03 修行
「パンネ、お前……強かったんだな」
捨て台詞を残して、俺は倒れた。
完敗だ。
身体能力自体は、確実に俺の方が高い。
だがパンネはそれを技術で補っていた。
そういえばパンネはナイフで戦う時、特殊部隊のような動きをするんだった。
ナイフ戦闘の経験がない素人の俺が勝てる道理がなかった。
俺は地面に倒れたまま最後の言葉を放つ。
「……パンネ、お前がナンバー1だ」
「薙阿津ーー!」
とかやってたらカーヴェルさんに拳銃で撃たれた。
「あんま馬鹿やってっと次はホントに撃ち抜くからね」
すでに実弾で撃たれているのだが。
だが次やったらソウルイーターでも持ち出されそうだったので素直に従う。
「ふう。とにかくこれで、あんたが接近戦の素人だってことは理解できたはずだね。最終的なスタイルがどうなるにせよ、まずは接近戦に慣れることだ。身体能力だけならあんたのが上なんだからね。パンネに問題なく勝てるようになるまでは、しばらくナイフでやってみな」
とのこと。
「パンネの方も出来るだけ薙阿津に負けないよう頑張りな。素人とは言え身体能力は上の相手だ。パンネの修行にも丁度いいくらいの相手さね」
俺とパンネは互いに組み合うのが当面の修行となりそうだ。
そうこうしている内にシンとアイシスさんもやってきた。
「学校まで迎えにまで来なくても良かったのに」
「……国際ゲートポートでの迷子は危険。間違った門くぐったらどの国に行くか分からないから。慣れるまでは私と一緒の方がいい」
アイシスさんはしっかりお姉ちゃんをやっているようだ。
シンは相変わらずに文句たらたらだが。
「これでみんな揃ったね。じゃあ次は……アイシスと残り三人で戦闘でもやってみるかね」
とのこと。
カーヴェルさん、俺達のことを舐めているんじゃないだろうか?
アイシスさんは確かにSランクだが、ランクは俺だってSだし、さっき戦った分にはパンネも相当強い。
アイシスさん相手でも三体一で負けるはずがないだろう。
まあ、普通に負けてしまったわけだが。
「……≪ライトソード・ハンドレッド・螺旋防御陣≫」
アイシスさんは百本の光剣を体の周りに展開。
それを常に旋回させ続けることにより攻撃と防御を両立させていた。
今回も戦闘形式は接近戦だった。
だから魔道士タイプのアイシスさんに負けるはずはないと思ったのだが、アイシスさんは接近戦も十分以上に強かった。
というか百本もの光剣を常に展開し続けられたら攻撃する隙がないのだが。
これをどう攻略しろと言うのか。
「……薙阿津さんがサブマシンガンでも撃てば、これやってても光剣ごと撃ち抜かれて私の方が瞬殺されるわけですが」
まあそういう面もあるわけだがな。
「薙阿津……やっぱり大人しくスナイパーやった方がいいんじゃないかい?」
カーヴェルさんがニヤニヤしながら言ってくる。
だがそいつは却下だ。
第一今後戦いを続ければ、ふいに接近戦になることもあるはずなのだ。
そういう事態を考えても、やはり接近戦を鍛える意義はある。
そんな感じで修行は続いた。
シンとも一対一で戦闘する。
もちろん今度は俺が勝った。
……かなりギリギリだったが。
「ちきしょう。ナイフ同士なら勝てると思ったのに」
シンはくやしがっていたが。
一応、シンも今回の戦いの後Bランクに上がっていた。
シンはシンで、玄武の砲撃が来るまでにBランク相当の活躍をしていたそうだ。
だが上がったと言ってもBランク。
ナイフを使うのが初めてだったとは言え、2ランクも下の相手と互角と言うのはかなりまずい。
とにかく一日も早く接近戦になれる必要があると俺は感じた。
しばらくはナイフ戦闘の基礎をみっちり覚えることになりそうだ。
その後、パンネとシンは基礎体力作りを開始した。
やってることは基本的に地球での体力作りと一緒だ。
だが魔力による身体強化を意識して行うことにより、体力と魔力、両方を同時に鍛えることが出来るそうだ。
ちなみに俺とアイシスさんはやっていない。
俺達は基礎能力は十分高いから体力作りをやるヒマがあったらもっと技を覚えろとのこと。
というわけで、この時間は銃を使っての射撃の訓練を受けることになる。
「射撃の方も……はっきり言ってあんた素人くさいからねぇ」
第一声でそう言われてしまった。
まあ……確かに俺は射撃の指導を受けたことはない。
サバゲーでは銃を撃っていたが、その時の戦闘スタイルも二丁拳銃で突っ込んでは返り討ちにあうという、ネタプレイに近いものだった。
だから射撃自体もきちんとした指導を受ける意義はある。
そして何より、この世界独自の射撃法を俺は知らなかった。
「あんたはまだこの世界に来たばかりだからね。色々知らないのも無理はないさ。それに銃を使うスナイパーもこの世界には少ないからね。弓術なら民間軍事会社のアーチャーズ辺りが訓練法なんかも確立してるんだが、銃はだいたいが我流だ。
だからあたしのやり方も我流ではあるんだが、一応あたしゃEXランクだからね。魔力量だけじゃない所を見せてやるよ。こっちもあんたにゃ必要な技能だ。しっかり覚えなよ」
こうして、俺はスナイパーとしての訓練も並行して受けることになった。
スナイパーの訓練では魔力の使い方を主に覚えることになる。
敵から発見されにくくするために魔力を抑える技能と、遠くから敵に銃撃を当てるための感知能力の強化などを習う。
カーヴェルさんは、この感知能力の強化に特に優れた人物だった。
「あたしがEXランクの中で一番と言えるものが、この感知能力かね。魔力感知だけならあたしよりすごい奴もいるんだが、あたしは五感の方も強化している。この世界じゃあ、魔力を感知するだけでも戦うこと自体は出来るんだがね。だからって他の感覚が無意味になるってことはない。言葉で説明するのは難しいが、覚えて損はない技能さ」
とのこと。
そんな感じで、シンとパンネが体力作りをしている間、俺はカーヴェルさんから感知能力の訓練を受ける。
アイシスさんも俺と一緒に感知系の訓練をしていた。
ただし、アイシスさんにはそれほど必要ない技能らしかったが。
「アイシスはもうEXランクに近い実力があるからね。あたしが教えるようなこともそれほど多くはないんだよ。ぶっちゃけ足りないのは魔力だけさね。だから一人で修行しててもアイシスはEXランクに上がれるはずなんだがね」
「……うん。でもシンのことも気になるし。薙阿津さんもいるし」
アイシスさんは、結局シンにくっついてここまで来ていたみたいだ。
俺がいたらなんなのかはよく分からないが。
「まあ他の連中を強くする分にはアイシスがいた方が助かるのは事実だ。あたしゃ実戦で鍛える主義だからね。明日以降もこんな感じでバンバン戦ってもらうよ」
とのこと。
そんな感じで、日が沈みかけるまで修行は続いた。
「さてと……最後のしめといくかね。じゃあアイシス。サウザンドを撃ってもらおうか」
「えっ?」
カーヴェルさんの言葉に、残り全員が驚いた。
「ん? みんなどうしたってんだい? 鳩が豆鉄砲喰らったような顔して。まあ地球の鳩なんてあたしゃ見たこたないんだが、みんなアホみたいな顔になってるよ」
「いや、その……なあ」
「あのね師匠。アイシスさんは、あの戦いでサウザンド使ったから倒れたって聞いてるよ。アイシスさんがまた倒れちゃったらどうするの?」
パンネが抗議の声を上げた。
だが……
「だからこそだよ。あたしゃ、アイシスがあの戦いでサウザンドを撃ったのは間違いだったと思っちゃいない。悪いのは、それで倒れた弱さの方さ。だからこれから、アイシスには毎日最後にサウザンドを放ってもらう。アイシスは曲がりなりにもサウザンドを撃てるレベルにゃ達しているからね。ひと月も続けりゃ使いこなせるようにもなるだろう。そうなりゃ晴れてアイシスもEXランクさ」
「……うん。がんばる」
アイシスさんもやる気だ。
この世界、魔物を倒した後に魔力を吸収することでも力はつくが、他に魔力量を上げる方法がないわけではない。
地球でやるような修行法も十分有効なのだ。
毎日魔力を絞り尽くすことによっても力を底上げすることができる。
もちろん、かなりのハードトレーニングではあるが。
そうして、アイシスさんはサウザンドを放った。
今回は光剣を広範囲に展開して上空から地面に突き刺す感じだ。
千本の光剣が、雨のように荒野へと降り注いでいた。
アイシスさんはライトソードの魔法しか使ってないイメージがあるが、このライトソード、バリエーションというか、使い勝手は相当いいようだ。
千本の光剣を繰り出すサウザンドにも、使い方は色々ありそうに思えた。
そしてその後、アイシスさんはもちろん倒れた。
「……魔力切れまではいかないようですが。もう立つ気力がありません。……薙阿津さんおぶって欲しいです」
こんな感じで修行初日は幕を閉じた。
アイシスさんを背負ってカーヴェルさんの家へと帰る。
「私は薙阿津に背負ってもらったことないのに……。あ、そうだ! 明日は私が魔力切れ起こすよ!」
や・め・ろ。
帰る途中でパンネがアホなことを言ってくる。
おんぶでも抱っこでも言えばやるから無駄に魔力切れは起こすなと言いたい。
「……私は毎日サウザンドを撃てと言われましたので。薙阿津さんに毎日おぶってもらえるのは私の権利ですので」
「うわぁぁあーん」
過酷な修行を課せられたアイシスさんではなく、なぜかパンネの方が泣きわめいていた。
それにしてもにぎやかだ。
ニムルスの異人会を離れて三日。
人数が減った分寂しくなるかと思っていたのだが。
みんなで一軒家に住んでるせいもあるのか、なんというか五人で一つの家族みたいな雰囲気だった。
「これが家族だったら親父は薙阿津だな!」
なんかむかつく言い方だったのでシンの頭を軽めに小突く。
「まったく……ガキが四人もいるとにぎやか過ぎて大変だねぇ」
そっちの方がしっくり来るな。
これが家族なら母親はカーヴェルさんとして、父親は多分不在なのだろう。
少なくともカーヴェルさんは俺の恋愛対象外だからな。
見た目がオバサンってことはないのだが、実年齢が百五十近いのと、キャラ的になんかありえなかった。
「あたしに惚れるなよ」
顔を見てたらうざいことも言ってくるし。
「あたしに寄って来るような馬鹿は一人でも十分すぎるからね。しかも十代なんてガキだよまったく……。だから薙阿津、あんたはあたしに惚れんじゃないよ」
だから惚れるわけがないだろうと。
というかあんたは十代の若者から本気で惚れられると思っているのかと。
カーヴェル・ソサディア。
師匠としては優秀だが、どうしようもないくらい自意識過剰な婆さんだった。