02 ウサ耳少女とマシンガン
やって来たぜ、ザ・異世界!
だがあれだな。
やっぱりないな。
異世界に来た俺もアレだけど、それより元の世界が気になってしまう。
俺って普通に親兄弟いるしな。
まあ優秀な兄貴がいて俺は親に見放されてる感も若干あったけど。
でもやっぱりみんな悲しむだろうな。
これ扱い的にはどうなるんだろう。
やっぱり俺も行方不明者のリストに追加されるんだろうか。
まあ考えても仕方がない。
きっと緋月さんが何とかしてくれる!
…………。
一番心配なのが奴なんだが。
だがやはり考えても仕方がない。
俺にはどうすることもできないしな。
それより生きることが先決だ!
まずは現状確認。
そもそもここが本当に異世界かを確認する必要がある。
俺は空を見上げた。
ここが異世界なら太陽が二個あったり月が二、三個あったりするかも知れない。
……ビンゴだ。
見事に月が二つあった。
ははっ……。
マジで異世界だ。
本当に……代われるもんならあの中二病女と代わってやりたかったよ。
だが今は嘆いている場合じゃない。
現状確認を継続するのが優先だ。
感傷に浸るのは安全が確保できた後でいい。
まずは服装。
これは飛ばされる前と変わらない。
持ち物も同様だ。
……少し厳しいな。
俺は異世界に来る準備を何もしてはいなかった。
救いと言えば、防犯用に小さなナイフを持っていたことくらいか。
一応事件の可能性もあったからな。
いざという時には、あの中二病女を守ってやるつもりくらいはあったのだよ。
ちなみにその中二病女の方は対異世界用の完全装備だったがな!
本当に……なんで俺の方が飛ばされたんだよ。
だが全ては運命だ。
これからどうなるかは俺次第。
俺はくさらず確認を続ける。
次はスマホを確認。
普通に動く。
だが通話やネットは無理だろう。
なんて言っても異世界だからな。
そして電池もすぐに切れる。
バッテリーはもう半分くらいしかなかった。
アンテナも一本しか立っていない。
役には立ちそうにもないな。
……ん? いや、待て。
待て待て待て。
ちょっと待てよ。
アンテナが、一本立っているだと。
マジか!
俺は祈るような気持ちで電話をかける。
どこにかけるべきか。
いやどこでもいい。
俺は履歴の一番上にある番号へと電話をかけた。
しばらく着信を待つ音が聞こえる。
出てくれ緋月さん。
俺は固唾を飲んで電話が繋がるのを待った。
だが結果として、俺が思う相手に電話が繋がることはなかった。
電話からは知らない女性の声が聞こえてくる。
「――こちらは異世界人協会ニムルス支部、被召喚者捜索部です。あなたのおかけになられた電話番号、およびあなたの番号はこの世界での登録がまだ行われておりません。――失礼ですがあなたは日本の方でしょうか?」
流暢な日本語だ。
が、言っていることは全く理解ができない。
「いや、俺は今知り合いに電話したんだけど。っていうかここやっぱり日本じゃないの? ってかむしろ地球じゃなくない? 月なんかも二個あるように見えるんだけど――」
俺は訳も分からずわめき散らした。
自分でも混乱している。
だが向こうは慣れているらしく、穏やかな口調で話を続けた。
「――やはり召喚直後のようですね。どうか落ち着いて下さい。ここは確かに地球ではありませんが日本人も多くいます。かく言う私も日本人です。ちゃんと日本語も通じてますよね。まずは身の安全が第一です。話を聞いてもらってよろしいでしょうか」
電話の相手は日本人のようだ。
ただしここが地球ではないとはっきり明言された。
状況は全く掴めない。
今はこの女性の言葉に従う方が無難だろう。
「……分かりました。お願いします」
「ありがとうございます。この世界についてのくわしい説明は異人会についてから行なうとして、あなたの現状を教えて頂いてもよろしいでしょうか? まずは場所ですが、森、平地、山岳地で言えばどのような場所でしょうか」
言われて俺は周りを見回す。
俺のいる場所は草原だ。
そばには森が見える。
「平地……というか草原ですね。近くに森はあるけど山とかはないです」
「草原ですか、それは良かったです。今こちらでは救助隊が準備をしています。あなたの現在地は携帯の電波から大まかな位置を特定中です。到着まで一時間ほどかかると予想されますので、見晴らしの良い場所での待機をお願いします」
救助が来てくれるのか。
ここがどんな所かは分からないが助けが来てくれるのならありがたい。
俺は素直に礼を言った。
「ありがとうございます」
「いえ、助け合いは基本ですから。それと……森からは出来るだけ離れていて下さい。魔物が出る危険性があります」
「えっ? ま、魔物って……アレ? ゲームとかで出るアレのこと?」
「そうです。アニメやゲームに出る魔物のイメージで間違いありません。とても危険です。ですので見晴らしのよい場所での待機をお願いします。それと携帯の電池は大丈夫ですか? 携帯からの電波を頼りにそちらへと向かいますので電池の消費は出来る限り控えるようお願いします」
そう言われて俺はスマホの電池残量を確認する。
バッテリーの残量は三分の一くらいまでに減っていた。
決して多いとは言えない。
「電池の残りはあまり多くはないです」
「分かりました。では先ほど申しましたように見晴らしの良い場所での待機をお願いします。すぐに救助のヘリが向かいますので。では」
そう言って電話は切れた。
今はスマホが命綱だ。
ここから出る電波を頼りに救助が来るなら電池の無駄遣いは出来ない。
そして森の近くにいるのは危険なようだ。
魔物って……。
一体どんな生き物がいるのか知らないがそんなのに襲われたくはない。
指示通りに俺は森の反対側へと歩いた。
森が見えなくなるくらいに離れた所で小さな切り株を見つける。
俺はそこに腰を下ろした。
見晴らしはよく、切り株の上から見える景色は前も後ろも一面が草原だった。
ここなら見晴らしもいい。
ヘリからも良く見えるだろう。
電話の女性はヘリで救助が来ると言っていた。
…………。
ここは一体どんな世界なのか。
まあ今それを考えても仕方がない。
救助の人に聞けば済むことだ。
俺は大人しく救助を待つことにする。
が、ヒマだ。
救助が来るまでは一時間ほどかかると言っていた。
そしてヒマと言っても電池を消費できないのでスマホで遊ぶこともできない。
とにかくヒマだった。
そんなわけで、俺はその場で軽くジャンプをしてみる。
これにはもちろん理由があった。
実はこの異世界? に来てから体が軽いと感じている。
ここが本当に異世界で、電話の人が言うように魔物とかもいる世界なら魔法とかもあるんじゃないだろうか?
そして俺の身体能力なども上がっている可能性があるかも知れない。
予想は当たった。
思い切りジャンプすると体が五メートルほど上空まで浮かぶ。
一階建ての屋根の上くらいの高さか。
やはりここは異世界で、俺の身体能力も上がっているみたいだ。
せっかくなので体を動かして他にも色々試してみた。
分かったこととしては、とにかく身体能力は上がっているということ。
ちなみに魔法を撃てないかも試したが駄目だった。
だがこの世界に魔法がないかは確定できない。
俺が撃ち方を知らないだけの可能性もある。
とりあえずファイアーボールと叫んでも手から火の玉が出ないことは確認した。
そうして五十分ほどが経過する。
救助のヘリが来るまでもう少しだろう。
最初は緊張したが、何事もなく人里には到着できそうだ。
だが、世の中そう簡単にはいかなかった。
森のあった方角から、一体の動物が俺の方に向かって歩いてくる。
動物……というか魚類だ。
背の高さは俺と同じくらいか、魚にしては相当でかい。
あとすごくキモい。
顔と体はまさにマグロだが、そこから人間の手足みたいな物が生えていた。
そいつがキモい動き方をして歩いてくる。
俺は電話の指示通りに森から離れたが、それでも万全ではなかったようだ。
……戦うしかないのか。
武器になるようなものは防犯用の小さなナイフだけだ。
魔法は使えない。
が、身体能力は地球で言えば超人並みに上がっている。
俺は覚悟を決めて切り株から立ち上がった。
だが、ここで救いの音が聞こえて来る。
ヘリのプロペラ音だ。
振り返ると魚野郎の反対側からヘリが来ていた。
そして、ヘリは猛スピードでこちらへと向かってきて――
そのまま俺のいる場所を通り越した。
「いや待てよおい! ふざけんなっ!」
俺は思わず叫ぶ。
だがヘリはただ過ぎ去ったわけじゃなかった。
ヘリから……人が一人飛び降りたのだ。
ヘリから生身で飛び降りる――
地球でやれば即死確実な行為だが、ヘリから飛び降りた少女はこともなげに俺の前へと着地した。
着地の際に少女の足元が光ったので何か魔法を使ったのだろう。
やはりこの世界には魔法が存在するようだ。
ヘリから降りた少女は金髪のポニーテールで、ドレスのような服を着ていた。
印象としては、魔法少女っぽい服とでも言えばいいだろうか。
ある意味異世界っぽい服装とは言えたかも知れない。
ちなみに下はスカートだったのでヘリから降りる際に中が盛大に見えていた。
そして少女の頭にはモフモフとした小さなウサ耳がついていて、お尻というか、スカートの上辺りにポワポワとした尻尾のような物がついていた。
ウサ耳キター!
やはりここは異世界だった。
なんか一気にテンションが上がってきた。
そのウサ耳少女が俺の方へと振り返る。
年は俺と同じくらいだろうか。
顔は――可愛かった。
活発そうで、ちょっとアホっぽい感じもする明るい印象の少女だ。
その少女が印象通りの明るい声で話しかけてきた。
「見て見て、魚走ってきてるよ。キモいよねー。あ、でも私強いから大丈夫よ! サケマグロなんて一瞬で蜂の巣にしちゃうんだから!」
見た目通り……というか見た目以上にアホっぽい話し方をする少女だった。
色々と心配である。
俺は一言言わずにはいられなかった。
「大丈夫か? あのでかい魚、そこそこ強そうに見えるぞ」
アホっぽいこの少女を、あの魚と戦わせていいのかちょっと迷う。
が、ウサ耳少女のやる気は十分だった。
「あなたこの世界に来たばかりでしょ。私に任せたら大丈夫だから安心して! それよりしっかり耳を塞いでて。これすっごくうるさい音出るから!」
そう言って金髪のウサ耳少女は空中から――なんとマシンガンを取り出した。
何もない空間から物が出てくるのもびっくりだが、いきなりマシンガン持ち出すウサ耳少女にも正直ドンビキだ。
そして金髪のウサ耳少女は、キモい魚へと思い切りマシンガンをぶっ放した。
「これだからマシンガンはやめられないわ。楽しいー!」
俺の目の前で、金髪ポニテのウサ耳少女がキモい魚を虐殺していた。
……ヤバイ、この女ヤバイ。
どうやら、とんでもない世界に俺は来てしまったようだ。