プロローグ
※投稿初期の作品ですので、表現や内容、体裁など拙い点が多々あると思います。誤字の訂正などを随時行っていく予定ですが、お見苦しい点についてはご容赦いただけましたら幸いです。
「いらっしゃいませ嘉喜様。お待ちしておりました」
洗練された空間に、数人の高い声が小気味よく響く。ホテルのロビーと見違うほど明るい色調で統一され、まばゆい光に包まれたその空間は、女性が美しく変身する場所。
――私も今日、変身してやる。目に物を見せてやる。
腹の底に力を入れ、高いヒールを履いた足をぐっと前に出した。
「今日はどのようになさいますか?」
優雅なお辞儀をしながら美しい美容師が尋ねてくるが、実はまだなんにも決めていない。
「うーんと……」
言いながら、目の前のテーブルに数冊置かれた雑誌のうち、目的に一番近そうなものを手に取った。それに手を伸ばした瞬間に横で美容師が息をのむ音がした。
そりゃあそうだ。どう見たって私には似つかわしくない雑誌だから。
でも、それを似つかわしくしてこそのプロフェッショナルだ、とも思うわけで。
テキトーに真ん中あたりのページを開き、ぱらりぱらりとめくる。そして次々に目に飛び込んでくる色彩豊かな髪型の数々に、思わずため息がこぼれた。
――最近の若人はなんだってこんなに頭を盛りたがるんだ。
――これは朝めんどくさそうだからムリだ。
――何だこれは。チャラチャラしおって。もっとあるだろう。毎朝前髪にアイロンかけて伸ばすなんてよくやるわ。
――うわぁ、目が全部隠れてる。前髪切れよ。
心の中でイチャモンをつけながら、ふと手を止めた。
いいのがあった。チャラくないやつ。
「これ。これで」
私の指さした写真を背後から覗き込み、美容師さんは明らかに困っていた。
「あの、本当にそれでよろしいんでしょうか。その、ずいぶん……嘉喜様の印象とは異なりますけれど」
「いいんです。印象を変えたくて来たんです」
同僚の困惑を読み取ったのか、男性の美容師さんがすっと寄ってきた。
「どうされました」
「実は、嘉喜様がこちらの髪型にされたいとのことで……」
男性の美容師さんとは以前ここで何度か会っていて、話をしたことがある。
「えっ……」
絶句したまま次の言葉が出てこないらしい。
私はそんな反応を楽しみつつ、にっこりとほほ笑んでみせた。
「あの、無理なら別のところへ行きますから……」
「いえいえ。もちろんできます。あの、ただ……同じような髪型でもたとえば……」
男性の美容師は別の雑誌を手に取ってぱらりとめくり、目の前に差し出してきた。
「このように少しトップに長さを残して丸いシルエットにすることもできますが……」
それじゃ意味ないんだって。
だって、それ、フェミニンじゃん。フェミニンなショートじゃん。横にそう、書いてあるじゃん。「フェミニンなショートで大人カワイイを演出!」ってほら。私が頼んでるのはそんなヤワなのじゃくて完璧にメンズな短髪だ。写真の上に「イマドキ男子は清潔感で勝負!」という文字が躍っている、この。
「いいえ、こっちでいいんです」
私はメンズのヘアカタログを指さして、もう一度言った。
「思いっきり変えたいんです」
男性の美容師は困惑をどうにかこうにか押し殺したらしく、やっとうなずいた。
「かしこまりました。では、マニッシュなショートにさせていただきますね」
マニッシュってなんだ。男っぽいってことか。そう、それでいいのだ。
私は大きく頷いた。
気分転換に髪型変えてみましたー、相変わらずのフェミニン路線ですーじゃ、全然ダメなんだから。
さあ、覚悟を決めて戦闘開始だぁ。