13 そして未開領域へ
リレ局長の局長辞任、そしてそれに次ぐ国連非加盟国への亡命のニュースはしばらくの間世界を駆け巡ることとなった。
だが俺達は事前にその予兆を感じ取っていた。
アイシス・アシェス。
彼女は管理局のナンバー2とも言われていた。
そのアイシスさんが、国連サミットの後カーヴェルさんの家へと戻ってくることがなかったのだ。
アイシスさんは元々、EXランク相当の力をつけるためにカーヴェルさんの元で修行をしていた。
その目的自体は国連サミット前にほぼ達成出来ていたと言えるだろう。
だからカーヴェルさんの家に戻る必要がないとも考えることは出来た。
だがリレ局長のニュースを見て、アイシスさんも共に消えたのだということを俺達は理解することとなる。
まあ……消えたと言っても電話連絡は普通にやっていたんだけどな。
アイシスさんがシンを放っておくというのはありえないことだった。
だから今からでも、俺がアイシスさんに電話して色々聞くことは出来るだろう。
でも管理局の人間でない俺が色々聞くのは違うと思い、俺はへたな詮索を入れずに日々を過ごしていた。
だがリレ局長亡命のニュースが流れてしばらく、アイシスさんの方から俺へと連絡が入って来た。
より正確に言うと、アイシスさんの携帯からリレ局長が俺に連絡をしてきたのだ。
『やっほー薙阿津ちゃん。元気にしてるかなー?』
「俺は元気だぜ。修行も順調に進んでいるしな。あんたに勝てる自信はまだないが、ある程度戦えるくらいにはなってるかも知れないぜ?」
『えっ、ホント。じゃあ一回軽く戦っちゃおっか? なんてね。ダメだよ薙阿津君、そんな妾を刺激するようなこと言っちゃあ。二百年以上も生きてるから妾待つのには慣れっこだけど、それでも我慢できなくなっちゃう時はあるんだからね? へたに強い力で妾に挑んだら妾が我慢できなくて、薙阿津ちゃんのこと最後まで殺っちゃうかも知れないんだから。だから妾に挑む時は命のやりとり出来る覚悟が出来てからじゃないと駄目だよー?』
「そりゃ残念だ。じゃあ死ぬ覚悟が出来るかは分かんねぇけど、あんたを倒せる自信がついたら改めて挑ませてもらうとするぜ。で、今日はどんな用事だ? まさか俺の修行具合を聞きに電話したわけじゃないよな」
『妾的には薙阿津ちゃんの成長もすっごく気になるとこなんだけどね。でも他に用事があるのは正解だよ。薙阿津ちゃんも、妾が国連非加盟国に亡命したことはもう知ってるよね』
「ああもちろんだ。まあ……あのサミットでは俺も国連に対して思うことはあった。でもあんたが辞任までするとは思わなかったよ。……俺にこうして連絡してきたってことは、辞めて終わりってわけじゃないんだよな。何かやるつもりなのか?」
『うんその通り。妾……というか妾達わね、近々未開領域に入ろうと考えているの。元管理局の人員も半分以上こっちに来てるんだよ。妾としてはこのメンバーだけで突入してもいいんだけどね。せっかくだから広く参加者を募ることにしたの。国連非加盟国の方では近く声明を発表する予定だよ。それで、良ければ薙阿津ちゃんもどうかなと思ってこうして連絡を取ったわけ。つまりは仕事の依頼になるね。
依頼内容は未開領域内にいる神獣の捜索とその排除。依頼主には国連非加盟国のお偉方がついてくれるから報酬もしっかりでるよ。この依頼を受けると国連からは睨まれるかも知れないけど、どうかな薙阿津ちゃん。この依頼受けてみる気はある?』
「もちろんだ、ぜひ受けさせてくれ。実は俺も未開領域には入りたいと思ってたんだよ。最悪一人で乗り込むことも考えたことがあるくらいだ。神獣と戦えるってんならどこにだって行くぜ。日時や場所はどうなる予定なんだ?」
『そうだねー。こっちではそれも含めてテレビで流す予定なんだけど、そっちは国連が情報統制かけちゃうかもだしね。こっちで説明する方が早いかな。エストバリア国まで来てくれればアイシスちゃんを迎えに出すよ』
「分かった。じゃあ準備が出来たらこっちから連絡するよ」
『うん。じゃあまたね、薙阿津ちゃんが来るの楽しみに待ってるよー』
こうして俺は未開領域入りの依頼を受けた。
リレ局長は現在亡命者だ。
国連からはスパイ容疑をかけられ世界中に指名手配されている。
もっとも、国連非加盟国では国連のかける指名手配はほとんど意味をなさないそうだが。
しかし、リレ局長が国連内で政治犯的な扱いを受けていることは確かだ。
局員を半数以上引き抜いて管理局を機能不全に陥らせたことも国連上層部の怒りを倍増させているらしい。
そのリレ局長に協力するということは、最悪国連を敵に回す危険性もある。
だが俺に迷いはなかった。
神獣を倒すことは俺の目標の一つだし、異世界召喚装置を探すのはさらに大きな目的と言ってもいい。
国連内にいてこの目的を果たせないのなら、非加盟国へと行くことに少しの躊躇も俺は感じなかった。
俺は電話を終えるとみんなが修行している所へと戻る。
そして電話の内容と、俺の意志が固いことをみんなに伝えた。
「決意は固いようだね。それならあたしに言うことは何もないさ。お前さんの好きなようにやりな。あたしが教えられることはもうほとんどない。未開領域に入って、修行の成果を存分に発揮してきなよ」
カーヴェルさんは驚くほどあっさり賛成してくれた。
俺はみんなに反対されるものだとばかり思っていたが。
「もちろん、非加盟国に亡命してるリレ局長に協力すりゃあんたも犯罪者だ。へたすりゃあんたも亡命する羽目になるだろう。でもあたしだって国連の考えに全部賛成ってわけじゃないからね。一度は国連の外に出てみるのもいいもんさ。次会う時には敵同士なんてこともあるかも知れないが、それも一つの巡りあわせってもんさね」
カーヴェルさんは達観していた。
だが……パンネとシンはショックを隠せない様子だ。
「私は……私だって、いつかは未開領域に行くつもりだったわ。こうして修行してるのもそのためよ。だから私も薙阿津と一緒に――」
「やめな。パンネが行くのは許可出来ないよ」
パンネは俺と一緒に行くと言いかけたがカーヴェルさんに止められる。
「薙阿津はフリーの傭兵だ。だからリレ局長に雇われても完全に国連を裏切るってわけじゃない。でもパンネ、あんたは国連職員の一人だ。もちろん、異人会の連中こそ一番未開領域に入りたがっているのはあたしだって知ってる。だけどね、だからこそあんたは抜けちゃいけないんだよ。あんたに続いて他の連中も抜けたらどうなる? 管理局の二の舞だよ。異世界人協会まで機能不全に陥らせるわけにはいかない。パンネにもそれは分かっているだろう」
「……うん」
パンネはくやしそうな顔をしていた。
パンネの所属する異世界人協会は、被召喚者達を支援するための組織だ。
その異人会にとって、召喚問題の根本的な解決となりうる召喚装置の探索は悲願だった。
パンネ以外にも、未開領域に入って召喚装置を見つけ出したいと思っている人間は多い。
だが異人会の業務は多岐に及び、そして被召喚者が召喚され続ける以上一時でも機能不全に陥るようなことがあってはならなかった。
そのために、管理局のように国連からの離反者を出して問題を起こすわけにはいかないのだ。
国連そのものがリレ局長に協力する流れにでもならない限り、パンネが俺と一緒に行くことは不可能だった。
「薙阿津……」
「パンネ、お前の思いは全部分かってる。だから、俺に全て任せろ。未開領域にいる神獣も全部倒すし、召喚装置も俺が絶対に見つけ出してやる」
「……うん。薙阿津、頑張って。薙阿津なら絶対にやってくれるって私信じてるから」
「ああ」
こうして、俺は一人でカーヴェルさんの家をたつ。
ちなみにシンもついてきたそうにしていたが、シンに対して俺が言う言葉は一つだけだった。
「アイシスさんが了解したらな」
弟大好きなアイシスさんが了解するはずないのはもちろん分かりきっている。
そして俺は国連非加盟国の中では最大の大国、エストバリア国へと到着した。
人類未開の地、未開領域への第一歩がここから始まる。