STAGE 40
1人で最上階の本部事務所へ向かい、自分の机の電話を取る。
「愛宇宙教の沢村です、金沢様のお宅でしょうか? あ、お母さんですか、いつもお世話になっております」
営業用の明るい声音で挨拶する俺。
『あら、副教祖様……でしたかしら? とも子なら、そちらへ行ってるはずですけど?』
「ああ、はい、いらっしゃってます。ところで昨日、とも子ちゃんからお母さんに『トイレ掃除』のお話があったかと思うんですが……」
『ああ、そうですよ、何ですかあれは!? 私はあの子を学校へ行かせてくれと言ったんですよ? 家の手伝いをさせてくれとは言ってません! まったくあの子も、今自分のしなければならないことが、わかってないのかしら!』
「ええと、お母さん、あまりとも子ちゃんを否定しないであげてください。とも子ちゃんなりに、お母さんのためを思ってしようとしたことなんですから……」
『何を呑気なことを言ってるの! そんなことをしてる場合ですか!? あの子と同い年の子達は、こうしている今も、塾に学校にと頑張っているのに! あの子は学校にすら行ってないんですよ! 悠長なことをしていて、これ以上差がついたらどうするんです!』
「受験の心配をなさっているんでしたら、とも子ちゃんは今2年生ですから、受験勉強は来年からでも……」
『何を言っているんです!! 普通は1年生からやるものでしょう! そんなことを言って、とも子が志望校にも合格できなかったら、あなた責任をとれるの!?』
「あの、ちなみに志望校というのは、どちらの……?」
『麗城学園ですよ!』
うちの学校じゃねえか!
頭いいんだな、とも子ちゃん……。
これはあれか、なまじ子供の成績がいいもんだから、親が期待を膨らませすぎて暴走してるパターンかな……? 割とよくあるケースではあるが……。
「えっと、その志望校っていうのは、とも子ちゃん自身が志望されてるんですか?」
『当たり前でしょう! あの子の進学先なのに、あの子以外の誰が志望するって言うんです!』
「ああ、わかりました、とにかく最終的には、とも子ちゃんが元気に学校へ行けるようになることが目標ですが、あまり性急にならないでください。お母さんもあまり、勉強勉強と、きつく言われないように……」
『時間がないんですよ! あの子の頭なら、もっと上だって狙えるのに! こんなことをしてるもんだから、それなりの有名私立といったら、もう麗城ぐらいしか……! その辺の公立高校なんて、恥ずかしくて行かせられるわけないでしょう! 私はあの子のためを思って言ってやってるのに、あの子ときたら、何をやってるんだか……!』
お母さんは憤懣やるかたないといった感じで、金切り声を張り上げている。
「ええと、とにかく今は、お母さんの希望よりも、ありのままのとも子ちゃんを否定せず、よく見てあげて……」
『言っときますけど、こっちは何もおたくみたいな宗教にこだわるつもりはないんですからね! もしあの子が、いつまでも学校へ行けないようなら、すぐにどこか他のところへ替えますから! まったく何を悠長に構えて……』
「わかった、わかりました!」
これ以上やったら、せっかくの一流企業のお偉いさんのご家庭からのお布施が逃げてしまう。
とりあえず俺は努力する旨だけをお母さんに伝えて、電話を切った。
もう一度、とも子ちゃんのいる談話ロビーに戻る。
とも子ちゃんは、入り口に背を向けて座ったまま、黙々と家から持ってきた3DSをやっていた。
別に覗き込むつもりはなかったのだが、後ろから近付いていくと、ゲームの画面が目に入った。
「!?」
何となく、とも子ちゃんのイメージから、何かこう動物のキャラクターが出てくるようなゲームとか、そういう可愛らしいのを勝手に想像していた俺は、画面を見て一瞬固まった。
彼女の手にしている3DSの画面には、上半身裸の若いイケメンが映し出されている。
とも子ちゃんは真剣な顔で、少し頬を赤らめながら、手にしたタッチペンで画面に映った男の裸体を、一心不乱にツンツンとつついていた。
つつかれた画面の中の若い男が、切なそうに表情をゆがめ、身をよじる。
こ、これが世に聞く乙女ゲーという奴なのだろうか……?
初めて見たぜ……。
俺はとりあえず何も見なかったことにして、静かに後ずさり、充分距離をとってから声をかけた。
「とも子ちゃん!」
一瞬ビクッとして振り返り、慌てて3DSをパタンと閉じるとも子ちゃん。
顔が真っ赤だ。
「あ、ゲームしてた? 邪魔してごめんね」
俺が軽く謝ると、とも子ちゃんは首をプルプルと横に振る。
「今、お母さんから聞いたんだけど、とも子ちゃんって、麗城学園志望なの?」
俺が尋ねると、とも子ちゃんは一瞬きょとんとした後、再び首を横に振った。
「違う……それ、お母さんが勝手に言ってるだけだから……」
まあ、そうなんだろうな……。
「とも子ちゃんは、行きたい学校ってあるの?」
俺の問いに、とも子ちゃんは俯いたまま、また首を横に振る。
「……私、学校なんか行きたくない」
うーむ、これは思ったより重症かも知れん……。




