08 着る魔道具
兵器局に入るとすぐに綾ちゃんがやってきた。
綾ちゃんもミウネウさんと同じ白衣っぽい服を着ている。
どうやらこれが神器機関の制服か何かのようだ。
研究者っぽい知的な感じの服だが、綾ちゃんが着けるとギャップがあって可愛さが逆に強調されているような気もする。
「薙阿津さん。来てくれて嬉しいです。っと、カーヴェル・ソサディアさんは一緒ではないんですか」
「ああ、師匠はちょっと持病の腰痛をこじらせててな」
「にゃははははっ。魔族なのに腰痛とか、カーヴェルはアホにゃ! ざまぁにゃ。あのババァは頭カッチカチだから中から老化したに違いないのにゃ」
適当にごまかそうとしたらミウネウ博士のツボにはまってしまった。
というか話しぶりから察するにやっぱり魔族は腰痛とかならないのか。
魔族化するとその年齢から老化しないって聞くからな。
考えてみれば永遠の小学生してるリレ局長とか腰痛とは無縁そうだった。
カーヴェル師匠も見た目だけなら二十代だしな。
ミウネウ博士みたくツボられても困るし腰痛ネタは少し控えようと思う。
「まあ来ないなら来ないでいいですにゃ。どうせカーヴェルはろくなこと言わないですからにゃ。ホントはソウルイーターももっとバリバリ改造したいのにカーヴェルが頭カチカチだからいたずらできないのにゃ」
最後いたずら言ったぞこの人。
ソウルイーターをこの猫人博士に預けていいのか俺は一瞬考えてしまった。
だが製作者であるミウネウ博士以外にソウルイーターの本格的な整備が出来る人間は存在しない。
だから初めから選択肢はなかったのだが。
「ふっふっふ。やはり僕ちゃんは天才だったのですにゃ。薙阿津君達が玄武を倒した時の映像は僕ちゃんも見させてもらったですにゃ。魔力融合機構。ぶっつけ本番でもちゃんと機能したようで良かったですにゃ。カーヴェルはこんな機能いらないとかひどいこと言ってたけどやっぱりつけたままで良かったのですにゃ。でもあんな使い方するとは僕ちゃんにも予想外だったですけどにゃ。
薙阿津君には僕ちゃんも色々期待してるのですにゃ。欲しい性能さえ言ってくれればどんな面白銃でも僕ちゃんが作ってあげますにゃ。カーヴェルは普通の銃を作ってくれとか信じられないこと言ってきたからにゃ。あれはホントどうしようもないカチカチ女なのですにゃ」
とりあえずこの人……まともな銃を作る気は全くないんだな。
博士は緋月にスカウトされるまで前線から遠ざかっていたと聞くが、その理由がはっきり分かった気がする。
だが俺にとっては、これは渡りに船かも知れないとも思った。
「じゃあ一つ頼んでもいいかな。実は接近戦で使える銃が欲しいんだ。カーヴェル師匠は近接戦闘で銃がナイフに勝てるわけないって言うんだが、博士なら何かいいアイディア浮かんだりしねぇか? すごく具体的に言うと、接近戦でリレ局長を倒せる銃が欲しいんだが」
「ぶっひゃっ」
俺が要望を出すとまたミウネウ博士のツボにはまってしまったようだ。
「良いにゃ! すごく良いにゃよ薙阿津君! 僕ちゃんはそういう使い手を待ってましたのにゃ。……銃に変形機構なんかいらないとか複数人で銃撃つとか頭おかしいんじゃないのかとか、僕ちゃんはこれまで謂れのない誹謗中傷にひたすら耐えてきましたのにゃ。でもそんな僕ちゃんですら、近接最強のリレ局長を接近戦で倒す銃なんて考えたこともなかったですにゃ。
薙阿津君! 君の要望は確かに受け取りましたにゃ! このミウネウ・ペペノの威信にかけて、リレ局長を至近距離からメタメタにできる超すごい銃を作ってみせますにゃ! 今日は君に出会えてホント良かったにゃ。形になったら全速力で連絡を入れますにゃー!」
そう言うとミウネウ博士はソウルイーターを持ってどこかに行ってしまった。
ソウルイーターの方はしっかりとまともなメンテをしてくれると信じたい。
「なんていうか……嵐みたいな人だったな」
「すみません。親方ってスイッチ入っちゃうと周りが見えなくなっちゃう人なんで。あ、でも薙阿津さん。親方は銃の作り手としては本当に天才なんですよ! 接近戦でナイフに勝つなんて、どうすればいいか私には見当もつかないですけど、親方なら絶対に期待を裏切らないすごい銃を作ってくれます。もちろん私も一緒に頑張りますよ! だから期待して待ってて下さいね。薙阿津さんの為に、最高の銃を作り上げてみせますから!」
綾ちゃんは神器機関に来てから本当に明るくなったと思う。
もしかしたらミウネウ博士からもいい影響を受けているのかも知れないな。
博士もどこかに行ってしまったし俺達は当初の目的に戻って綾ちゃんに他の銃を見させてもらうことにした。
「色々出来たとは言っても魔法銃の類はまだ少ないんですけどね。今形になってるのはほとんどが銃火器部門時代から開発を始めていたものですし。あ、でも結構面白い銃とかも再現出来てるんですよ」
そう言って綾ちゃんが一つの銃を見せてくれる。
「あ、その銃形が面白いわね。お魚みたいでちょっと可愛いかも!」
これにはパンネが食いついた。
綾ちゃんが見せてくれた銃は、全体的に丸みを帯びていて確かに未来的な印象のある銃だった。
少しおもちゃっぽい感じもしないでもない。
「H&K XM8。アメリカ軍の次期制式アサルトライフルとして開発が進められていたけどなぜか採用されなかったと言ういわくつきの銃です。でも性能はいいんですよ! 制式銃を決めるためのトライアルでも成績は一番だったという話です。それがなぜ採用されなかったのかは永遠の謎ですね」
「きっとあれね。国家の陰謀とかあったに違いないわ! じゃなきゃこんなかわいい銃が採用されないわけないもの!」
「パンネさんもそう思いますよね! 現場から反発があったっていう噂もあるけど何が不満だったのか私には訳が分かんないです!」
パンネと綾ちゃんの議論が白熱していた。
結局こんな可愛い銃を採用しなかった米軍は馬鹿だって結論に落ち着いたが。
でも個人的な意見を言わせてもらうと俺もこの銃は微妙だった。
そもそも銃が可愛くてどうするって話だしな。
二人が可愛いと連呼していたせいで、だから採用されなかったんじゃねぇのかとすら思ってしまう。
「でも地球の話はどうでもいいんですよ! こっちでは緋月ちゃんも賛成してくれたし、兵器局ではこれから関連企業と協力してこのH&K XM8を量産していく予定です。さらにはこれをベースにした魔法銃も鋭意製作中なんですよ! 素材もCFRP(炭素繊維強化プラスチック)をメインに魔法金属なんかも使う予定です。最高の魔法銃に仕上げて見せるってみんな張り切ってるところです!」
綾ちゃんは本当に生き生きとしていた。
少々生き生きしすぎている面もあったりしたが。
銃の説明に入るとすごくヒートアップしていたからな。
パンネはしっかりとついていっていたが。
俺はそこまでスペックに興味はなかったのでアイシスさんやエレーニアと共に半分くらい聞き流すようなありさまだった。
それに……色々見させてもらったが新しく装備したい銃もなかったしな。
現状装備に不満はなかったのだ。
雑魚ならサブマシンガンで十分だしロード種も対物ライフルで倒せる。
問題は神獣だが、現在神器機関にあるどの銃でも神獣に通用する物はないようだった。
「結局は銃火器部門時代に開発を開始した銃だからな。ソウルイーターのような色物は存在していない。だが今はミウネウ博士がいる。彼女にはソウルイーターに次ぐ対神獣用の新型魔法銃の製作も依頼している所だ」
一通り銃を見終えた所で緋月がやってきた。
綾ちゃん達と同じ白い制服を着ている。
緋月は知的な感じでしっかり着こなしていた。
「今日の主題としては今ある銃を見てもらうというより、ミウネウ博士に設計を依頼する方が大きかったであろうな。その博士は接近戦用の銃を作るとかはしゃいでいたようだが。薙阿津が一体何を頼んだのかは知らないが彼女ならきっと斜め上のすごい銃を作ってくれることだろう」
新しい銃は結局次回に持ち越しとなりそうだ。
俺が今一番欲しいのはリレ局長と戦える新装備だしな。
その発注依頼を出せただけでもここに来たかいはあるか。
「それでだ、銃の方はたいしたものはないのだが、それより服を見ていかないか? 戦闘用のトレンチコートの試作品が先日出来たところなのだ」
「あ、そうです! 今日一番見せたかったのがそれなんですよ」
そういえば緋月は以前タクティカルベストに不満を抱いていた。
弾倉がごちゃごちゃしてどうとか。
神器機関に入ってこいつは服を作る気なのかと思っていたが本当に作っていたんだな。
そんな感じで俺は半ばあきれていたのだが、服はなかなか格好良かった。
着たまま街に出ても違和感のない普通の黒いトレンチコートだ。
ただし収納には問題がありまくるように思えたが。
「銃本体は背中にかつぐとして、弾倉はどうすんだよ。ポケットに入れるにしても全然数が足りねぇぞ」
「ふふっ。もちろん機能性もきちんと考慮している。まずは着て見ろ」
着れば分かるとのことなので大人しくコートを着る。
着てみると、素材がただの布ではないことがすぐに分かった。
「その服には科学より魔法技術の方をふんだんに使ったからな。着る魔道具と言っても差し支えのない出来となっている。そして弾倉だが、どこでも好きな所にくっつけて頭の中で≪セット≫と念じてみろ」
緋月の言うように近くにあった弾倉を服に押し付ける。
そして≪セット≫と念じると、服に魔方陣が浮かび上がってその場に弾倉がくっついた。
「くっつくと言うより位置座標を相対的に固定しているのだが、くわしい原理についてはいいだろう。とにかく、その服は任意の場所に弾倉などを固定することが可能だ。見た目はただのコートだが全体がマジックテープになっているようなものだな。魔力干渉を起こす一部の魔道具以外なら好きなだけ服にくっつけられる。もっとも、せっかくのデザインが崩れるのであまりゴテゴテくっつけるのはお勧めしないが」
服のデザインを優先させるために魔法技術をふんだんに使っているようだ。
だが性能も確かに申し分なかった。装備箇所の自由度がものすごく高い。くっつける向きも自在だから個々人が使いやすいように装備を付けることが出来る。
ただし防御力や迷彩効果については全く考慮がされていなかったが。
それにはこの世界の事情もあった。
敵味方の判別は魔力感知で行うから魔力迷彩がなければ見た目だけ隠しても無意味だし、防御は魔法障壁がメインのためだ。
「なるほどな。この服、俺も気に入ったぜ。機能もこの世界で戦うのに最適化されてるとも言えるしな。どうなってるのか知らねぇけどタクティカルベスト着るより動きやすさもいいしな」
「そうだろう。そして魔導吸着方式にはさらに機能的なメリットもある。弾倉に触れて、次は≪リリース≫と念じてみろ」
緋月に言われる通りに頭の中で≪リリース≫と念じるとコートから弾倉がはずれた。
「固定を解く際にはそうやって装備箇所に触れて≪リリース≫と念じるのだが、慣れれば直接手で触れなくても魔力を通すだけで操作が出来る。つまり……弾倉服に固定したまま銃へと装着し、その後≪リリース≫と念じて固定を解除すれば片手での弾倉交換も容易に行えるというわけだ」
魔導吸着方式の最大の特徴は、服と固定された装備の間に隙間があることだ。
その隙間があるため、弾倉を服に固定したまま銃へと装着することができる。
慣れは必要だろうが、これで二丁拳銃を装備した際のリロード問題はほぼ解決することが出来そうだ。
「すげえなこの服。本当に気に入ったぜ。いいな。俺にも一着くれよ」
「もちろん譲るのに異論はない。これはまだ世界に二着しかない特注品だが、貴様になら特別に一千万でこの服をやろう。一応言っておくが開発にはそれ以上の桁の違う金額がかかっているからな。今後量産化に成功すれば多少は安くなるだろうがそれでも数百万はくだらない装備だ。さらに言えば試作の二着は特注品でもある」
「最初の二着は緋月ちゃんと薙阿津さん用にってことでとにかく詰められるだけの技術をつぎ込みましたから。防御力だってその服実は高いんですよ。魔力伝導率の高い繊維を使っているから魔法障壁の強度も上がるようになっているんです」
綾ちゃんもお勧めの渾身の逸品と言うわけだ。
迷う理由はなかったのでその場で買わせてもらった。
二丁拳銃時のリロード問題は懸念材料の一つだったからな。
それを解決できる装備が手に入ったのは大きな収穫だと言えるだろう。