18 国連内部監査部
玄武の解体をある程度手伝った後、俺達は最後に玄武と撃ち合いをした建物の屋上へと戻った。
これは屋上に残っていた小善氏を回収するためだったのだが……。
そこで俺達は、ドヤ顔をしていた中年親父が黒服を着た男達に連行されようとしている場面に遭遇する。
「あれは国連の内部監査部だね。一体何があったってんだい?」
カーヴェルさんがいぶかしがっていた。
俺も注意深く様子を窺う。
黒服達は、中年親父に罪状説明のような物を行っていた。
「金丸 昌男さん。あなたと、神器機関銃火器部門主任には辱職罪の疑いがかけられています。本作戦において、故意にEXランクの人員を排斥したとの情報があります。他にもAランク以下の人員だけで神獣を倒すつもりだったとのうわさもありますが、これらについて、あなた方には事務局にてくわしく話を聞かせていただくことになります」
Aランク以下の人員だけで神獣を倒し切り、世界中に銃火器の力を知らしめる。
そんな感じの話も確かにあったような気もするな。
EXランクを故意に排斥って言うのは初耳だが。
しかしこの話を聞いて、俺の脳裏に一つの疑問が浮かぶ。
太郎さんのことだ。
M.O.A.Bの直撃を避けるためにゲートを通ってから、俺は太郎さんの姿をまだ見ていない。
最初はすぐ戻ってくると思っていたが、結局対神獣戦が終わるまで太郎さんが戦いに復帰することはなかったのだ。
それが物理兵器だけで神獣を倒すために、故意に太郎さん達を前線から遠ざけていたとしたならば、これは問題どころの話じゃない。
そしてそれはあながち間違いでもなかったようで、中年親父は黒服達の言葉に対し、ただただうなだれるだけだった。
思えばこの中年親父、EXランクの力なしで本気で神獣に勝てると思っているふしがあった。
結界術師達の守りが崩れた時の憔悴具合もひどかったが、あの時点でこの親父の命運は尽きていたのかも知れない。
ほとんど気にもしていなかったが、俺達が勝利に沸いている間もこのおっさんは憔悴しきったままだったような気もする。
そうしてその憔悴しきった顔のまま、中年親父は連行されようとしていた。
だがここでおっさんが俺達の存在に気付く。
正確に言うと、緋月に気付いた。
「君は……」
そういっておっさんが俺達の方へとやってこようとする。
とっさに黒服達がその動きを抑え込もうとするが。
「ちょいと待ちな。事情聴取するにせよなんにせよ、そこまで急ぐことじゃないだろう。その男と少し話をさせちゃくれないかい?」
とカーヴェルさんが言う。
「何をバカなことを……」
と黒服の一人が言いかけるが、黒服の中でも偉そうな人間がそれを止めた。
「あれはEXランクのカーヴェル・ソサディアだ。それにそばにいるあの二人。神獣殺しだ。この戦い一番の功労者達と言えるだろう。少し話をするくらいなら構わん。離してやれ。金丸 昌男も、まだ罪人というわけではないしな」
そう言って中年親父は黒服達からの拘束を解かれた。
そのまま、弱々しい足取りで中年親父がこっちへと向かって来る。
憔悴しきったまま、中年親父はぼそぼそと緋月に話しかけてきた。
「……私はここで終わりだ。銃火器部門主任とともに処罰され、今回の戦いにおける犠牲の責任を、全て背負わされることになるだろう。だが銃火器の威力、これを世に示すことには成功した。英雄などを作らない近代的な戦場、情報化による民間人への被害の軽減、これらの技術を推進することは、今でも間違ってはいないと思っている。
私が表舞台に戻ることはもうなだろう。だが、この夢だけは実現させたい。君とは少し話をしただけだが、君には期待できるものを感じた。本来こんなことを言える立場ではないのだが、出来ることなら、戦場の近代化、この夢を、君の手で実現させて欲しい」
どう受け取ればいいのか分からない言葉だった。
だが緋月は、それに対してよどみなく答えた。
「あなた方がEXランクを故意に前線から遠ざけていたとしたのなら、その点に関して私に擁護できる点はありません。あなたが受けるだろう処罰についても、それが自業自得であれば甘んじて受けるべきだと考えています。……ですが、戦場の近代化にかける思い、これについては私も共感できるところです。だからあなたの夢のためではなく、私自身の意志として、戦場の近代化は実現させることを約束しましょう」
緋月の言葉を聞いて、中年親父は渇いた笑みを浮かべた。
緋月がこの中年親父の夢を継いだところで、この男の人生が終わることに変わりはない。
だがそれでも、自分の志を継いでくれる者がいる。
そう思えるだけで、肩の荷が下りたといった感じの表情だった。
中年親父は最後に、小さな紙にメモを書いて緋月に手渡した。
「これは私の娘の連絡先だ。自慢じゃないが娘は私以上に優秀でね。十九歳の若さで神器機関の副長官にまで上り詰めている。君が本当に私の夢を継いでくれるのなら娘に連絡するといい、きっと助けになるだろう」
そうして、中年親父は黒服達に連れられて連行されていった。
「これはまた……ひどいもんを見ちまったね」
「ひどいって言うのは、あの中年親父がってことか?」
俺が訊ねるとカーヴェルさんは首を横に振る。
「違うさ。ひどいのは……もっと上の連中だよ。考えてもみな、神器機関の小さな一部門の主任や、国連内部の人間ですらない外部の協力会社がだよ。この重要な作戦を少しでもいじれるわけがないだろう。当然、上でこの作戦を承認した糞共がいる。今の中年親父なんかはただのスケープゴートにすぎないのさ」
カーヴェルさんは、少しいらだっているようにも見えた。
カーヴェルさんはその調子のまま話を続ける。
「そもそもあたしゃね。全体的な作戦自体は決して悪くなかったと思ってるんだよ。今回の神獣戦。はっきり言うと、驚くほど死人が出なかった。神獣と戦って、EXランクの死者が一人もいないなんてのもあたしゃ初めての経験だよ。二十年前の戦いじゃ、十一人いたEXランクが四人にまで減ったんだ。一般人の死傷者も今回の比じゃない。もちろん二十年前の戦いと今回とじゃ、神獣そのものの特性から何から違う所の方が多い。それでも今回の対神獣戦。今までの神獣戦の中で一番よくできた戦いだとあたしゃ思っている。
だからむしろ、作戦を立案したんだろうあの中年親父達も、決して間違っちゃいないとさえ思っているのさ。あえて失策を犯したと言えば、玄武の甲羅の威力を過小評価した所かね。だがこれだって、彼らだけがそう思っていたわけじゃない。言うなりゃ全体の責任ってところさ。
その上でだ。銃火器の威力を世に知らしめるという点において、彼らは実際に成功を収めた。これから先、神器機関の銃火器部門は拡張されて、関連の軍需産業も成長するはずなんだよ。だからあたし個人の考えを言わせてもらえば、上の連中はそれが気に食わなかったのさ。あの中年親父はこれから力を伸ばそうとしていた。だから打たれたんだ。出る杭は打たれるって奴さね。今あたしたちの前で起きた出来事は、そういう類のくそ話なのさ」
そう言うと、カーヴェルさんはどことなく遠くを見つめた。
今まで感じる機会がなかったが、この世界にも色々と黒いところはあるようだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺達はその後屋上で小善氏を探したが、俺達が玄武の解体をしている間に移動してしまっているようだった。
仕方がないので俺達はそのまま下の街へと降りる。
カーヴェルさん及び聡理さんとは、ここでそのまま別れることになった。
「弟子入りするっつったって、すぐ荷物をまとめる訳にはいかないだろうからね。あたしの家はパンネが知ってるから、落ち着いたら二人で一緒にきな。まあその前に、パーティー会場でまた会うことにはなるだろうがね」
そう言ってカーヴェルさんは去って行った。
続いて聡理さんとも別れる。
聡理さんからは名刺を渡してもらった。
「本当は小善さんの名刺を渡したかったんですけど、今は私ので我慢してくださいね。パーティー会場には、ちゃんと小善さんにも名刺を持って来るように伝えておきますから。あー……でも小善さん、本当にどこ行っちゃったんだろう。一人で迷子になってなければいいんだけど」
そう言って、聡理さんは小善氏を探して街の中へと消えた。
なんというか……小善氏が迷子老人扱いされている気がする。
小善氏は要介護なのか。
聡理さんから介護を受けているのか。
二人が一体どういう関係なのか、俺は少しの間色々と考えてしまった。
「さてと、それじゃあわたくし達も行きますわよ。アイシスさんも、もう意識は戻っているはずですわ」
エレーニアに促され、俺達は一度未開領域管理局へと向かう。
アイシスさん達にも、戦いの結果は伝える必要があるからな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
負傷者運搬用の仮設ゲートなどを経由して、俺達は管理局へと到着した。
アイシスさんの意識は戻っていたが、まだ魔力切れの症状が抜け切れてはいないようだった。
アイシスさんは戦いの途中で脱落したことを謝って来たが、対神獣戦の結果は既に聞いていたようで、顔には安心感のようなものも漂っていた。
「……薙阿津さんは、私が意識を失う直前に『神獣は俺が倒すから安心して休んでろ』って言ったのを覚えていますか?」
「ああ、一応な。……覚えてはいる」
あの時はアイシスさんを安心させたい一心で恥ずかしい台詞を言ってしまった気がするが、アイシスさんはその言葉をばっちりと覚えていたようだ。
「……あの言葉を聞いたときは、薙阿津さんが本当に神獣を倒してしまうなんて、私は思ってもいませんでした。それでも、あの言葉だけでも私はすごく嬉しかったんですよ。それなのに……本当に、言葉通りに神獣まで倒してしまったんですね。薙阿津さん……かっこよすぎです」
そこまで言って、アイシスさんはまた眠り初めてしまった。
なんと言うか……褒められすぎて俺は物凄く恥ずかしくなってしまう。
他のメンバーの視線も痛いように感じたので、シンに軽く挨拶してそのままアイシスさんの病室を出た。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
続いてゲネスさんの病室も訪ねる。
そこで俺達はやっとで太郎さんと合流した。
話を聞くと、太郎さんと二人のEXランク、ハッカ・ガイナーに時雨 時昌はもう一つの街に配置されていたのだそうだ。
前線となっていた三つの街の内一つは玄武によって壊されていた。
あの最後の戦いでは、残った二つの街におよそ均等に戦力を割り振っていたということらしい。
ちなみに残る最後のEXランク、天笠 センにいたってはニムルス首都に待機していたとのこと。
こっちはもしもの時、二つの街どちらにも救援にいけるよう準備していたとのことだ。
軍の配置は、最低限度の筋は通っているようにも見える。
だが屋上での話を聞いた後では……玄武を銃火器のみで倒すために、意図的にEXランクを最前線に集めない人員配置が行われていたように感じてしまう。
俺達が見聞きした話は太郎さんにも伝えた。
「僕にも、思う所はある。でも戦場では、全てが綺麗ごとでは済まないのも確かだろう。国連上層部も一枚岩と言うわけでもない。上層部にだって、僕が尊敬できる人間は何人もいる。まあ彼らも……上で苦労しているようではあるけどね。……国連にも黒い面があるのを理解した上で、僕は自分が出来る範囲で最善を尽くそうと思っているよ」
太郎さんは思ったより大人の反応を示した。
EXランクの人間として、これまでにもこういう場面には遭遇していたのかも知れない。
その上で自分がどう生きて行くのか、太郎さんは模索しているようだった。
この辺りの話はゲネスさんにも話したが、おおよそ太郎さんと同じ反応だった。
「そういう類の話なら、被召喚者捜索部の任務においてもよくあることさ。未開領域内への捜索が実質禁止されてることなども含めてね。だが上の連中も、みんながみんな人の感情がないわけじゃないさ。まあ……これから君達が戦い続ければ、この世界のありようも色々と見ていくことになるだろう。だが今はそれよりも、君達はあの神獣・玄武を倒したんだ。それは間違いなく誇っていい。素直に勝利を喜ぶのも英雄の務めだ」
ゲネスさんの言葉を聞き、俺もそうだなと思い直す。
この世界にも問題はあるようだが、今は考えるべき時ではないだろう。
ここは素直に喜ぶべきところだ。
気を取り直して、俺達は異人会へと帰った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
異人会に戻った俺達は、心配してロビーまで来ていた綾ちゃんと合流する。
ここでは、みんな素直に互いの無事を喜びあった。
その後は風呂に入ったり、食堂で食事を取ったりして体を休ませる。
異人会にも俺達の活躍は伝わっていたので色々大変だったりはしたが。
食堂の人もいつもより豪華な食事を用意してくれたりと、全体的には嬉しいことが多かった。
そうして、一日があっという間に過ぎていく。
終わってみれば、今回の対神獣戦は約半日という驚くほど短い時間で決着した。
これは今までの対神獣戦でもっとも早い決着だったそうだ。
人類が受けた人的被害もこれまでで最少に抑えられたという話だ。
これはやはり、この戦いに参加した全員がベストを尽くした結果だと俺は思う。
俺は、一つ大きなことをやり遂げた充実感に満たされぐっすりと眠った。