になろうとしている』
「いや……なんかすげぇな。参加者は増えると思っていたけどよ、まさかそんなことになってたとはな」
『これは貴様のせいだぞ薙阿津。あの声明、リレ・ニーレリカだけの演説ではこうはならなかった。彼女の評判は正直いい物ではなかったからな。リレ隊長が未開領域に挑むと言っても、戦闘狂がただ神獣と戦いたがってるようにしか見えなかっただろう。それだけなら国連にも対処のしようはあった。だがそこで英雄様の登場だ。神獣殺し、私も数には入っているが、私とカーヴェル・ソサディアはすでに存在が広く知られていた。その中で薙阿津は、最後の謎の人物となっていたからな。
その最初のお披露目として、あの場は実によく機能していたと言えるだろう。その上でのあの演説だ。あえてメリットを説かず、人の良心に訴えかける演説、あれが国連内の民衆には良く効いた。いや、民衆だけではない。特に異人会などは丸ごと国連から離反しそうな勢いだった。
ここに来てついに国連上層部も白旗を上げたと言うわけだ。まったく……やってくれたとしか言いようのない手際だよ。ま、そういうわけで、国連も開放戦線を認める流れになったわけだ。
そうなると、今度はただ見てるだけというわけにもいかなくなった。止められないなら、国連機関も参加させ自分たちのポイントを上げようと言う流れになったのさ。一番参加したがっているのはもちろん異人会だが、神器機関を始め他の部局からも参加要請が行くはずだ。
これを認めるかはそちら次第ということだが、認めてもらえれば互いに問題が少なくて助かるな。神器機関の参加が認められれば、メンバーとして私やエレーニアもそちらへと行くことになるだろう』
これは正直驚きだった。
国連サミットの時には、国連は未開領域に入るつもりは全くなかったからな。
その国連の方針をあの声明で変えられたのなら、やっぱりあの声明には意味があったと言っていいだろう。
まあ、上層部の恨みは余計に買ってしまったらしいがな。
でもリレ隊長としてはどうなんだろう。
リレ隊長のスパイ容疑自体はまだ解かれていない。
つまり国連とリレ隊長との敵対関係自体は続いているのだ。
国連機関の参加をリレ隊長が素直に認めるのかどうか。
俺は結構不安に思っていたものだったのだが。
「んー。そうだね、もちろん妾は大歓迎だよっ! むしろこれはあるべき姿だもの。だってさ、本来ならこれは国連がやらなきゃいけないことなんだよ。最初っからさ、サミットで妾の提案を飲んどけばこんな面倒いらなかったんだからね。全くもうって感じだよホント。でもだからって拗ねてつっぱねたりなんて妾はしないよ。未開領域の探索に彼らは必要な人材だったしね。だからむしろ、国連からの協力が取り付けられなかったら個別にスカウトする羽目になって困ってた所なんだよ。これはやっぱり薙阿津ちゃんのおかげだね。妾は国連上層部に嫌われちゃってるからね。
これから開放戦線をまとめるにあたって、国連から来る人達ともうまくやらなきゃいけない。その際にも薙阿津ちゃんには苦労かけちゃうとは思うけど、よろしくお願いするね」
とのことだ。
リレ隊長が国連機関の参加を拒むことがなくて良かった。
こうして、未開領域開放戦線の組織作りが始まることとなる。
ずいぶん大げさだと最初は思ったが、戦う相手は神獣だからな。
ニムルスで玄武と戦った時くらいの兵力が必要と言うことも出来る。
ただし今回のフィールドは未開領域内だ。
中に入れる人員にも限りがあるし、召喚装置の問題があるため航空支援も期待できない。
だからこそ、精鋭を揃えた上で入念な準備をする必要があるのだった。