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髪を切るとき  作者: 奏多悠香
本編

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11 へーんしんっ

 社長室から戻ってきた私が超ゴキゲンな上に、社長の話の内容を決して明かそうとしないのでタカは随分気をもんでいた。


「久美、何だよ。教えてくれよ」

「ひ・み・つ」


 唇に人差し指をあてて小首をかしげてみた。

 タカはその仕草にゾッとしたらしく、無言で大きく身震いをして、それ以上何も聞いてこなくなった。

 失礼なことだ。これでもプレイおやじを陥落させた演技力の持ち主なのに。

 私はその日から、目の回るような忙しさの中にいた。

 まず最初に手をつけたのは、見た目の改造だ。

 えっ? 誰って、私の。

 これまで5年ほどの長きにわたって愛用していた「ゆったりのびのびリラックスブラ」を泣く泣く手放した。主に外出時にお世話になった「部屋でのんびりノンワイヤー」も丸めてゴミ箱につっこんだ。

 そして取り出したるは、大学時代のブラジャーである。体重はほとんど変わっていないのに、なぜか胴回りがきつくなっていた。

 たるんだのか、そうなのか。

 それでも何とかホックを留めて体に装着してから前かがみになり、背中の肉を全部前に持ってくる。

 いわゆる「ヨセテ・アゲテ」だ。

 久しぶりに自分の胸に谷間を見つけ、ほんのちょっとだけテンションが上がって鏡の前でポージングしたことは、誰にも内緒だ。

 それからスーツも新調した。

 今までパンツスーツかタイトスカートかの二択だったのを反省し、ワードローブを充実させることにしたのだ。

 とはいえあまりお金を掛けたくないので、買うのはすべて量販店の「上下セットで二万円、二着目から一万円!」という素敵な価格のやつだ。

 ただし、テキトーに選ぶわけではない。

 基本的に、服はサイズが命だ。

 高いものを身に着けていればいいというものではない。高いものを着てるのに、安っぽく見えることがある。そういうときは大抵サイズが合っていない。サイズというとSとかMとかLとかを思い描くかもしれないが、ここでのサイズはもっと広い。襟ぐりの深さ、袖の形、丈…すべて、服を構成する不可欠の要素。そしてそれは、着る人によって大きく印象を変える部分でもある。顔の形や胸の大きさによって、似合う襟ぐりの深さは全然違う。鎖骨が見えるほうがバランスがいい場合もあれば、出さない方がきれいな場合もある。カットソー一枚でも、こだわればどこまでも深い。だから、値段でなく、サイズの合うものをひたすら探し、選び出すのだ。もちろん値段の良いものは着くずれしにくく、着心地がよい。だが、そんなのは後回しだ。

 と、大学時代のお洒落な友達が力説していたことを思い出し、量販店で片っ端からスーツを試着した。

 助手には甥っ子だ。

 片っ端から持ってこいという指示に従って次々に運んで来る。だって、試着室には三着以上持ち込むなって言うんだもん。だから私が着替えている間に甥っ子はせっせとスーツを元に戻しては新しいのを持ってくるという任務をこなしてくれた。九歳の甥っ子に与えた報酬は量販店のフードコートのたこ焼き二舟。ちょろいもんだ。

 結局私は三時間も試着室に居座って、スーツを七着買い込んだ。八万円。安い。

 そしてオーダーメイドかと見紛うほどのぴったりラインだ。

 あまりにも長いこと居座るし、小さい子供がスーツを抱えてえっさかほいさか歩いているので、怪しんだ店員がちょいちょい見に来た。

 「お客様、そちらお似合いですねぇ。こちらのスカーフと合わせるともっと……」とかテキトーなことを言ってきおるので「いや、これは全然ダメなんで。これくらいなら、さっき十一回目に試着したやつの方がまだラインがしっくりくるんで」と言ったら二度と話しかけて来なかった。

 それから甥っ子を自宅に送り返すついでに姉のワードローブを物色した。五歳年上の姉は今年三十九歳。子供を産んで体形がすっかり変わったので、独身時代の洋服をいただくことにした。外資系の銀行で働いていた姉は独身時代目玉が飛び出るほどの給料をもらっていたので、当時買った洋服はどれも良い物ばかり。体格もほとんど同じなので、これはありがたい掘り出し物だった。ちょっと型が古いのは、アレンジでどうにでもなる。

 それからダテ眼鏡を購入した。細めのフレームで知的を演出だ。ダテ眼鏡をすると目が大きく見えるといつか雑学本で呼んだことがあった。別にレンズの力じゃない。顔を構成する要素が増えて顔面がごちゃつくので、ぱっと見た時に「派手な顔」という認識をするらしい。よくわからんが、縁取りの効果はデカい。眼鏡は雑貨屋で千円だった。

 それに、テレビでやってた太陽礼賛のヨガも始めた。朝起きてすぐに、朝陽の下で太陽を崇拝するポーズをとるのだ。効くのか効かないのかわからないが、やらないよりはましだろう。毎朝起き抜けに部屋のカーテンを全開にしてパンいちで太陽を崇めてる女なんて、なかなかいないぞ。

 やるなら徹底的に。それが私のモットーだ。

 日々何かしらのアイテムを追加していく私を、専務は思いっきり疑わしそうな顔でじっと見つめていたが、完璧にシカトをぶっこいておいた。

 まぁまぁ、あんたのためだからさ。

 そうキモがらずに大人しく見守ってなって。

 心の中でそう呟きつつ、今日も今日とてパンツ一丁で日光浴。




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