09 サミット開幕
一通り装備品も見終わり、俺達は神器機関本部にある食堂で昼食を取った。
せっかくの機会だったので緋月には先週のインタビューの顛末についても話しておく。
緋月が百科事典データを持ってるとは思われないよう振る舞ったつもりではあるが疑惑を晴らせたわけでもないしな。
そう思って緋月にそのことを話すと、俺が緋月に謝られてしまった。
「それは私の不注意のせいで薙阿津に迷惑をかけてしまった形になるな。本当にすまない」
「いや……ん? なんでそうなるんだ?」
「話を整理して考えれば、その記者は最初から私がデータを持っている前提で動いていたわけだろう。つまりは、それ以前の私の行動に問題があったということだ。正直……私は異世界に来れてうかれていたと言わざるを得ないだろう。調子に乗って目立ちすぎてしまったというわけだ。
種子類を始め、色々な物を放出しすぎてしまった。そこまでやれば百科事典サイトのデータも持っていると疑われても仕方なかっただろう。だから……これは私の不手際だ。本当に済まない。私のせいで本来疑われていなかった薙阿津の方の情報を漏出させる結果となってしまった」
なるほど。
確かに、あの記者は最初から緋月を黒と思っている節はあったからな。
俺がインタビューを受けたのが失敗だったというより、それ以前に地球から持ってきた物を放出しすぎたのがそもそも問題だったのか。
だがそれならそれで、緋月のみの責任と言うのは違うと俺は思う。
「それならそれで、別に緋月だけのせいじゃねぇからな。あの時は俺達だっていたんだ。その上で物を放出することには誰も反対しなかっただろう。異世界に来てうかれてたのが悪いってんなら俺も同罪だ」
「そうか……そう言ってもらえると助かる」
「それに悪いが、お前への疑いを晴らせたってわけでもないからな。後日お前の方にも似たようなことが起きるかも知れねぇ。ま、俺の方はもう記者の一人にバラしちまったんだ。だからお前のとこに似たのが来た時には俺を餌に使って構わねえぜ」
一人にバレてしまったのなら、数が増えてもそこまで変化はないからな。
それなら緋月の分までバレるよりは俺を囮にした方がいいと思ったが。
「ありがたい申し出だが。そこまで薙阿津に迷惑をかけるわけにはいかないだろう。私の方は……いっそデータ自体を手放してしまおうと思う。私がまだ入っていない状況で神器機関にデータを渡すのには抵抗があったが、今は私も神器機関の人員の一人だからな。
これから上に行くにあたっては、私自身が地球のデータで武器の開発を行ったりする予定もない。むしろ情報を共有して神器機関全体の発展に寄与した方が私の株も上がるだろう。データの所持を疑われている状態というのも決して良い物ではないわけだしな」
随分と思い切ったことをすると思ったが、緋月のやり方としてはこっちの方がしっくりくるか。
緋月は種子類の方も同じような感じで手放しているしな。
緋月自身が兵器を開発して開発者として名を上げるというのも違うだろうから、データを供与してそれを功績にさらに上に上がる方が緋月の利にも叶っているか。
だが今までそれをしていなかったと言うことは、緋月としてもデータについては出来れば自分で持っておきたかったはずではあるが。
「私がデータを放出するのは、疑いがかけられてる状態が好ましくないというのが一番の理由だからな。そして薙阿津の方は、例の記者が周りにバラしたりさえしなければ今後も疑われることはないだろう。
だからやはり、既に疑いをかけられてしまっている私のために薙阿津が餌になる必要はない。私の方こそ餌になるべきだろう。そしてデータを手放してさえしまえば、私の方にも餌になった際のリスクはなくなってしまうのだからな」
緋月の考えは確かに理にかなったものだと言えそうだ。
結局俺が囮になったところで、緋月が百科事典のデータを持ってる疑惑は晴らせないわけだからな。
持ってることを認めた上でそれを自ら差し出してしまえば、これ以上の解決策はないとも言えた。
後は俺の方の情報を得た記者さえ押さえておけば万事解決だ。
百科事典データについてはひとまずこれで決着したと言えるだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
神器機関で昼食を食べ終えた後俺達はカーヴェルさんの元へと帰った。
俺は結局服しか買わなかったが、パンネはお魚系アサルトライフルことH&K XM8を購入していた。
アイシスさんは何も買ってなかったが。
「……私は見てるだけでも楽しかったですので。それにエレーニアとも久しぶりに話せたし今日はいい一日でした」
とのこと。
なんだかんだでアイシスさんはエレーニア大好きっ子だった。
俺も久しぶりに綾ちゃんと話も出来たし充実した一日だったのは間違いない。
預けたソウルイーターを受け取りに神器機関にはまた寄ることになるが今からその日が楽しみなくらいだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そしてさらに一週間が過ぎる。
国連サミットまでも一週間を切った。
ハッカさんも護衛任務が始まりカーヴェルさんの家を出ている。
そして俺達の修行もかなり形になっていた。
中でも一番成果があったのはアイシスさんかも知れない。
約一カ月の修行でアイシスさんはサウザンドを完全に使えるようになっていた。
実力的にはもうEXランクを名乗って問題ないとのこと。
そのため、アイシスさんも未開領域管理局の方へと戻って行った。
話を聞くとアイシスさんも護衛としてサミットに参加するらしい。
まあその護衛対象が最強のリレ局長だったりするわけだが。
リレ局長は、アイシスさんが間に合わなければ適当に他の人をつけてサミットに出席するつもりだったようだが、アイシスさんの成長を素直に喜んでいたとのこと。
そして、俺とカーヴェルさんも護衛任務を開始する。
俺の護衛対象は緋月なので再び神器機関を訪ねることとなった。
今日はカーヴェルさんも付いて来ている。
ソウルイーターの受け渡しも一緒に行う手筈のためだ。
ソウルイーターを受け取った後はそのままカーヴェルさんも護衛任務を開始する。
ちなみに、パンネとシンはサミットが終わるまで留守番だ。
留守番中の修行メニューもカーヴェルさんはしっかりと組み立てていた。
その後一週間は神器機関で緋月と一緒に過ごす。
……なんてこともなく俺は神器機関の中を色々見学して回っていた。
神器機関内部にいる間は緋月を護衛する必要性がないからな。
綾ちゃんやミウネウ博士と銃について話をしたり、神器機関所有の訓練施設でマジックコートに慣れる練習などをして過ごす。
ちなみにマジックコートと言うのは言うまでもなく新しく買ったトレンチコートのことだ。
名前の意味としては魔法のコートという意味の他に、全体がマジックテープみたいなコートと言う意味も入っているとか。
マジックコートの使い心地は良かった。
対物ライフルも肩紐なしで背中に綺麗に固定できるしな。
練習を重ねることによりサブマシンガンのリロードなども両手に二丁持ったままスムーズに行えるようにもなった。
そんな感じであっと言う間にサミット当日がやってくる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一週間近く神器機関にいて俺が残念だった点は長官の天笠 センを見れなかったことだが、サミット会場までは一緒に行くとのことで当日に顔を合わせることになった。
セン長官は、長い白髪が印象的な優しげなお婆さんだった。
だがそのたたずまいには全体的に品が漂っていて、加齢によるもののはずも白髪もまるで銀色に光輝いているようにも見える。
動きも全体的に静かでリレ局長などとは真逆の雰囲気を醸し出していた。
だが、それでも近づけば彼女の異常な魔力量は推し量ることが出来る。
普段から魔力を抑える術に長けているようだが、純粋な魔力量だけで言えばリレ局長より多いのではないかと思われた。
神器機関のトップ、天笠 セン。
リレ局長と同レベルの強者であることを俺は肌で感じた。
ちなみにそのセン長官は副長官を護衛としてつけている。
金丸 アイリ副長官。
十九歳の若さで副長官にまで上り詰めた秀才だ。
黒髪のショートヘアに意志のこもった鋭い目つきが印象的な女性だ。
「神園 緋月。ウチはまだあんたのこと認めたわけやないからな。親父の勧めもあって兵器局の局長ポストはくれてやったけど、上の馬鹿共に操られるようなヘタレやったら、傀儡になる前にウチが神器機関から叩きだしたるさかいな。しっかり気合入れぇよ」
「もちろんです。アイリ副長官のお父上の意志を継ぐ上でもいいように操られたりはしません」
アイリ副長官の父親は、先月の対神獣戦の作戦責任を問われて旧銃火器部門の主任とともに更迭されていた。
その父親が国連の内部監査部に連行される際に、緋月はアイリ副長官の連絡先を受け取っている。
緋月の局長就任はアイリ副長官の意向による部分も大きかったという話だ。
もっとも今のやりとりを見る限り、アイリ副長官自身はまだ緋月を認めたわけではなさそうだが。
「上のタヌキ共との戦争はこっからや。ま、今回は未開領域管理局がターゲットになるのはほぼ決まりやからな。ウチらがそんな気い入れる必要はない。でも雰囲気には今からしっかり慣れとくんやで。局長以上の人間は上の糞共との交渉が一番の仕事になるんやからな」
アイリ副長官は口は悪いが頼りになる姉御という印象だった。
こうして俺、緋月、セン長官、アイリ副長官の四人でサミット会場へと向かう。
もちろん会議場までは他の護衛達も一緒だが。
「会議場にはゲートがないので最後の移動はヘリになっていますわ」
護衛部隊の隊長になっていたエレーニアの説明を聞きつつ俺達は会議場に向かうヘリへと乗り込んだ。