04 銃撃強化能力
「こうなったら……直接刺して倒すしかないわね」
そう言って金髪のウサ耳少女はナイフを二本取り出した。
彼女はあの魚はナイフで倒せると言っていた。
まだ戦えはするのだろう。
だが――
俺は、少女の額から汗が流れ落ちるのを見逃さなかった。
最初は、この少女がマシンガンを使ったのは派手だからと言うアホな理由なのかと思っていた。
でも本当にそれだけだろうか?
彼女は、接近しないで倒せるに越したことはないとも言っていた。
ナイフで倒せるとしても、無傷で倒すのは難しかったんじゃないのか?
そしてそれは敵が一匹だけだった時の話だ。
今向かってくる魚の数はまだ十匹以上残っている。
……彼女一人に戦わせる選択肢はないだろう。
俺の身体能力も上がっている。
ナイフが有効だってんなら護身用のが一本ある。
拳銃よりも、突っ込んでナイフで戦えば俺も戦えるんじゃないのか。
「……馬鹿なこと考えちゃ駄目だからね。あなたは後ろに下がってて」
俺の考えが分かったのか、魚の方を向いたまま少女が忠告してくる。
「この世界は、飛ばされてきた人がいきなり戦えるほど甘い世界じゃないのよ」
俺の身体能力は上がっているはずだが、それがどれほどかは分からない。
そして……俺は日本にいるとき武道をかじってたりはしなかった。
異世界に飛ばされた時のためにこっちもやっておけば良かったと後悔する。
くそっ……銃の方なら自信があるのに。
自信があるとは言っても、サバゲーでエアガンを撃ったことがあるだけで実弾を撃ったことはさすがにない。
だが、俺はエアガンとは言え、現実のフィールドでヘッドショットを撃てるレベルの能力があった。
ヘッドショットは高度な技だ。
頭の面積は小さい。
動き回る敵に対して、その頭を正確に打ち抜くのは非常に難しいことなのだ。
それに比べれば、目の前でアホづら下げてる魚共に弾を当てるのは簡単だ。
実弾を撃つのが初めてだろうと、相手が変な化け物だろうと関係ない。
隠れ、避け、向こうからも銃を撃ってくるサバゲーの敵に比べれば、噛みつくくらいしか能のない素手の魚なんてだたのでかい的だ!
俺は、銃火器の威力が弱いこの世界にいらだちを覚えずにはいられなかった。
その間にも魚の群れと少女との距離は縮まり、ついに接近戦が始まる。
ウサ耳少女の動きは……はっきり言ってすごかった。
速度も確かに早い。
だが身体能力だけなら俺と大差はないように思えた。
俺が本当にすごいと思ったのは、彼女の身のこなしの方だ。
ファンタジーな動きではない。
使っているのがナイフだからか、彼女の動きはとても現代的に見えた。
軍の特殊部隊という表現がしっくりくる感じの動きだ。
ウサ耳少女は、無駄のない動きで次々と魚共を斬りつけて行く。
だが問題があった。
魚を一撃で倒せていない。
確かに、ナイフは一撃ごとに魔法障壁ごと魚野郎の体を切り刻んでいる。
だがそれだけだった。
一匹を倒すのにナイフで五、六回は刺す必要があるみたいだ。
少女は既に囲まれている。
とても放っておくことはできない。
だがあの中に入って行く決心がつかない。
怖いからなどではなく、少女と同レベルの動きができる自信がないからだ。
あんなプロの軍人みたいな動きの少女でも苦戦するのに、素人の俺が入って足手まといになったらそれこそ最悪だ。
俺は恨めしい思いで手に持つ銃を見つめる。
これさえまともに使えれば手助けくらいはできるのに。
そう思う間にも少女の形勢は悪くなっているように見える。
――情けない。
目の前で少女がキモい魚に囲まれてるのに俺には何もできないって言うのか。
そりゃ、異世界に飛ばされたからって必ず救世主みたいな力に目覚めるとは限らないだろう。
でも、こんなくそみたいなのが異世界の現実だって言うのか。
俺は、何も世界最強の力に目覚めろよとは言わない。
でも、だけどよ――
目の前の女一人、助けるだけの能力くらい目覚めてくれたっていいだろう!
そう思った時――何かが降りてきた気がした。
正確に何があったのかは表現しづらい。
だが、何かに目覚めた。
そうとしか言えない感覚が俺を包む。
自然と手に持つ銃へと視線が向かう。
心なしか、銃が光っているように感じた。
俺の中の本能のような物が告げてくるのが分かる。
これでやれると。
この世界では、魔力を上乗せできる剣やナイフの方が銃より強い。
一般的にはそうだという話しだ。
だが、俺は今はっきりと感じている。
今の俺なら、銃撃にも魔力を上乗せできると。
俺はゆっくりと銃口を魚の一匹へと向ける。
腕を伝って、銃に魔力が満ちていくのがはっきりと感じられた。
そして、俺はそのまま引き金を引き絞る。
パンッ、という渇いた銃声が響いた。
けしてドンッなどという重い音ではない。
当然マシンガンの音とは比べ物にもならない、いかにもか弱い銃声。
だがそんな弱そうな音にもかかわらず、俺の放った銃撃は、一発で魚野郎の頭を吹き飛ばした。
「えっ? 今の何?」
ウサ耳少女が戦いつつこちらへと注意を向ける。
少女には一瞬隙が出来てしまっていたかも知れない。
だがその少女よりも、魚共はより多くの隙をつくっていた。
全部の魚野郎が、あきらかに驚いた様子で俺の方を向く。
俺はその隙を逃さなかった。
そのまま二発、三発と銃撃を放つ。
あせらず正確に狙いを定めて。
そして魚共の注意がこっちに向いた隙をついて、少女も反撃に出た。
隙だらけの魚野郎の頭に、鋭くナイフを突き立てる。
今度は一撃だった。
急所にさえあたれば、一撃でしとめることは可能なようだ。
俺はそのまま銃を撃ち続け、全弾を確実に魚野郎へと命中させる。
一撃で倒れない奴もいたがそれは無視、そのまま次の魚を狙う。
確実に、一匹に一発ずつ銃弾を食らわせた。
大きなダメージさえ与えてしまえば、止めはウサ耳少女が刺してくれる。
そうして、俺達はなんとか魚共の集団を倒すことに成功した。
俺が銃撃で直接倒した数が四匹。
銃撃の後ウサ耳少女が止めを刺した数が四匹。
少女の力だけで倒した数が五匹。
合計十三匹か。
異世界に来て初めて経験する戦いにしてはそこそこハードなものだったと思う。
魚共を倒し終えた後は、ウサ耳少女と一緒にその死骸を回収した。
このマグロみたいな魚は食えるらしく、サケみたいな味がするそうだ。
だから名前がサケマグロと言うらしい。
キモい手足の分は名前に反映されないのかとか、そもそもこの世界にサケやマグロがいるのかとか、色々突っ込みたいところはある。
だがそんな気力もなかったので、俺は無駄な動きはせずに魚を少女の出す不思議空間――アイテムボックスの中へと収納するのを手伝った。
その作業が終わり、俺が地面に座り込もうとした時にやっとでヘリが来た。
タイミングがいいのか悪いのか。
もっと早く来てくれればと思わなくもない。
だが戦闘中に来られても飛び乗れたかどうかは自信がない。
だからこれで良かったんだと言い聞かせて俺と少女はロープにつかまった。
ロープにはウサ耳少女の方が先につかまったので登る間スカートの中が丸見えだったが、死闘を繰り広げた後にそんなこと気にする方がどうかしてると思う。
本当に……死闘の後だってのに俺も随分余裕があったもんだぜ。
ロープを登り終えてヘリの後部座席へと腰を下ろした。
やっとで少し安心できる。
ヘリが落とされる可能性もあるって言ってたから本当は油断してはいけないのだろうが、そこまで考える余裕もないくらいに疲れていた。
「はぁ……。今日はホントに死んじゃうかと思ったわ」
ウサ耳少女の方は俺以上に疲れていたようだ。
大きな傷はないが、体のあちこちで服が破けている。
魔法少女っぽい感じの可愛いドレスが台無しになっていた。
「傷とか大丈夫なのか?」
「ええ、おかげさまでね。でもホントに危なかったわ。正直私一人じゃ倒せなかったと思う」
話し方を見る分には大丈夫そうだ。
無傷とはいかないだろうが大けがはしてないようだった。
「でもあなたやるわね。その銃ってあんな威力が出るものじゃないのよ。もしかして――何か降りてきた?」
少女に言われて、あらためて銃を眺める。
確かに……何かが降りてきたのを感じた。
アナログな感じで言葉で説明するのは難しいが、どうやら俺もユニークスキルとやらに目覚めてしまったようだ。
「確かに……なんか降りてきたような気がするな」
「やっぱりね。……銃の威力を上げる能力。一応、似た能力なら持つ人もいないわけじゃないけど、あなたの能力は確実にユニークスキルよ。本当にすごいわ。この世界に来たばかりであれだけ魔物も倒しちゃったし」
「そりゃどうも」
確かに初めての戦闘にしちゃ上出来かも知れない。
だが止めを刺した敵の数で言えば彼女の方が上だ。
そのため、素直に喜ぶのはちょっとばかし憚られた。
「そういえば……あなたの名前まだ聞いてなかったわよね」
少女が思い出したようにつぶやく。
確かに自己紹介をしていなかった。
少し遅いがきちんと自己紹介しておく。
「俺は捧薙阿津、十六歳だ。日本の高校一年生だった」
「十六歳だったの。私と同い年ね! あ、私は佐藤 パンネ。異人会の被召喚者捜索部に所属しているわ!」
異人会に、被召喚者捜索部……どちらも気になる単語ではある。
だが……俺はそれ以上に彼女の苗字が気になった。
「お前の苗字、さとうって……佐藤? 滅茶苦茶日本の苗字っぽいんだけど」
いきなり和風な苗字が出て来たもんだから驚きだ。
だが、真の驚きはこの後にあった。
「うん。だって私日本人だもん! あ、日本人って言っても半分だけなんだけどね。私は……兎人と日本人のハーフなのよ!」
お前日本人かよ!
この世界に来てから驚くことは色々あったが、正直これが一番驚いた。
いや、正確にはハーフらしいから単純に日本人と言えるかどうかは微妙だが。
だが頭からウサ耳はやした金髪ポニテ少女が、半分日本人ってだけでも驚きだ。
やっぱりこの世界……まだまだ訳の分からないことだらけのようだ。