07 ニャン語使いの研究者
インタビューの日からさらに一週間が過ぎる。
修行はいい感じで進んでいた。
最初の頃はナイフ戦闘でパンネに歯が立たなかったが、今では勝ち越せるまでになっている。
アイシスさんの螺旋防御陣に対しても三人がかりでなら互角に戦えるようになっていた。
「最低限形にはなってきたかね」
カーヴェルさんからもお墨付きをもらえるまでに成長出来ている。
ナイフ戦闘にはある程度慣れたと言っていいだろう。
ただし、俺は今後ナイフで戦うというわけではない。
そろそろ本格的にこれからの戦闘スタイルを考えるべき時期に来ていた。
その丁度いいタイミングで綾ちゃんから電話がかかって来る。
「おう綾ちゃん、久しぶりだな。元気してるか?」
『はい。毎日研究と開発で大変ですけど、すっごく充実してますよ。あ、それでですね。魔法銃ではないんですけど、何種類か面白い銃があるんで良ければ薙阿津さん一度こちらへ来てみませんか? 親方にも一度会ってもらいたいですし』
「親方?」
『はいっ! あ、親方はですね。こっちが兵器局になった後に来た人で、緋月ちゃんがスカウトしてきたんですよ。そしてなんと! あのソウルイーターを作った人なんです!
親方はホントすごいんですよ。なんていうか、発想が普通と違うんですよね。話し方もニャンニャンかわいくてすごく変わってるんですけど。あ、あとカーヴェルさんにも会いたいって親方が言っていました。ソウルイーターのメンテもしたいと言っていたので良ければカーヴェルさんも連れて一緒に来てほしいです!』
とのこと。
なんというか、綾ちゃんは神器機関に入ってから明るくなったように感じる。
毎日が充実しているのだろう。
異人会にいた頃は、出来ることがないって感じで落ち込みがちに見えたからな。
やりがいを見つけられたのはすごくいいことだと俺は思う。
しかし……親方って一体どんな人なのだろうか。
綾ちゃんはニャンニャンかわいいと言っていたが。
「神器機関……ねぇ。ソウルイーターなら貸してやっからあんた持って行きなよ」
カーヴェルさんはすごくやる気がなかった。
「だってさ、ミウネウがいるんだろ? ありゃ本当にバカなんだって。まず語尾にニャンとかつけてる時点でアホすぎだろ。猫人なんてこの世界にゃ腐るほどいるがニャンニャン言うのはあいつくらいのもんだよ。しかも四十超えたオバサンがだ。少しは自分の年考えろって言ってやりたいよ」
うーん……。
綾ちゃんの所の親方は四十超えて語尾にニャンとかつけちゃう猫人らしい。
馬鹿かはともかくすごく痛い人のようだ。
ともかくカーヴェルさんは行きたくないとのことだったので、神器機関にはカーヴェルさん抜きで行くことになった。
代わりにパンネとアイシスさんが野次馬根性で付いて来ている。
「神器機関に入る機会ってあんまりないものね。すっごくわくわくしちゃうわ。それに銃もいっぱいあるんでしょ。いいのがあったら私も譲ってもらえるかな?」
パンネは元々銃火器に興味があったからな。
「……私も神器機関は久しぶりです。とりあえずエレーニアの邪魔はするとして、他にも色々見て回りたいです」
アイシスさんは何をしに神器機関に行くつもりなのか。
メンバーに多少の不安を抱えつつも俺達は神器機関へと向かうのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
神器機関へと向かうため俺達はグラリエン国へと入った。
この国は国連の中枢と言ってもいい国で、神器機関の本部の他に、国際連合そのものの本部があったりもする大きな国だ。
街並みも他の国と比べてさらに発展していた。
まずゲートポートから見晴らしのいい場所に出ても壁が見えない。
魔物がいる以上グラリエンの首都も壁で囲まれているはずなのだが、少なくとも視界にそれらしきものはなかった。
とてつもなく広い地域が一つの都市として囲まれているというわけだ。
まさに大都会といった感じだった。
グラリエンは高層ビルなども多いが、特に気になったのはモノレールだろうか。
この世界では移動は基本的にゲートのみで行われているのだが、グラリエン国だけはゲートと並行してモノレールも走っていた。
ただし自動車は走っていないが。
自家用車は国連加盟国内では本当に一台も走っていない。
なんでも個人が勝手に乗り回す自家用車は危険すぎるから許可しないとか。
確かに日本でも毎年数千人は交通事故で亡くなっているからな。
ちなみにゲートポートの方は死亡事故がなんとゼロだという話だ。
まあゲートって基本開きっぱなしで人はその門の中をくぐるだけだからな。
故障さえしなければ地球のどんな交通手段より安全な移動手段だった。
ただしゲートがテロで吹っ飛ばされたりするとダメージは相当大きいそうだ。
ゲートポートのゲートは地下部分をライフラインが通っていたりもする。
だからゲートが閉じると人だけでなく物流も一気にストップするわけだ。
水道管、送電線、石油のパイプライン、他に光ファイバー網なんかもごっそり寸断されるから生活が一気になりたたなくなってしまう。
ちなみにニムルスでは対神獣戦の後半日くらいがその状態だった。
魔物の大群から住民を避難させるためにゲートの接続をいじったからな。
もちろんライフラインはただ切断したわけじゃなくて、ゲート切り替えの前に電気を止めたりガス管に栓をしたりの処理をしたそうだが、復旧には少し時間がかかったわけだ。
ただこれも自分達で切り替えたからすぐに戻せたわけで、テロでゲートごと吹き飛ばされた日にはひどい惨状になるはずだと言われている。
まず地下のガス管とかがテロが起きた時点で大爆発するだろうからな。
まあ実際にそんなテロが成功したって話はないそうだが。
この世界は地球のテロ対策などを参考にその辺しっかりしているからな。
ま、そいうい色々の一環として、国連の心臓部とも言えるグラリエン国ではゲート以外にモノレールも併用してるというわけだった。
交通手段を複数用意することでテロが起きた際のリスクを分散させているのだ。
「でも電車なら地下鉄とかでも良かったんだよな。なんでモノレールなんだ?」
「それは観光資源も兼ねているからですわ。移動手段としてはゲートが最速ですけれど、電車には移動中の景色を楽しむ観光の要素もありますから。ただ地上を電車が走ると自動車同様に人身事故が起きる危険性が高くなりますから、結果として空中を走るモノレールの形に落ち着いたわけですわね」
最後の疑問にはエレーニアが答えてくれた。
やっぱり分からないことがあったらエレーニアに聞くのが一番いいな。
「……エレーニア暇なの?」
アイシスさんやめて下さい。
せっかく国際ゲートポートまで迎えに来てくれたエレーニアを暇人扱いとか。
しかもアイシスさんは来る前にエレーニアの邪魔をしたいとかも言ってたしな。
迎えに来てくれた以上、エレーニアが何かの研究中とかではないようで良かったとは言えるが。
「……暇ならエレーニアも一緒に修行する? 修行も楽しいよ」
アイシスさんとエレーニアの関係がいまいちよく分からないが、まあアイシスさんがエレーニアを嫌いってことはなさそうだな。
アイシスさんがかまってちゃん状態なのでエレーニアの方がうざいと思ってたりはしそうだが。
「薙阿津さん達の所も楽しそうではありますけどね。わたくしは戦士系ではないですし、魔法の修行なら神器機関内でも出来ますわ。なんと言っても神器機関をまとめるセン長官自身が世界最強の魔道士なんですから」
EXランクの一人、天笠 センか。
サミット会場では会えると思っていたが、神器機関に行けば姿くらいは見られるかも知れないな。
まあ戦う所とかは見れないだろうが。
「わたくしも時々ではありますが、セン長官から魔法の修行を受けさせてもらえることもありますしね。最近では緋月さんも修行を受けたりしていますわ」
セン長官って神器機関のトップなのにそんなことまでやってるのか。
というか緋月が修行だと。
そういえばあいつ普通に属性魔法の適性があるとか言ってたな。
「緋月さん、魔法の素養はやはり高いようですわ。どちらかというと風属性の適性が高いので今はそちらを中心に覚えていますが、近隣属性くらいはすぐ使いこなせるようになると思いますわ」
あいつ、政治家志望のくせに何やってんだろうな。
さすがに俺みたく一日中修行ってわけにゃいかないだろうが。
「これまで緋月さんは薙阿津さんの劣化版的な戦闘能力しかなかったですけれど、元々お二人は戦闘スタイルも戦士系と魔道士系で分かれていましたからね。修行が進めば戦い方も自然と変わって行くと思いますわ」
戦闘スタイルが変わって行くのはいいかも知れないな。
俺の修行時間が長い分緋月が同じ方向性で来ても突き放すのは余裕だったが。
それはそれで緋月がかわいそうな気もしていたからな。
対神獣戦の時とかあいつ補助しかしてなかったし。
スタイルがこれから別れて行くならそれは俺にとってもいいことだ。
そんな感じのことを話しつつ俺達は神器機関へと到着する。
神器機関の本部はごつい建物だった。
黒くてでかいビルだ。
「神器機関の、主に事務関係はこの建物内で行なわれていますわ。各種の研究機関などは別の場所にあったりもしますけど。神器機関本部は建物内にもゲートがありますから、各国の研究機関との連携も取りやすいのですわ」
エレーニアから説明を受けつつ神器機関の内部を案内してもらう。
建物内のゲートなども通過しつつ、しばらくして俺達は兵器局へと到着した。
のだが、扉の前で子供に呼び止められてしまう。
黄緑色のロングヘアが印象的な猫人の少女だ。
研究者っぽい白衣を着ているので部外者ではなさそうだが。
「おお。そこの人、背中に抱えてるのはソウルイーターじゃないですにゃ?」
少女は俺が背中に担いでた銃を一目でソウルイーターだと見抜いてしまった。
ゲートを通ったりした関係上ソウルイーターはバックの中に入れてあるのだが。
「ふっふっふ。ソウルイーターからは普段から微小な魔力がもれてるのですにゃ。一般人には分からないかも知れないですがにゃ。作った本人である僕ちゃんには一目で看破が可能でしたにゃ!」
この猫人少女……まさかのニャン語使いだ。
というかソウルイーターの作製者でニャン語使いの猫人って。
「つまりは、君が綾の言っていた薙阿津君で間違いないですにゃ! うん、悪くない顔してますにゃ。カーヴェルみたく頭固そうには見えないですからにゃ。っと、自己紹介が遅れてしまいましたにゃ。僕ちゃんこそがミウネウ・ペペノ。ソウルイーターの作製者にして、今は神器機関で派遣研究員をやってる天才魔道士なのですにゃ!」
あんたがミウネウさんかよ。
……確か四十超えてるって聞いていたのだが。
どう見ても中学生以下にしか見えない。
へたするとリレ局長と同じ小学生くらいにも見える女性だった。
となるとこの世界では魔族の可能性がある。
そう思って目を確認したがミウネウ博士の目は赤くはなかった。
「ふっふーん。僕ちゃんは魔族化なんかはしてないですからにゃ。この姿は僕ちゃんが幼少から続けているアンチエイジングの成果なのですにゃ。この分野でも僕ちゃんは天才的頭脳があると言わざるを得ないわけですにゃ」
……若作りすごいな。
というか、この世界の高齢女性は自己主張が強いというか、キャラが濃いのが多い気がする。
あとみんな若作りしすぎ。
いや、この神器機関のセン長官あたりは年齢通りお婆さんの姿をしていたが。
「とにかくみんな中に入るのですにゃ。綾も首を長くして待ってるですにゃ」
ミウネウ博士の若作りの凄さに面食らってしまったが、気を取り直して俺達は兵器局の中へと入っていった。