STAGE 9
「いえ、まだ登ってないですけど……」
仕方なく答える俺。
「じゃあ、ディズニーシー……」
「それはまあ……」
それくらいは俺だって、行ったことある。
「お台場……」
「あります」
「代官山……」
「通ったくらいなら……」
「原宿……」
「最近行かないけど、少し前なら」
「わたし、全部ないんですよ……」
「はい?」
「わたし、若い女の子なのに……そんなだから、こんなになっちゃったのかなあ……」
涙ぐむ赤木さん。
今、名前が挙がったのは、つまり、赤木さんが行きたいスポットなのか?
要するに、行きたいと思いながら、なんとなく気後れしたり、なかなか機会が作れなかったりして、未だに行けない。
そういう自分の行動力のなさとか、そんな感じのことを嘆いている……んだと思う。
「あの、そういうこと、あんまり気にしないほうがいいですよ」
俺は赤木さんの隣に座って、作り笑いで語りかけた。
「そりゃ、そういうところばかり遊び歩いてる若者もいるのかもしれないけど、みんながそうじゃないし……それに、人と自分を比べることに意味はありません。みんなそれぞれ違うんだから、そもそも比べようがないです」
「…………」
「比べるなら、昨日の自分と、今日の自分を比べてください。失礼ですが、赤木さん、家から一歩も出られない時期があったと前に仰ってましたよね? それが今はこうしてこの新宿まで来て、僕と話してるでしょう? すごいと思いませんか?」
「……そうですね」
赤木さんは、生気のない表情のまま、お愛想みたいにほんの少しだけ微笑んだ。笑うとちょっと可愛い。
「あ……すみません、お薬の時間なので……」
突然、赤木さんはロビーの壁にかかっている時計を見て、傍らのバッグから白い袋を取り出して、指で中をまさぐった。
袋には青い文字で「内服薬」と書かれている。
彼女が病院で処方されている薬だった。
俺も一応はこういう仕事をしているから、この手の薬に関する一通りの知識はある。
前に袋の中身を見せてもらったことがあるが、抗うつ剤やら、睡眠導入剤やら、それも相当強力なのをかなりの量、処方されていた。
他の宗教団体やヒーリング団体では、こういう薬を「副作用が強いから」と、患者に飲むのを禁止してしまうところもあるそうだが、愛宇宙教ではそういうことはしない。
基本的に、病院の医者の言うことは尊重する。
でないと何かあった時に、責任が持てないからだ。
訴訟や警察沙汰というのは、うちみたいな宗教屋にとっては、恐ろしいもののナンバー1と言っても過言ではない。だから、そういうのを巧みに回避することも、この業界で生き残る秘訣なのである。




