表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
髪を切るとき  作者: 奏多悠香
本編
9/36

8 主演、かきくみこ

「なぁ、久美、さっき言っただろ。主演は眞子でなきゃって。それ、違うだろう」


 タカは掴んでいた手をそっと外しながらいった。


「なんでよ。タカ主演のドラマでは眞子は恋敵かもしれないけど、私の中では眞子が主演なんだよ。あんないい子が、恋敵キャラで終わりなんてありえない。いっつも遠慮ばっかりしてる眞子だからこそ、私のドラマの中では主演にするの。私の中では、あの御嬢さんの方が恋敵なんだよ!」

「違う、お前だよ」


 タカの言葉に私は思いっきり目を眇める。

 はあ? 私が恋敵とでも言うんか。

 なに寝ぼけたことを言ってんだ。


「久美の人生の主役は久美だろ。なんで眞子なんだよ。眞子の人生の主役は眞子で、お前の人生の主役はお前だよ。なんでお前、ずっと必死で他人の人生の脇役になろうとしてるんだよ」


 私は突然投げかけられた言葉をすぐには理解できなくて、コーヒーをざばりと胃に流し込んだ。今頃胃の中でコーヒーとミルクがきれいなマーブル模様を描いてる。


「久美は昔からずーっと眞子を気にかけてきただろ。すごいよ。友達想いですげえって思ってたし、今でも思う。でもお前は? お前、自分どこにあるんだよ。やりたいこと、ないのか。髪型も仕事も、人生全部眞子のために決めるのか。久美の幸せは何なんだよ」


 ここに。ここにずっとあったんだよ。眞子の幸せが私の幸せだったんだ。

 こんな馬鹿な男にわかってたまるか。

 今日からタカを改めバカだ。


「何も知らないくせに」


 ひっこめたはずの涙がまたほとばしる。

 なんで眞子なんだ。

 なんで眞子じゃないんだ。

 私は大学生のはじめのころ、タカをちょっと好きだった。高校時代はそれと意識していたわけでもなかったが、大学に入ってから一緒に過ごすようになって何となく惹かれていた。だけどタカは眞子を好きになった。眞子もタカを好きになった。

私は自分の気持ちを引っ込めた。胸がちくりと痛むことはあっても、それを不満に思ったことはなかった。

 眞子は優しいいい子だった。

 眞子が大好きだった。


 ――何で眞子なんだ。


 最初にそう思った気持ちはすぐに薄れ、私は眞子とタカの幸せを心から願った。


 ――なのに、なんで眞子じゃないんだ。


 眞子だから、気持ちをひっこめたのに。

 自分が立てなかった場所に眞子が立ってて、すごくうらやましかったけど、うれしかった。いつしか私の中で、眞子がそこで幸せになることが、私の幸せになってた。

 もしかしたら初めは、自分のみじめさをごまかすためにそう言い聞かせてただけだったのかもしれない。

 でもそれも、十五年も続けば立派な真実だ。

 今は、眞子がタカと幸せになることが私の幸せだって胸を張って言える。

 なのに、なんで眞子じゃないんだ。

 最後に眞子じゃなくなるくらいだったら、私でもよかったじゃないか。

 こんなに苦しむくらいだったら、眞子じゃなく私ならよかったんだ。

 何で、ぽっと出の新キャラが横からさらりとかっさらっていくんだ。

 私たちの十五年間をどこへやった。

 なかったことにするな。

 返せよ。

 返せ。


「勝手に眞子の脇役に徹するのやめて、お前自分が主演になってみろよ」


 タカが鋭く言い放った言葉が矢のように突き刺さった。


「眞子のために髪を切ったり、眞子のために仕事を辞めるんじゃなく、自分のために髪を切って、自分のために仕事を選べ。それでも辞めたいって言うならもう止めないから」


 ――私のため。


「眞子の幸せが……私の幸せなんだけど?」

「じゃあ聞くけど、そのお前の言葉を聞いて、眞子が喜ぶと思うか。お前のその生き方が、眞子にとって幸せだと思うか。俺が眞子だったら嫌だよ。自分の大事な親友が、自分のために髪を切ったり、仕事を辞めたりしたら。嫌だよ」


 ――え? 私、何か間違ってたの?


「だからお前が主演になれって言ってるんだ」


 私はコーヒーカップを握りしめたままじっと考え込んだ。

 私が主演。

 私がやりたいこと。

 好きなようにやっていいって言われたら、私は今何をするだろう。

 ふと下りてきたアイデアに、私の心臓が跳ねた。

 右手を振りおろし、握っていたコーヒーカップをテーブルにかつーんと置く。高そうなカップ。ごめんよ、割れちゃったよ。コーヒーカップの取っ手をむしり取ったのは初めてだ。そういえばコーヒー飲んでたんだっけね。味なんか、ひとつもわかんなかった。

 そう、私が主演なんだ。

 だったら、もっと、好きなようにやらしてもらおうじゃないの。

 主役ってのはやっぱり、かっこよくなくちゃ。

 自信満々で、輝いてなくちゃ。

 こんなオフィスビルの最上階の狭い部屋でじめじめ泣いてる主演なんてかっこ悪いわ。もうとっくに化石になってる自分の昔の気持ちまで引っ張り出してマーブル模様を描いてる場合じゃない。

 そう思った瞬間、マーブル模様はきれいにまざって輝きだした。

 そうか、私、このために髪切ったんだ。

 こんな終わり方じゃだめだ。

 仁王立ちして、思いっきり叫んでやった。


「主演かきくみこ! なめんなよ!」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ